ローカルの芋
カパ郎はテレビの扱いにすっかり慣れて、キュウリサンドを食べながらリモコンでテレビを点けた。
設備が整っているとはいえ、田舎の山奥なので番組は少ない。
カパ郎のお気に入りはこの辺りのローカル番組で、お世辞にも美人とは言えない『イモ』な女子アナが地域のニュースを現地取材するコーナーを特に熱心に見ていた。
私はカッパの守備範囲に感謝しか覚えない。
芋アナは今朝も『どこどこの農場で子牛が生まれました!』だとか、『大根の苗植えが始まりました!』等々、地域住民のニーズにしっかり応えている。
天気予報も彼女の役目だ。と言うか、出演者はヨボヨボお爺さんと、彼女だけなのだった。
ヨボヨボのお爺さんは、ほぼボケて来ている様子。
芋アナの現地取材からスタジオに画面が切り替わると大抵ウトウトしているかホワワー……と黄泉の国へ意識を飛ばしている場面が多々あった。先日は入れ歯を忘れたのか「ホガホガ」言って何をコメントしているのか解らない有様だったけれど、何故か憎めない。
そんな感じで癒し系お爺ちゃんを装ってはいるものの、入江さんという村人が雑種犬に噛まれた、というニュースには入れ歯がカメラに飛んで来るほど激昂していた。
入れ歯が飛んでしまったのでやっぱり何を言っているかは解らなかったけれど、犬が嫌いらしかった。
相方がヨボヨボのお爺さんでは、彼女が外へ出向いて活躍するしかない感が漂うものの、そんな苦労など見せずに芋アナは元気いっぱいだった。
作業するバキュームカーの横で、長寿を迎えたお年寄りにニコニコして祝賀を伝える彼女を観ていると、「このお仕事が好きなんだろうなぁ」と私は思う。
……良いなぁ……
同じ歳くらいかな。でも全然私とは違うや。
「都会、都会」って都会の大学へ行って、都会の会社に入社したのに、山奥の芋子の方が完全に輝いて見える。
カパ郎もきっとそんな彼女が好きなんだろうな……。
私はそんな風に若干芋アナに微妙な憧れを抱きつつ、サンドイッチを飲み下す。
「カパ郎、この子好きだよね」
それだけが原因じゃないちょっと拗ねた口調で私が言うと、カパ郎はテレビの画面から顔をこちらへ向けた。
「ち、違うぞ、りおな。俺はにゅーすを見とるんじゃ。芋野さん(芋アナの名前)がちみっと……その……りおなに似とるからってワケじゃないのじゃ」
落ち着きなく照れた様子で、カパ郎が最後の方をもごもご言った。
喜びと憤り成分が絶妙にミックスされた台詞に、私は一体どうすれば良いの……。
「に、似てる?」
「ニコニコしとるところや、優しそうなところが似とるのじゃ」
よし! 内面の話だ、と私は元気を取り戻す。
ぶっちゃけ芋アナとは五十歩百歩なんですけどね! だからこそムキになってしまう乙女心なのよ。
「そ、そう? カパ郎ってば、私なんかと比べたら芋アナに失礼だよ~♡」
「りおなの方が良いオナゴじゃあ~」
「も~! ありがとうカパ郎!」
私は満足して、謎の優越感を持ちながら芋アナを眺めた。
芋アナは今日から一週間の天気をお知らせしていた。
『ンでは、今日から一週の天気予報だ。前半から半ばはアレだ、晴れだなコレ。半ばから後半はグズグズになる感じだ。風も出るかンな、じっちゃんばっちゃんは用事ねぇなら、外ウロウロすンでねぇぞ? 怪我すっからな?』
「台風が近づいてるんだね」
「夏も終わりじゃのぅ」
『でも、良がったな。明日のカッパ祭りは、晴れるかンな。皆明日は寝坊して夜に備えるだぞ!!』
「か、カッパ祭り!?」
「おお、もうこの時期か~、一年は早いのぅ」
驚く私をよそに、カパ郎はのほほんと微笑んでいる。
なにそれなにそれ? 文字通りカッパのお祭りなんだろうけど、聞き捨てならない。
そもそも人間のお祭りなのに、どうしてカパ郎が知ってるのか。
まさか、この付近の人々はカッパと交流が……!?
「ど、どんなお祭りなの?」
「なんじゃ、りおな知らんのか」
カパ郎が説明しようとした時、『カーパカーパーカ~パ~……ルールールー……』と透明感のある歌声がテレビから聴こえだして、私は「!?」と思わずそちらを見る。
ちょ、カパカパってそんな荘厳な感じで歌われても……。
わわ、テレビ画面には浮き上がる手法で、低クオリティな紙芝居風の絵が出て来た!
