カッパの金魚すくい※挿し絵あり
後書きにカパ郎の挿し絵が付いています(落書きレベル)。
イメージを崩したくない方や、挿絵苦手な方はお手数ですがイラスト無しでお楽しみ下さいませ。
金魚すくい。
浅い水槽を覗き込めば、小さな赤い小枝の様な金魚達がニョロニョロ泳ぎまくっているアレ。
鮮やかな細い赤色が俊敏に泳いだり、角の所に集まっているのを見るのは、肉食系の私にとってワクワクするものだった。
真っ赤な群れの中に、白い丸まっこいのや、黒いヒラヒラしたのがいると、とても綺麗。
水槽は、底が安っぽい水色の水槽が、私の好み。
青空を、金魚達が遊泳しているみたいだから。
でも、私達が見つけた金魚すくいの出店の水槽は、銀色だった。
そして深かった。
その水槽は、どう見てもアルミ製の風呂桶だった。
よく畑の隅に置いてある、古風で小ぶりで、もうこの時代には要らないヤツだ。
その小さくて深い風呂桶に、金魚がうようよ泳いでいるのだった。
「……な、なにコレ? 初めて見た。ここって毎年こうなの?」
「初めて見たのじゃ。深く潜ってしもうたら、ポイがすぐ破けてしまうのう」
カパ郎が手練れらしい事を言う。
彼の見解通り、金魚達は捕えられない様に深い底の方に潜り込んで、うようよしているのだった。
こんなの、ポイが届く前に破けるか、引き上げる時に水圧で破けちゃうよ。
案の定、他のお客さんたちは浴衣の袖を濡らしながら苦戦を強いられていた。
「こんなの取れねぇよ」
「肩まで金魚臭くなっちゃった……」
風呂桶の周りを、ヘイトが渦巻いている。
「手強そうじゃの」
不満そうな客をさも満足そうに眺めていた店の店主は、私よりももっと若い、金魚みたいに真っ赤な浴衣を着た女の子で、私達に「いらっしゃーい!」と、明るく言い掛けて顔色を変えた。
「あ、あなたは……!」
「?」
どうやらカパ郎を見て、顔色を変えたらしかった。
カパ郎は彼女に覚えが無い様で(良かった)、首を傾げている。
金魚娘は「お前さんなど知らんのじゃ」というカパ郎の様子をまるきり無視して、彼を指差した。
「ふふふ……とうとう現れたわね! 金魚すくい荒らし!」
「……なんじゃ?」
「カパ郎、知り合い?」
「ふ~ん……? 知らんのじゃ」
「あなたは知らなくても、私はしっかり覚えてる! 毎年……父ちゃんの水槽をスッカラカンに荒らして行くのを、指を咥えて見ていたんだから!」
どうやらカパ郎、毎年金魚を大量にとって行くらしく、「金魚すくい荒らし」の異名を彼女に付けられていた様だった。
どんだけ金魚すくいが好きなんだ、カパ郎。
「あなたのおかげで、父ちゃん、今年はフランクフルトをやるって逃げ腰になっちゃって……。でも、私は……」
金魚娘は瞳を潤ませ、カパ郎をひたと見た。
「金魚すくいの屋台が大好きなの」
「俺もじゃ」
「……っえ」
カパ郎が爽やかに、親し気に微笑んだので、金魚娘の頬がポッと赤くなったのを、私は見逃さなかった。
「……っや、だから、その……フランクフルト……じゃ、イヤで……」
「ほんだで今年はお前さんが金魚の屋台を出してくれたんじゃな?」
「そ、そう……」
「ありがとうなのじゃ」
カパ郎が無邪気に会心の一撃を放った。
金魚娘はイケメンスマイルの直撃にグラッとよろめいた後、プイッとカパ郎から目を背けると、ポイを彼に突き出した。
「フ、フン……ッ、やれるもんなら、やってみなさいよ。今年は一匹もとられないんだから!」
「おう、燃えるのう」
カパ郎が腕まくりして、しなやかで逞しい腕がむき出しになった。
私はもちろん、金魚娘も彼の腕にキュンとして釘付けになっている。
カパ郎が彼女のポイを受け取ろうとして、ちょっと手に触れた。
「あ、アン!」
金魚娘が動揺して、ポイを浴槽に落とした。
ちょっとちょっと! 手が触れただけだろうがよ!!
