エルフの長
里長の家は山の中腹に建てられていて、他の家よりも少し大きな建物だった。
建物全体に美しい彫刻が施され、年季の入った柱から歴史を感じる。
引き続き俺達の監視に付いている女性達も少し緊張しているようで、俺達も釣られるように背筋を伸ばした。
「おかしな真似はするなよ」
殺気の込められた言葉に冷や汗が出る。
お願いだから剣の柄に手を添えないで。
緊張しながら家の中に入り広い部屋に案内されると、その奥には白く長い髪の美しい女性が優雅に座っていた。
透き通るような白い肌と整った顔は、まるで女神のようだった。
そして、その瞳には強い意志が宿っているように輝いている。
「さて、本日はどのようなご用件でしょうか? 取引については先日お断りしたはずですが」
その言葉には、冷たい感情が込められていた。
俺達は顔を見渡し、質問の意味を考える。
結局、幼なじみの3人は俺に何とかしろといった視線を向けてくる。
こんな時は大体俺が先頭に立たされる。
「え~、まずは聖域に立ち入った事をお詫びします。すいませんでした」
俺は頭を下げながら、ちらりと3人に視線を送る。
「「「すいませんでした」」」
3人も俺の後に続いて頭を下げる。
「それでですね、別に俺達は取引に来たわけではなく。......何というか迷い込んでしまったようなんです」
「伊勢会の方だとお聞きしましたが?」
「ええ、そうですね。日本の長耳村と言う所から来ました」
俺の言葉に里長は首を傾げた。
頭の上に?が見えそうな顔だ。
少し可愛い。
里長はおっかないお姉さんを手招きして、小声で話をしている。
そして、おっかないお姉さんが俺達の方にやってきた。
「お前たち伊勢会から来たと言ったではないか。なんだ長耳村と言うのは」
なにか誤解があるようだ......。
「すいません。異世界とは、なんなんでしょうか?」
「馬鹿にしているのか? 伊勢の商人会の事だろうが! 先日、商品の値上げを伝えてきたばかりじゃないか!」
「サキ、もうよい。下がりなさい。......どうやら誤解があるようですね」
「......誤解......ですか?」
「こちらからも聞きます。あなた達の言う、伊勢会とはなんなのですか?」
「......こことは異なる世界の事です」
その言葉に里長は納得したような顔をし、サキと呼ばれた女性は驚きの表情を浮かべていた。
「なるほど、それで異世界ですか。......それで、そこから迷い込んだと云うわけですね? 道理で奇妙な格好をしていると思いました」
里長は少し微笑んだようにも思えた。
よっぽど、その伊勢会というのが嫌いなのだろうか?
監視の女性達からは、そんな感じは受けなかったけどな。
「あの、伊勢の商人会と何か揉め事でも?」
「そうですね、何年か前から取引を始めたのですが、突然商品の値を上げると言い出されまして。
無くとも生活は出来る物ですので取引を断ったのですが、一度生活に組み込まれた物が無くなるのは辛いものです」
無くても生きていけるが、無くなると困るものか......。
俺達もよく、酒が無くなったら死ぬと言っているし、米が食えないと死にそうって言う人もいる。
喫煙者にも同じ感覚の人は居るかもしれない。
「なるほど。......それでですね、俺達の村にも聖域にあった黒い石と同じ物があって、そこを通ってやってきたんです」
「ほう、鏡石が異なる世界にもあり、そこを通って来たと......」
「......はい」
「いいでしょう、実際に見てみるとしましょう。サキ、聖域へ向かいますよ」
「は、はい!」
こうして俺達は再び聖域の鏡石の元へと向かうことになった......。