現が夢なら
「なんじゃ、喧嘩かの?」
呑気そうに言うポチャマッチョカッパに、カパ郎は恨めし気な顔をした。
「誰のせいじゃと思っとるんじゃ……」
「カパ郎のせいでしょ」
「ううう……こんなに冷たいりおなは初めてじゃ……俺がカッパと知った後でも、優しかったのに……」
メガネカッパが、メガネをスイと正しながら、「んふーっ」と鼻の穴を膨らませた。
クールインテリ系の見た目にはそぐわない表情だった。
見れば、股間に大きな葉っぱを着けていた。文明への一歩を踏み出した彼は切れ長の目を細めてくちばし? を歪めた。
「カパ郎何をしたんじゃ。乳でも触ったんか」
はい、メガネカッパ、文明からまた一歩遠のいた。
カパ郎が憤慨して声を荒げた。
「そんな事してないのじゃ!」
「ならどっか舐めたんか」
「もっと無いのじゃ!!」
「エロガッパじゃのー」
「なにもしてないのじゃ! おぬしら、りおなをそうゆう目で見るなら即刻立ち去るのじゃ!!」
カパ郎が肩を怒らせて、私の姿が三匹から見えない位置に立った。
私はカパ郎の逞しい背中と小さな甲羅を見上げ、「え」と小さく声を上げた。
それと同時に、三匹がカパ郎を囃し立てた。
「なんとまぁ! カパ郎は焼きもち焼きじゃ~!!」
「他の男衆に見せるのも渋るとは、小さい男じゃ~」
「ち、ちがちが違うのじゃ……!!」
「ほんだで最近一人でおったのじゃな?」
「ちがちががが……」
「俺らに見せとうなくて、独り占めしたかったんじゃろ~!!」
「ケチいのう!」
「恋狂いカッパじゃ!!」
「お、おぬしらもう止めんか! 黙るのじゃ!!」
わーっ! と叫んで、カパ郎は手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。
「りおなは人間なんじゃ! カッパにそんな風に想われておると知ったら逃げ帰ってしまうではないか!! もうお終いじゃ!!」
そう言って、AV女優に失恋した時の様にカパ郎は大きな身体を縮こまらせた。
「もうお終いじゃ」と泣きながら。
「カパ郎……」
私はカパ郎の傍に寄って、彼の泣いている顔を覗き込んだ。
カパ郎は顔を腕で拭いながら、私から目を逸らした。カッパの涙はとっても綺麗。
「だから、嘘ついたの?」
すん、とカパ郎は鼻を啜って「許して欲しいのじゃ……」と小さく言った。
「だから、もんぺなんか履けって言ったの?」
「か、川から覗けないからの……」
私は萌えた。萌えてしまった。
でも、頭の何処かで必死な声がする。
『落ち着いてリンリン! カパ郎はカッパだよ!』
―――でも、とっても良い人なの!
『だから落ち着いてってば! リンリンは積み重ねて来た自らのセクハラに、知らない間に野獣モードになってるだけ!!』
―――それは……もごもご……。
『焼きもち焼かれ慣れてないから、ちょっとキュンとしちゃっただけだよ! これだから落ち目の女は!』
―――ううう……。
『夏だからって浮かれてるんじゃないよ!! 王子サマに巡り会えたうーたんに対抗してるの? うーたんの王子は人間! リンリンがこれからむしゃぶりつこうとしているのは、カッパ!!』
―――私はうーたんと張り合ったりなんて……! それに、そんな事にカパ郎を付き合わせたりなんて失礼な事、しない!!
『どうだか! 寂しいからって異種族で手を打つなんて! あんた何処まで落ちる気なの!?』
く……、と脳内で瀕死状態の私を、カパ郎が悲しそうに見た。
「りおな、気にせんでくれ。俺は判っとるからの……りおなは『モンモン』に描かれとる様な男が好きなんじゃろ?」
『モンモン』は『MONMON』 という名の女性誌だ。
「如何にしてモテ女になるか」と「イケメンの半裸写真」がメインの発情期ウーマン御用達雑誌である。たまにエッチなDVDがおまけで付くけどそれがなにか?
私が暇つぶしに持ち込んだ『MONMON』をパラパラ捲っていたカパ郎の姿を思い出し、そんな事を考えていたのか、と思うと……思うと……!!
『リンリン、ちょっと、聞いてるの!?』
―――うるさーい!!
私は脳内で雄叫びを上げた。
―――ああ夏だよ!! うーたんに王子サマが現れて、私は寂しいよ! 異種族で手を打つくらい彼氏が欲しかった!? 冗談じゃない!! 異種族でも何でも良いから彼氏が欲しかったよおおおおおーーー!!
『り、リンリン!?』
―――確かにカパ郎はカッパだよ!! でもね、それが何!? カパ郎を見ると胸の中が暖かくなるの!! それから、熱くなる!! この沸き上がる熱い感情は何? ホワイ!? こんな気持ち初めてなのよ好きにさせて現が夢よーーー!!
「カパ郎!!」
「り、りおな!?」
私は正気のリンリンの制止を振り払い、カパ郎をギュッと抱きしめた。
手に甲羅がちょっと触れて『あ……やっぱカッパ』とこの期に及んで正直微かに気持ちがブレたけど、もう飛び込んでしまったから後戻りは出来ない。
私は『萌え』に負けた。多分これはカッパ萌えというヤツだ。
「りおな……」
「カパ郎……」
―――俺がカッパじゃなければよかったのう
―――私がカッパなら良かったんだよ
カパ郎がどんな気持ちで言って、自分がどんな気持ちで返したのか。後から理解が追いついて、幸せなんだか悲しいんだか解らない。
私は本気でカッパになっても良いと、思った。お皿は取り外し可能なんだし。
私とカパ郎に飽きた三匹が、白けた様子で雀卓のセットをジャラジャラし始めても、私とカパ郎は抱き合っていた。
思い返せば、カパ郎から私に触れて来るのは、陸ではこれが初めてな様な気がして私は改めて種族(?)の違いに躊躇するカパ郎の葛藤に「あんなに気安くベタベタして悪い事をしたなぁ」と反省した。私はとんだビッチだった……。恥ずかしい……。
「おいカパ郎~、いつまでやっとるんじゃ。準備出来たぞ」
「始まらんじゃないか、はよするのじゃ」
「あんたたち、空気読みなさいよ!」
私がバカ三匹に怒ると、三匹はブーブー言った。どうやら「カパ郎ばっかりズルい」と、かなり面白くないらしかった。カッパ界、雌が少ないとみた。
カパ郎はというと、仲間への面子を(今更だけど)気にしている様子だった。
「カパ郎、遊んで来なよ」
「いいのかの? ……じゃが……」
「私ならいいよ。もう遅いし寝るよ」
想いが通じ合った直後に男は麻雀、女は早々に一人寝ってどうよ、と思いつつも私は男の顔を立てる事にした。
「りおなもやらんか?」
と、カパ郎が私を麻雀に誘った。
「麻雀知らないの」
「ほうか。教えてやるぞ。一緒にやろう」
三匹のカッパも、「やろうやろう」と私を誘った。
いつの間にか煌々と焚かれた火が、雀卓と雀卓を囲むカッパ達を橙色に照らしている。
私はほのぼのとした夏の宵に、肝心な事を忘れている事に気が付いていなかった。