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夏雪葛とお皿①

 お祭りに行く前から頭の中がお祭りの私に、「ほんなら、今日は夏雪葛を採りにいくのじゃ」と、カパ郎がキュウリサンドを平らげながら言った。


「夏雪葛? 白い花の?」

「そうじゃ。あと、皿もいるのう……。りおなも一緒に行くかの?」

「う、うん。でも、何に使うの? お祭りにいるの?」

「そうじゃ」


 カパ郎は頷いて、それから何か企んでいる様に微笑んだ。


「なになに?」

「ふふふ、用意したらのお楽しみじゃ!」

「え~?」


 不服の声を上げる私に、カパ郎はクスクス楽しそうに笑っている。

 彼が邪悪な企みをする(カッパ)では無いと固く信頼している私は、何か素敵なサプライズがあるんだろうとピンと来て、「教えてよ」などと言いつつ深く追求するのを止めておいた。

 人の企てたサプライズを暴きたがるなんて、人生の半分を台無しにする行為に等しいのだから。


 *


 二人でお皿(朝食に使った皿である)を洗った後、私は万屋(コンビニ)の店脇にポツンと置いてある洗濯機へ汚れた下着や服を持って行った。カパ郎は店主に見つかると面倒だからお留守番だ。

 宿泊客が衣服を汚してしまった際や、私の様に長期滞在する際に、洗濯機が欲しいと要望があったらしく、一回五十円で貸してくれるこの洗濯機には随分お世話になっていた。

 順番は早い者勝ちみたいだけど、一度も他の宿泊客にカチ遭った事が無かった。

 今借りているロッジも、宿泊延長を申し込む時に「次の予約者がいたら無理だよなぁ」と若干諦め気味だったのだけど、次の予約者なんていなかった。

 人気が無さすぎるみたいだ。

 物凄く格安なのに……こんな良い所勿体無いな。

 と言っても、私だってカパ郎と出逢う前はここに全く魅力を感じなかったから、仕方ない。

 初日に帰ろうとしていたしね。

 私は洗濯機をガウンガウンと回しながら、そんな事を思い返していた。

 二層式なので洗いが終わったら、脱水の方に移し替えなければいけないので、傍に備えてあるボロボロの折り畳み椅子に座ってスマホを弄っていると、店主が私を見つけて店から出て来た。


「おはよう、里緒奈さん。今日も天気よかとね~」

「六さんおはようございます。ね~、良いお天気ですね」


 毎日の様に万屋にお世話になるので、私達は結構仲良しになっていた。

 六さんは六男だから六さんだ。

 私には弟が一人いる。その弟一人だって煩かったのに、六人兄弟なんて想像も付かない。

 彼はすっかり私に気を許しているのか、初体面の頃より口調が大分砕けて来ていて、私はちょっとそれが嬉しい。


「今日はもうすっぐ良いキュウリをばっちゃんが持ってくンで、また夕にでも顔出してくんさい」

「わぁ、嬉しい。わかりました~」


『ばっちゃん』は毎日万屋(ここ)へ畑の野菜を卸しているお婆ちゃんだ。

 野菜を風呂敷いっぱいに詰めて小さな背に背負い、ノシノシ歩いて来る。

 私を長男(48)の嫁にしたがっているけれど、とにかくもう誰でもいい感が笑えるのだった。

 良いお婆ちゃんだけど、その話題になると長くてしつこいので、ちょっと面倒臭い。

「もうすぐ来る」と聞いて、私はノロノロと水流の渦を回している洗濯機を恨めしく思った。(二層式は蓋開けてても回るんだよ)

 遅い、遅いよ。しかも脱水は別の穴に移し替えなきゃいけないから、ここを動けない。

 私が「ばっちゃんが来ちゃう、ばっちゃんが来ちゃう」と気を揉みながら洗濯機を眺めていると、


「里緒奈さんは、いつまでおるンです?」


 と、六さんが聞いた。


「あと一週間くらいはいるつもりです」

「はぁ~……よっぽどここが気に入ったンですな~。ばっちゃんちの嫁になってやればいいんに」


 それはちょっと……カッパが泣いちゃいますので……。

 なんて言えない。


「そう言えば明日はカッパ祭りっていうのがあるんですね」


 私が話題を逸らすと、六さんはウンウン頷いて嬉しそうに笑った。


「ンだ。ウチも協賛しとるんよ。出店も出すけぇ来てみてくンさい」

「そうなんですか。出店は何を?」

「キュウリの一本漬けです」

「うわ、めっちゃ行きます!!」


 キュウリの一本漬け大好き!! 

