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ぱんつが足りない

「りおな……」


 意を決した様なカパ郎がこちらをグッと見た時、どやどやとした声と足音がした。


「!?」


 何人かの人影が、川の方からこちらへ近づいて来ていた。

 少し離れたロッジに、誰か他に旅行者がいたのだと私は思い、カパ郎を隠さなくては! と焦った。

 こちらへやって来たのは三人の男達で、全員素っ裸だった。


「!!!???」


 私の脳裏に、小劇場が繰り広げられる。


『オイ、隣のロッジ、若い女一人で来てるぜ』

『なんだって? げっへっへ、そりゃあいいや』

『コンビニの店員が、太いキュウリと一升瓶を毎晩買って行くって言ってたぜ』

『ヒュー、そんなもの買い込まないでも、俺様のバズーカを喰らわせてやるぜ!』

『よし、寝静まったら慰めに行ってやろうぜ! ヒャーッハッハッハァッ!!』

『全裸じゃー! 全裸で突撃じゃー!!』

 ドンドコドコドコドンドコドコドコ……(太鼓の音・揺らめく炎)


 どうしよう!?

 助けてカパ郎! 

 で、でも幾らカパ郎が偉丈夫とはいえ三人が掛かりではきっと太刀打出来ない。

 絶対卑怯な手を使って、カパ郎をのしてしまうに違いない!!

 そしてカパ郎は見世物小屋に……!!


 私が青ざめていると、悪党全裸三人組の誰かが「ほぇ~」だか「ずんどぅ」だかいった声を出した。

 とても呑気そうな声で、今から姦輪しにやって来た荒くれ者共の声とは思えない。


「カパ郎~、こんな所におったんか~」

「今日はおまえ、麻雀する日だったろうが~、人数足んねぇから来てくれないと~」

「!?」


 私は目を凝らして三人組を見た。

 目を凝らすと見えなくて良いモノまで見えてしまうけれど、仕方ない。


「あんれ、カパ郎がオナゴとおるぞ~」

「ほんだあ! カパ郎、オナゴとおる~!!」

「ずりーのう、カパ郎~!」


 小さくなっていたカパ郎が、気まずそうに私をチラチラ見た後、ハンモックから降りて「お、おう~」とモゴモゴ彼らに答えた。


「すまんのう~……。仲良くなってのう~……」

「人間のオナゴでないか」

「カパ郎はほんにエロガッパじゃ~」

「おまえ、何履いとるんじゃ?」

「こ、これはのう、ぱんつっていうんじゃ……」

「マヌケな姿じゃのう~」

「マヌケじゃ、マヌケじゃ」


 ぎゃはは! と仲間(?)に指差され笑われて、カパ郎はしゅんとしてブリーフの居住まいを整えた。

 ああ、私がパンツなんか履かせたばっかりに、カパ郎が仲間(?)から笑われている、と胸が痛くなって、私はカパ郎の傍に寄ると、後ろからズルッとカパ郎のパンツを降ろしてあげた。

 この状況の方が笑いものにされる気がするけれど、カパ郎たちの常識ではパンツの方が嗤えるんだろう。

 けれど、あろう事かカパ郎は一度脱がされたパンツをグッと深く履き直した。

 引き締まったお尻がはみ出して、あわやTバック状態のカパ郎は、毅然と言った。


「いいんじゃ」

「でも……」

「りおなが俺にくれたんじゃから、いいんじゃ」

「カパ郎……」

 

