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転生者達の帰還  作者: カキング
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5話

 日本政府が国内の原子力発電所をすべて閉鎖にすると発表した時、驚愕というよりも諦念の入り混じった納得をした人間の方が多かった。

 この決定は単純に環境への配慮というよりも、背景にもっと差し迫った事情を抱えていた。

 日本国内における若年層の急激な減少である。

 もともと転生者達の帰還前から、出生率の低下は社会問題ではあった。転生景気によって一時的に回復を見せたものの、その後の社会不安から再びの低下を見せる。

 それに転生希望者による救護拒否、さらには転生関連犯罪の激化による死亡者数の増加が追い打ちをかけた。事に若年層が巻き込まれるケースの多い後者の犯罪は、実被害以上に社会に対する影響が大きかった。

 こういった犯罪に起因する社会不安は治安の悪化の遠因となり、人々の心を転生へと傾けて、それがさらに転生過激派を増やす悪循環へとつながっていたのである。

 一連の負のシナジー効果は、比較的早い時期に有識者の間から指摘する声が上がってはいた。対抗するための様々な施策も同様に。

 だがそれらはどれも解決策たり得なかった。そして減り続ける出生率と増加する若者の死は、遠からず日本社会が社会を形作るだけの人口を維持することが困難になることを物語っていた。

 移民に頼るという昔ながらの議論もあったが、諸外国も日本同様の問題を抱えていた。のみならず、地域によっては日本よりもさらに深刻な事態に陥っていたのである。


 世界情勢については後述する。

 日本政府の今回の決定は、これらの事情により高度な専門技術とそれを支える巨大な組織を運営する体力が、遠からず失われてしまう事が避けられないからに他ならない。

 原子炉の稼働を停止し、付近一帯を立ち入り禁止にする。減少した電力供給力は既存の発電所と転生者達がもたらした技術で開発された新型の発電システムで補う。

 それで何とかなる程度に日本の経済は、産業は、規模を縮小しつつあった。


 日本政府はこれを皮切りに、次々と活動規模を縮小させる方向の政策を発表していく。

 それはあたかも日本という国自体が、安楽死を望んでいるかのようであった。


 それでも日本はまだ、世界で見ればまだ秩序だっている方であった。


 転生の証明は、世界各地で過激派やテロリストたちが勢力を伸ばすきっかけとなりつつあった。

 過激派の指導者たちは異口同音に言う。

「我々の正義の為に殉じたものは、必ずや素晴らしい転生を遂げるであろう」、と。

 動機としては他の転生関連犯罪者と変わりはないが、彼らには組織力があり、そして豊富な武器弾薬があった。そして現実に不満を抱き、万が一の転生に賭ける若者たちはいくらでも存在したのである。


 影響はそれだけにとどまらない。

 全面戦争に至る事こそないものの、紛争の類は各地で激化した。

 これに関してとある経済学者が「人命というコストが、転生という要因の為に価値が低下したことが原因」と評した。

 その真偽はともかくとして、命に対する価値観が「一度きりのかけがえのないもの」から「転生で何度でもやり直せるもの」へと変化したのは事実である。

 それによって命を粗末にするようになった人間は、割合としてはそう多くはないのかもしれない。

 だがその価値観は、様々な場面で最悪の方向にかみ合ってしまっていたのである。


 既に社会の関心は転生者から去っていた。

 今後彼らが何を言おうと何をしようと「転生」という概念がばらまかれ、人々の死生観が変化してしまったことは覆しようのない事実である。

 世界からは確実に以前より、生に対する執着が乏しくなっていた。心ある人はそれに対して絶望的な戦いを挑み、そして敗北を重ねていた。


 もっともそれも長くは続かなかった。

 国家でも企業でも、人口の減少で維持できない部門や組織が次第に増えてくると、人々は生きていくことの困難さがより増したことに直面した。

 輸送網が壊滅したことで、他地域の産物の入手が不可能になった。

 工場の機械が壊れると、交換の部品の入手に数ヶ月もかかるようになった、それも運が良ければの話である。

 情報にしても同様であった。

 記者の数は年々減少を続け、必要な場所に必要なだけの人間を送り込む贅沢はどこのマスコミにも許されなくなっていった。

 それを補完することが期待された有志によるネット上の報道も、信頼性に目をつぶったとしても投稿できるだけの余裕を持つ人間は年々減少の一途をたどったのである。

 正確な情報の欠乏は憶測とデマの温床となり、更なる悲劇を各地にもたらすこととなった。


 人類は自分たちが如何に社会化された生き物であるか、悟らずにはいられなかった。そして如何にそれまでの環境に適応しきった生き物であるか、と。

 社会の構成人数の劇的な減少は、人類にとって快適な環境が失われるという事に他ならない。せめてその速度が緩やかであれば、人類はまだなんらかの生き残りの方法を見つけられたのかもしれない。

 だがその時間はすでになかった。

 あるいは死に対する価値観の変化が、積極的な解決策を探る意欲を削いでいたのかもしれない。

 いずれにせよ、急激な環境変化に対応できなかった過去の様々な種族と同様、高度に社会生活に適応した人類という種はその崩壊とともに、地球上から姿を消していったのである。


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