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優しさが欲しいんじゃない

 ついさっき、自分の気持ちを受け入れたばっかりだったのだ。

 カパ郎を好きだって、愛しいって。

 驚愕と一緒に川へダイブして、逞しい腕に抱えられた時から、きっと私の心は奪われていたけれど、「カッパだから」に、私は自分の心中をちゃかしてた。セクハラしたりしてさ。

 でもたったついさっき、私は萌えに後押しされて、彼との恋を始めた。

 それも随分ドタバタした始まりだった。あの状態で後先を考えている暇なんて無かった。ただ、「私もだよ」を伝えるのに必死で……。

 これだけでも本当のところ自分に対してドキドキソワソワすると言うのに、人生の指針まで突き付けられては頭がオーバーヒートなのだった。元々オーバーヒート気味なのに、困ってしまう。

 もしも私が世間に絶望した情熱的な十代だったら、迷わなかったかも知れない。

 けれど、私は世間に絶望し慣れたやや怠慢な二十代半ばだ。

 絶望しつつも、なんとかかんとか自分を慰めたり奮起させる術を見出して、これまでやって来た。アイスクリームとか、新作のドリンクとか、クリスマスコフレとかそういう、ささやかなものを奮起剤にして。

 すると不思議なもので、自分のフィールドに取り入れたものは愛しいし、手放しがたいと感じる。だって、それらが私を支えて来たのだから。

 もしもそれらを一気に捨てたらどうなるのだろう。

 そう思うと、私は臆病になってしまう。

 私の微妙な表情の変化は、カパ郎以外のカッパ達にも容易く読み取られてしまったみたいだった。

 ポチャマッチョカッパが「それ見たことか」と言った厳しい顔で、私を見た。

 女顔カッパもメガネカッパも、ちろちろ私とカパ郎を見比べて、身を小さくしている。

 ポチャマッチョカッパがゴホンと咳払いをして、立ち上がった。


「まぁ、良く話し合うのじゃ」


 そう言って彼はのしのし川の方へ歩いて行った。

 ポチャマッチョめ……。

 甘いハズの夜に、なんて事をしてくれたんだ! 脳筋そうだったのに、なんだそのいらない意外性は。カパ郎が泣きそうじゃないか!

 ……私のせいなんだけど!!


「お、俺も帰るのじゃ……。またの、カパ郎」


 メガネカッパが気まずそうに言って、振り返りつつポチャマッチョカッパに続き、女顔カッパも立ち上がった。

 彼はひたひた私の傍に来て、


「カパ郎は、良い奴じゃ。ガキの頃から一緒じゃから、それは保証するのじゃ」


 と、憂いを帯びた瞳で言った。

 私は彼らの友情に、申し訳なく思った。

 カッパだって、友達が(彼らから見て)適当な扱いをされるのは厭だろう。それも、良い奴なら尚更。

 勿論、種族を跨いで恋する位なのだから、私も適当な気持ちじゃない。

 だから、私はちゃんと真面目な顔を女顔カッパに向けて、頷いた。

 女顔カッパは心配そうな顔で瞬きをして、カパ郎に「じゃあの」と一声かけるとクルリと踵を返し二匹の後へ続いた。

 そして、私とカパ郎は二人きりになった。

 さっきまで邪魔で仕方なかった三匹に戻って来て欲しいと思うなんて、変な感じだった。

 夏の虫の音が、遠くなったり近くなったりしている。私達を面白がってるみたいに。


「カパ郎、あのね」


 間に耐え切れずに、何でもいいから喋ろうとした私の言葉を、カパ郎が少し掠れた声で遮った。


「りおな、俺は気にせんのじゃ」

「え?」


 りおなは優しいからのう、と優しく笑う。

 無意味に雀卓のパイをジャラジャラいわせながら。


「……私、優しくなんてないよ」


 だから、カパ郎は今、俯いているんでしょう?

