対価
「どうだい、味は?」
正直「またか」と思う何度目かの試食会。
エルフの里を訪れて以来、啓吾の親父さんが異世界の動物の肉を薫製にすることにはまっているのだ。
正直なところ普通に美味い。
だが、それだけだ。
「美味しいんですけど......」
「うん、美味しいけど特別凄いって訳でも」
「まあ、これはこれで、いいんじゃない?」
まあ、親父さんが思っていたような評価は得られなかった。
ちなみに親父さんが薫製作りに夢中なため、農作業の方は啓吾とマユさんとお袋さんが頑張っている。
その合間を縫って結婚式の準備も進めているとか。
親父さんの思いとしてはその結婚式で、とびっきりの薫製を出したいらしい。
「ちょっと、よろしいか?」
「なんです、サキさん」
試食会にも参加しているサキさんが口を開いた。
「その、啓吾殿の父上が肉に対してやっている事は特別な技術なのか?」
「ん? いや、家に薫製用の小屋があるが、特別って訳でもないよ」
親父さんは、趣味の話になり落胆していた目に輝きを取り戻した。
昔、見せてもらったが豚肉を吊して木材の煙で燻すだけ?
温度とか使う木材が難しいのかな?
「その技術、このエルフの里にも伝えてくれないだろうか」
「サキ、控えなさい」
サクヤ様が少し厳しい口調で言った。
「す、すみません」
「どうか気になさらずに、このように珍しく貴重な物を持ってきてくださるだけでありがたく思っていますので」
サクヤ様とサキさんは深々と頭を下げた。
「いやぁ、そんな気遣いは無用ですよ。なにせ倅の嫁さんの実家なんだ。俺にとっても家族みたいなもんですから」
「ですが、それでは......」
確かに昨日も大量の塩や砂糖を持ち込んだ時、受け取ってもらうのに苦労した。
マユさんの結納としてなんとか説得したが、結納自体を説明するのにも苦労したし、今度はお返しでエルフの里のみんなを困らせているのだ。
いい加減、対価が『木の実の樹液漬け』では不味いとも思っているらしい。
美味しいから全然いいんだけど。
俺は里を見渡す。
素晴らしい事なのだが自然に囲まれ、俺たちの世界よりも遅れた文明。
魔法という存在のせいで発達が遅れているのかもしれない。
無償で受け取って貰えないなら、何か無いだろうか?
この際、なんだっていいんだ。
俺たちが勝手に価値を付ければいい。
ふと子供が木を彫っているのが目に入った。
あんな小さい頃から刃物を扱うのか。
その手つきは、まだ危なっかしい。
「サキさん、あれは何を?」
「ん? 笛を作っているのだろう。里の者は誰でも自分で楽器を作る」
「それって貴重な物だったりします? 例えば人には渡せないとか」
「いや、そんな事は無いが」
「亘様、楽器は個人に合わせ作っていくもの。あまり他の人が持たれても価値はないかと」
「いえ、僕たちの世界では鑑賞用に欲しがる人も居るんです。凝った造りの笛を作るのにどれぐらい時間が掛かります?」
「そうですね、慣れた者なら5日もあれば」
「誰かに売るのか?」
タケシが俺に聞いてきた。
「売れればな、売れなくても俺が買うしな」
「なるほどな、俺も欲しいな」
「私が作ろう。......よろしいですか? サクヤ様」
「ええ、精魂込めてお作りするのですよ」
「ははっ!」
こうしてサキさんは笛づくりに取りかかっていった。
そして俺は、それを作成するところを撮影するため、彼女に張り付かせてもらうことの許可を貰った。