カパ郎、お母さんと電話する
ロッジの中へ戻ると、スマホの着信ランプがチカチカ光っていた。
画面を見ると、受話器マークの斜め上に小さく46と数字が表示されていてギョッとした。
な、なにこの件数は!?
ビックリして通知を見てみると、四十六回も私とコンタクトを取りたがっていたのは、お母さんただ一人だった。
……お母さん……粘り強いにも程があるよ?
多分、私から着信があったから掛け直してくれたんだろうけど、二、三回出なかったら間を置こうよ……。
「ヒッ」ってなるから、チャラ男に自然消滅を目論まれた、別れ際の彼女みたいな事しないで。私は彼女の味方なのに、チャラ男を同情してしまうじゃないか。
私はお母さんに直ぐに電話を掛け直した。
『お掛けになった電話番号は電波の届かない所におられるか、電源が入って……』
「出んのかい!!」
ああ! イラッと来る!!
お母さんイラッと来る!!
私がイライラしながらロッジの狭いウッドデッキで洗濯を干し終わる頃に、スマホが「ピロッ」と鳴った。
あ、と思ってスマホへ向かう。
また「ピロッ」と鳴った。
本来なら「ピロピロピーぽっぴろぴー」と鳴るハズなのに、スマホは小刻みに「ピロッ」と鳴っては黙り、再び「ピロッ」と鳴っている。
……オイ。さっきの異常な着信履歴数はこれか。
連続ワン切りしないでよ。
こうなったら「ピロッ」の「ピ」で電話をとってやる、と私はムキになってスマホに人差し指を構えた。
「ピ…」
今だ!!
「もしもし!?」
『……あっ』
「おかあ」
ブツッ。ツー・ツー・ツー……。
「なんじゃああああああ!?」
思わずスマホを床に叩きつけそうになるのを抑え、私は辛抱強く次の着信を待った。
着信は来なかった。
代りに、メッセージが届いた。
『りおなちゃんの携帯会社、お母さんと違うからりおなちゃんから掛けて。高くなっちゃう』
お母さんの通話料金サービス事情まで知らないよ!!
『別に。特に用事は無いから良いよ。子犬なんて名前にしたの?』
『犬丸とチャーリー お父さんと凄い喧嘩』
犬丸さんとチャーリーさんが、お父さんと凄い喧嘩したみたいに書くな!
犬丸とチャーリーどっちにするかでどうせ揉めたんでしょ!?
『チャーリー派はどっち?』
『おかあさん』
『犬丸がお父さん? 意外』
『犬丸もおかあさん』
なんだよ!?
もう訳が分からないよ!!
子犬ちゃんは「犬丸とチャーリー」っていう名前で、「犬丸とチャーリー」とお父さんが凄い喧嘩したって事? あのメールの内容が正しかったって事?
そんな馬鹿な。
私は深呼吸して、ゆっくり考えながら文字をタップする。……疲れる。
『お父さんは、なんて名前を付けたがっているの?』
『ナッチ♡』
なんか急にハートマーク来た。
喧嘩したんじゃないの???
「……はぁ?」
首を捻っていると、ご機嫌そうなメールが続けて来た。
『昔のおかあさんのあだな(^^♪)』
じゃあもうナッチでいいじゃん! 勝手にしろよおおおー!?
『メスなの?』
『そんなの関係無いくらい かわいい♡ たべちゃいたいの』
答えろおおおおおー!!!!
だ、駄目だ、夏子のヤツ何一つ答えをくれないや。どうしたらいいの?
クラクラしていると、またメールが来た。
考えずにメッセージを送って来るからめちゃくちゃ早い。
『りおなちゃん、いつ帰ってくるのですか?』
『年m……
『年末とかじゃなくて、秋の連休とか帰ってくるのですか?』
『まだわかr……
『たのしみ♪』
お願い、返事を返す余裕を下さい……。
『彼氏、結婚、ドレス見たい』
うわ、片言で好き勝手言って来た!!
彼氏は……出来た……けど……。
どう報告したらいいんだろう?
こうなったら母を見習って心のままにメッセージしてみよう。
『おかあさんカッパ好き?』
『かんがえたこと ない』
で、ですよね。
『考えてみて』
『うーん。うける』
夏子なんかに私の最愛のカッパをウケられた。悔しい。
『私は割と好き』
『彼氏ハゲてるの?』
『ハゲてない』
私はお母さんの質問にムッとなって即座に返事をした。
しかし、それは罠だった。
『りおなちゃん彼氏出来たんだ♡』
しまったあああああああーーーーーーー!!!
