お嬢様との出逢い~回想~
お嬢様と出逢ったのは、去年の寒い寒い冬の日だった。
その日はうーたんとホールケーキを一個ずつ買って、私の家でパーッとやろうとしていた。
ケーキにトナカイと赤い服の太った爺さんが乗っかっていたと言えば、察して頂けるだろうか。
モモ手羽も買った。赤と緑のリボンでオシャレしていたけれど、全部外して貰ってから円柱の箱に詰めて貰い、私とうーたんは北風が吹き抜ける街をもくもくと歩いていた。
『プレゼント欲しい』
とうーたんが言った。
私はうーたんに金色の豚の貯金箱を用意していた。
悪ふざけじゃない。うーたんが以前から欲しがっていたジャストで可愛いヤツを見つけたのだった。
『えへへ、家にあるよ。楽しみにしてて』
私はうつむき加減のうーたんにそう言って、彼女が合流時から手にしていた紙袋をチラっチラッと盗み見た。
紙袋にはメリーなんとやらの文字がモノグラムになってプリントされていた。
大きさから言って、私達二人の間で激熱な細マッチョアイドル細田筋雄君の写真集『~舞い降りた悪ガキ堕天使・セカンドワールド~』に違いなかった。
嬉しいようーたん嬉しい大好き。
私がそう思っていると、うーたんは厳かに首を振った。
『違う』
『え?』
『周りを見るんだリンリン!』
『えぇ?』
『……カップラーだらけだ』
フゥ……とうーたんの薄い唇から白い息が漏れた。
『何故だと思う……?』
『……我々が、モテな……う……ぐすっ』
『ノー! 泣かないでリンリン、違うのだよ。泣かせたかったのでは無いのだ』
『じゃあどうしてそんな事言い出すの……一緒にこれから楽しく過ごそうとケーキ二個も買って……グスッエグッ……ぷ、プレジェントだって……』
うーたんは長身を屈めて、涙ぐむ私の顔を覗き込んだ。
優しい穏やかな顔だった。マリアだよ。あんたマリア様さぁ……などと思っていると、
『豚の貯金箱でしょ?』
『な、そ、そんなのお楽しみだよ……』
『金色なんでしょ?』
『見てみないと分からないよぉぉ~お?』
フ、とうーたんはニヒルに笑った。
『私には判る。そして、私にも判る。リンリンが何を求めているか……』
そう言って彼女はカサリ、と私が先ほどチラ見した紙袋を持ち上げた。
凄いドヤ顔だけど、や、イヤだよ……うーたん……ケーキを食べながら『じゃじゃーん!』ってしたいよ!!
『リンリンが欲しかったのはコレでしょ……フフフ……』
『う、うーたん……』
『ふふふ……煌☆煉夜ファースト写真集~煌めきの矢で撃ち殺してあげる・エバーナイト~』
『……』
ちげぇよおおおおお!!
私が欲しいのは『細田筋雄~舞い降りた悪ガキ堕天使・セカンドワールド~』だよおおおおお!? それオメーの趣味だろうがー!!
と、ウッカリ叫び出しそうになるのを堪えて、私は「あ、ありがとう……」と答えた。
ここまで今日という既に台無しな日を、更に台無しにするまでのうーたんの考えが全く分からない。
うーたん、一体……?
