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千日紅

 カパ郎は私の浴衣姿を見て、「おお、良いのぅ」と言った。

 裸族なので服の事は関心が無いかもしれない、むしろ「なんで着てるの?」と思われそうで、ちょっと心配していたけれど、浴衣パワーはカッパにも効いた。ガッツ。

 私は顔をテカテカさせて微笑んだ。


「でしょでしょ? キュウリのお婆ちゃんが貸してくれたんだよ」

「良い婆さんじゃな。宅の場所を今度聞いておいて欲しいのじゃ」


 アユでも玄関先に置いて置くつもりだろうか。

 カパ郎はそう言いながら、頭に乗せて持って来た浴衣に袖を通していた。

 柄は「鴨かも浴場」という文字(草書体)のロゴ柄だった。

 オイ、奉納したの誰だ。温泉の浴衣は持って帰って来ちゃ駄目でしょ!

「鴨かも浴場」ってどこだろう……。

 そして、カパ郎は何故これを選んだのか……特に選ばずにパッと手にしたのを持って来たのなら良いけど……。


「俺のも良いじゃろう」


 ア……良かれと思って選んでる……。

 ふんすー、と得意げなカパ郎に、私は曖昧に頷いた。



「う、うん。渋いね。カッコいいよ!」


 実際カパ郎は凄くカッコ良かった。

「鴨かも浴場」の草書体ロゴだって、彼に掛かれば「カモン☆欲情」が羅列している様に見えるのだった。

 こんな素敵な浴衣メンズとそぞろ歩けるとは、人生捨てたものじゃないな、と私は森羅万象に感謝し、「帯締めてあげる」などと言って接触の機会を一寸たりとも見逃さない様に気を配る。


「……あ、あれ? 男の帯ってどうやるんだろう?」

「適当でいいのじゃ」

「う、うん」


 蝶々結びしか出来ない私は、「絶対に何かが違う」と思いながらもカパ郎の帯を蝶々結びに仕上げた。

 私のアホッ! なにが「帯締めてあげる」だ。自分の首でも絞めていろ、なのだった。

 でも、カパ郎は満足そうだった。


「華やかじゃの。りおなとお揃いじゃ」

「うん……♡」


 なんかダメな様な気もしたけれど、カパ郎が良いならいいや。と、私は彼のほんわかズレている所に甘える事にする。

 カパ郎は大らかだなぁ……えへへ、えへへへ……。


「もう始まってるのかな? そろそろ行こうか?」

「そうじゃの。あ、りおな、ちみっと待つのじゃ」

「なあに?」


 カパ郎はソファ前にあるローテーブルにちょんと置かれた小さな花束を、私にはにかみながら差し出した。

 おお、そうだった。カパ郎、ここに来る時これを持っていたっけ。

 浴衣の美男子が私に花束を差し出すなんて、ドッキリにしか思えない。貰った瞬間爆発とかするのでしょうか。ドリフみたいになるのでしょうか。猜疑心が止まらない。

 私は恐る恐るそれを受け取った。

 白やピンクの可愛いボンボリみたいな花が、束ねられてこんもりしている。

 なんだろう。この無邪気な時代を蘇らせられる様な、可愛い感じ。


「ありがとうカパ郎。可愛い」

「千日紅じゃ。来る途中で摘んで来たのじゃ」

「センニチコウ」


 オウム返しに答えながら、私はセンニチコウの小さな花束を見下ろした。

 カパ郎は「そうじゃ」と、頷いた。

 うわわわ、嬉しいよぅ……可愛い。

 野花の素朴な可愛さと、それを摘んできてくれたカパ郎のピュアさが、腐りかけた乙女心を乱れ撃ちする。

 帰ったら全部のもこもこを指で撫でまくろう。なんて可愛いんだセンニチコウ!

「ウエヘヘ……コップでもいいかな」と花束を収めて置く場所を探すウキウキの私に、


「違うのじゃ」


 と、カパ郎が言って、ヒョイと私の手から花束を取った。


「え?」


 わた、私にくれたんじゃないの?

 アハアハアハハ……やっぱり!? そうだよね!?

 なんだろう!? なんで持って来たんだろう!? エー!? どういう事でしょうか!?

「この花で一発芸をしろ」とかでしたでしょうか!?

 どうしよう、そんなすぐに思いつかないよ! ボンボリみたいだから……ピーナッツみたいに鼻に詰めて遠くに飛ばしてみたりとか、そうゆうのでいいでしょうか!?



「タハー! 私に花束なんて、ありえませんよね!? 神様夢見てごめんなさい!」と、なっている私へ、カパ郎が身を屈めた。


「こうするのじゃ」


 カパ郎は優しく囁く様に言って、花束を私の耳元の髪にさしてくれた。

 野山の香りが鼻をくすぐった。

 女子力が最早底突き抜けて借金抱えている位の私は、マヌケ面でポカンとした。

 カパ郎が照れくさそうに


「よう似合うのじゃ」


 と、言ってくれて初めて、私は自分の身に起きた慶事に打ち震えた。

 彼は私に、髪飾りのプレゼントをしてくれたのだ。

 デート前に生花を贈るとか、なんて事だ。

 私になんか、ビンタとか贈ってくれればOKなのに……。

 イケメンもその辺にしておかないと、里緒奈のダムが決壊しちゃうよ!


「ありひゃトゥース……」


 こんな時のリアクションの仕方なんて、私は知らぬ。

 縦笛みたいな声でお礼を言うのが精いっぱいだった。

 カパ郎は「おう」と頷いてふんわり笑う。

 ヤバイ。

 人間のカパ郎、夢か現か判断出来なくなって非常にヤバイ。

 カッパでいてくれた方が現実味を感じられるってのも、おかしな話だけれども。


「気に入ったンなら、良かったのじゃ」

「うん! 髪飾り無いから、寂しいと思ってたんだ」

「ほうか。……その花はの、千日咲くんじゃ」

「千日……凄いね」


 感心する私に、カパ郎は切なげに、でもどこか幸せそうに微笑んで、髪に飾ったセンニチコウの花を指でそっとつついた。

 それから彼は、私を真っ直ぐ見詰め、唇に短いキスをする。

 すると、すとん、と「千日紅」という漢字が私の心の中に落ちて来た。



 ああ、きっとこの瞬間は千日経っても枯れない花になる。

 私はくらくらしながら、そう思ったんだ。


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