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ばっちゃんが良い事しに来た

 実家バージョンのシンデレラだってもっとマシな恰好するってくらいのどうでも良い感漂う着替え達は、どれとどれを合わせてみても休日の部屋着オーラを発していた。

 後はちょっと登山ッポイ半袖ジャケットと、歩くとなんかシャカシャカいう長ズボン……。

 私は『MONMON』の『街角メンズに聞きました! こんなデート服が理想! こんなデート服はアウト!!』という企画コーナーの『アウト!』コメントを思い出す。


『やっぱー、飯とか誘ったオンナが~、気ィ抜けたカッコで来ると「あ、アンマ相手されてねぇんだな」って~萎えますね~:商社勤務Rさん(26)』

『汚いカッコの女なんか連れて歩けませんよ、カッコ悪い。自分のレベルもそんくらいって見られてしまうじゃないですか。ラーメン屋連れてってやってオワリっすね:金融関係Tさん(29)』

『薄汚れたカッコでデートに来るとかホント何考えてんだってなりますね。TPОって大事でしょ:公務員Mさん(30)』


 ウルセー!! お前ら、『プリティ・ウーマン』を知らんのか!!

 女が小汚い格好で現れてそれが気に喰わんなら、スマートでゴージャスなお店に連れてってお支払いしやがれ!!

 何が『ラーメン屋連れってってやって』だ! どうせ割り勘だろうが!

 Mさんも偉そうに言ってるけど「Mさんならそれで良い」とジャッジされた原因でも考えれば?


 そんな風に、記事を読んだ当初は心の中で噛み付いていたけれど、今はその威勢が出て来ない。

 カパ郎にそんな風に思われたらどうしよう。

 特にRさん思考をカパ郎にされたら悲しい。萎えないで下さい。アパートの部屋にはオシャレ服あるんです。あるんですけど、今旅行中なんです……。相手にしてないとかそんな……むしろ相手にしてください……。

 私は泣く泣く、カパ郎と出逢った時のカットソーにミニスカートを明日の戦闘服に選んだ。

 街から出て来る時の服だから、これが一番小奇麗なのだった。

 もう、カパ郎には何回も目撃されているコーディネイトだけれど、しょうがない。

 お嬢様もいなくなるし、オシャレも出来ないし、本当に何てことだ。

 明日はカパ郎も来ないかも……うう……グスッ……しれな……グスッ……。


 チンコーン


「!?」


 私は唐突にロッジ内に鳴り響いた音に、カパ郎の寝床みたいになったもじゃもじゃの服の上から顔を上げた。


 チンコーン


 チ、チン……!?

 求めすぎて幻聴!?


「な、なに?」


 キョロキョロしていると、ドンドン、とロッジの戸を叩く音がした。

 私は一瞬カパ郎が来てくれたんだと期待した。

 けれど、ドアの向こうから声を張り上げているのは、お婆さんの声だった。


「里緒奈さーん!」


 聞き覚えのある声だった。そう、六さんの店に野菜を卸しに来る『ばっちゃん』の声だ。

 まさか、ロッジまで嫁獲りに!? と戦慄しながら私は恐る恐る玄関ドアを開けた。

 子供みたいに小さいお婆さんが、皺しわの顔でニコッと笑って立っていた。


「えかった(良かった)~。いっくらチャイムさ鳴らしてんも、出んもん、留守かと思った~」


 ばっちゃんはニコニコしてそう言った。


「チンコン」は、チャイムだったんだ。今までチャイム鳴らす人なんていなくて初めて聴いたからビックリした。明るめの下ネタかと思っちゃったよ。


 それはともかく、ばっちゃんは小さな身体の腰に、懐中電灯をぶら下げていた。

 私は日が暮れてほとんど真っ暗になった夜の山を見た。

 真っ暗だ。


「お、おばあちゃん、こんな夜中にどうしたの? 足元見えなかったでしょ? 危ないよ?」

「なにさ、歩き慣れとるから、目つぶってもへーきよ。ところでねっぇ、里緒奈さん。明日カッパ祭さ、いぐの?」


 私はギクッとして返答に間を置いた。

 まさか、息子と回れ、なんて言い出すんじゃ……。


「あ、はい。えっと……でも! 知り合いと行くので!!」

「そうなのか~。残念だなぁ……でもしょうがねぇね。あのね、浴衣さ、里緒奈さん着る?」

「え!?」

「六さんがね、里緒奈さんカッパ祭さいぐって、でんもよぉ、しわしわの服で行くんかのぅって心配してたよぉ。だから、あたしまで気になっちまってぇ」


 う、うそ……六さんってば……そんな繊細な事気にもしなさそうな、ハッキリ言ってクマみたいな見た目な上に、下着泥棒容疑者なのに……!!