『よく考えてみて。自分たちの欲しがっていた物を……』
『……』
うーたんが用意してくれた物は私の欲しい物じゃなかったけれど、思い浮かべてみる。
金色の豚に、アイドル写真集。
『……ハッ』
『気が付いた?』
『う、うーたん……』
うーたんはコクンと私に頷いた。
『卒業よ。リンリン。豚はありがたく頂くけれど、私達は手に入れなければいけない物が豚の他にある。……色気よ!!』
『……色気!!』
『ふふ、トレジャーハンティングの準備はオーケーリンリン?』
私はうーたんに力強く頷いた。うーたんも頷き返した。
そうして『自分へのプレゼント』を買いに普段なら二の足を踏む高級ランジェリー専門ショップへドキドキして向かった。
しかし、『色気』への階段は簡単には登れなかった。
『う、うーたん……下着ごときに三万円とか値札に書いてあるよ!? さてはここは悪魔経営のボッタくり店だな!?』
と更にドキドキしたのだった。
あまりの金額に冬だというのに大量の汗をかいて顔がテカテカの私に、同じく油が噴き出ているうーたんが
『お、落ち着け、アレを見るんだリンリン!!』
高級ショップには似つかわしく無いワゴンの中でクチャクチャになっているのが、うーたんの指差した先にあった。
クリスなんとかセールで五割引・二枚同時購入で更に五割引になっていた
『……同時だ。同時に買うしかない』
勿論同時に買うつもりだったけれど、もう「同時」への意味と気迫が全く違う。
私とうーたんはワゴンの中のクチャクチャになった下着を、トレジャーハンティングした。
そして、うーたんはイキがってた割に、可愛めの小ぶりなフリルが付いた薄ピンクのパンツを、私は思い切って艶々してテロテロした真っ赤な紐パンツ―――否……余りに挑発的なお姿をされていたので敬意を表して女王様と称そう―――を、買った。
上記の紐パンがお嬢様である……と言いたいところだが、否。私が買ったのは『女王様』なのだった。
だからもう少し聞いて。
無事に『色気』を手に入れた私達は、クなんとかマス会中、店でもらった下着用のプラスチックのハンガーを外さず、カーテンレールに引っ掛け祀って置いたのだ。
私とうーたんはそんなおパンツ様たちを満足気に眺め、『来るね……』『来るよ……』と何か『来る』のを確信して微笑み合った。
それからしこたま呑んでご機嫌になったうーたんと私、
『ちょ、ちょ、履いて見ない?』
『えー? ぎゃはは、うーたんってばー』
『いーじゃないの~、私は履くってばよ!!』
『あ~、じゃあリンリンも履いちゃおうかなあ!』
と、酒の力で有頂天になっておパンツ様ご試着会を開催しようとしたのだが……。
いかんせん二人共ふらふらで、私が女王様に手を掛けた時、うーたんがよろめいて来た。
ドン、と押された私、倒れそうになって思わず女王様をグッと掴み―――当然の事ながら、あっけなく紐は千切れ、私だけがドゥウウン……と床に沈んだ。
『ぐうううぅ……』
『り、リンリンしっかり!?』
『な、なんのこれしき~…こちとら成人してんだ……へばってたまるか……』
『そ、そうだ! 立て!! 立つんだ聖人リンリン!!』
『くぅっ! うーたん……女王様は……』
うーたんは答えなかった。
私は手の中にあるテロテロした触り心地の布ッ切れを、恐る恐る見た。
うーたんが、顔を背ける。
女王様は、紐切れていた。
『ば、バカ! 泣かないで! 今夜は一番泣いてはいけない夜なんだよ!?』
そう言ううーたんも涙ぐんでいた。
私は涙が堪え切れなかった。
『う……グスッ……どおじで……ううぅ……うぐぅ~……』
私が酔いも手伝って咽び泣いていると、うーたんがなにやらゴソゴソしている。
私を慰めもせずに、さてはチキンでも貪っているな、酷いよ、冷たいようーたん!
そう思って更に泣いていると、うーたんが
『ばか、いつまで泣いてるんだよ』
と私の首根っこを掴んで引き起こした。
心なしか声が低い。ちょっと細田筋雄君っぽい口調だった。
『だって……』
『セイントナイトはこれからだろ? ……ホラ』
に、似てる、うーたん凄いよ! 細田筋雄君そっくりだよ!!
細田筋雄君になり切ったうーたん、私に不器用に包み直した紙袋を突き付けた。
『え……』
『あけてごらん☆』
『……!!』
それは、煌☆煉夜写真集を包んであった紙袋から出て来たのは―――
うーたんが買ったピンクのフリルのパンツだった。
そう、これが私とお嬢様との出逢い……。
お嬢様は、私とうーたんのかけがえのない友情の証なのだった。
なのに……それなのに……。
「ハァ……本当についてないなぁ……」
私は項垂れて、とぼとぼとロッジへ戻るしか無かった。




