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こんなにいいカッパが私のカレシな訳ない

 カパメガネカッパが私とカパ郎の反撃で落ち着いて、場の空気は断然健全なものに変化した。健全と言っても焼酎片手に麻雀なのだけど、とにかく芸の無い下ネタを吐く者はいなくなった。

 ポチャマッチョカッパも女顔カッパも、カパ郎の逆鱗に触れて名を明かされる事が無い様に気を付けている様子だった。

 カパ郎は悪戯にカッパの嫌がる事をする様なカッパでは無かったし、ポチャマッチョカッパも女顔カッパも、彼とは私などよりずっと付き合いが長いのだから、そんな彼のカッパ柄を知っているんだろう。『だめなんだな』という事に触れない様にしている他は、とても寛いだ様子で麻雀を楽しんでいた。

 カパ郎はマメにルールを説明してくれて、仲間と私が打ち溶けやすいように気を使ってくれている。

 こんな場合って大抵ほったらかしにされるんだと思っていたし、『MONMON』には、男の世界を一歩引いて見守ってあげられるのが『イイ女』って書いてあったのに。逆に見守られちゃってる嬉しい状況にニヨニヨする。

 仲間と楽しそうに笑っているカパ郎を見て、私はなんとなく彼が山のカッパで良かったかもしれないと思い出した。

 もしカパ郎が人間で、街に住んでいたとしたら多分……イヤ、絶対ソールドアウトしてる。

 私なんかきっと、カパ郎のルックスや優しさにパインとやられて、遠くで憧れてるしかなかっただろうな。

 私はそんな場面を想像して、少し切なくなった。

 何処から取り出したのか、ポチャマッチョがタバコを一本焚火にかざし、火を点けた。

 何だか不思議な匂いのタバコの煙を、ポチャマッチョカッパが口から吐いて鼻から吸う。

 再び口から吐き出された煙はふわりとキュウリ型に浮かんだ。キュウリ型なんてそんなワケあるかと思いつつ、私はキュウリ型の煙をボンヤリと見詰めた。


 * * * * *


 煙が現実的な姿で換気扇にゆるゆる吸い込まれていく。

 磨りガラスで仕切られた喫煙スペースで、スーツ姿の男達の話声。声には微かな羨望が混じっている。


『営業のカパ山カパ郎さん、またデカい新規契約取れたらしいですね』

『カパ山は人柄が良いからね~、お客さんもついついカパ山の笑顔にやられちゃうんでしょう』

『漢気もありますからね。「カパ山さんなら任せる」って顧客多いですよ』

『ルックスも良いから、女性社員もカパ山に夢中だし上司にも好かれてるし出世コース間違いないな』

『ですねぇ……でもオレ、カパ山さん好きですよ。懐広いし……』

『俺もだよ、話してると気持ちが穏やかになるんだよなぁ……』


 ふー、と吐き出された煙が、もわもわもわ……


 そのまま、もわもわとした煙は、ぱふぱふと熱心に肌に叩きつけられる白粉(おしろい)に変わり、女子トイレに良い匂いをまき散らす。


『昨夜、カパ山さんの資料の為に残業したら、そのお礼にアユを捕って来てもらっちゃった♪』

『ええー、ズルい! 私も手伝ったのに!』

『うふふ。カパ山さんの為なら残業なんて全然平気』

『でもカパ山さん、秘書課のと付き合ってるみたい』

『くっそ~、社長の喜び組共め……』

『ブタ社長に抱かれてればいいのにね!』

『ああ、私もカパ山さんのたくましい胸に抱かれたい~』


 お喋りと嫉妬がもくもく立ち上がり、仕上げに香水がシュッと吹かれ、女性社員たちが立ち去った後、ギィィ―、とトイレのドアが開き、現れたのはくすんだ顔の私。


『はぁ……カパ山さん、やっぱり彼女がいたんだ。朝エレベーターで勇気を出して挨拶なんてしなきゃ良かった……食欲が一気に失せたから、ランチは「カロリーアミーゴ」でいいや……』


「おはよう、今日も良い朝じゃのう」と返してくれたカパ山さんの笑顔を、心のアルバムからそっと消去する私……。

 溜息を吐いて廊下へ出ると、ちょうどカパ山さんと例の秘書課の女の子が、何やら楽し気に廊下の向こう側から歩いて来た。


『カパ郎さん、今日はお弁当を作って来たんですよ』

『おお、嬉しいのうっ。何が入っておるのか楽しみじゃ』

『うふふ、キュウリに~、キュウリでしょ? それからキュウリよ♡』

『大好物ばかりじゃ! カパ美は良い嫁さんになるじゃろうなぁ……あ、いや、ゲフンゲフン』

『……もう、カパ郎さんたら……』

『ゴホン、と、ところでカパ美、社内ではカパ山とよぶのじゃ』

『あ、いやん、そうだった。でもカパ山さんも、私の事名前で呼んじゃってますよ♡』

『あ、本当じゃ。つ、ついの……』


 仲睦まじく屋上とかなんかそういう、手作り弁当を食べるのに然るべき場所へ消えて行く二人を、観葉植物の影から「カロリーアミーゴ」を貪りながら涙ぐんで見守る私……。

 彼の事を想って、キュウリ味なんかにしなきゃ良かった!! 甘い甘いチョコレート味が欲しいよアミーゴ!!


 * * * * *


「りおな? どうしたんじゃ?」


 妄想の世界へトリップしていた私の顔を覗き込んで、カパ郎が声を掛けた。

 大きくて凛々しい瞳が、優しい表情で私を映して微笑んでいる。

 ああ……本当にカパ郎がカッパで良かった……。

 私は胸が痛んだ。

 私は、カパ郎の名前を知っている。

 だから、だからこんな素敵なカッパが私を想ってくれてるんじゃないか?

 私の『彼氏欲しい』欲が知らずと溢れ出ていて、カパ郎の意に反してカパ郎を操っているのではないか、という不安が湧いて来たのだった。

 私は「何でも無い」と微笑んで、カパ郎にもたれ掛った。二人きりになったら、ちゃんと聞かなくては……私はカパ郎を服従させたりなんかしない。

 カパ郎の意思を大事にしたい。

 でも、今だけは……神様もう少しだけ……。



バカです。

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