『いy
『どんな人?』
『いn
『優しい?』
『ちg
『大事にしてくれる?』
『ちょっt
『一緒に住んでたりする?』
も じ を う た せ て ! ! !
べ ん め い さ せ て ! ! !
ピロピロピーぽっぴろぴー♪
うわわ、我慢できずに電話かけて来ちゃったよ!?
しかもタップに翻弄されていた私は速攻で電話をとってしまった。
仕方がない、うまくやれ里緒奈。貴女なら出来る!!
「も、もしもし……」
『どんな人なの?』
「やだな、彼氏なんていないってば……」
私はそう言いながら、カパ郎の笑顔を思い浮かべて罪悪感に苛まれていた。
ごめんねカパ郎……親に『カッパと付き合っています』って言えない。
カッパに偏見があるんじゃない。
そんなもの、あなたという人を知った時に捨てたんだ。
でも、まだあなたの事知らない人は、ビックリするに違いないんだ。
だって、妖怪だもん……。
変な人だけど、お母さんは私を大事に育ててくれた。
もう二十五を迎えている私を、未だに「りおなちゃん」って小さな女の子みたいに呼んでいるの。
その人をビックリさせたり、「か、カッパ!?」って悲しませたりしたくない。
それから、反対されるに決まってる。
……でも。
でも、いつかその時は来るんだ……。
そしてその時、私はどちらを選ぶだろう。
今まで育んでくれた家族か、カパ朗か。
『りおなちゃん、お母さんね、りおなちゃんの選んだ人ならどんな人でも良いんだよ。ハゲてても、不細工でも、収入が低くても』
私はハッとして、声を無理矢理絞り出す。
「だ、だからいないてば。そんな人」
「どんな人でも」?
ごめんねお母さん……人じゃないんだ……。
しかもなんかこう……カッパなんだ……。
またまた~、と、電話の向こうではしゃぐお母さん。お母さん……。
『お母さんはね、りおなちゃんに優しい人なら良い。大事にしてくれるなら』
「……おかあさん……」
してくれるよ。カパ郎は優しいし、大事にしてくれる……。
私は涙ぐんでそう思った。
「だから……本当にいないってば……」
そう言った矢先、
「りおなーっ! 獲ってきたのじゃ~! でっかいぞぅ~!」
と、カパ郎が大きな声で嬉しそうに帰って来た。
「今火を起こすからのう、待っとるのじゃぞ~」
多分、お嬢様パンツを盗まれて(?)落ち込んでいる私を励まそうとしてテンション高めのカパ郎が、ヒョイ、と私のいるリビングへ顔を出して元気な声で言った。
私がチロリン中なのを見ると、「なんじゃ、またチロリンかの」という顔をした。
『今の男の声は!? りおなちゃん、ヤッパリ!!』
「ち、違う、えっと、違うの!!」
自分が現れて焦っていると察したのか、カパ郎は眉を寄せて私を見た。
私が慌てて思わず彼から顔を背けると、「誰と話しとるんじゃ、さっきの男か」とムッとした表情でずんずん私へ近づいて来た。
『なぁに? 一緒に住んでたりするの~?』
「違うってば! ……あっ!? ちょっと!!」
なんと、驚いた事にカパ郎が私からスマホをパッと取り上げた。
「え!? ちょっ!?」
カパ郎は不機嫌そうに通話口を耳に当て(要するに反対)、「もし」と心なしかオズオズと、でも、強気な低い声で呼びかける。
う、うそ!?
カッパが電話してる!! シュール!
と、思わず思いつつ、私は背の高いカパ郎からスマホを取り返そうとピョンピョン飛んだけれど、ワシッ、と大きな手で頭を抑え付けられてしまった。
な、なにこの初めての扱い……。
「りおなに何のようじゃ?」
うわ、完全にCHDだと思ってるッポイ。喧嘩腰だ。喧嘩腰のカパ朗なんて初めて見た!
ちょっとカッコいい。そんな場合じゃないけど。
カパ郎の口元の位置から、「きゃー♡」と歓声が聴こえた。
若い女の子の「きゃー♡」とおばさんの「きゃー♡」って、同じ「きゃー♡」なのにどうしてこう質感が違うんだろう。
カパ郎は「はぁ!?」という顔で、険しい顔から一転、目を丸くした。
『はじめまちて~♡ や~ん! りおなちゃんの母ですぅ~♡』
なんだその声音は!? やめろおおおおお~!!