 カパ郎も喜ぶだろうな。

 六さんは、続けて「えへん」と胸を張って、


「花火もやンよ」

「え、花火も!?」


 ドドーン、と私の中で大輪の花火が打ちあがった。

 キラキラ光る花火を背景に、浴衣姿のカパ郎がこちらを振り返って微笑んでいる。

 花火!! 今年は一回も観て無かった!!

 ううう嬉しい!!


「十発だけどな」

「……」


 否、よく頑張ったよ……。

 普通なら「十発なら……」って止めちゃう所を、やっちゃうんだから!

 きっと本当に大切なお祭りなんだな、と私は胸が熱くなる。

 そうこうしている間に、洗濯が終わって、今度は脱水だ。

 洗濯層から脱水層へ入れ替えていると、ろくさんが「お、ばっちゃんが来たぞ」と村へ続く道の方を見た。

 私も「げ」と思いながらそちらを見る。

 大きな風呂敷を背負った小さなお婆さんが「えっちらせ、おっちらせ」と山の緩やかな坂道をゆらゆら揺れながら歩いて来ていた。

 幸いまだこちらには気付いていない様子だ。

 カパ郎と今日は色々やる事がある私は、急いで脱水をかけると「後で取りに来ます」と言ってそそくさとその場を後にした。

 本当は朝から干しておきたかったんだけどな。

 天気が良いから、昼過ぎからでも乾くでしょ!

 そんな風に思って、私は手ぶらでカパ郎の待つロッジへ戻って行った。

 後に、とんでもない事件が発生するとも知らずに……。


 * 


 青空が広がっている。

 太陽は相変わらず強く眩しいけれど、お盆を越えて、空気から湿気が抜けた様に感じた。

 木々の緑は風に翻る度、新緑色の輝きを煌めかせては、木漏れ日を地面に落としている。それに対して、夏の盛りに来た頃よりも、妙に哀愁を感じた。

 そんな風にそこかしこで、光の強さや影の雰囲気が変わり始めている。

 夏が終盤を迎えつつあるのを、山も知っているのだろうか。

 木々も鳥も虫も、騒がしい演目の終焉を迎える時の様に賑やかで、それから少し寂し気だ。

 そういった夏の残りの熱気を帯び始めた朝の中、私とカパ郎は川へペタペタ歩いて行った。


「まず、夏雪葛じゃの。ちみっと歩くが良いかの?」

「うん。大丈夫」


 よし、とカパ郎は言って、私をひょいとお姫様抱っこして川へ飛び込んだ。

 陸での初お姫様抱っこと、いとも容易く自分を持ち上げられるカパ郎の力強さにメロメロになりながら、私は水流の中でも勿論お姫様抱っこ継続でお姫様抱っこなのだった。何言ってるか最早わからん。

 とにかく、嬉しいのだった。


 夏雪葛は、少し川を下って見えて来た岸にあがり、大きな石だらけのゴツゴツした川べりを歩いた先にもくもくと群生していた。

 涼し気な小さい白い花が咲き乱れて枝を垂らしているのは、本当に夏の雪みたい。

 実家に生えているのを思い出して、何だか懐かしい気持ちと恋しい気持ちが湧いて来る。

 見知った花木だけれど、こんなに見事に生い茂っているのを初めて見た私は、歓声を上げて駆け寄った。

 綺麗だ。

 私が見惚れていると、後ろから追いついたカパ郎が夏雪葛の枝を何本か折った。

 枝と言っても蔓性なので、カパ郎の手に束ねられた枝は柔らかそうにしなって儚げに揺れる。

 私は、もうひと泳ぎしなければいけないカパ郎の為に、真っ白な花束を受け取って、一体何に使うんだろう? とコッソリと首を捻ったのだった。


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