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気になるあなた

新章です。

よろしくお願い致します!!

 夏雪葛(なつゆきかずら)の芽吹きの勢いが素晴らしい夏でした。

 瑞々しい新緑色の枝に、透ける様な白い小さな花がびっしりと咲き乱れていました。

 小さな花の一つ一つは奥ゆかしくどれも下を向いていて、引っ込み思案なわたくしは、その様がまるで同類の友の様に感じたのでした。

 わたくしは陽炎の立つ夏の日差しの中、村の小道の脇を飾る夏雪葛の涼し気な風景に魅了され夢心地で歩いていました。

 すると、不思議な事にいつの間にか小道はわたくしの知らない道になっていました。

 夏雪葛が道に延々と続いていました。

 歩いても歩いても、夏雪葛の道は続きました。

 わたくしが怖くなって振り返ろうとした時、


『振り返っては駄目じゃ』


 と、先の方から声がしました。


「誰か、いるのですか? 道に迷ってしまいました」


 わたくしはまだ少女でしたので、心細さに震える声で、聴こえて来た声に応えました。


『お前さまは今、かどわかされとるからのぅ、ワシの声の方へおいで』

「どこですか、どこですか」


 わたくしは、声のする方に必死で歩を勧めました。

 後ろの方で、何かがザワザワする気配を感じて、わたくしはとうとう本当におびえ切っておりました。

 初雪葛の白色が、わたくしを励ます様にキラキラ光っておりました。


『こっちじゃよ。慌てて転ぶでないぞ』


 優しい声でした。わたくしは必死で声の方へ向かいます。


『もうすぐじゃ、こっちじゃ、こっちじゃよ……』


 水音が聴こえて来ました。

 初雪葛の道が途切れた先に、村の近くを流れる川が見えました。

 こんなに歩かなければ辿り着けないという川では無いのに、とわたくしは不思議でした。

 ととと、とわたくしは難なく怪しげな道から抜け出して、河原の砂利を踏みました。


『良かったのう』


 声だけが、川から聞こえました。


「ありがとうございました。どこにいらっしゃるのですか」

『いンや、さよならじゃ』

「お礼を言わせてくださいな」

『今聞いた』

「お姿を」

『……』


 ちゃぷん、と水音がしました。


「きちんとお礼を言えなければ、わたくしは今日の事にずっと恐れて生きる事になってしまいます」


 返事はありませんでした。


 それから、わたくしは幾日も幾日も、川へ赴く様になりました。


 *  *  *  *  *  *


 朝が来た。

 山の朝は、ひんやりと涼しい。

 私は肌寒さに目を覚まし、すっかり自分に馴染んだロッジのタオルケットを掻き寄せた。

 街中のたるんだ鳥たちよりもずっと早起きな野鳥(いや、街の鳥だって野鳥に違いないけど)たちの囀りが元気よく木々の間に響いている。

 私はあくびを一つして、昨夜の甘い時間を思い返し、微笑んだ。微笑んだというよりかはニヤついた、の方が正しいのだけれど、ロマンチックな気分を表現一つで壊したくないので微笑んだ事にしておいて欲しい。

 昨夜、私の意に反してカパ郎はあっさりと帰って行った。

 己の中に巣食うビッチをカパ郎に知られたく無くて、私は「え!? もう帰るの?」と言う言葉を飲み込み、貞操ある淑女を装いながら、川へ戻って行く紳士カッパを見送ったのだった。

 予言の肝心なところが全然当たらないではないか、と少々憤慨しつつ、ええい、果報は寝て待て! と一人でベッドで爆睡した私は、今かなりスッキリした頭で枕元に置いたスマホを手に取った。現代人の習性である。

 スマホの受信ライトがチカチカ光っていた。

 きっとうーたんだ。

 うーたんはちょくちょく「王子さま」との熱々ツーショット画像を頼んでもいないのに送って来ていたのだ。

 もし私がカパ郎と出逢っていなかったら、昔懐かしのリングメール(※LINEとか無い時代の、不幸の手紙のメールバージョン。幸福の手紙―趣旨は一緒。こちらの方が良心に訴えて来る分タチが悪い-バージョンもある)の一本や二本送り付けていたと思う。

 と言っても、二・三日程前から愚痴が増えていた。王子さまはどうもマザコンだった模様だ。それからどうやらポエマーだったらしく、何を言っているのか一瞬考えなければいけないのが面倒臭いとの事だった。

 うーたんは私の友達なだけあってアホなので、あまり捻ったポエムだと即座に意味が解らないのだ。「?」となった瞬間に、せっかくの甘々タイムが冷めてしまうのだと言う。

 昨日の昼過ぎに来たメッセージはこうだった。


『ダルい』

『ど、どうしたの?』

『「汝よ」って呼ばれた事ある?』

『ごめん。無い』

『ダルい』


 うーたんからにゃんこ成分が徐々に抜け出しているのが、メッセージのシンプルさからありありと見えた。

 私は少し心配でスマホを起動し、メッセージを確認する。

 しかし、メッセージの送信者はうーたんでは無かった。

 送信者は、「妹尾 夏子」。

 私の母だった。

 見栄か恥かが邪魔をして、何となく「お母さん」と登録する事が出来なかった結果、フルネーム登録しているのだった。

 あ、連休に帰って来いって言われてたな、とようやく思い出しつつ私はメッセージに目を通す。


『お盆待ってたのに来てくれませんでしたね。食べ物腐りました。お父さん、食中毒。あと、子犬拾いました。可愛い♡』


「……」


 お母さんよ、意味不明過ぎる。

 食べ物が腐った原因が、まるでお盆に顔を出さなかった私のせいと思わせる巧みな文章にまず唸らされ、お父さん、喰ったんかい! とドラマチックな展開を繰り広げ「大丈夫か!?」とグッと読者の興味を引いた後、伏線も何も無く子犬登場。

 しかも子犬の後についている絵文字どう見ても猫。

 そして、なんかこのメッセージ、深読みすると「お父さんが食中毒になったの里緒奈のせい」みたいな二層仕立ての詰りに見えなくも無い。深い、深いよお母さん。

 添付されている画像は、目いっぱいお母さんしか写って無い。

 子犬ちゃんはお母さんに抱っこされているんだな、と辛うじて解る位に耳しか画面に入っていないってどうゆう事だ。つーか、何その肌色のキャミソール姿。目を疑うんですけど。誰得画像なのコレ。食中毒中のお父さんが撮ったの?

 うむむ……否応にも連絡取りたい熱が上がって来る。

 お父さんはともかく、子犬突っ込みたい!

 私はまんまとお母さんの術中にハマり、受話器のマークをタップしたのだった。


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