くちばしの感触
ずっと憧れていた宝石が、ハロゲンライトの下じゃないとそれ程輝かないと知った時、途端に私の中で価値を失ってただの石になった。
希少さなんて、なんだって言うんだろう。
石に価値は無く、輝きにこそ価値がある。
そんなカラスみたいな価値観の私だけれど、目の前でキラキラしている二つの輝きにだけは胸を張って言える。これは秘宝。
秘宝、獲ったどーっ!!
「ぶふぉっ、ぶふぁっ、かぱぱ、かぱんっ」
「もう泣くでない、悪かったのぅ」
「ぶひんっぶひぃん……♡」
難しい問題を解決(イヤ、まだ全然出来てない)した時の幸福感と、恋愛・ゲットだぜ! の昂揚感の為に、言語を司る器官が故障して、私はブヒブヒ泣きながらカパ郎の胸に飛び込んだ。
カパ郎は「おおぅ」と声を上げて、私を抱き留めると、初めて会った時にそうしてくれたみたいに私の体を優しく揺すった。
セルフ泥沼から救助された私は、安堵感にドロドロで、結局泥の中みたいだ。
「良い方法を、考えような」
「ふすんっ」
私とカパ郎は星空の下見詰め合った。
虫たちが控えめにリーン、リーン、キチキチキチ……と羽音を出し出した。
私にはそれが、
『キース! キース!』
『キスキスキスキス……』
に聴こえた。
アホで良いもん。
私はうっすら目を閉じて、顎を少し上げた。
ビッチ、ビチビチビチッ! と囃し立てる汚い虫の音がちょっと気になったけれど、もっと気になったのはカパ郎が不思議そうに私を見返している事だった。
「……」
あ、あれ? こういう時って、キスでしょ?
なんで動かないのカパ郎!?
もう紳士の仮面は取っ払っていいのに。
水辺の妖怪らしく、ビッチャビチャのやつしてよカパ郎!
薄目を開けて、私はカパ郎の唇―――くちばし? を見て「ハッ」とした。
―――どうやってするんだろう……?
今まで見ていたところ、柔軟性はありそうだ。ペットボトルの飲み口からくちばし? をすぼめて中身を飲んでいるのを見た気がする。その時は特に気にしなかったけれど、それならイケると思うっ。
水鳥みたいな固い嘴では無いから、「ガスッ」って目にも合わないハズ……。
けれど、そういえば……くちばし? の奥には細かな牙みたいなのがギザギザしていた気がする。それで焼き魚を丸ごと食い千切っていた様な……ちょっと怖い。
「な、なんじゃ? りおな、どうした?」
「ちょ、ちょっとカパ郎、口を見せて」
「なんひゃい、ふがふが……」
私はカパ郎のくちばし? に触れたり、開けさせたりして観察した。カパ郎は優しいからこんな事で怒ったりしない。訳も分からずされるがままになっている。
うわわ……やっぱりギザギザがある。
でもなんか……意外とぷにゅぷにゅしていて……新感覚かも。
舌もなんか大きくて、先端が尖ってて……。
私は性懲りも無く野獣モードになって、ゴクリと喉を鳴らした。
『待ってリンリン!!』
―――げ、また!!
『せっかく想いが通じ合ったのに、そんな不純なキスなんて駄目よ!!』
―――ふ、不純? な、なんの事?
『リンリン今喉を鳴らしたじゃない!! 初キスってもっと神聖な気持ちでするべきだと思うの』
―――な、ななな……。余計なお世話なんですけど!
『大体リンリンさっきから色々ブレまくりよ! キャラがブレまくり! 純なの? 野獣なの!? ハッキリしなさいよ!』
―――じゅ、純に決まってるでしょ!? 私は純粋にカパ郎とキスしたいだけだよ!!
『それならいいけど……野獣モードは抑えてもう少し』
―――う、うるさいな! 大丈夫だってば!
私は特に需要の無い正気里緒奈を追い払い、改めてカパ郎を見上げた。
カパ郎は相変わらず優しい顔で、どことなく満足気に私を見下ろしていた。
こんな風に愛情を込めて見詰められると、溶けてしまいそうだ。
「か、カパ郎、あの……キス、しよ?」
『り、リンリン! 自分から誘うなんて貴女なんてはしたないの!?』
―――うわ、ちょ、もういいってば。あっち行って!!
