ぱんつ
山の中のロッジ、と言っても歩いて十分程のところにボロい万屋があった。
アスファルトの道もあるし、お手軽な『山ガール』体験に持って来いの企画。
山の空気はひんやりと清くて気持ちいい。
ロッジの傍には、穏やかな清流が流れている。
私は「わあ、綺麗!」と清流に駆け寄って、しばらく微笑み、苔生した岩肌にしゃがみ込んだ。
んだよチクショー、川じゃねぇかよ……。
だったらバーベキュー行けば良かったよ!
どうするよ、一人でこんな山奥来てさあ!!
しゃがみ込んで悔いても、もう遅い。
『山ガール』企画は二泊三日。
さ、寂しい……。てゆーか、夜とかどうするの。怖い。『ホウホウ……』とか一人で聴くの怖い。
もう既に帰りたい。
いや、帰ろう。
溜息を吐いておでこを膝にくっつけていると、「もし……」と声がした。
私は驚いて顔を上げ、声のした方を見た。
声はコバルトブルーの清流からだった。
水の中から、若い男が顔を半分だけ出してこちらをなんだか気まずそうに見ていた。
人懐こそうな大きな目に、凛々しい眉をしていて、私は即座にキュンとなった。
他にもここへ遊びに来ている人がいるんだわ。
ぜ、是非ともお近づきになりたいけど、カノジョと来てますとかだったらやっぱり帰ろう……。男友達数人と、とか、そういうの無いかな。だったらいいな。あ、でもそれってちょっとキケン? そんな事ないよね? だってとっても優しい目をしているもの……。
―――それにしても、鼻も口もずっと水の中だけど大丈夫なのかしら?
……あ、イヤ……ダメ……それ以上水から顔を出さないで!?
若い男は次第に固まって行く私にお構いなしに、水から顔を全部出した。
「大事なところが丸見えなんじゃが……」
申し訳なさそうに言う彼の唇――唇―――く、くちばし(?)は、橙色をしていた。
「ぎゃあああああああああああああ!?」
「わわわ、ま、待つのじゃ! 謝る! 黙って見とったが、ちゃんと罪悪感から忠告しに来たのじゃ!!」
黙って見てたの!? このエロガッパ!!
や、違う、問題はソコじゃない。
「カッパーーーーーーー!?」
「か、カッパじゃども、カッパじゃども、エロガッパではないのじゃ!! 許しておくんなまし!!」
「エロガッパーーーーーーー!?」
「そンな!? 不名誉な呼び方止めて欲しい! 謝っとるじゃろうにぃ!!」
私は慌てて立ち上がり、すぐさまその場を離れようとして、岩に張り付いた苔に足を滑らせると、盛大にカッパ男のいる清流の中へダイブしたのだった。
川は深かった。私は立派なカナヅチなので、水しぶきを上げながら『今年も水難事故続出! 「山ガール」体験を詠う山奥のロッジ付近の川下で、OLの水死体が発見された。OL(25)は一人でロッジへ訪れていた様で……』と脳裏に文字がタイプされて行く。
ノーーーー!? 一人で『山ガール』OL(25)溺死、ノーーーー!!
水流の中もがいていると逞しい腕が私を掬い上げた。
カッパ男が、私を水中お姫様抱っこをして水面へと引き上げてくれた。
私はフガフガ咽ながら、思わず必死で彼の逞しい首へ抱き着いていた。
「よ~しよ~し、もう大丈夫じゃ」
カッパ男が優しい声で言って、私を安心させる様に水中でそっと揺すった。
ああ、カッパ男……どうしてくちばし? なんかがあるの?
私はお姫様抱っこなんてしてもらった事が無いので、酷く彼のくちばし? が残念でならなかった。
それでも命の恩人だ。
私は彼に小さな声でお礼を言った。
カッパ男は照れくさそうに笑って「大した事ではないのじゃ」と言うと、すいすいと泳いだ。
岸まで連れて行ってくれるのかと思いきや、なかなか連れて行ってくれない。
私は「まさか」とハッとした。
~河童伝説~
農村の川や水辺に生息し、力の弱い女子供を水中へ引き込んでは悪戯をする妖怪。
特に悪いものだと、『シリコダマ』を取る。『シリコダマ』を取られた者は、命を落とす……。
私はカッパ男から身体を離し、尻の穴をキュッと引き締めた。
「ん? どうしたんじゃ?」
「イ、イヤ……せめて悪戯だけに……」
「いたずら?」
「お尻以外なら、なんでも良いから……なんでもします」
「な、何を言っとるんじゃ? 礼ならいらんぞ」
「お願い!! お尻だけは勘弁して!!」
「な、なんだかわからんが、尻は駄目なんじゃな? 大丈夫じゃ!」
良かった……お尻は助かった……。
私が尻の穴を緩めてホッとしていると、カッパ男が嬉しそうに笑った。
くちばし? は見ない様にしたので、私は思わず赤面した。
「なんでもすると言ったな?」
「は、はい……」
「ちょっと教えて欲しいのじゃ」
「な、なにをでしょう?」
「まず俺の家に来るのじゃ」
カッパ男はそう言ってスイスイ清流を泳いだ。
私はカッパの家に連れて行かれて一体何を教えるのだろう?
