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嫌忌者  作者: 直井 倖之進
2/3

嫌忌者②

 

                 5


 体ひとつ分ほどの細い道を通ったり、真っ暗なトンネルを抜けたり、見上げんばかりの巨大な植物に度肝を抜かれたり。

 出先で娘は、初めてのものを発見するたびにそちらへと走り、立ちどまり、感嘆の声を上げていた。

 楽しい時間は瞬く間にすぎ去り、その帰り道。私たちは、住処からほど近い場所まで戻ってきていた。


「おい、そんなにちょろちょろしたら危ないぞ」

 先を行く娘を、私は追った。

 幸い娘が幼いためすぐに追いつき、横に並ぶ。

 すると、

「お母さ~ん! 早く~!」

 娘が振り返り、妻を呼んだ。

「はいはい。まったく、貴女は女の子なんですから、もっとおしとやかにしないと……」

 そうは言いながらも、妻が少し急ぎ足になる。

 その様子を、私たちはその場から見守った。

 ところが、こちらへとくる途中、何を思ったか、妻は急に立ちどまった。

 それから、ゆっくりと、自分の右手のほうへと体を向ける。

 彼女に倣い、私もそちらへと視線をやった。

 次の瞬間、私の心臓は飛び跳ねた。私たち『嫌忌者』の敵である人間が、そこにいたのである。

 敵は、男だった。たとえ私が立ち向かったとしても、敵わぬこと必定の大男である。

 何もかもが、時までもが凍りついたかのようなその中で、男は妻に告げた。

「最近見かけないと思っていたら、こんなところにいたとは。……殺してやる」

 「拙い!」そう判断した私は、とっさに妻を助けようと走り出した。

 だが、それを、男には覚られぬほどの小さな動きで、そっと彼女が制する。

 私は察した。妻は、私たちに、「逃げろ」と言っているのである。

 無論、そんなことできるわけがない。私は、彼女の指示を無視しようとした。

 ……しかし。

 私は娘へと目をやった。もし、感情に任せて行動し、私と妻の両方が殺された場合、残ったこの子はどうなる? 残ったこの子は……。

 妻か娘か。苦渋の選択を迫られ、私は、娘を選んだ。

 「くそっ!」ひと度心の中でそう叫び、娘を連れて物陰に身を潜めたのである。

 顔だけを出し、対峙している妻と男との双方の様子を覗う。

「う、嘘だろ……」

 私は我が目を疑った。

 そこに映し出された光景。それは、妻に向かって武器を構える男の姿だったのである。

 男の人指し指は、既に“トリガー”にかかっていた。

 やがて、男がそれを引く。

 直後、妻は動かなくなった。

 妻が殺された。その事実に、私は完全なパニックに陥った。

 だが、

「ねぇ、お父さん、どうしたの?」

 よく事情を把握していない娘の言葉が、私に冷静さを取り戻させた。

「帰るぞ」

 有無を言わさぬ口調でそう告げると、私は、娘とともに住処へと走り出した。


                 6


「いいか、絶対にここを離れるんじゃないぞ。何があっても、だ」

 住処でそう娘に言い聞かせ、私は、すぐさま妻が殺害された現場へと戻った。

 しかし、彼女の亡骸は、既にそこにはなかった。

「……やはり、か」

 私は、力なく呟いた。

 こうなることは、薄々分かっていた。一般的に私たちのような『嫌忌者』の亡骸は、たとえどこでそうなったとしても、誰かに発見され次第、すぐに片づけられてしまうのである。