「アン」ってなんだ!!
私が歯ぎしりしたくなるのを我慢していると、金魚娘は濡れてしまったポイを水から拾い、
「あ、新しいのをあげるから!」
と、あくまで強気を装っている。
その割には、カパ郎に触れた手を甘噛みしちゃってるよ!
止めろ! なんだその目元のピンク色は!
「わ、私もやろうかなっ」
もう黙っておれぬ。
ここに彼女がいますよ、とでも言うように、里緒奈カッパは参戦した。
金魚娘は腹の立つ事に、初めて私に気が付いた。
カパ郎とセットに思われていなかったらしい。
彼女の目が、私をザッと眺めて「なにこのオバサン」と言った。
言った気がした。
「……どうぞ」
物凄く愛想が悪いので、私がイラッとすると、カパ郎が「りおな、まず俺が手本を見せてやるのじゃ」とウキウキの笑顔で言った。
私はそんな彼の無邪気さに心を浄化されて、うん、と頷くと、ポイを構えるカパ郎を見守った。
……こんな深い風呂桶の底の金魚、カパ郎は掬う事が出来るんだろうか?
金魚達は、既に他のお客さんたちに追い回されて、しっかり底の方に潜伏してしまっている。
絶対に浮いて来る気配など無かった。
しかし、カパ郎の表情は余裕のよっちゃんである。
どうするんだろう? と見守っていると、カパ郎が口笛を吹いた。
すると、金魚達の塊が、それに微かに反応した様に見えた。
カパ郎は微笑んで、ポイでは無く、金魚茶碗を水に近付ける。
「よしよし、コッチに来るのじゃ……」
彼が優しい声でそう囁くと……。
「!?」
金魚達が自ら水面に我先にと浮いて来た。
そんな馬鹿な、と私が硬直して風呂桶を覗き込んでいると、金魚娘が慄いて後ずさりした。
「くっ……! こ、これが父ちゃんの言っていた『魔笛』……!」
あんたの父ちゃんは中二か。
金魚娘と私の驚きを他所に、金魚達は次々と水面に浮かんで来た。
カパ郎は「よしよし」と言って、金魚茶碗を金魚達に見せる。
「来るのじゃ!」
カパ郎がそう言うが否や、金魚達がブワッと水面から一気に跳ねて来た。
ドドドドドドッ! と、音を立てて、金魚がカパ郎の金魚茶碗に弾丸の様に突っ込んで行く。
えええ~!?
こんな積極的な金魚初めて見たよ!?
カパ郎の金魚茶碗はみるみる金魚で一杯になった。
金魚大盛りだ。
金魚達はテラテラした腹や尾びれをピチピチさせて、金魚茶碗から零れ落ちない様に必死になっている。
その様子はかなりグロテスクだったが、カパ郎は満足そうだ。
彼が手に持つポイは、パリッと乾いている。
「な、簡単じゃろ?」
「う、うん……でも、それ、金魚すくいじゃないよね……」
「ほうか?」
何て言うか……「金魚誘い」? じゃないかと私は思うのだけど、ま、まあカパ郎が満足ならいっか!
