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カッパと昼酒

 傷心のカパ郎を一人にするのは(私のせいでもあるし)忍びなくて、私は一泊くらいならいいかな、と帰り仕度を保留にした。

「辛い時は、飲むのが一番!」と言って、真昼間からブリーフ一枚のカパ郎と川の岩場で焼酎を飲んだ。

 カパ郎は思った通りお酒好きで、失恋の痛手の影こそあれど、私のお酌にニコニコして美味しそうに焼酎を煽った。

 いつまでもウジウジしないでこちらの気遣いに笑顔で答えるいじらしさに、「カパ郎、無理しなくていいんだよ」と言うと、「いいんじゃ、あのオナゴは笑っとったで、いいんじゃ」と彼は答えた。

 ノドボトケをごくりと動かし、余韻を楽しむ様に少し俯いて目を閉じるカパ郎に、私は思わず見とれた。

 そっと焼酎の味を惜しみながら閉じる瞼の裏に、あのAV女優の笑顔が優しく輝き、儚く消えて行くんだろうか。

 失恋は、カッパにも魅力を落として行くんだ……。

 私の紙コップの中の焼酎が残り少なくなった時、カパ郎が焼酎瓶を片手で持って継ぎ足してくれた。


「ありがとう」


 私が微笑むと、カパ郎はニコリと笑って立ち上がり、きゅーと伸びをして川へ飛び込んだ。

 私はちょっと腰を浮かせて、水しぶきと波紋を岩の上から見下ろした。

 カパ郎は中々水から顔を出さない。

 私は寂しくなって岩から身を乗り出して、ぽこぽこ気泡の立っている水流を見下ろした。


 カパ郎……もう行っちゃうの?


 少し離れた所からカパ郎が顔を出した。

 目だけを出して、微笑んでこちらに手を振っている。

 私は泳げない事に一ミリも不満なんて持った事がなかったけれど、初めて「自分も泳げればいいのに」と思った。

 カパ郎みたいにすいすい一緒に泳いだら、きっと気持ちが良いだろうな。


「りおな、それを飲んだら俺と泳ごう」


 カパ郎が私のいる岩の下まで来て、誘った。


「駄目だよ、泳げないの。見たでしょう?」

「不便じゃの。教えてやろうか」


 カッパから泳ぎを教えられるなんて、凄い事なんじゃないだろうか。

 ほろ酔いも手伝って、私は笑った。


「本当? あはは、あのね」

「なんじゃ?」

「私、カッパって言われたの」


 脈絡も無くそう言ってしまったのは、きっとカパ郎の興味を引きたかったから。

 もう少し飲もうよ、カパ郎。飲むのに飽きたら、他のDVDを見よう? 後の二枚は、アクションとラヴストーリーだったからさ。

 カパ郎は目を丸くして、私を見た。


「ほんなら泳げるじゃろ」

「人間の都会で生きて来たから、泳ぎ方を知らないの」

「ほーか、苦労したのう」

「とってもね」


 私が紙コップを岩肌にコンと置くと、カパ郎が手をこちらへ伸ばした。

 その手は人間の男の様に肌色だったけれど、少し大きく、よく見れば透き通った緑色の水かきが指と指の間にほんのわずかに見て取れた。

 私はその手に手を伸ばし、身体を川の水流―――いや、カパ郎へ委ねた。


 飛び込み水に沈んだ私の周りに気泡が立って、肌に沿いながら水面へしゅわしゅわ上がって行く。水流が私の全体を圧して、簡単に流れの先へと持って行こうとするのを、カパ郎が捕まえた。

 水中でカパ郎と目が合って、その透明な美しさに私は息をするのを忘れてしまう。

 カパ郎は今度は私をお姫様抱っこせず、両腕を掴んで「身体を真っ直ぐにするのじゃ」とか、「足ヒレでもっと強く掻くのじゃ」とか言って指導した。

 カッパが味方なら心強いけれど、やっぱり流れのある深い川は初心者には怖くて、


「やっぱりいい。泳げなくていい」


 と弱音を吐いた。お姫様抱っこが良かった。


「なんじゃ、カッパなんじゃろう?」

「カッパじゃない。言われただけだもん」


 お姫様抱っこしろとばかりに、私はカパ郎にしがみ付いた。


「な、なんじゃ。オナゴのカッパに出逢えたと喜んだのに」

「いいじゃない。人間のおなごにも恋できるんでしょ」


 言ってしまってから、蒸し返してどうする、せっかく彼の気が(表面上は)晴れて来ているのに、と自分を責める。

 カパ郎は「しょうがないのう……」と言って苦笑しただけだった。


 カパ郎がスポ根じゃなくて良かった。もう成人して五年も経つのに、今更根性とか言われたら萎えてしまう。

 根性なんて、日々の日常でメーター振り切っているから、甘えさせてよ。

 男から厳しさなんていらない。

 厳しさなんて、とっくに知っているし、耐えているんだから。

 カパ郎は、懐広くて落ち着くなぁ……。

 彼は私の希望通りお姫様抱っこをして、穏やかな流れのところでのんびりぷかぷかしたり、急な流れのところで流れに身を任せてクルクル回ったりした。

 カッパアトラクション最高。搭乗姿勢はお姫様抱っこ。これ、人気出るんじゃないかしら。

 水に身体が冷えたので、丁度良い岸で日向ぼっこをした。

 カパ郎はポカポカした日光を見上げて「皿を持って来れば良かったのう」としきりと言った。

 そう。気になっていたカパ郎の頭の頂点は、日焼けして茶色い髪がふさふさと生えていた。

 どうやらあの皿は取り外しが可能らしかった。


「アレって、大事なものなんでしょう?」

「そうじゃ。だからしまってあるんじゃ」

「つけておかなくても平気なんだ?」

「乾いたら大変じゃろ? 頭に着けるのは正装の時だけじゃ」

「正装……何かこう……カッパの集まりとかそういう時に?」


 カパ郎は頷いて、「そうじゃ」と答えた。


「とても大事な、ここぞという時に、頭に乗せるんじゃ」

「へぇ……」

「りおなは寒がりじゃからな、日の落ちる前に戻るとするか」


 カパ郎はそう言って、今度は背中に乗れと言う。

 お姫様抱っこが良かったけれど、逆流を登るから、両手を使いたいんだそうな。

 カパ郎は私を背中に乗せて、凄いスピードで川を昇った。

 掻き分けられた水が立ち上がり、私達の両側に、大きな白い翼が生えている様だった。


「カパ郎すごーい!」


 私が感動して褒めると、カパ郎は何も返さなかった。けれど、更にスピードが上がったので、彼が調子に乗って張り切っているのは明らかだった。


キュンと来たら教えて下さい。

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