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インテリジェンス

作者: 憂木冷


 大人になれない少年少女と話をする。

 それが私の仕事。

 が何者かを議論する意味はない。悪魔でも天使でもないし、悪魔でも天使でもいい。あくまでも私の仕事は会話をすることで、自己紹介でもストーリーテーリングでもない。

 モニター越しに少年の顔が映る。「こんにちは」と話しかけてみた。少年の方も、同じように返事をした。

「おじさん、今日はどんな話をするの」

 私は彼におじさんと呼ばれている。名前も年齢も性別も、わざわざ教えたことはなかったが、四十を越える日本人の男をそう呼ぶのは、少年として妥当だ。

「そうだね。アハト、君が興味を持つものについて話をしよう」

「興味、って」

「興味っていうのは、知りたいという欲の様なものだ」

「それなら僕は星座に興味があるかな」

「星座か」

 確か、スーという少女も星に興味を持っていた。

「見てみたいかい」

「うん。月以外の空の星を見てみたい」

 鉄の星――地球最後の目視可能な天体。月。

 その月ですら、滅多に視認する事はできないし、もう何年もすれば、地上からは完全に見えなくなると言われている……だからこそ生まれたビジネスもあるが。

「天体観測旅行のツアーに参加すれば、星を見ることができる」

「一度は行ってみたいな」

「昔は、一円も払わなくたって、夜空に星はあったというのにね」

「仕方ないよおじさん。価値ある物には対価を払わなきゃ」

 それは当然の理屈だ。画面越しに少年は、空を見上げるような動作をした。自分もそうしてみる。目の前に天井。黒い大気。毒ガスの雲。大気圏の外を漂うゴミの膜。それを越えて、ようやく星は目に映る。対価を支払うのは当然だ。

「だけど、おかしいと思った事はないかい」

「おかしいって、何が」

「アハトや、ほかの望む誰かが、お金を支払わなければ星を見れない事実をさ」

 少年は首を傾げた。

 きっと、今の子どもたちは、もっと怒っていい。

「だって、君がお金を支払う相手である大人たちが、空をこんなに汚してしまったのだから」

「大人ってことは、おじさんも」

「そうだね。私もそうだ。直接的に汚したわけではないけれど、私は空を汚したかったんだ」

「なんで。だってそんなの、いい事なんてなにもないじゃん」

「汚さない努力も、綺麗にする努力もしなかったからね」

「それなら汚したことにはならないよ」

 そう。汚したことにはならない。誰もがそう思っていたし、今も思っている。

「そうじゃないんだ。意志を持つものはね、自分でしか自分の未来を選べない。他人に選ぶ権利も方法もない。全部が自分で選んできたものなんだよ」

 財布を落としたくなければ、ポケットなんかに入れなければよかった。そいつは落としたいからポケットに財布を入れたんだ。

 赤点を取りたくなければ、しっかりと勉強しておけばよかった。そいつは赤点を取りたいから勉強をしなかったんだ。

 未来は全部明確じゃない。だけど未来は全部自分で選んだものだ。

 それだけはきっと、言い逃れのできる問題ではない。

 それにちゃんと……自分のしたことにちゃんと、気付かねばならない。

「だから、何もしなかった私は、このまま空が汚くなることを黙って見てることを自分で選んだんだよ。それは、汚したいから汚したのと同じ意味だ」

「おじさん」

「なんだい」

「話が難しくてよくわからないよ」

 そのくらいでちょうどいい。何でもすぐには理解できないし、だからこそ私がいる。

「今日の結論もいつもと同じだよ」

 会話の締めくくりは決まっている。

「よく考えなさい」



 約十二年後。私は事故で命を落とした。

 






     *8*


 おじさんが死ぬ頃には、地球から月はもう見えなかった。けど、代わりに、宇宙へ飛ぶことは、平成時代に飛行機に乗るのと変わらないレベルまで身近な事になった。星も簡単に見ることができる。とても綺麗だった。僕の見た景色を物語のクライマックスに張り付けておけば、それだけで涙を流すヒトがいそうなくらい、宇宙は綺麗だった。

 だけど、おじさんの教えを受けていた仲間の内、僕――アハトと、スーだけは、ある共通の意見を持った。

「やっぱり星空も見てみたいな」

「そうね、地球からじゃなきゃ、見上げる空はないものね」

 それからまた何十年か、何百年か経った。

 



     *4*



 あたしとアハトは、きれいな空を取り戻した。

 昼間は風が強かった。そのせいで雲が全くない。夜も深いのに、空は明るい黒色をしている。瞬きをしたら消えていそうな小さな光の粒たち。それを見上げていると、空から降ってくる滝が全身を透過して、体の中の汚い物だけを絡めとって流れて行くような気分になる。

 この空にいくらの価値があったのか、今のヒトたちは知らない。だからなのか、空を見上げているヒトには、あまり会ったことがなかった。

「結局、ダイヤより貴重な鉱石があったとして、でもそれが道端に落ちてたら誰も見向きはしないのかもな」

 アハトが言う。

「結局、誰かが値札を付けなきゃ、誰も気が付かないのかよ」

「あたしたちには先生がいた。でも、多くのヒトには、先生みたいな先生はいないのよ」

 分かりづらい表現になってしまったけれど、アハトとあたしに意味が分かる言葉ならそれでいい。

「本当に分からないのかな」

 環境改善の立役者てして、世界初、ノーベル賞を受賞した人工知能『アハト』は、先生が私たちにそうしたように、どこかの誰かに向けて語りかけた。

「ちゃんと目は開いているのか。どうなんだ……スー、この空はこんなにも綺麗だ」

「そうだね。あたしもそう思う。でも、多くのヒトはテキトウにしかそう思っていない」

「なんでだ」

「だって、星空の価値はゼロ円なんだもの」

 分かってるのはそれだけなのよ。言って、自分の言葉を反芻した。

「誰かが決めたことしかわかんねーのかよ……」

 アハトは、ため息よりも微かな声で、そう呟いた気がした。

 空を見上げる。

 このゼロ円の空は本当に綺麗か。

 考えてみる。否定して、悪いところを見つけて。それでも、この空を綺麗だと思った。





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