「は、ははっはっ、母上じゃしたか!?」
「じゃしたか」って何カパ郎、さっきの威勢がズタボロじゃない。
カパ郎は目に見えて狼狽えて、大きな体を出来るだけ縮めてウロウロし始めた。
そうしながら、お母さんが矢継ぎ早に何か質問したりしているんだろう、「ですじゃ」「ですじゃ」と繰り返している。
私は今まで見せた事の無い跳躍力でカパ郎に飛び掛かり、スマホをようやく奪い取った。
『それでぇ~? お名前は何ておっしゃるのぉ~♡』
「お、お母さん、忙しいから切るね!?」
『え!? あ、ちょ……』
電光石火の如く通話終了ボタンをタップして、私は息を荒げてカパ郎を見た。
カパ郎は「あわわ」が抜けずに、オロオロしていた。
「す、すまんのじゃ、りおな。俺はてっきり朝の男かと……」
「違うよ!!」
「母上に失礼な態度をとってしまったのじゃ……」
「そんなのどうでも良いよ! どうして人の電話を強引に奪ったりするかな!? そういうのは良くないよ!!」
ちょっとカッコ良かったけど!!
でも、どうなのさっきのカパ郎!
「カパ郎がいない時に別の男とコソコソ電話してるって思ったんでしょ!」
「いや、いや……ちがうのじゃ……」
「だってじゃあ、なんで急に電話取り上げて喧嘩腰だったの!?」
「言い寄られとると思ったんじゃ!」
「そんなワケ無いでしょ!!」
アイツにはむしろ蔑まれとるわ!!
ムカつくわCHD!! あのハゲーーー!!
「あるのじゃ!!」
「無いの! ……それに……言い寄られたって……私はカパ郎がいいん、だから……」
正気里緒奈が目をひん剥いて出て来ようとしたけれど、私は必死で抑え付けた。いや、むしろ恥ずかし過ぎて登場させた方が良かったのかも知れないけれど……。
カパ郎は眉尻を下げて、くちばし(?)を歪めた。
「りおな……」
「疑ったらやだよ」
疑う価値も無いからね?
去年女友達とパンツ飾ってクリスマス祝って泥酔してたオナゴだからね?
どちらともなく、私達は寄り添い合って、どちらともなく、お互いの身体に腕を回した。
「疑ってないのじゃ……俺は余裕がないのぅ」
「そんなのお互い様だよ。山にカッパの女の子がいたら、私も焦るかも」
「俺はりおながいいのじゃ」
「私もカパ郎がいいよ……」
「りおな……」
「もうあんな事しないでね」
「うむ。しんのじゃ」
「ピロピロピーぽっぴろぴー」が、しつこく猛烈に鳴り響く中、私とカパ郎は長い長いキスをした。
私はお嬢様を失った悲しみからしばし解き放たれて、彼とのキスを楽しみ、それから当然の事ながら期待した。
期待しまくった。
けれど、結局カパ郎は自分の巣でした様に攻めて来なかった。
しばらくすると、カパ郎は「さてと」といった調子で私から身体を離し、
「今、獲れたての魚を焼いてやるからの!」
と言って、外の調理場へすたこらと出て行ってしまった。
な、何て事だ……。
りおな<焼き魚?
分らなくもないけれど、色気より食い気なカパ郎にちょっとガッカリしつつ、そうだ、勝負は明日じゃないか! と私は持ち直した。
無造作にテーブルに放りだしたスマホが、チカチカ光っている。
いつの間にか、着信音は止んでいた。
はあ、お母さんにバレちゃった。
まだバレちゃいけない事はバレていないけど……。
私はお嬢様とお母さんと己の色気の無さに、まとめて溜め息を吐いて、カパ郎の後を追い、ロッジの外の調理場へと向かった。
既に魚を焼く火が起こされ、煙が立ち上がり始めている。
芋アナのお天気予報通り、灰色の雲が集まり出した空に加勢する様だった。
その煙の向こうで、「すぐじゃからな」と、カパ郎が微笑んでいる。
だから私も微笑んだ。
だって彼を大好きだから。
おかあさん、私はカパ朗が大好きです。
スマホはローマ字入力ではありませんが、「感じ」として受け取って下さい。