* * * * * *
昔々……村は日照りが続き、枯れ果てておりました。
困った村人たちは必死で雨乞いをしましたが、雨は一向に降ってはくれません。
乾ききった村人たちは明日にも死を覚悟して、今日を精いっぱい楽しく過ごそうと決めました。
村人たちは(ドン)踊り明かす(ドン)事にしました(ドドンッ)。
夕が来て、夜が来ても、村人たちは命の灯を燃やす様に踊り続けました。
いつもは真っ暗で静かになる村の夜ですが、その夜は煌々と明かりが灯り、とても賑やかでした。
すると……(ダーラン…ダーラン……)
灯りと賑やかさに魅かれて、カッパ達が村を覗いていました。
カッパA「楽しそうだカッパ!」
カッパB「でも、仲間に入れてくれるか分からんカッパ!」
カッパC「頼んでみるカッパ!」
カッパA「じゃあ、俺待ってるから、お前ら頼んで来るカッパ!」
カッパB・C「……」
カッパA「俺のいう事が聞けないってのか? カッパ!」
カッパB・C「……ッチ。行って来るカッパ」
踊る村人たちに近付いて、一緒に踊らせて欲しいと頼みました。
村人たちは驚きましたが、カッパ達を迎え入れ、一緒に踊りました。
この一夜に全てを委ねた村人たちの「楽しもう」という熱意に浮かされ、カッパ達も夢中で踊りました。
すると、何という事でしょう(カーパカーパカ~パ~……ルールールー……)!
村に雨が降り出したのです!
カッパ達は秘儀『雨乞い踊り』を知らずと踊っていたのでした。
村人たちは大いに喜び、カッパ達にお礼を言いました。
村長「ありがとうございます。村は助かりました! お礼に毎年この時期に好物のキュウリをカッパ達へお贈り致します……」
こうして、私達はこの時期になると夜通し踊り明かすのです。
これが……『カッパ祭り』に纏わる伝承です。
(カーパカーパカ~パ~……ルールールー……)
ゴーン。
* * * * * *
唐突に始まった『カッパ祭り』に纏わる話は、シーンに全然合って無い効果音が気になってあんまり頭に入らなかった。
カッパ登場の効果音、なんでサメのやつなの? おかしくない? ドキドキしちゃったじゃない。
カパ郎はというと、ジッとテレビ画面を見て「い、良い話じゃあ~」と感動している。
「カパ郎、知らなかったの?」
「こんなにハッキリとは知らンかったのじゃ。でも、毎年遊びには行っておったのじゃ」
「ええ!? だ、大丈夫なの!?」
だって、今はパンツ(ブリーフ)履いてるケド、私に出逢うまではマッパだったハズなのに、一体どうやって? それにまず顔でアウトじゃないのだろうか。
聞きたい事が色々あってアワアワしていると、また芋アナが出て来た。
芋アナはボロボロの神社の鳥居を潜りながら、先の方に映っているお堂らしき所へ歩を進めているところだった。
『今年もカッパ神社に、たぁぐさん浴衣が奉納されたぞ! 委員会の皆ありがとなぁ~。カッパだち、着て来てくれるといいべっさ! なっ? おっしょさん!』
『毎年、ちゃぁんと畳んだのさ置いとンのに、朝になっとぐっしゃぐしゃなっとるべさ! 悪ガキ共さ、悪戯しちゃなんね!! カッパ様の為に用意してんだから!!』
お、和尚さん……滅茶苦茶怒ってるじゃないか。でも、私には分る。それは悪ガキ共の悪戯なんかじゃないよ!!
『おっしょさん、そら、カッパかもしンねぇぞ?』
芋アナが造作なく和尚さんを宥めているのを見て、私はうんうんと頷きながらカパ郎を見ると、彼は悪戯そうに目をキラキラさせて、私に微笑み返した。
キュン殺されそうになっていると、『いンや!! カッパなんていねぇ!!』と和尚さんが喚いた。
あ、あれ……カッパ神社の和尚さんですよね……?
『おっしょさん、いっぺん夜見張ってみてはどう?』
『イヤだ、明日は同級生と飲み明かすンだ!!』
『おっしょさん、元気ダナ、ええこっちゃ! んだば、カッパさ~ん! 遊びに来てケロな~!!』
『カッパなんてい』
和尚さんの台詞は途中でブッツと切れて、魂の抜けたお爺さんキャスターに画面が切り替わった。
三秒ほどの間の後、抜け殻の爺をバックに『カッパ祭りは大通りの十字交差点が始点です。まずはこちらへお集まり下さい。今年から童中学校生の案で、小会場マップと小会場スタンプラリー台紙をお配りしております。小会場は五つ。五つのカッパスタンプを集めてみよう!祭り中、カッパ神社には近づいてはいけないというシキタリがございますので、お参り・お賽銭は今日中に』といったテロップが流れ出した。
私は芋アナのシルバースキルにいつも以上に感心しながら、流れて行く文字を読んでいた。
カッパ祭りかぁ。カパ郎と出逢って無かったら、スルーしていたに違いない。
夜通し踊るって、なんか聞いた事あるけど、そっちは一晩どころじゃ無いもんね。
規模もきっとあんなに大きく無いだろう。
カッパ神社のボロさからして、人もそれ程集まらないショボイお祭りに違いない。
でも……でも……行きたい!!
だって、今私には一緒に行ける人がいる!!
カパ郎の浴衣姿なんてきっと素敵に違いない。
くちばし? は、お面でなんとかなるんじゃなかろうか。
カパ郎の顔が見えないのはちょっと残念だけれど、なんとかなるよ!
お面万歳!!
私が静かな興奮を胸にさざ波立てていると、カパ郎が当たり前の様にニコニコして言った。
「明日、楽しみじゃのう」
わーい!! お祭りだったらお祭りだー!!
出来立てカレシ(カッパ)とお祭りデートだー!!
神様仏さまありがとう!!
妹尾里緒奈、明日はほとばしる様に全力投球致します!!
里緒奈さん、将来の話し合いは?