物語に綴られることのない者による間奏
序章です。ここからホップしてステップしてうまくジャンプできるのでせうか。
『そして、お姫様と再会の約束を交わした正直者の青年は、自分の故郷へと帰っていきました。
その後、再び帰ってきた青年はお姫様と結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。』
……。
本をめくる音のみがこの場の静寂に抗っていた。
今までページをめくっていた指先が、物語の終わりまで行きついたことを知ると、ピタリとその動きを止めた。
ここはとある町にある一軒の古本屋。
普段は暇を持て余した学生や休日の時間を読書に費やす人々がそれなりに訪れて利用していく、どこにでもある古本屋であった。
しかし、その店の奥にある一室は、一般の人であればまず目にすることのない部屋には、現在店主である女性が明かりも点けずに夜明け前の静かな時間を過ごしていた。
彼女の手には一冊の本があった。それはページの部分から青白い光を放ち、鼓動するかのように絶えず揺らめいてその中に書き記された”物語”を映し出していた。
その本は文字が光り輝いているだけでなく、挿絵もまるで生きているかのように動いているのだ。
そんな常識から外れた異物を彼女は慣れた手つきで部屋の本棚へと返してしまう。すると、それまで揺らいでいた光が収縮し、辺りは日の出前の薄暗さを取り戻した。
「そう……。あの坊やは、ちゃんと結末までたどり着けたのかい。
なら、このまま任せてみるのも、こちらとしては楽で助かるね~」
そう言って彼女は店のカウンターの方まで移動し、開店準備に取り掛かり始める。
彼女は近所でも有名となっている、70歳過ぎの元気なおばあちゃんである。
……昼間は、という条件があるが。
現在の彼女は、年を重ねているはずのその顔には一切の皺が見られない。それどころか、きめ細かい肌で構成された人形のような端正な顏を持つ、白銀の髪の女性の姿をしていた。
そして彼女の身に纏う空気は凛然として、少しでも触れれば切り刻まれてしまうような覇気となっていた。腰に剣を帯刀していないことが不思議なほどに。先ほど発した間延びした声と全く相容れない程に。
彼女は朝日が今まさに登ろうとしている頃に、店先まで姿を現す。すると、ちょうど朝日が昇り始める。
「それじゃあ、今日も一日頑張るかね~」
間延びした声は、朝日を浴びるにしたがってしわがれていき、後には凛とした姿勢を保つ、おばあちゃんの姿があった。