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冬の誘惑

 

 寄り添い合う私達を見て、バカ三匹が「チッ」と舌打ちしたそうに顔を歪め、私達から視線を逸らした。

 ヘタな邪魔が入らない分、私とカパ郎は大いにイチャついた。様に見えたと思う。


「俺もオナゴと仲良くしたいのぅ」


 と女顔カッパがポツリと言った。

 潤んだ瞳は儚げで、それを助長する様に泣きボクロがチョンとある。

 色白の細面な顔に、サラサラの真っ黒な前髪が掛かっている様は学生の頃ハマったボーイズラブのウケ役を思わせた。

 丁度立膝をして膝に腕を乗せ、そこに顔をちょっと埋めている姿勢だったのでくちばし? が隠れていて、この瞬間だけを見た人が聞いたら「オナゴと仲良くしたい」なんてまともには信じられない台詞だろうと、私は思った。いや、BL的な意味じゃ無くて。


「カッパの女の子って少ないの?」

「男に比べれば少ないのう……少なくともこの山にはおらんのじゃ」

「え……、そういうレベル!? 悲劇的……」


 うんうん、とカッパ四匹(ああ……カパ郎にだけ、匹扱いするのに抵抗が……)は深刻そうに頷いた。

「俺らの仲間に一人、エロガッパが出ての、オナゴらは皆嫌がって山を出て行ってしまったんじゃ……」


 ほ、本当にいるんだ。エロガッパ。しかも、結構な公害じゃないか。カパ郎が全力で否定していた気持ちがようやく解った。

 そうだよね、私だってエロガッパがいる山なんて嫌だ。


「それまでは嫁候補も少なからずおったのにのう!」


 ポチャマッチョが悔しそうに膝を拳で打った。

 カパ彦(メガネカッパ)も腕を組んで強く頷いている。

 カパ彦、本当? 本当にあんたに嫁候補いた? あんたに?

 ……え、アレ? という事は、もしかしてカパ郎にも……?

 で、でもカパ郎はAV女優に夢中だったから大丈夫だよね。大丈夫に違いない。

 私は不安を掻き消して、カッパ達の会話に興味を移す。


「隣山には、おるにはおるんじゃがの……向こうの男衆が独り占めしとるんじゃ」

「近づくと怒りよるもんなぁ」

「向こうもオナゴ不足じゃからのう……」


 困ったのう、とそれぞれが溜め息を吐いた。

 私も「それは深刻だね」と相槌を打った。


「しょうがないから、次の春に二つ向こうの山へ行こうと相談しておったんじゃ」

「えっ!? そうだったんだ……じゃあ、もしも来るのが今年じゃ無かったら出会えなかったんだね」

「そうじゃな……りおな、よう来てくれたのう」

「カパ郎……」


 また「チッ」という顔をして、ポチャマッチョが言った。


「でものう、カパ郎、人間のオナゴと本当にうまくやれるのかの」

「え……」

「だってのう、りおなどん、今は夏じゃで遊び呆けとれるけンど、秋冬は人間には厳しいぞぉ」


 私が考えない様にしていた事を、ポチャマッチョカッパはズバリと言って、「りおなどん」と呼ばれた衝撃と共に狼狽えた。「どん」ってなんだろう……「丼」? 「里緒奈丼」? 税込み三百二十円?


「この辺は雪が積もるからのう……」


 と、女顔カッパが空を見上げた。しんしんと降る雪が、まるで見えている様に。

 カパ郎が焦った様に「だ、大丈夫じゃ!」と言った。


「冬は俺の棲家におれば良い。二人でおればあったかいじゃろう……」


 と言って、「いやあのその、変な意味じゃ無くての……」と、慌てた様子で頬を染めた。

 私もガラにも無くモジモジして、頬を染めた。

 冬の間中、カパ郎の住処に二人きりで籠ってお互いを貪りあ――……否、温め合うのは、ロマンチックな気がした。

 ポチャマッチョカッパは「解ってねぇなぁ」という顔をした。


「食いモンだって、人間は色々贅沢じゃろ?」

「……」

「冬はあそこの万屋も無人になるしのう」

「俺はりおなを飢えさせたりしないのじゃ!」

「そう言う事じゃなくての……」


 カパ郎は魚とりの腕は良いから、飢える事は無いかも知れない。

 でも。冬は……ストーブでポカポカになった部屋で、コタツに潜りながらバニラアイスをちょっとずつ溶かしながら食べたい……。

 仕事帰りに、コンビニに寄って、ちょっと高めの乳が贅沢に使われたヤツを口に入れると、最高なのだ。

 それから、珈琲の美味しい崇多鞄簾(すうたばっくす)が毎年打ち出す冬のホットドリンクも楽しみにしてる。

 憧れブランドのクリスマス限定コフレの発売も冬にある。

 会社のデスクの卓上カレンダーにも、皆が使う大きいカレンダーにも、発売日だと目星をつけている週の所に蛍光マーカーで大きな丸を付け、「この週は私のものであって絶対にアテにしないで下さい有給取ります」と既にPR済みだ。

 最低三つのブランドを制覇したい。シリ・スチュワーデスの巾着かポーチ、毎年すっごく可愛いんだ!!

 そんな事を思っている間にも、ポチャマッチョカッパがカパ郎に「お互いが被るリスク」をこんこんと説いている。

 その言葉のどれもが、実に説得力のあるものばかりだった。

 カパ郎は辛抱強く打開案を打ち上げていたけれど、そのどれもが私がここに留まる前提で、更に愛が無ければ立ち行かないものばかりだった。

 私は、彼の提案の一つ一つが嬉しかったし愛しかったけれど、彼ほど自信を持てなかった。

 それから、頭の隅で「明日の朝、会社に何て言って休みを取ろう」と考え出した。

 カッパと恋に落ちたので、なんて言えないし……。

 親をダシにしようか? 両親が山で遭難しておりまして……。

 イヤ、出来れば嘘は吐きたくない。何故ならバレるからだ。

 インフルエンザ! インフルエンザでいこう!!

 嘘じゃない。正式名称はカッパインフルエンザ。恋の病でこれから高熱が続く予定なんだから。

 よし、これで一週間は稼げる……。感染症だから、有給も特別枠だ。

 休みを引き延ばせる……けれど……。


「と、とにかくやってみんとわからんじゃろ、その辺はりおなとよう話し合うから、お前は黙っておれ」


 カパ郎がそう言うのが聴こえた。

 私は、ハッとして、「のう、りおな」と、こちらを見たカパ郎から目を逸らした。


 会社を辞める、では無く、休みを引き延ばそうとしている私の頭の中は、ここに残りカパ郎と人生を共にするフローチャートなんて組み立てる事すら出来ていなかったのだった。

 私の操り人形になっていないか疑惑といい、種族の違い問題といい、私とカパ郎の間には問題が山積みな上に、タイムリミットを今更自覚して、私はカパ郎の真っ直ぐな視線を受け止める事が出来なかった。

 ああ、カパ郎……そんな顔しないで……。

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