主人公だった少年の帰った日常
太陽が水平線から顔を出してしばらく経ち、鳥の鳴き声が辺りから聞こえてくる頃、俺は目を覚ました。
見慣れた天井、白い壁紙で覆われた俺の部屋の天井を見た。いつも見ていたはずだが、なんだか数か月ぶりに見た気がする。
俺こと岸恭一は自室で普段より数時間早く目覚めてしまったらしい。まだ半分しか覚醒していない俺の頭は睡眠が足りていないとヌかしてくる。俺としてもその意見には大いに賛成したいので掛布団を巻き込んで寝返りを打ってみる。
あー、抱き枕ってやっぱり需要あるよなー。こういうことしたくなるし、今度よさげなの探しに行ってみるか?なんて思っていた。というか俺、制服着たまま寝たのか??なんかごわつくと思ったら。これじゃ全力で寝れないじゃないか。制服で横になる違和感で寝る気が薄くなり、何の気なしに目を開けてみると、
古本屋で買った本が宙に浮かんでいるのが見えた。
「うわあ!?」
あ、やば。思わず上ずった声でちまったぜい。てか普通に浮かぶなや!!
革でできた本が空中で開かれる。まるで誰かが読んでいるように見えるからあまり気分がいいものじゃなかった。
「……ッ」
しばし本と無駄なにらみ合いを繰り広げていた俺だが、我慢できなくなって宙に浮いている本を掴んで手元に引き寄せてみた。
案外すんなりと手元に落ちた本を広げてみる。すると、前に見た時にはなかったものがあった。
本の中身である物語だ。全体のページ数から見ると全然足りないが1ページ目から十数ページが文字と挿絵で埋められていたのである。
知らず、内容に目を通していく俺。
そこには、俺が体験した別の世界での出来事がかいつまんで記されていたのである。挿絵は何とも子ども向けだと思うけれど。あれ?今動いたような……。
……やっぱりこれ動いてるわ。どうなってんの?これ。
分厚い本だけど、不思議と重さが感じられないというのもやはりこれがただの本ではないことをこっちに教えてきてるんだよな。
「……きょーにー?大丈夫??」
「うお!?雪子か?」
本に熱中してると扉の向こうから声を掛けられて驚く俺。結構ビビったな。というか、なんかこの状況思春期の男子的にアウトな状況じゃね?
「なんでもないならいいけどさ。やるならもう少し静かにしてよ。目覚め最悪なんですけど」
「お前、何か誤解してるぞ?俺は単に朝早く目覚めたからベッドから出て着替えてたら足の小指を机の角にクリティカルヒットさせて悶えてただけだからな?」
「はいはい、そうですね~。ふあぁ……」
そう言って、妹が部屋に戻っていく気配。アイツ、微塵も信じちゃいないな……。
まあ、嘘並べたんだから別に困ることはないな。ん?なんか兄、というか男としての威厳に傷がついたような気がするが。
まあ、気のせいだろう。それよりこの本だ。これ、どうすりゃいいんだ??
誰かに意見を聞きたいが、そんなもの誰に聞けば……。
その時、俺は無意識に手首を触った。すると何かに手が触れる。
「あ……。これ」
それは姫様から貰った念糸。そういえば手首につけてたんだよな。
今聞いてみても大丈夫だろうか?
もし都合が悪い時だったらごめんなさいっ、と思いつつ念話開始。
……。繋がらないようだ。ちょっと粘ったけど、相手からの反応がない。
そうか、今は都合が悪いのか。
都合が悪いならしょうがないな!なんか結構勇気出して女の子に連絡してみたら反応なかったって、結構こう、くるものがあるな。負けるな俺!!
とりあえずこの本については保留でいいか。そう判断した俺は本を本棚にしまうと登校のための準備に取り掛かるのだった。
------------------------------------
朝食を食ってる間、妹の雪子になんか冷めた態度をとられました。だから何だって話ですよね。
母さんと父さんも特に特筆することはないな。いつも通りの我が家で朝食を済ませた俺はその後少しした後に登校を開始した。
俺の登校は歩きからのモノレールからの歩き、というのが常だ。最寄りの駅まで歩いてモノレールに搭乗。これが俺の1年間の日常。
俺が住んでいるこの遊戯浜市は都市部から少し離れた、沿岸部に位置する街だ。この街にある俺の学校は中高一貫校であり、そして、馬鹿でかいことで有名だ。
噂によると首都にある何チャラドームが5つ入る敷地らしい。うんこれ聞いてもあんまりピンとこないな。
まあ、それなりに規模がでかいのである。もともと大きな学校だったのだが、近年の教育体制的なものがあったのか、近隣の中学校を吸収してさらにでかくなった、らしい。デッカクナッチャッタ!
