笛とお守り
「今日はここまでだ」
サキさんは「ふぅ」と一息ついてそう言うと、視線を神木の枝から俺に移した。
「お疲れさまです」
休憩を挟みながらの4時間ほどの作業。
これ以上はサキさんの魔力が持たないという。
「続きは明日だ。......く、来るのか?」
彼女は床に散らばる木屑を掃除しながらそう言った。
「ええ、迷惑じゃなければ。......あ、手伝いますよ」
「ああ、すまないな」
俺は集めた木屑を手に取ってみた。
「サキさん、これ貰っても良いですか?」
「ああ、構わないぞ」
明日、ビニール袋でも持ってくるか。
「じゃあ、また明日きますね」
「ああ、待っている」
サキさんの家を出ると、タケシの姿が目に入った。
「よう、タケシ! どうした?」
「あ、ああ、......ちょっと時間が出来たんでな」
タケシは俺の姿に、少し動揺していた。
「お目当ては誰だ?」
俺は耳元で小声で囁く。
「あ、アマネちゃん」
あの元気の良い子か。
「いいんじゃない。応援するよ」
「亘は気になる子、居ないのか?」
気になる人か......。
「まあ、色々とな」
「みんな可愛いしな」
「ああ。ほら、居たぞ」
「おう、行ってくる」
俺は少し照れくさそうにしながら、元気な笑顔を浮かべる少女へと駆け寄るタケシを見送った。
......忙しくなりそうだな。
俺はそんな事を考えながら役場へと戻っていった。
****
俺は翌日もビデオカメラ片手にサキさんの元を訪れた。
今日は、お弁当なんて物まで持参である。
まあ、殆ど冷凍食品に頼ってはいるが......。
サキさんの分も作ったので、けっこうな量だ。
「今日は随分と大荷物だな」
「ええ、お昼を用意してきました」
随分と乙女な事をしてるな。
と、ふと思った。
「それは楽しみだ、作業にも力が入るな」
「初めて作ったんで、そんなに期待しないでくださいね」
まあ、人の為にはって事だが。
味は問題ないだろう。
日本の冷凍食品のレベルは高い。
「じゃあ、始めるぞ」
「はい、お願いします」
そして今日もサキさんの手による笛作りが始まった......。
しばらくして笛の形が出来上がってくる。
「これで、音は出せるぞ」
サキさんは、少し笛を吹いて音を出した。
なんとも涼やかな音色だ。
「亘殿も吹いてみるか?」
彼女はそう言って笛を差し出してきた。
おっと、間接キス!
「は、はい」
俺は激しくなる鼓動が彼女に聞こえているんじゃないかと思いながら笛の吹き口に唇を近づける。
息を吹くと、ぴょ~と間抜けな音がした。
まあ、そうだよな。
「やっぱり難しいですね」
俺はそう言って笛をサキさんに返した。
「休憩にしよう」
「はい、お昼にしましょう」
俺はそう言って、持ってきた弁当を広げた。
サキさんの目が輝いたように見えたのは気のせいだろう。
弁当の蓋が開かれると、彼女は見たこともない数々のおかずに、間違いなく目を輝かせた。
味も気に入ったようで、特に気に入ったらしいウインナーの最後の一本を譲ると、凄い喜んでくれた。
昼食後もサキさんの作業を見させてもらった後、木屑をビニール袋に入れていく。
この後、啓吾の親父さんの所に言って渡してみよう。
「じゃあ、また明日」
「うむ、待っているぞ」
村に帰ったら、町まで弁当のおかずを買い出しに行くかな。
そう思いサキさんの家を出ると、スミちゃんが声を掛けてきた。
「亘さん、こんにちわ」
「やあ、スミちゃん。この前はありがとう」
「いえ、そんな。お礼を言われるような事は......」
そう言う彼女はとても可愛らしい。
そして、何か言いたげにモジモジとしている。
なんとも言えない沈黙が流れる。
「えっと、何か用かな?」
「あの、これ私が作ったんですけど貰ってくれませんか?」
差し出されたのは小さな木彫りのお守りだった。