城攻めの目的と留意点
『攻城戦』とは何ぞや? それは敵の砦、城、城壁都市を奪取するための戦闘のことだ。
逆に城に籠り長期に渡り守勢に徹して攻撃側と対峙し続けることは『篭城戦』と呼ばれ、城が攻撃側の侵入を阻止し切れずにその支配権を明け渡すことを「落城」・「陥落」という。
古代から現代にいたるまで、戦争は野戦と城攻めの2大戦闘形態で行われている。
『孫子』では、防御に徹する守備側の攻略は容易ではなく、
城塞都市への包囲戦は最も避けるべき下策だと述べられている。
とはいえ、どうすればいいのかは書かれていないし、城というモノは重要箇所に築かれるものなのだ。
戦争を終わらせるためには、最終的には城攻めをしなければならない。
戦争の芸術は所詮は理想であり、現実ではない。攻城戦の目的は以下のものである。
①軍事的観点からの要衝の確保
交通の要衝など軍事的に重要な地点を確保すれば、その後、会戦をするのも持久戦に持ち込むにも有利になる。しかし、城壁などを修復不能なまでに完全に破壊してしまえば再利用が不可能になるため、攻め手はそれに留意する必要がある。
②地域の支配
地域支配の中心である城を奪えば、その地域は自ずからそれに従うようになる。
近代以前はひとつの都市を中心に経済圏を構築している、周辺の村々は従わざるを得ない。
国家レベルであっても、首都を抑えるという事は一定の正当性を担保する。
首都を失った勢力がその存在を軽視されるのは当然のことである。
③富や物資の略奪、要人の捕獲や殺害
主に城壁都市の場合、十字軍のコンスタンティノープル攻撃のように、蓄えられた財宝、食料、物資が直接的な目的となることもある。
また、古代、中世の戦争は君主を捕らえれば終結し、逆に捕獲できなければ抵抗がいつまでも続くことが多い。野戦では逃げられやすいが、城に追い込めば捕獲できる確率は高くなる。
④戦闘の強制による敵戦力の漸減
戦略的重要地点でないが、占拠されると圧力を感じる、象徴的な意味がある、味方を見捨てたという風評が気になるなどの理由によって敵戦力を釣り出すことができる。
解囲戦に参加するのは敵の総戦力の一部となるので敵の分散を強要できるし、比較的自軍に有利な地点で決戦を行うことができるので敵の本拠地に殴り込みに行くより楽に戦いを行える。
さて次に留意点である。
ここでは補給など重要な些事は置いておき、最終的に陥落した城がどうあるべきかを語る。
①軍事的観点からの要衝の確保
交通の要衝とは、港、街道や鉄道の交差点、橋や峠道など行動が制限されるところで、
大規模なモノの場合、それ自体が戦争の理由になる重要な代物である。
軍事的要衝は、日露戦争の旅順や太平洋戦争のパールハーバなど大規模な軍隊の集積地。
現在の沖縄やクリミアなどホットな地点へのアクセスが容易な地点である。
中世ものなら単に兵糧が大量に保管されている補給基地などでもいいかもしれない。
このパターンは攻城戦後に自軍がその拠点を使う。であるなら城塞の損傷は可能な限り抑えたい。
さらに敵はすぐに奪還や増援に現れる可能性があるので、最低限度の攻城兵器と攻城戦術で落とすことが望ましい。
つまりは奇襲からの力押し、謀略によって裏切りを誘発させるのがいい。
長々攻城戦を実施すると、守り切れないと判断した守備兵はそれらの施設を破壊してしまう。
最低だが、裏口からの奇襲的制圧を使うならここだと思われる。
やる場合にはその後の野戦をしっかりと描かないと、何とも言えないモニョル感じを残してしまう。
だから、やる際にはせめて夜にやろう! 間違っても真昼間にやってはいかんぞ!
