長耳村への帰還
俺は聖域に向かう道がてら、同行する少女『スミ』に話しかけていた。
ちなみに里長の名前は『サクヤ』様というそうだ。
「それにしても女性が多いんですね」
「そうですね、数年前に大人の男しかかからぬ病が流行り多くが命を落としました。子を成すには残った男子が成長するのを待つしかありません」
里長の話では、そもそも里では男が生まれる事が少ないらしい。
その上、多くの男が死んでしまったと云う。
「うちの村と逆ですね。長耳村は男ばっかりで」
乾いた笑い声が木々に染み込んでいった。
田舎育ちにも少々きつい山道を登り『聖域』へと辿り着く。
「この鏡石を通って来たと言いましたね」
サクヤ様はそう言って鏡石の表面を指でなぞった。
「あれ?」
サクヤ様が触った鏡石の反応が俺たちの時と違うことに動揺する。
水面を触ったみたいに指が入っていったのに。
俺たちは顔を見合わせた。
「おかしくね?」
「か、帰れないのかな?」
「やばいじゃん」
「とにかく、俺たちもやってみよう」
俺がそう言って鏡石に近づくとサクヤ様の声がこの場に優しく響いた。
「待って下さい」
なんだろう?
帰らないで! とか言われたら悩んじゃうな。
「帰られたら、どうされますか?」
「え?」
普通に飯食って風呂入って、......って意味じゃないよな。
「また里に来たいですか? それとも来ませんか?」
「えっと、みんなと相談していいですか?」
俺は幼なじみ3人の顔を見渡した。
「ええ、どうぞ」
「......その前にサクヤ様はどう思ってます? 来て欲しいか、欲しくないか」
俺の言葉にサクヤ様は優しい笑みを浮かべて言った。
「ふふ、来て欲しいですよ」
「また来ます! すぐ来ます!」
「「「相談は!?」」」
ふん、黙れ!
「サクヤ様!」
サキがサクヤ様の言葉に顔を険しくして詰め寄る。
それをサクヤ様は掌を向けて制した。
「あなた方からは悪意や敵意は感じられませんでした」
そう言いながらサクヤ様は俺の手を握り見つめてくる。
吸い込まれそうな瞳に胸が高まる。
「私は貴方達を信じます。ですからまた里に来て下さい」
俺は歯がキラリと輝くようなベストスマイルを浮かべた。
「はいっ! この『長耳 亘』必ずまた来ると約束します」
その後、サクヤ様は他の3人とも手を握って挨拶をしていった。
全員ニカッと笑うが、別に歯は輝かなかった。
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とりあえず、俺たちは無事に『長耳村』に帰ってこれた。
さすがに最初に俺が鏡石に触れる時には緊張したが、上手く行くと山に歓声が響いた。
「いや~、なんか疲れたな」
「ああ、そうだな」
「とりあえずビールだな」
「そうだね」
「でも、どうするんだ? 誰かにこの事言うか?」
「う~ん、信じてもらえないだろうし、信じてもらえても大騒ぎになるだろ」
「まあ、そうだろうな」
「里のみんなに迷惑掛けちゃうかもね」
「内緒だな」
「だな」
「じゃあ『鳥八』で作戦会議だな」
「おうっ!」
「会議って?」
「ん? エルフの里に持っていく、お土産決めるんだよ。手ぶらじゃ行けないだろ」
こうして、俺たちは異世界から無事に帰って来ることが出来た。
だが、冒険は始まったばかりだった......。