カパ郎の恩恵にあずかって、私も水面に浮いて来ていた金魚をゲットした。
金魚達は「お前かよ」という雰囲気を物凄く出して来たけれど、私は猟奇的な気分で渋々無抵抗の金魚達をポイで掬いまくった。
う~ん、多少逃げてくれないと面白くもなんともないな、と心の端で思ったものの、カパ郎のカッパパワー(?)を無下にも出来ない里緒奈カッパなのだった。
「いっぱい獲れたのう」
カパ郎が私にそう言って微笑んだ時、金魚娘が膝をガクッと突いた。
「そんな馬鹿な……父ちゃん……毎年こんな化け物と戦っていたの……!?」
「ど、どうしたんじゃ? もし、大丈夫かの?」
カパ郎のせいなのに、カパ郎は金魚娘を心配して、彼女の傍へ回り込み、しゃがみ込んだ。
私はちょっとムッとして、それを見守った。
なんだよカパ郎、さては誰にでも優しいタイプだな。
そうだよね、アホのカパ彦にもあんなに優しいもんね!
若いオナゴだったら尚更だよね!
「うう……ぐしゅん……」
「大丈夫かの……腹でも痛いのかの……」
「ううう……」
「擦ってやろうかの」
「……!」
「……!?」
私は耳を疑ってカパ郎を見た。
彼の表情に下心は皆無だったけれど、金魚娘の方に下心が溢れ出したのを、私は決して見逃さない。
「どのへんじゃ?」
「……こ、この辺……」
ちょっとーーーー!?
金魚娘! あんたは腹痛なんかじゃないだろうが!!
父ちゃんへの心痛だったハズでしょ!?
何で「ニャン来―い」ってなってるの!?
そんなすぐにお父ちゃんの仇に服従しちゃうの!?
そんな悪い娘の腹には、里緒奈カッパが強烈なボディーブローを食らわしてやンよ!!
私がいきり立って二人の間に割って入ろうとしたその時、丁度同じタイミングに、カパ郎が金魚娘にもう一歩近づく為に、例の股広げしゃがみをする足を更に開いた。
すると、当然の事ながら彼の浴衣の前がはだけ、中身が金魚娘に丸見えた。
本日のカパ郎は、パンツが乾かなかったので、ノーパンだった。
じりっと、金魚娘に接近したカパ郎は、悲鳴を上げて突き飛ばされ、更に派手に己のチンボルを曝け出しながら、目をぱちくりさせている。
私は彼の元に三歩で飛んで行って、ササッと彼の浴衣の裾を直した。
これは私だけの御神仏であって、他所の娘の目に触れさせるなど勿体無い上に許しがたい。
金魚娘は両手で顔を覆って、指の間だけでこちらの様子を伺っている。
「ご、ごめんね。この人、ここに来る途中でパンツ汚しちゃって……あの、いつもははいてるんだ?」
金魚娘は相変わらず顔を覆って、コクコク何回も頷いた。
耳が、火を吹きそうな程真っ赤で、「初心だなぁ」と、少し微笑。
ちょっと見習おう。うん。
「も、もう金魚持って行って下さい……」
真っ赤な顔でそう言われて、私とカパ郎は両手に金魚袋を幾つも下げて、その店を後にした。
「なんじゃったんじゃろか?」
「ん~……ふふふ、なんだろうね」
不思議そうにするカパ郎に、曖昧に笑って、私は金魚袋を目の高さまで持ち上げる。
袋をたくさん分けて貰ったものの、一つの袋に金魚がパンパンに入っていて、窮屈そうだ。
それにしても圧巻の金魚量で、ちょっと邪魔かもしれない。そして重いぞ、金魚!
すれ違う人にも、「業者……?」と囁かれる始末だった。
そりゃ、毎年こんなに金魚を取られていたら、商売上がったりだ。
それにしても金魚娘、貴女と父ちゃんの悩みの解決方法を私は知っている。
『金魚はどれだけ掬えても5匹まで』。
ウチの田舎の常識だ。
でも、来年もカパ郎に楽しんで欲しいのと、金魚娘にちょっとイラついたから、教えてやらない意地悪な里緒奈カッパだった。
―――来年は、フランクフルトを売るがいいわ!!