 それより、『服しわしわ』って思われてたんだ。ちょっとショック。

 私が驚いていると、ばっちゃんが微笑みながら風呂敷包みを私に差し出した。


「ずーーーっとしまっとったけど、今日いちんち(一日)、おひさま当てといたからぁね、ちったぁ良いよ」

「お、おばあちゃん……」


 私は、ほぼ半泣きで風呂敷包みを受け取った。

 何て事だ……。

 誰かが、本当に必要な物は買わなくても向こうからやって来る、なんて言ってたケド、まさかこんなミラクルが起こるなんて……!!

 ばっちゃんは嬉しそうに頷いて、「楽しんでってねぇ」と優しく言ってくれた。


「あ、ありがとうございます!」


 うんうん、とばっちゃんは頷いて帰ろうとしたので、私が送ろうとすると、


「ふふふ、今ねぇ、そこまで息子が車で送ってくれとんのよ」


 うぉ、出た。しかも息子、ロッジに急接近してるワケね。

 ばっちゃん、それが狙いだったか?

 とりあえず、ばっちゃんを息子殿の車まで送って行った。

 息子カーは六さんの店先に停まっていた。

 運転席には、ひょろっとしたパンチパーマ風天然パーマのオッサンが乗っていて、私にぶっきら棒に頭をちょっと下げた。

 私も「スゲェもじゃくり様だ」と感心しつつ、お辞儀をした。


「聡ってんだぁ」


 と、ばっちゃんが何故か気恥ずかしそうに紹介をして、私が「はあ」と気の抜けた返事をすると、ばっちゃんが「ほれ、サトさん、里緒奈さんにごあいさつばしっと!」と聡を急かした。

 聡は明らかに迷惑そうにして「いいよ、いいって……いいっていってんだろぉ!?」と気の短い所を白日(夜だけど)の下に晒す羽目になっていた。

 聡、結構本気でイラついていて余裕の無い感じだけど、ばっちゃん大丈夫なのかな。


「聡、そんな照れ屋じゃあ、嫁はこないよぉ!」

「う、うるさいよ! うるさいよ! いいから早く乗れよぉ」


 この調子なら大丈夫か! 


「じゃあね、里緒奈さん」

「あ、は、ハイ……おばあちゃん、本当にありがとう」


 ばっちゃんはニッコリ笑って、私に手を振った。

 聡カーは一刻も早くこの場を去りたいとばかりに発車した。

「カカカカッ! 聡ー! どうじゃった!? お前にお似合いだぁよー! お尻見たかぁ~! 丈夫な赤んボ産むぞー!!」とばっちゃんのデカい声が流れて来たけれど、今夜は目をつぶってあげよう……。

 それにしても、昨夜カッパのマージャン大会中にばっちゃんが来なくて良かった……。

 


 私は早速ロッジへ戻り、ばっちゃんの持って来てくれた浴衣を広げた。


「わぁ……」


 広げた浴衣は、ほぼ白に近い薄い黄色地に、涼し気な桜色と鮮やかな中紅花(なかくれない)色の朝顔がふわりと優しく咲き乱れていた。苗色の蔓が、優美で可憐な朝顔の間で上品に踊っている様も素敵で、私はすっかりこの綺麗で可愛らしい浴衣に心奪われた。


 これを?

 私が?

 着ていいの?

 ありがたき幸せ!!

 嬉しい過ぎる!

 カパ郎、ビックリするだろうか?

 か、かわ、かわわ……。

「かわ〇〇」とか言ってくれるだろうか?

 ありがとう、ばっちゃん!!

 嫁にはなれないけれど、ありがたく着させて頂きます!

 この浴衣で、離れかけている? カパ郎のハートをガッチリキャッチだ!

 よーし、よーし……どうやって着るんだ、浴衣……?

 ヤバイ、着付けがわからない。

 お祭り中ははだけなくて、ここぞという時にはだけやすい着こなしが知りたい。

 私はスマホのネットを立ち上げ、「浴衣 着付け」と検索すれば良いモノを、「浴衣 色気 グッと来る着方」だとか「浴衣 ドキドキ」だとか余計な検索をして寄り道した。

 途中で画面上にふわーっと現れる「男が思わず〇っちゃう行動ベスト5」のタグ画像へ思わず飛んでしまって、「なんだよ〇っちゃうって、笑っちゃうかよ。こちとらもう笑いモンなんだよバーカ」などと毒づく羽目になったりしているうちに、夜はすっかりとっぷり更けていった。


 カパ郎、明日はビックリしてくれると良いな。

 喜んでくれるかな。くれると良いな。


 ……問題は、朝来てくれるかなんだけど。

 でもきっと、来てくれるよね。

 私は試供品でもらったローヤルゼリー金粉入りパックシートの封を切る。

 明日の為なら、何も惜しいものなんて無い。

 私はパックシートを顔に入念に張り付けながら、厳かな気持ちでそう思った。


浴衣の柄って素敵で萌えます。

お祭りシーンが秋になってしまうこと、深くお詫びいたします……

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