メイクラブモード発動?
結局私は旅行日数分をこのロッジで過ごし、更に残りのお盆休みを消費していた。
夜、一緒にビールを飲みながらDVD(アクションの方をカパ郎は気に入った。やっぱり男の子だな)をまったり観たり、ロッジ備え付けの卓上ゲームをしたり、たわいないお喋りを名残惜しそうにしてから寂しそうに川へ帰って行く姿を見ると、「明日は帰る」とは言えなかった。
朝は朝で、川へ行くと私を待ち遠しそうにしている姿や、私を見つけて嬉しそうに目をキラキラさせるのを見た後では、「今日帰る」とは言えなくて、そうしてズルズルとロッジへ留まったのだった。
さて、カパ郎はすこぶる紳士カッパだった。
陸では自ら私に触れてくることは一切無かった。
恋人が長期間いなかった寂しい私にとって、危険のない温もりは心地よかった。
腕を組んだり、もたれ掛ったり抱きついたりと、ブリーフ一枚のカパ郎にやりたい放題セクハラした。
その度に、赤くなったり無口になったりする純情カッパが可愛くて仕方なかった。
新人のかわいこちゃんの肩をやたら揉みたがったり、下ネタを聞かせたがるオッサン上司の気持ちが今なら解るような、解らないような……。
カパ郎のくちばし? が悪いのだ。くちばし? さえなければ、私ももっと緊張感を持てたかも知れないけれど、くちばし? があるのでちょっと現実味が薄れてしまうのだ。
そう言う訳で私は物凄くガードを緩くしていた。
私は、ふとあの占い師のおばさんの話をもんもんと思い返す。
「メイクラブ」だ。
しかし、幸か不幸か、彼女の予言した事は一向に起こらずにいた。
残念なのかホッとしているのか、良く解らない心境だったけれど、私は一日中カパ郎と一緒に川で泳いだり、魚釣りをしたり、日向ぼっこをしたり、焚火を囲んで飲んだり食べたりして、合間合間にセクハラをし、それはそれは楽しく過ごしたのだった。
*
連休明けが近づき、私がとうとう有給に手をつけ始めようと決めた、ある夜の事だった。
私とカパ郎は二つ並んだハンモックに吊り転がり、出始めた星を眺めていた。
カパ郎は初めてそうした時に、ハンモックにも抵抗なく「よっこらせ」と慣れた様子で乗り上げたので、「さては人間のいないシーズンは相当ここいらで楽しんでいるな」と私は予想したものだった。
私は直ぐ横にいるカパ郎のハンモックを優しく揺らしながら、「カパ郎はずっと一人なの?」と聞いた。
カパ郎はちょっと間を置いて、心地よさそうな声で「一人じゃあ」と答えた。
「寂しく無い?」
「そうじゃのう……」
言いながら、揺れるハンモックの中で器用に身体ごとこちらを向いて
「りおなが街に帰ったら、寂しいかもしれんのう」
そう言って、私のハンモックをゆらゆら揺らした。
私とカパ郎は不規則にゆらゆら揺れて、私は「なによ、ちょっと前までAV女優に夢中だったクセに」と頑張ったけれど、結局微笑み返した。
「りおなはどうして一人で来たんじゃ? 人間は大抵連れだって来るじゃろ」
「友達と来るつもりだったんだけどね、友達に用事が出来たんだ」
「ほーか。なら、りおなも寂しかったのう」
私はそう言われて初めて、「そっか」と思った。
「寂しい」とか「悲しい」って中々声を大にして言えないから、「怒ってる」とか「嗚呼虚しい」なんて言葉にいつの間にかすり替えてしまっていた。
面倒臭がられても、憐れまれても厭だから、いつも脇に置いておいて、ないがしろにしてそのまま忘れちゃうのを、もしくは、他の何か雑多な事で塗りつぶされちゃうのを待ってる。
「……うん。寂しかったよ。友達にはカレシが出来て、きっともう、一緒に呑んだり遊びに行ったりする回数が減ってくんだ……」
人気の無い山のロッジ。
必要最低限と、ちょっとオマケのある万屋。
テレビにDVD。下準備された冷蔵庫の食糧。
街と状況がほとんど変わらないこの場所。
「カパ郎がいて良かったな……とても楽しい」
カパ郎は綺麗な目を微笑ませて、「俺がカッパじゃなければ良かったのう」と言った。
「私がカッパだったら良かったんだよ」と私は言った。
私達は見詰め合った。
カパ郎が半身を起こした。私はドキドキしてちょっと身構えた。
め、メイクラブ、メイクラブ、メイクラブ……。