 カパ郎はこちらを見ない。


「俺が帰してやらぬと酷い事を言って強引に願いを叶えさせたのに、きゅうりとぱんつを持って来てくれたじゃろ」

「……好奇心だよ」

「一緒に酒につきおうてくれたのも、嬉しかったのじゃ」

「……だって私のせいでもあるし」

「一緒に泳いでくれたのう。りおなの笑い声が、沈んだ俺の気持ちを明るくしてくれたんじゃ」

「……楽しかったね……」


 そんな風に思ってくれていたなんて、と思うと嬉しかった。

 出逢った日が、この夏二人で見上げた日差しの様に明るくて眩しくて、消えて欲しく無くて切ない。


「夜にねぐらへ帰る時、寂しかったのじゃ。朝、街へ帰ってしまっとったら思うと川から出られんかった。りおなが「おはよう」と言って川へ来てくれると、『今日も大丈夫じゃった』と嬉しかったのじゃ」

「……私もだよ」


 素直に言ったつもりなのに、カパ郎は私を見て首を振った。

 私を見る、どこまでも透明に煌めく瞳に、悲しみとほんのちょっとの憤りが混ざって膜を張っていた。


「りおな、俺はりおなの優しさが欲しいんじゃ無いんじゃ」

「……」

「あ奴等の前で、俺が恥を掻かんようにしてくれただけなんじゃろ?」

「ち、違うよ。どうして? 私そんな風だった?」


 ちょっとショックだった。

 酷いよカパ郎。一世一代のバンジージャンプだったのに。

 カパ郎は俯いて、「俺の勘違いじゃ」と微笑んでいる。

 私はなんだかかつてない程悲しくなって、首を振りながら彼の本当の勘違いを正す為何か喋ろうとするのだけれど、かつてない程の悲しみは、私の喉から言葉を奪ってしまったみたいだった。

 私は池の鯉みたいに口をパクパクさせて、息も絶え絶えか細い声を出す。


「違うよカパ郎、違う……」


 こんな短い言葉でさえ、子供みたいにしゃくり上げてしまって上手く言えない。

 上手く言えなければいけない言葉なのに。

 しゃくり上げているのに、涙は不思議なくらい出て来ない。

「まさか」と「否、これは来る!」の狭間で怯えていた私に、カパ郎は容赦ない。


「違わんのじゃ。俺の事は構わずもう帰るのじゃ」

「カパ、カパ郎……」


「俺は、りおなが笑っとったらそれでいいんじゃ」


 ―――あのオナゴは笑っとったでいいんじゃ……。


 そう言って微笑んだカパ郎の笑顔を思い出す。

 やだよカパ郎。

 勝手に私を瞼の裏で、消さないで……。


 * * * * * *


 ―――本当にごめん、里緒奈。


 そう言って、私に頭を下げたのは、学生時代から続いていた彼氏の久志。

 まだ社会人になって間もなかったのに、久志は同期の女の子と浮気した。

 自由に会える時間が減った事、やや倦怠期だった事、そして何より、相手の女の子が守ってあげたくなるような砂糖菓子みたいな容姿をしていて、更に巨乳だった事が原因だった。

 彼らは一、二か月で一気に燃え上がり、私を爪弾きにした。

 私だって女だから、直ぐに勘づいた。

 スマホばかり気にしている事や、私の話に上の空な事や、休日の用事が増えて全然会ってくれなくなった事……。なんか変だな、が増えて行き、ある日とうとう呼び出されて、久々に会えると期待半分、嫌な予感半分、それでもオシャレして待ち合わせ場所のカフェへ向かった。

 奥の方の席に、いつもの猫背気味の背中を見つけて足を速めれて近付けば、その横に小さな愛らしい背中が並んでいた。

 二人共背中を向けていたから、私はあの時帰ってしまえば良かった。

 けれど、『やっぱりか』と思いつつも『どういう事!?』と感情が高ぶって、結構高飛車な態度で並ぶ二人の向かいの席に座った。


 ―――久志、この人誰? どういう事?


