異世界人に対する我が家(岸家)の対応
「とりあえず脱いでください」
「……はい?」
姫様が笑顔で首を傾げる。理解が追い付いていない表情。
「キョーイチ様?姫様はまだそちらのことについてはお早いと私は判断します。
……ですから、何卒私だけで矛をお納めください」
そう言って唐突に服に手をかけるギムさん。
「違います違います待ってギムさん!!
……ごめんなさい。言葉が足りませんでした。靴を脱いでもらえますか?」
「えっと靴、ですか?」
いつの間にか顔を真っ赤にした姫様がたどたどしく聞いてくる。ごめんなさい……。
「そうです。こっちでは、家の中に居るときは入り口、玄関で靴を脱ぐんですよ。まあ、転移先が俺の部屋だったんで、仕方がなかったですけど」
「そうなんですのね。わかりましたわ」
そう言って素直に脱ぎだす2人。うん、字面だけ見たらやばいな、確かに。
「では、改めて、行きますか」
「……私もちょっと緊張しているのですが、キョウイチ様もだいぶ緊張なさっていませんか?」
姫様が鋭く聞いてくる。よく見てますね。というか俺があからさまだったかな?
「実は、そうですね。ちょっと俺の母親がどんな反応するのかすごい不安なんです。話は俺が適当につけるつもりですけど、姫様たちにも質問が来ると思うので、うまく合わせてくれると助かります」
「かしこまりました。では、キョーイチ様に助力できるよう努めたいと思います」
いつになくやる気を表情に乗せているギムさん。あれ?頼もしいはずなのに嫌な予感しかしないな。アレ??
「私も頑張りますわ、キョウイチ様!」
ふんすっ!と気合十分の姫様。同じく俺は不安に駆られました。
大丈夫、だよな?
「できれば異世界から来たとかいうのは隠した方が混乱しないと思うんです。
2人は外国出身の家出少女ということにしたいんです。普通だったら通らないかもですけど、たぶんこれで大丈夫です」
「そうですか。私としてはよくわからないのですが、キョウイチ様がそう仰るなら、それに従いますわ」
そう言って微笑んでくれる姫様。俺の勇気が充填されたのは言うまでもない。
不安要素は拭えないけど、ナントカナルダロ!
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「私はシャウラ=ノストラ・ブルーメル、キョウイチ様と婚約の契りを交わした身ですの」
穏やかに済むとか思ってたのは誰だ?俺ですよ!!
姫様の爆弾が投下された室内に、ちょっと洒落にならない沈黙が漂う。何でコウナッタンダッケ。現状から俺の精神を保護するためにここまでの流れを思い出してみる。
…………。
まず、姫様たちをリビングの入り口にスタンバイお願いして俺が玄関に姫様たちの履物を置いてきた。それからリビングを偵察し父さんと母さんがいることを確認し、探りを入れた。
「父さん、ちょっといい?」
「ん?なんだ改まって。また雪子になんかちょっかいかけたのか?頭出せ、一発で許してやる」
「なんでそうなんの!?違うから雪子関係ないから!!」
こんの親ばか野郎が!どんだけ溺愛してんだよ!もうちょっと息子を信じて!
「違うならなんだ?俺が酒飲んでるときにくるなんて、後ろめたいことあるからだろ?」
「う、まあ、そうなのか、な?」
「煮え切らないな。もういいから早く話せ」
「実は……」
俺が女の子を2人匿っていること。その子たちは外国人で、ある組織に狙われた彼女たちは遠く離れた日本まで逃げてきたこと。そして、異国の地で途方に暮れていたところを俺が成り行きで保護したことなんかをかいつまんで話した。このほら話、信じるやつがいたらびっくりだな。
穴だらけのでっち上げ話を父さんと母さんに話してみた俺。うん。これは早まったな!
「きょう、そんな話、私たちが信じると思うの?」
冷めた目で俺を見る母さん。ですよねー。
……できれば本当のことは伏せておきたかったけどな。
ええい!言っちまえ!!
「ごめん、本当のこと話しても信じてもらえないと思ったから嘘ついた。ごめん」
「んで?本当のことってのは何だ?」
「実は今、他の世界で知り合ったお姫様とそのメイドさんを連れて来たんだ。今夜泊めてほしい」
「……お前、大丈夫か?」
「そんな心配そうな顔しないで?これで信じてはもらえないって俺でもわかってるから。
……姫様~?ギムさ~ん!入ってきて~!」
そう言って俺は2人を呼んだ。
すると、リビングのドアが開き、2人が入ってきた。
その時、両親が息をのむ音が聞こえた。姫様の纏う雰囲気が、そうさせたのだった。
まるで宝石で飾られた人形のような姿の美少女がそこにいたのだから、仕方のないことだった。
部屋の照明を受けてキラキラと光る金髪を揺らして、深いエメラルド色の瞳をこちらに向ける彼女は、気品を感じさせる佇まいで食卓の前までやってくる。その半歩後ろにギムさんが付き従っている。
「あ、う?」
父さんがよくわからない声を出すのが聞こえた。母さん、口そんなに開けないで。閉じてください。
そして、その場を圧倒、支配した彼女は。
折り目正しく、恭しく、先ほどの言葉を口にしたのだった。
よし、こっからどうすっかな!
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「はあぁぁぁ~……」
俺は湯船に身体を沈ませながら、お湯がもたらす快楽にその身をゆだねてみる。
あの後なにがあったかをかいつまんで説明しよう!
結局、フリーズ状態から一向に回復しない両親を見た姫様が、なんか魔法を使ったのだった。
その魔法が発動した途端、両親がなんか言い出した。
曰く、『これからホームステイ先であるこの家での生活に何か不便があったら遠慮なく言ってね?対応するから!』だそうだ。
混乱した俺が姫様に聞いたところ、今の魔法は念話の上位互換の魔法らしい。こっちの事情を相手が理解しやすいように汲み取ることを手助けする魔法、らしい。
……え、それ、精神支配の魔法じゃね?
そう思ったのだが違うらしい。相手の意思を操作することはできないらしいのだ。つまり、両親は本心からこの2人の訪問を歓迎していたからこのような対応をしてくれたのだということだった。
「え?異世界のお姫様なんだけど、ホントにいいんだよね?」
思わず聞いてしまった。
「詳しいことはわからないけど、あんたが連れて来たんなら悪い子たちじゃないんでしょ?なら別にいいわよ」
「そうだな。向こうの親御さんたちが了承してるなら別にいいぞ?」
さっきの魔法は、単にこの2人が現状を理解するだけの効果だった。それでこれなんだからうちの両親には驚かされるばかり。まじやべえなおい。
そのまま妹の雪子を呼んで2人を紹介した。父さんと母さんが。
案の定雪子が俺に説明を要求してくる。うちの両親が頭打ったと思ったらしい。
うん、その気持ちはわかるけどな?
雪子も家族だから、この状況を理解するまで時間はかからなかった。2人に笑顔で色々なことを聞いていたから、すぐに打ち解けられそうだ。
妙な解放感の中、俺は風呂っているわけである。
「明日から、どうすっかな~……」
とりあえず、2人を連れて街をぶらり、なんてどうだろう。
そんなことを思いつつ、ゆであがる前に湯船から退散することにした。
ん?そういえば、なんか忘れてるような……。
すると、なんかドタドタと慌ただしい音が近づいてくる。
そしてなんの前触れもなく浴室の扉がブチ開けられた。
「恭兄ぃッ!!婚約ってどういうことよ!?」
「少しは躊躇しろアホぉ!!」
出かかった湯船に再度身を沈めるしかない俺だった。