6話
窓から差し込む陽光は、いつの間にか赤みを帯びていた。
男は回想の残滓を振り切るように、ゆっくり頭を振ってから立ち上がる。
「暗くなると面倒だからな」
文明社会の崩壊後、人類が占めていたニッチは急速に他の生物によって補完されていた。
その中には危険な捕食者も含まれている。
男は死にたくなかった。
社会が衰退し、周囲の人間がいっそ転生したほうが楽だと思い始めた時も。そして実際に生きる気力に乏しくなった仲間たちが、一人、また一人と命を落としていくのを目の当たりにしても。
死ぬことが、そしてその後に転生することが、恐怖でしかなかった。
たとえチートな能力やスキルを与えられようとも。
転生者の登場からこちら、一体どれほどの命が失われたのか。そして、そのうちどれだけの命が転生を果たしたのか。
それを考えると恐ろしくなる。
それだけの数の異世界で、転生の証明に起因する社会の崩壊が始まっているのだとしたら。
もし自分が転生した先の異世界でも、この地球と同様に転生の存在が証明されてしまっていたら。
もし同様に、死生観の変化に伴う悲劇が繰り返されていたら。
もし自分が転生してきた時点では問題はなくとも、別の異世界から転生してきた人間が口を滑らせたら……
男の脳裏には燎原の火のようにあらゆる異世界の、あらゆる文明に転生という概念が広がっていく光景が幻視されていた。
「転生者が帰って来なければ……」
何度目かになる恨み言。
転生者の帰還、それだけでは致命的な事にはならなかった。
「転生の事を公にさえしなければっ」
そのせいで世界の死生観が狂ってしまった。生に執着するよりも、転生してやり直す価値観が定着してしまった。転生を救いとする思想まで生まれてしまった。
今やその価値観や思想は、異世界にまでばら撒かれている。ばら撒かれた先でも増殖し、さらなる転生でより多くの異世界にばら撒かれるのかもしれない。
男は死にたくなかった。
異世界に転生したとしても、そこでもまた……
というわけで完結でございます。
異世界転生物の定番に「主人公がトラブルを避けるため、転生とかの事情を黙っている」というのがあるかと思いますが
「じゃあ、事情を話したらどんなトラブルが起こるのかな?」というお話でした。