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転生者達の帰還  作者: カキング
4/6

4話

 事件は当初、ありふれたというには悲劇的に過ぎる事故として報道された。

 暴走したトラックが数人の若者を巻き添えにして暴走、自らも民家に激突して運転していた男は現場で息を引き取ったのである。

 多くの犠牲者を出したこの事故は確かに悲劇であったが、加害者が事前にネットにアップしていた動画がこの事件を単なる事故では無くしていた。

「僕はこれから善行をなそうと思います」

 異世界転生の存在は確認されたものの、その細かい条件はいまだに不明なものが多い。

 チートスキルの獲得条件や、イケメン、あるいは美少女へと転生するにはどうすればよいのか。あるいは魅力的な人外に転生出来るのは、どんな死に方、もしくは生き方をしてきた人物か。

 これらの問いに明確な答えは出ていない。

 だが傾向として、生前善い行いをしてきた人物。あるいは若くして理不尽な死を遂げた人物がそれらの恩恵を受けやすいとは言われていた。

 そこで、と。加害者は主張する。

 ある日突然暴走トラックにはねられて死ぬのは、これは当然理不尽な死であり、被害者が若ければ高確率で素晴らしい転生をするということである。

 言い方を変えれば、トラックを暴走させて若い人間を死に至らしめるのは、彼もしくは彼女を高確率で好条件の転生をさせてあげる行為ということになる。

 ならばそれを狙ってやるのは善行をなすことに他ならない。

 善行をなした自分もまた高確率でチート付き転生を果たす確率が高くなるはずだ。


 加害者の主張は、彼が思うほど斬新なものというわけではなかった。ロジックとしては過激な終末思想のカルト集団をはじめとして、似たようなものはすでに存在している。

 彼の犯行が呼び水となったのか、あるいはまったく独立した行動なのか――この事件の直後、動機を同じくする大量殺人が世界各地で立て続けに発生した。


 無論の事、加害者の論は詭弁に過ぎない。

 事件の被害者たちは確率が高いとはいえ、確実にチート付き転生ができると約束されたわけではない。翻って被害者の遺族や身近な友人たちは、突如として大切な人の命を奪われたことで、不幸になることはほぼ確実であった。

 そこに思い至れるもの、思い至れなくとも実行に躊躇するもの。それ以前に大半の人は社会秩序を大いに乱すこの主張に否定的であった。

 大多数の人類は、この事件の加害者達ほど愚かではなく、犯行に及んだのは極めて僅かな例外と言える者達である。

 だが、たとえ前述の結論に至り、かつ実行する人間が百万人に一人の異常者だとしても、文明の利器を駆使することで、その一人は10人以上の人間を道連れにすることが出来るのである。

 アメリカでは「シーユーネクストライフ運動」と称して、こういった思想に賛同した少年たちが、学校内で銃を乱射する事件が毎月のように発生した。

 銃弾で傷つき呻く生徒たちの中には「転生カード」を所有するものも少なくなく、彼らを少しでも早く楽にするために駆けつけた警察官がとどめを刺すという、凄惨な場面すら珍しくなかった。


 受動的に転生を待ち望む姿勢から、積極的に転生をする姿勢へ。悪夢のような思考の転換はさらに悲劇を招く。

 例えば慈善団体の資金不足である。

 収入の多くを寄付金に依っていた慈善団体が次々に赤字に転落し、活動規模を縮小せざるを得なくなったのである。

 原因はさまざまに取りざたされたが、ここでもまた積極的な転生という概念が顔を出していた。

 慈善団体に寄付して、難民や難病、貧困層の人間を無理に助けるよりも、一思いに見捨ててやってチートな転生をする方に賭けた方がいいのではないか。みだりに援助して彼らの寿命を延ばすことは、いたずらに苦しみを長引かせているだけではないだろうか。

 銃弾なり暴走トラックなりで直接手を下すのに比べ、寄付金を減額する、あるいはやめるのはハードルが低く、自らの手を汚したという罪悪感も起きにくい。

 また、同様に自らの役割に疑問を抱いて活動を辞める職員もいた。

 積極的に弱者を助ける、その意義が揺らぎだしている事を誰もが感じ取り始めていた。


 このころ、世界各地に反転生主義を掲げる団体が立ち上がり、この流れを止めようという活動が始まった。

 それ自体はまっとうなことであり、実際にほとんどの団体は生命の大事さ、生きることの尊さを啓蒙する事を活動の主題としていた。

 だがより過激な団体は転生という概念そのものを悪と捉え、激しく攻撃した。

 その活動は日毎に過激さを増していき、ついに「転生肯定主義者」と彼らが名付けた者達への私刑へと発展した……


 転生者達の何人かは、事態の解決のために積極的に行動した。

 だが転生――とりわけチート転生に憧れるものにとっては、彼らの存在そのものが自分たちの主張の正しさの裏付けをしているようなものである。あるいはやっかみ混じりに、自分たちだけ美味しい転生ライフを満喫するつもりかと詰るものもいた。

 一方、反転生主義者達にとってみれば、転生者達が現れなければ世界はこんな風にならなかったという思いがある。

 とりわけ転生を狙った犯罪によって身内を喪った遺族たちにとって、転生者達は仇にも等しいものである。

 転生者達の説得はその神経を逆なでするものでしかなかった。


 そして、転生者達の何人かは知らぬ間に姿を消していた。

 転生先の世界に逃げ帰ったとも、過激な反転生主義者達によって暗殺されたともいわれる。


 最初の転生者が世に出てから20年強の時間が流れていた。

 かつて人類の明るい未来の象徴だったはずの転生は、いまや重い足かせとなりつつあった。

 この年の日本の犯罪白書に、初めて転生関連犯罪が統計として記載された。白書によれば、年間で3万人ほどの人間が転生に関わる事件で命を落とし、かつそのほとんどが10代から20代の若者であった。

 それが日本の未来にどれほど暗い影を落とすか。

 少なくとも白書に目を通すような人種に、それがわからぬ道理もない。

 だが解決方法にまでたどり着けた者は、誰もいなかったのである。


予定より1話伸びます。

事態が悪化する話を書いていたら、伸びてしまいました。

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