 わざわざこの場に自分で来た癖に、女の子は下準備済みのヒラヒラしたハンカチで口元を隠して肩を縮こめた。

 それから久志は、前置きも無く正々堂々謝って来た。


 ―――別れて欲しい。頼む、お願いだ。

 里緒奈は悪くない。俺が悪い。本当にごめん。だから、別れて欲しい。

 ―――私が悪くないなら、別れたくない。

 ―――でもそれじゃあ里緒奈に悪い。

 ―――悪くない。私に悪いと思うなら、別れるなんて言わないで。


 私は砂糖菓子みたいでも巨乳でも無いし、同じ社内で苦楽を共にも出来ない。

 仕事内容の愚痴だって、私に吐くよりずっと盛り上がるのはこのだろう。

 でも、キラキラした青春とまでは言えないけれど、学生時代に二人で仲良く培って来たものを、この段階でもまだ信じていた。だから、許そうと思った。

 目の前で懇願する様に私を見ている女の子は凄く可愛い。こんなの、私だって男だったらヤバイと思う。

 今は無理だけど、多分泣いてしまうけど、何年か経てば笑っちゃえないかな?

 コイツさー、すっごい巨乳のと浮気したんだよ!! ホラホラ、あの巨乳どんなんだった? このドスケベ! 流石英雄色を好むデスネ!! なんて……なんて言ってさ……。

 無理だよね。もちろん無理だよ。私は器狭いから。

 だけどこんな風に頼まれて別れるなんて悲しかった。

 久志は言った。


 ―――里緒奈には、幸せになって欲しい。


 幸せってなに?

 誰が決めるの?

「こっちの方が幸せですよ」って勝手に肩を強引に掴まれてポイってされるのが神様の啓示とはとてもじゃないけど思えない。

 私には、「悪者の俺達は落ちるところまで落ちるから」みたいな陶酔顔の二人の方がずっとずっと幸せそうに見えた。

 でも、この時私は今よりももっともっとヘタレで、言いたい事を喉から通過させられずに、やっぱりマヌケな池の鯉になってた。

 私はブルブル震えながら悔し紛れの涙目で、二人を睨み付ける事くらいしか出来なかった。

 女の子が鼻を啜って俯いて(一言も話さないけど何で来たの?)久志がテーブルの下で、彼女の空いている方の手に触れたのが二人の動きで解った。

 まるで私が彼女を怖がらせているみたいだった。

 私は被害者のハズなのに、どうしてこんな腫物扱いされているんだろう。そう思うと惨めで悔しくて、何とか絞り出した言葉を彼女に向けた。

 彼女に久志を諦めて貰うしかないと思った。


 ―――浮気する男なんて、また浮気するよ。貴女はそんなのでも良いの?


 私は良いよ。言い掛けたところに、彼女が被せた。


 ―――浮気じゃない。私達は本気だから。


 人生の初白目だった。ぐうの音も出なかった。

 私はやっぱり悪者だった。本気の二人を意固地に邪魔する古狸だ。

 テーブルの下で、久志の手と彼女の手が固く繋がっていたに違いない。

 俺がいるから、怖くないよ、なんて。そんな感じでしょう?

 怖かったのは私だよ。一人でここに来て、一人で二人と向かい合って……一人で帰ったんだから。


 * * * * * *


 さて、今現在の状況と、回想の状況では全く毛色が違うでは無いか、さては不幸話をしたかっただけだなと突っ込まれてしまいそうだけど、私がこれを思い出したのは、私が上記の体験の結果『君の為だ』と相手に別れを告げる真意を非常に疑っているからだ。

 そして更に、この話は私の中で熟成されて、今や取って置きのカンフル剤になっていた。

 そう、既にこんなものは己を狂戦士(バーサーカー)化させる為のイントロでしかないのだ。

 カパ郎! このっ天然イケメンめ!! 

 私のシャウトをたっぷり喰らうが良いわ!!


 私はドーピングに成功し、大きく息を吸い込んだ。


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