②地域の支配
基本的には①軍事的観点からの要衝の確保と同じである。
壊れた都市機能を再建するのに、本国から金を吸い上げるなどあまり許容されない。
使う予定の場所は壊さないように気を付けよう。
占領時のために高級住宅を傷つけないように空爆してたアメちゃんのようにな。
とはいえ、①が物質的なものが中心なのに対して②は政治的な面が多いように思える。
つまりは”誰がこの金を生み出すドル箱を支配するの”という問題である。
リアルでは、この辺りをおざなりにすると反乱祭りになるが。
ここら辺は繊細なわりに凝ってもあまり面白くはなさそうなところではある。
アメちゃん流に『俺たちぁ解放軍』でも問題はないかもしれない。
統治したけりゃ『ここで生まれたお前らの言葉を喋れない奴』を連れてこいと啖呵を切られたので、
妊娠している王妃をそこに連れてって、生まれた赤ん坊に王冠を被せました。
みたいなトンチじみたことが溢れた項目ではある。正当性や譲歩は結構重要。
③富や物資の略奪、要人の捕獲や殺害
この選択は占領はできたが、それを維持できそうにないとき選択される。或いは純粋に略奪目的で統治する気など元よりない場合である。
まあ主人公に略奪のための侵攻をさせる場合はあまりないと思うが、やるならキッチリやろう。
ヤルことヤッテルくせに「僕、ホントはこんな事したくないんです」みたいのが一番モニョル。
主人公がそうなら近くに「ば~~~っかじゃねえの!?」というキャラを入れとけばいいだろう。
リアルなら長期作戦を略奪や現地調達なしに実行するのは不可能に近い。
統治する予定のない場所なら『金! 暴力! SEX!』の精神で好きさせたらよろしい。
殴り合いは文明人より蛮族の方が強いのだ。
要人の捕獲や殺害の場合は、いつの時代かどんなシナリオかで全然話が異なる。
濡れ衣を誰かに着せるか、悪魔として討ち取るか、ぶち殺して臨時決議を取って民主的に併呑するか作者のお好みで。
④戦闘の強制による敵戦力の漸減
自軍の領土に近い地点で敵の主力と決戦するのと、敵の本拠地まで進んで決戦するのではどちらが楽であろうか? 例外はあるかもしれないが基本的に領地に近い方が補給や増援の面で大いに有利である。
大国同士の戦いの場合、一度の決戦で戦力が尽きず何度か大規模な戦闘になる場合がある。
その時、自軍に有利な場所で決戦を行いたいと考える事は普通に考えられる。
秀吉の備中高松城の戦闘は秀吉側30.000VS高松城5.000の戦いである。
実に六倍差、高松城は奮闘したようだが救援が来なければ落城必至である。
毛利家の大名、毛利輝元は40.000の兵を率いて救援に向かったが、
かなり渋っており、救援のない高松城は降伏し配下の生存と引き換えに城主は自害した。
知っての通り、本能寺の変により織田側の増援は来なかったのだが、
増援に来る予定だった明智光秀と毛利軍が戦ったとしたらどうなったであろう?
明智も秀吉も所詮は織田の一家臣である。輝元は捕らえられば毛利家滅亡の危機だが、
織田家にとっては秀吉も明智も失っても、困るだけで済むのである。
とはいえこの例はわかりにくい。
元々、戦争の方策にはいろんな思惑が交わるのでコレだという目的を抽出するのは困難なのである。
封建社会だと、部下の部下は部下ではない。なので手下の戦力調節という意図すら考えられるのだ。
わかりやすいのは国家主義が広がり徴兵制により、戦争が国家VS国家になった時代の方だろう。
戦争に関して大きな勘違い、或いは歪曲が大手を振って広まっている。
戦争を終わらせるのに、敵の首都を落とし、敵の政治体制を破壊しなければならないという認識だ。
そんなモノは敵はジェノサイドしないと終わらないという無条件降伏脳に基づく間違った認識である。
別に敵の本拠地に旗を立てなくても、停戦からの流れで終戦という形になる。
要はその戦争が割に合わず、戦争を終わらせる条件が納得のお値段なら戦争などすぐ終わるのである。
ヴェルダンの戦いは、④の戦闘の強制による敵戦力の漸減、に完全に合致する戦いである。
”ヴェルダンの血液ポンプ”・”ヴェルダンの肉挽器”と呼ばれたこの戦いは、
フランス軍362.000人、ドイツ軍336.000人、両軍合わせて700.000人以上の死傷者を出した。
第一次世界大戦のフランス共和国内のヴェルダンを舞台に行われたドイツ軍とフランス軍の戦いである。
ヴェルダンは長きにわたって、ドイツとの係争の対象となった象徴的な都市である。
そしてドゥオモン要塞やヴォー堡塁などの防御要塞があったが、フランス側からは鉄道は一本のみ。
つまりここを破壊すれば、部隊の補充はドイツ側が有利である。
後は死体を積み上げる消耗戦を強いれば、フランスは損害に耐えれず大戦から脱落する。
そうなれば連合は瓦解しドイツ有利な条件で大戦は終了するだろう。
そういう考えをもとに地獄の様な消耗戦が実施された。
正直、血なま臭さ過ぎて小説で書くのには全く不向きである。
『孫子』の教えに従い戦わずに勝てる様にしよう⋯⋯⋯でもそうすると話に面白みがないんだよな~
小説はままならんものである。