『え、ちょ、駄目だってばリンリン! ちょ、消さないで……あがが』
私はしつこい正気里緒奈を頭を振って追い払い、カパ郎の反応を待った。
カパ郎はきょとんとしてちょっと首を傾げた(カッコ可愛い♡)。
「きす……?」
「う、うん……」
「……」
「えっと、口づけ」
カパ郎は明らかにピンと来ていない様子だった。
眉を寄せて、少し困惑している。
あ、あれ……? もしかして?
「カッパはしないの?」
「なんじゃ、どうするのじゃ? りおながしたいならするのじゃ」
カパ郎が物凄くピュアな顔で微笑んで「どうぞ」とばかりに隙だらけなので、私はなんだか悪女かなんかになった気持ちになってしまう。
な、なんだろうこの~ピュアカッパ×痴女・プライベートレッスン~みたいな流れは……。
キスの概念が無いカパ郎に、「でへへ、じゃあ」なんて言ってキスをして「な、なんじゃ!?」とか言って引かれたらどうしよう?
カパ郎がワシッと私の両腕を掴んだ。
それから、ちょっと焦った様に捲し立てた。
「り、りおな、遠慮はいらんぞっ? 俺はカッパじゃが……人間の男には負けんのじゃ!!」
「カパ郎……」
うううう、嬉しい……。なんか勘違いしてそうだけど、嬉しいよカパ郎!!
「あの、じゃあ少し屈んでくれる?」
「よし」
カパ郎が素直に屈んで、私の目前に無防備なイケ面を晒した。
よし、と私はキスをしようとしたのだけれど、う、なにコレ恥ずかしい。
「か、カパ郎、目を閉じてくれる? ……あ、いや、歯は食い縛らなくていいの……」
「な、なんなのじゃ?」
明らかに若干怯え始めたカパ郎の額にまずキスをして、動揺した彼の顔をそっと両手で包むと、瞼や頬にもキスを落として行く。大丈夫だからね、カパ郎……(アレ? やっぱりなんか、~レッスン~的な感じになってる……?)。
カパ郎が身体の力を抜いてから、いよいよ彼のくちばし? に、そっとキスをした。
「!?」
「……!!」
お互いが未知の感触に衝撃を受けた。
なんだろう……鳥の嘴とはやっぱり違って、柔らかかったけれど、人間程じゃない。
カパ郎とのキスは、ええと……スーパーボールみたいな感触だった。
*
スーパーボールみたいな感触だったのはさて置き、私はカパ郎とのキスに乙女心が爆発しそうだった。決して野獣心じゃなくて、乙女心なのだった。
キスにこんなにときめいたのは、悲しいかな何年振りだろう……。
私は瞳を(たぶん)輝かせて、カパ郎を見た。
カパ郎は、通常なら体験しなかっただろう「キス」初体験に、目をぱちくりさせていた。
「今のが『きす』かの?」
「う、うん。厭だった?」
「否! 厭ではないのじゃ……りおなの唇は、柔らかいのぅ……」
とろりと笑って、カパ郎は私を引き寄せる。
良かった……カッパの倫理に引っ掛からなかったみたい。
私は微笑んで、カパ郎のくちばし? に再びキスをした。
面積が大きいから位置に迷ったのだけれど、カパ郎が自分のベストポジションで私のキスを受け止めた。やっぱり先端部分ね。覚えておこう……。
「これは良いのじゃ……」
カパ郎はお酒を幾ら呑んでも見せなかった顔をして、自らも私にキスをしてくれた。
自分からする分には思わなかったけれど、彼からされると……やっぱりちょっと水鳥の類に突かれている感が否めなかった。
「カパ郎、あまり尖らせないで」
「こうかの?」
「ん……♡」
私達は各々の新感覚と幸せに浸って、大いにイチャイチャした。
次回から二章に突入します。
ここまで読んで下さった優しい読者様に、億千万の感謝を捧げます。
そして、更にカオスな二章目もよろしくお願いいたします‼