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ピュアカッパ

 ボロい万屋にはブリーフしか売っていなかった。近所の木こり御用達なんだとか。


「お嬢さん、一人で来たんじゃなかね?」


 朝、私が一人でロッジへ向かうのをどうやら見ていた様で、店主が聞いて来た。


「ええ、あの……」


 店主はブリーフを手に口ごもる私を見て、ハッとしたように「イヤ、いいんです。いいんですよ、すんません」と何故か謝った。

 ロッジの客目当てに肉や野菜も置いてあったので、私がキュウリを手に取ると、ますます何かを確信した様に「こっちのキュウリのほーが、立派でさぁ」と立派なキュウリを私に差し出し、何故かそわそわして「いや、お客さんの好きなサイズで……」とモゴモゴ言った。

『お嬢さん』から何故『お客さん』に呼び方を変えたのか。

 何故田舎者のクセに『サイズ』などとモゴモゴ言うのか。

 気になりつつも、時間はまだたくさんあるので、物珍しくもある田舎のコンビニを物色していると、酒類コーナーを見つけた。

 少ない銘柄を眺めていると、カッパのイラストがラベリングされている焼酎の瓶があった。

 そうそう、カッパってお酒が好きだったはず、と思い起こして、私はそれを手に取った。

 店員は「ふうむ……」と感慨深げに私と焼酎瓶を見比べて重々しく頷いていた。

 イヤイヤ、流石に焼酎瓶は無理ですからね?

 色々と言いたい事はあったけれど、私は微笑んで店を後にし、山の人工的な小道を散策し、パンツとキュウリと焼酎瓶の入ったビニール袋を手に持ってロッジへと戻った。


 *


 ロッジへ戻ると、テレビのある部屋にカッパ男がいなかった。

 なんだ、満足して帰ったのか、と買って来たパンツをちょっと切なく見下ろし、用を足しにトイレへ行くと、カッパ男は蓋をした便器に顔を伏せて縮こまっていた。

 縮こまっていたけれど、偉丈夫なのでトイレ内はぎゅうぎゅう詰めだった。


「ど、どうしたの!?」


 カッパ男は泣いていた。

 大きな逞しい身体を小さくして、ぐずぐずと鼻(くちばし? にある二つの穴)を啜って

 いるのだった。

 私はカッパ男に近寄って、隆々と盛り上がっている肩にそっと触れた。

 その肌は人間と変わらない質感で、色も日に焼けた肌色だ。だから困るのだけれど。

 カッパ男は腕で涙を拭いながら、


「あのオナゴには、お、夫がおったのじゃな……そうと知らんと俺は……」

「……」


 可哀想なカッパ男……私は自分の短絡さを責めた。

 なんという罪悪感!

 憧れのマドンナが四十六分間も彼に見せた光景は、どれだけ彼の純真をえぐっただろう?

 彼はテレビもデッキもリモコンも使い方がわからないので、画面を変えたり、電源を切ってしまう事が出来なかったのだ。

 きっと音がトイレまで追って来た事だろう。

 耳を塞いでうずくまるカッパ男の姿を想像し、私は胸が締め付けられた。


「ごめんね……どんなのか想像はついていたのに……そんな風に泣くなんて思わなくて……むしろ……」


 喜ぶと思って、と言い掛けて直ぐに止めた。

 こんな失恋をさせてしまうなんて……。


「うっ、ううっ……良いのじゃ。俺が勝手に横恋慕しておったのじゃ……カッパなのに、人間のオナゴに恋するからこうなるのじゃ……」

「でもどうして川へ帰らなかったの?」

「礼も言わずに黙って帰るのはいかんじゃろ」


 律儀なカッパだと思った。

 まだ鼻をスンスン言わせているので、私は買って来たキュウリを彼に差し出した。


「げ、元気出しなよ。ほら、キュウリ食べる?」

「うう……おぬし、なんと優しいオナゴじゃ……まだ名を聞いておらなんじゃな?」

「里緒奈だよ」

「りおな。変わった名じゃ」

「カッパにはそうかもね。カッパって名前あるの?」


 カッパ男は頷いた。


「じゃが、人間には教えられんのじゃ」

「なにそれ、人の名前は聞いといて」

「我らの名前というのはの、魂なんじゃ。名を知られ呼び付けられれば、その者に服従せねばならぬといった具合じゃ」

「……良く解らないけど……じゃあ、あなたをどう呼べば良いの?」

「そうじゃなぁ……」

「……カッパ……男だから……カパ郎」


 通じるとは期待しなかったけれど、冗談半分で私がそう言うと、カパ郎は急に表情を凍り付かせ、「なん……じゃと!?」と信じられない様に声を漏らした。


「……おぬし……おぬし、妖術使いか!?」

「……カパ郎なんだ」

「くっ……お、おのれ……」

「ハイハイ、いいから、パンツはきなよカパ郎」

「ぱんつ……?」


 パンツを穿くのに苦戦するカパ郎を手伝っていると、なんだか拾った子犬を世話している様な気分になって来る。子犬と言うには大きすぎるけれど。

 というか、凄い大きいんだけど……。

 見た事無いんだけど……なにコレ怖い。

 カッパって妖怪なんだ、と私は改めて思って、目を逸らす。


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