 普通の人間も『嫌忌者』も、持っている命は、たったひとつだ。

 それなのに、奴らは、『嫌忌者』の亡骸をただの“死骸”として扱うのである。

「畜生! どうしてだ! どうして、俺たちは忌み嫌われ続けるんだ!」

 私は、やり場のない怒りを叫びとしてぶつけた。

 その時、

「さっき女が殺されたばかりだっていうのに、大声を出すな。奴に気づかれてしまうぞ」

 そんな声が、先ほど私と娘が身を隠していた物陰から聞こえてきた。

「だ、誰だ?」

 慌てて私が問うと、

「安心しろ。俺は、お前と同じ『嫌忌者』だ」

 そう言って、ひとりの男が姿を現した。

 男は、私と同年代のようだった。

「そんなところにいたら、奴の恰好の餌食だ。早く、こっちへ」

 彼は、自分がいる場所へと私を招いた。


「……で、様子を見ていたところによると、あんた、殺されたあの女の知り合いか?」

 私がそちらへと着くや否や、そう男は尋ねてきた。

「あぁ、妻だ」

「へぇ、そうか。かなりの別嬪だっただけに、そいつは残念だったな。だが、同情なんかしねぇぞ。何せ、こっちは独り身だからな」

「別にそんなことは俺も望んではいない。それより、ひとつだけ教えてくれ。妻は、妻の亡骸は、いったいどうなった?」

「あぁ、そのことか。そいつは何とも言いづらいんだが、あんたがあの女の旦那だったってのなら仕方がない。教えてやるよ。死んだあと、すぐに何か真っ白なものに包まれて運ばれて行った。どこに運ばれたのかまでは、知らないが」

「そうか。ありがとう、すまなかったな」

 そうそうに会話を切り上げ、私は動き出した。

 それを、

「おい、ちょっと待て。どこに行くつもりだ?」

 と、男が呼びとめる。

「決まっているだろう。妻の亡骸を見つけに……」

「あてはあるのか?」

 あまりにも冷静なその口調に、私は思わず立ちどまった。

 男は続けた。

「いいか、よく聞け。忘れてはいないだろうが、俺たちは『嫌忌者』だ。嫁のことは、諦めるより他ねぇんだよ」

「諦める? そんな理不尽……」

「理不尽だろうが、それが決まりだ。……あんた、子供は?」

「幼い娘がいる」

「可愛いか?」

「当たり前だ!」

「じゃあ、なおさらじゃねぇか。娘のためにも、あんたは死んじゃいけねぇんだ。……分かったな?」

 そう言うと、男は私の顔を覗きこんだ。

 話す言葉は荒いが、この男は、間違いなく私のことを心配してくれている。

 それが痛いほどに伝わり、私は、

「分かった」

 と頷いた。

「よし、それでいい。ところで、あんた、嫁が死んだのを知っていたってことは、奴が持っていたあの武器についても見たってことか?」

 ……武器。私の脳裏に、妻が殺された瞬間の、あの光景が蘇る。

 それを無理に振り払い、私は答えた。

「あぁ、見た」

「あいつはな、俺たちを一瞬でショック死させるほどの力を持つ、強力な武器だ。だから、あれを見たら戦おうなどと考えるな。とにかく逃げるんだ」

「分かった。忠告、ありがたく受け取っておく」

 私は、男に礼を伝えた。

「別に気にすることはねぇよ。あんたも俺も、同じ『嫌忌者』だからな。ただ、俺はすぐにでもここを離れるつもりだ。あんな武器を使われるんじゃ、命が幾つあっても足りねぇからな。だから、あんたも娘を連れて遠くへ逃げたほうがいい」

「そうだな、考えてみる」

 ここは妻が殺害された場所だ。離れるつもりなど毛頭なかったが、私は、気持ちとは裏腹にそう答えた。

「じゃあ、またどこかで会うこともあるだろう。達者でな」

 最後に小さく笑って見せると、男は、そのまま振り返ることなく去って行った。


 男の話では、妻を殺害した武器は、相手をショック死させるというものだった。

 ならば、少なくとも妻は、苦しむことなく天に召されたのだろうか?

 何もかもが悪夢のようなその中で、唯一それだけが、私の心の救いであった。


 この後、妻を亡くした私は、男手ひとつで何とか娘を育てていった。

 そして、時は流れた。

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