まあ、駅から近いし俺的には助かるけどな。そんなことを思っていると目的地に到着。周りは俺と同じように登校する生徒が多くみられる。俺も流れに逆らわず学校への道を歩き出す。
------------------------------------
ふう、授業中って何か手持ち無沙汰な感があるよね!
そう思いながらペン回しをし続ける俺がいた。落として音が鳴ると鬱陶しいのでそんな激しくはしないけど。
現代文の授業中である。ちょうど新しい章に入ったため、皆で内容の音読中である。
「はい、次山本な~」
現代文の高槻先生が野太い声で生徒を順番に指名してその生徒が立って音読するスタイル。まあ、席順で順番通り一人ずつだからもれなく大半の生徒が音読するわけだが。
正直面倒だけど、皆するんだし同じか。
……そろそろ俺かな。あと数人で俺の番である。
「ここで影薄くしとけば逃れられたりな」
なんて小声でボソッと言ってしまうくらいにはストレスを感じる。なんか、教室で自分の声だけが響くことってなんか緊張するじゃん?なんか。
そんな感じで俺の番まで回ってきた。
「……うし、次は、」
はいはい。
「西条だな!たのむぞ」
「はい」
ん?
「あの~、先生、俺がまだなんすけど」
「ん?お前、ああ、すまんすまん。岸がいた、な?」
「あ、うん?ごめんね?岸君」
何でそこで疑問系なんすか・・・。おれかなしい。
てか西条さんも俺飛ばされてんのに続行しようとすんなよぉ。
そんなにも俺って影薄いのかと傷つく俺であった。
------------------------------------
「おーい、岸ぃ?お前、演劇の脚本家なんだって?」
なんかにやけながら近づいてくる奴がいるな。鬱陶しい。
「そういうお前だってたしか文化祭の役員だったろうがよー。
お前森山に全部丸投げしてんじゃねえのか?」
こいつは谷村慎二。小学校から結構な頻度で同じクラスになってる、いわゆる腐れ縁というやつ。放課後まで居残ってるこいつは、いつもなら野球部で汗を流してるはずだが、役員の方が優先なんだな。
「俺は俺で仕事あるわ!なんもしてないわけじゃねえよ……」
「そう言ってばつが悪そうな顔してるのが何よりの証拠だろがっ」
「なんかいつになくやさぐれてるわね……。やっぱり脚本って作るの難しい?」
そう言ってクラスに入ってくる女生徒。森山優姫こと空手少女。あれ、逆か。
「そりゃ難しいよそりゃー。まだ日数あるっつってもそれは文化祭までって話だし、実質もう時間ないっしょ?」
「そうは言っても、文化祭での出し物で出た案が演劇だけだったし、しょうがないでしょ?もう適当になんか絵本とかの流れでいいから」
「配役も決めなきゃだな。そこらへんも考慮しろよ?」
「そこはまあ、演劇部の奴らにでも頼むけどさ。森山も出せばだれも文句ないだろうし」
「今の言葉にはツッコミどころがあったけど、スルーね。あたし今回の演劇は出られそうにないし、役員の仕事あるから」
「うわ、一気に演劇の魅力が減ったな。マジかよ……」
「まったくだな……」
「何なのアンタたち。そんな褒めても何も出ないわよ?」
実際事実なんでマジがっかりポイントなんだが。主に男子的に。
「まあ、何とか明日、明後日辺りには脚本上げられるようにしてみるよ」
「そう、それじゃあよろしくね」
------------------------------------
「……こんなもんか?」
俺は自室に設置された勉強机に向かって息をつく。
家に帰って宿題を終わらせた俺は、さっそく脚本作りに取り掛かった。
時刻は20時ごろ。まだまだ夜も深まっていない時間帯。
俺が今回題材としたのは、白雪姫。まあ、定番の部類だよな。
適当にセリフを並べる作業を終えた俺は、一旦休憩でもしようかと椅子から立とうとした。
リ……ン
ん?
リ……ン、リー……ン
これって、まさか。
今日、普通に今まで通りの生活をしていて、正直あの体験って夢だったんじゃないのかとか思えていた。実際は貰った念糸があるから事実だってわかってたけど。
けれど、こうして念話の通知がある、ということは俺にあの体験が本当にあったということを強く確信させる。日常から隔離された非日常に心のスイッチが切り替わる音を確かに俺は聞いた。
――― キョーイチ様、お元気ですか? ―――
久しぶりに姫様の声を聞いた俺だった。