淫らな想像に怯えていると、カッパ男は私を抱いて藻がうようよとうねっている小さな洞窟へとたどり着いた。
洞窟の中へ入ると、徐々に水が浅くなり、水が無くなったところに草を出鱈目に積んだもじゃもじゃがもじゃもじゃしていた。どうやら彼の寝床らしかった。
水から上がって気が付いたのだけれど、彼は素っ裸だった。
私は「カッパだから仕方ない」と思う事にして、なんとか平静を保った。
逞しい背中には、とても小さな甲羅がちゃんとあって「うん、カッパカッパ。カッパだから」と私の平静を手助けしてくれた。
カッパ男は寝床であろうもじゃもじゃに四つん這いになって屈みこみ(とんでもない光景からは直ぐに目を逸らしました)下に手を入れて、そっと大事そうに銀色の円盤を二・三枚取り出し私に恥ずかしそうに見せた。
DVDだった。
「前に川岸にゴミがぎょうさん捨てられとっての、そン中から見つけたんじゃ」
「……」
カッパ男は私の顔を伺う様にもじもじし、「そんでの……、これはなんじゃろうか」特に気になる一枚なのか、彼はそれを私に良く見える様にした。
実直に言うと、彼の特に気になる一枚はタイトルからするにエロDVDだった。
童顔で可愛らしい女の子の顔のアップ写真がプリントされていた。
「か、かわいいのじゃ……やたらそそる表情をしておるのじゃ……」
エロガッパじゃないか!!
意味も解らず嗅ぎつけてるじゃないか!!
「……これはDVDって言って、デッキで再生すると映像が観れるの」
「よくわからんのう……」
「この子の映像が観られるの」
「……!!」
カッパ男は衝撃を受けた様によろめき、私にガバッと土下座した。
「どうしたらいいんか、教えてくれないじゃろうか!?」
「いえ、あの……」
ロッジにはテレビもデッキもあった。
でも、カッパ男とエロDVD鑑賞なんて困る。
カッパ男の反応も、色々予測して私はげんなりする。
ケース1.
「な!? なんじゃコレは!? 人間とはなんと恥じらいの無い生き物じゃ!? この、淫獣め!!(軽蔑の眼差し)」
ケース2.
「ひゃああん!? な、なんと……そ、傍に寄らんでくれ、お、俺はもう人里には降りて来ぬ! 恐ろしや恐ろしや……(軽蔑の眼差し)」
ケース3.
「こんなものをいそいそと俺に見せおって……(軽蔑の眼差し)」
ケース4.
「はあ~、はあ~……おぬし、もうちっと傍に来ぬか……?(野獣の眼差し)」
「4」怖い! 「4」厭ぁぁぁ!!
私が全裸のカッパ男の戦闘態勢を想像し震えていると、カッパ男はそれを「拒否」と見たのか優しそうな目をちょっとだけ吊り上げた。
「だ、駄目かの!? 駄目と言うなら……か、帰してやらぬぞ!!」
「え、そ、そんな! 困ります!!」
「な、ならば、言う事をきくのじゃ!」
脅迫をしていても、目が「ごめんなさいごめんなさいっでもどうしてもこのオナゴの事を知りたいのじゃ! ただそれだけなのじゃ!」とウルウルしている。
「あの……『前』って、いつぐらい?」
「夏が五回じゃ」
五年越しのカッパ恋……。
私は帰してもらえないのも厭だし、この一途なカッパ男に悪者をやらせるのも厭だった。
「……じゃあ、まずはロッジへ帰して下さい……」
DVDは四十六分。一時間ほど私はロッジの外に居れば良い。
カッパ男は「恩にきる!!」と漢泣きして、私に深々と頭を下げた。
私は再びカッパ男に水中お姫様抱っこをされながら、すいすいと川を渡る。
身体が乾くのを嫌がるカッパ男を説き伏せて、バスタオルで身体を拭かせ、ロッジへ入ると彼のお宝をデッキへセットし再生ボタンを押した。
大事にしまってあったDVDは、すんなり読み込まれ、直ぐにキャッキャと笑うカッパ男のマドンナがテレビの画面に映し出された。
カッパ男はテレビの前に全裸正座し、「おお……」と感極まった小声を出した。
『幾つなの?』
『え~、フフッ。十八歳♡』
「十八か、かわゆいのう……」
私は無事に再生されたのを確認すると「ちょっと出かけて来る」とサッサとロッジを後にした。
取りあえず、パンツを買いに行かなくては。