 カパ郎は私に優しく微笑んで、仲間(?)達に向き合った。


「おまえら、良く聞け。人間のオナゴはのう、丸出しを好かんのじゃ」

「なんと……!」


 唖然とする私の前で、何かが食い違って行く。

 カパ郎は重々しく仲間(? ていうか、仲間だよねこれ完全に)に頷き、力強く発言した。


「鍵はパンツじゃ! 」


 カッパ男達はざわざわした。近くで見ると、皆くちばし? のあるイケメン揃いだった。


「ほいだで叫んで逃げるんかの」


 と、言ったのはややポチャマッチョの、ワイルド風イケメンガッパ。


「カパ郎はぱんつ履いとるで、オナゴと仲良く出来たのじゃな」


 と、言ったのはちょっと細面な女顔の色白カッパ。髪がサラサラだ。


「いいのう、ぱんついいのう……」


 羨ましそうなのは、シャープなメガネをかけた、切れ長の瞳の秀才風カッパ。

 いや、お前なんでだよ。なんでメガネかけてるんだよ。


「あ、三枚セットだったから、あと二枚あるけど……」

「なんと!」


 三匹のカッパ男達は目を輝かせた。


「じゃんけんじゃ!」

「じゃんけんじゃな!」

「まけへんで!」


 メガネカッパだけなんだか突っ込みどころが多いけれど、三匹の全裸は小さな輪になってジャンケンを始めた。


「いっしょっしょ~い、いっしょっしょ~い、いんちゃん・ホイ!!」

「ホイ!」

「ホイ!」

「ぐああああ~!! なんでやねんのぅ~!?」


 私の予想通り、メガネカッパが負けて、ワイルドカッパと女顔カッパが私がロッジから持って来たパンツをいそいそと履いた。カパ郎が履き方指導をしている。

 誇らしげに仁王立ちして見せてくるので「すいません。パンツ一丁もちょっとアレなんです」とは言えません。

 メガネカッパは、パンツを履いていたカパ郎を嗤っていたクセに、自分だけマッパなのが恥ずかしくなって来たのか、股間を手でそっと隠していた。

 彼らはパンツに満足し、ビールの空き缶や飲みかけの焼酎瓶などを見つけると、麻雀会場をここに移転する、と宣言し、一旦川へと消えて行った。


「……」

「……」

「一人じゃないじゃない……」

「……いやその……なんじゃ……」

「『なんじゃ』はこっちの台詞だよ。一人なんてどうして嘘ついたの?」

「……」

「私を憐れんだの? ふん、余計なお世話だよ」

「り、りおなぁ……そうじゃないんじゃ……」

「三人の話聞いてると人間の女に興味深々だし、こうやって結構遊んでるんじゃない?!」


 私はその思い付きにムカムカして、カパ郎にぶつけた。

 カパ郎はちょっとムッとした顔をして「それはないのじゃ!」と反論した。

 もっともな反論だったけれど、私は納得しなかった。

 だって私はカパ郎といて楽しかったから―――だから、他の女がそう思ったって変じゃない、と思ったのだ。


「どうだか! エロガッパ!」

「エロガッパではないのじゃ!」

「私のパンツ見てたクセに!!」

「あんなに開放的に晒しておったら、誰でも見るじゃろうが!」

「川からの視線なんて想像してませんでした!」

「ならば気をつけるのじゃ! 本物のエロガッパもおるのじゃ!」


 エロガッパと言われた事に相当腹が立ったのか、怒気を露わにカパ郎が怒鳴った。

 私はビクッと身体を震わせた。カパ郎はそんな私に一瞬怯んだ顔をした。

 けれど直ぐに思い直した様に目を厳しくさせて、「川渕を歩く時は桃色のぱんつは止めるのじゃ!」と場にそぐわない忠告をした。


「肌色も紛らわしいから止めるのじゃ!」

「……」

「なんじゃその目は……俺の意見じゃのーて、エロガッパを刺激しない為にじゃの…… と、とにかく、りおなはその短い腰巻も駄目じゃ!! もんぺじゃ!! もんぺをはくのじゃ! あいつらが戻って来るまでに着替えるのじゃ!」


 なんなの? カパ郎は、私のパンツの色とミニスカートが不服だったって言うの!? だから、全然私に興味が無かったの?! いくら山奥のカッパだからって、もんぺスタイルを押し付けられてはかなわない。そもそも、もんぺをお勧めされるなんて屈辱だ。


「どうせ……どうせ私はもんぺがお似合いだよ!?」

「そーじゃないんじゃ……りおな……」


 何やらもどかしそうに「あうぅ」と、カパ郎が呻いている内に、三匹のカッパ男達が雀卓を担いで戻って来た。

 私はそちらを見もしなかった。もちろん、カパ郎の方も。

 だって、嘘つかれたのと、カパ郎からのダメ出しがとても悲しかったんだ……。

カパ郎はなぜ嘘をついたのか?


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