無人島に行くなら
ロッジに着くと、カパ郎は「りおなに魚を喰わせてやる」と再び川へ戻って行った。
子供の頃、塞き止めた川に養殖された川魚を焼いて食べた事がある。余りの生臭さに一気に川魚が嫌いになったのだけれど、私は黙ってお礼を言った。
カパ郎が私の為に何かをしてくれるなら、私は嬉しいのだった。
私はロッジ備え付けの鍋やら網やら料理に必要なその他諸々を、屋外のバーベキュースペースに持ち出し忙しく働いた。
冷蔵庫に用意されていた二日分の食材は、一日分づつ分けられていて、野菜は下茹でしてあった。肉はパックに収まっており、「新鮮会館」と書かれた値札シールがラップに張り付けてある。値札シールには『BBQ用牛盛り合わせ・998円(特価)』と印刷されていて、随分盛り上げてくれるではないか、と目を細めた。
ロッジのキッチンには炊飯器まであって、このロッジへ訪れる人々に「アウトドアとは何か」問いかけたくなった。
レンガで組まれた焚火コンロにライターで火を起こして、チーズを鍋で溶かしたり、フランスパンを四角く、細かく切ったりしていると、カパ郎が帰って来た。
手には私の肘から指先位ある魚を二匹、尾のところで掴んでぶら下げている。
「か、カパ郎……なにそれ!? めちゃめちゃ大きい!!」
「おう、お茶の子さいさいじゃ」
カパ郎は得意げに言って、
「俺はこのままでも好きじゃが、塩があったら刷り込むと良い」
私は早速塩を持って来た。けれど、小さな瓶に入った塩では足りないらしかったので、結局そのまま焼く事にした。
レンガで囲われた焚火をみて、カパ郎は「なんじゃこんなもん。こんなのじゃ焼けん」と言って、木の枝やら葉っぱやらを集めて来ると、(薪も新聞紙もあるのに)自分で火を起こし始めた。
彼は丁度良さそうな木を足で挟み、木の枝をそこに垂直に立てると手をすり合わせる様にして回転させ始めた。よく原始人がやっているアレだ。
私はライターを持っていたのだけれど、どうなるのか見たくて黙っていた。
かくして煙が立ち、火が起こされて、私はカパ郎を本気で尊敬した。
ライターも無しに火を起こせる男子程、魅力的な存在は無いとまで思った。
それどころか、カパ郎は魚の腹をさばいて腸を取り出したり、ワイルドに枝に魚をブッ刺して起こした火に炙ったりと手際が良く、私をますます惚れ惚れさせた。
「俺は腸入りが好きじゃが、人間はイヤなんじゃろ?」
カパ郎は気配り上手だった。
「カパ郎、私無人島にカパ郎連れてく」
「無人島に行くのか?」
首を捻るので、私は笑って「たとえ話だよ」と答えた。
辺りは薄闇に覆われて、焚火の明かりに照らされたカパ郎の綺麗で透明な瞳が、キラキラして見えた。
カパ郎は何でも食べた。
私も食が進んで、何でも食べた。川魚も、全然臭く無かったし、とても美味しかった。
カパ郎はチーズフォンデュを気に入った。
熱々トロトロのチーズを、小さく切ったパンに付ける時、楽しそうにクスクス笑った。
「美味いのう」
そう言って、ビール缶を器用にプシュッと開けた。
どうやって手に入れてるかは知らないけれど、手つきが慣れていたので常日頃飲んでいるみたいだった。
「カパ郎、ワインは飲んだ事ある?」
「赤いやつか」
「そうそう。白いのもあるけど」
「あれも美味いのう。遊びに来た人間が、忘れて行ったのをちょみっと飲んだんじゃが、あれは良かったのう……」
話題に出したものの、生憎ワインは用意してなかったので、私はちょっと残念だった。
カパ郎と、美味しいものや楽しい事を分かち合いたくなっている事に、私はちっとも気付いていなかった。