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双方、思いもよらないエール

 ひと泳ぎがてら、カパ郎が魚を捕って来た。

 カパ郎は、ひょい、と、魚を持ち上げてニッコリした後、彼は外の焚火コンロの傍にしゃがみ込んで魚を下ろし始めた。

 もうお馴染みの光景だ。

 まるで、第二のいえの様にロッジに馴染んでいるカパ郎。……このままここにいられたらいいのに。でも、一旦は帰らなくちゃ。


 街で私一人が消えて、誰が困るだろうか。

 きっと誰も困らない。

 良いゴシップのネタになって、もって一月面白がられるだけだ。

 そんなのイヤだ。悔しい。頑張って生きて来たのに、そんなのって無いじゃないか。

 褒められる様な生き方をしていた訳では無いけれど、今までの悔しさや、悲しさや、やるせなさや、自分で見つけた小さな喜びが、簡単に捨てられるものだなんて認めたくない。

 私は駄目人間だけど、大人なのだ。大人にはプライドがある。

 そして、大人には、見返りなんか無くても、お世話になりましたって頭を下げる位はしなきゃいけない義理がある。あんな場所大嫌いだ。そんな風に思ったって、生きていく時間の連続の中にどれだけ慰めが隠れていただろう。

 ちゃんと見てなかったものを、見て来なきゃいけない。きっと、カパ郎と生きるヒントに繋がるハズだ。

 これは厭だった。でも、我慢出来た。これは嬉しかった。これがあるから、頑張れた。そういうのを探すのだ。そして、カパ郎との生活とすり合わせる。

 そうしたって、歪みは必ず出来る。でも、負けない。

 だって、一人じゃないんだもんね。


 私が珍しく真面目に物思いにふけっていると、点けっぱなしにしておいたテレビから、朝のニュースが流れ出した。


『みんな、おはようさんだべ~! 昨夜のカッパ祭り、盛り上がったな~! 楽しがったか? 今朝は見てくれるじっちゃんばっちゃん少ねぇと思っと、ちみっと寂しぃけンど、がんばンぞ!!』


「あ! 芋アナ……!!」


 元気な芋アナの映像が流れて、私は思わずテレビに飛びついた。

 芋アナは昨日働きっぱなし&妖怪大戦争を体験したのにも関わらず、艶々した笑顔をテレビの中で振りまいて、お天気情報を報告している。

 私は昨夜一緒に壮絶な戦いをした戦友の元気な姿に、返事も無いのに「きゃー! おはよう芋アナ~!」と黄色い声を上げて、熱心に彼女のお天気予報を聞いた。

 芋アナはいつもの様にクルクル動き回り、元気いっぱいだ。


『ほいじゃ、そろそろお待ちかね! 昨夜のVTRを流すかンな! みんなのいい笑顔、カメラさんたぁがたくさん撮ったで、楽しんでくんさい!』 


 チャンチャカチャンチャン……と、ドリフみたいな間抜けなBGMに乗って、昨夜のお祭り風景の映像が流れ出した。

 知らない爺さんや婆さんの、喰い散らかしている姿や、子供達が走り回る姿、べろんべろんのオッサンなどの、超どうでも良い映像のオンパレードだ。正直絵面、凄く汚い……。

 で、でも、きっとコレ、家族や知り合いと一緒に観たら、楽しいよね!?

 六さんが出て来た時に、妙にテンションが上がって、私はそう思い直した。


 おお……、六さんの出店も映った!! 六さん、下着泥棒って疑ってごめんなさい!

 あ、あれ聡じゃね? う……ばっちゃんといる。親と回ったのか……。聡……否、親孝行!!


 そんな風に楽しんでいると、魚を下ろし終わったカパ郎がロッジに入って来た。


「なんじゃりおな、コメは炊けたかの~?」


 彼は、朝食の準備をせずにテレビにかじりついている私にちょっと非難の声を上げたけど、私の横に座って「おお、昨夜の……」と、すぐにニコニコした。


「楽しかったねぇ」


 裸踊りをするヨボヨボの爺さんの映像を眺めながら、私が言うと、


「楽しかったのじゃ」


 と、カパ郎も頷いた。そして、横から私を抱き寄せた。「俺のモンじゃ」的な態度に「私のモンじゃ」的態度で返して、私達は寄り添い、抱き合って昨夜のお祭り映像を眺める。

 場面はどんどん変わり、小学校が映し出された。


「あ、縦笛の発表会……無事に出来たんだね」

「あの娘っ子もやっとるのう。上手じゃ上手じゃ」


 カパ郎の言う通り、サーヤちゃんもほっぺを染めて、誇らしげに演奏をしていた。


「カパ彦、届ける事が出来たんじゃな」

「……いや、待って。なんか、縦笛違うよ」

「ほうか?」


 サーヤちゃんの縦笛は、他の子供たちの持っている白い縦笛とは違い、黒い縦笛だった。


「おかしいな。白かったんだけどな……」

「カパ彦のやつ、間に合わなんだんじゃな……」

「……」


 私は「堕天」の二文字が脳裏に浮かんだけれど、それ以上深く考えるのは止めて置いた。

 か、考えたって仕方ないしね!!


 縦笛の演奏風景が終わると、大きな焚火が映し出された。


「あれ、キャンプファイヤー……? あんなのもやったんだね」

「俺んたぁは、あれから、その、場所を変えたからのう……」


 モジモジとカパ郎が言って、私の心から甘酸っぱささがダダ漏れる。

 昨夜はあんなに暴れん坊将軍だったクセに……!! お団子(鼻)姫は大変だったんだゾッ!!

 ムラムラしていると、焚火の前に芋アナが現れた。昨夜の浴衣姿の芋アナだ。

 彼女は手に何か、大事そうに持っていた。細切れの布……?


 ……!!

 ……ま、まさか!?


 私はハッとして、カパ郎から離れ、テレビの真ん前に行き、画面の端と端をワシッと掴んだ。


『昨夜、あなたに出逢えて嬉しかったです』


 画面に、何やらテロップが流れ始めた。


「え……」


 画面の中の芋アナは、明るく微笑んでいる。

 彼女の後ろで、炎が燃えて、揺れている。


『ひさびさに、窮屈な街の暮らしを思い出しました』


「……芋アナ……」


『悲しかったこと、辛かったこと、思い出しました』

『でも、あなたと振り返ったら、ああ、なんて楽しかったのだろうと思いました』


 い、芋アナ……。


『アタシね』


『今与えられたステージを大事にします』

『また、振り返ったとき、昨夜と同じように思えるように』

『それから』

『アタシを笑わないでくれてありがとう』

アタシ(・・・)を守ってくれてありがとう』


 芋アナが、サッと炎に小さなピンク色の破片を投げた。

 沢山のピンクの破片は、炎に投げ込まれて風に巻き上がりながらもチリチリ燃えて行く。


 ―――ああ……!! お嬢様……! お嬢様グッバイ!!


 芋アナ、ありがとう!!

 なんか色々情報が詰め込まれ過ぎた映像に、どこに感動すれば良いかポイントを掴めないまま、とにかく感動して鼻を啜った。

「お手紙」の長さと映像の尺が合わなかったのだろう、闇夜に浮かぶ焚火映像がフェイドアウトして行き、唐突にお爺ちゃんキャスターの映像に変わってしまった。

 お爺ちゃんキャスターは相変わらずで、口をモゴモゴやってぼーっとしている。


「……」


 でも、テロップは続いた。い、芋アナ……もういいよ……。


『あんな姿だったアタシは、王子様が連れて行ってしまうあなたを引き止められなかった』


 ふぁ~、とお爺ちゃんキャスターが欠伸をしている。傍に置かれたお茶を、プルプル震える手で飲もうとするんだけど……危ないよ! 湯呑から湯気立ってる!! ちょ、ちょっと、大丈夫!? なんで、真夏にあっついお茶なんか……!!


『でも、やっぱり……』


 ああ! ほら、プルプルしてるからお茶が湯呑から跳ねて「あっちっちー!?」ってなっちゃったよ!! スタッフさん!! 誰か!! ああ!? 湯呑がオジイのお股に!!


『おともだちから、おねがいします』


 お爺ちゃんキャスターがブチ切れて、抱えられて退場する映像に、被せる様に放送局の電話番号が表示された。


「じいさん大丈夫かの~?」


 普段、酒柄や春画の文字くらいしか読まないカパ郎は、さっきの芋アナの手紙を読めたのか読めなかったのか……多分テロップのスピードについて来れなかった様に思う。内容も、思いっきり個人的なモノだったし、今一ぴんと来なかったのか、お爺ちゃんキャスターの心配をしていた。

 多分、他の視聴者もそうだと思う……。

 ま、まさか芋アナ、手紙の印象を、最後のおじいちゃんでうやむやに!?

 恐ろしい子……!!

 否、それよりも、芋アナ……!! 連絡取ろうって事だよね!? 放送局に!? い、いいのかな!?

 よ、よし! メモが出来なかったから、後でネットで調べよう。


「りおな、腹が減ったのじゃ。メシにするのじゃ」

「うん。おにぎりでも握るか~」


 私はおにぎりを握る為、カパ郎は魚を焼く為、それぞれの位置に戻った。

 私は、カパ郎の小さな甲羅付きの広い背中を眺めながら、芋アナのくれた手紙の事を思い返していた。


 ……振り返ってみると……


 本当にそうかもね。

 生きていくって、恥ずかしかったり辛かったりするけれど……。

 芋アナは、頑張り続けるんだね。

 私も、頑張る。


 私は滅多にない程自分に気合を入れて、決めた。

 自分とカパ郎の、ちゃんとしたステージを作ろうって!!


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