14ページ目 主人公、自分の世界に送り届けられるの巻
そして決行の夜。
俺は姫様と王様、祭祀、そしてギムさんと共に儀式場に来ている。
地下に設けられたこの儀式場は、壁も床も天井も、全てが石で構築されている。それなりに規模の大きな空間であるにも拘らず、石による圧迫感がありどうしても心なしか狭いような錯覚を受けてしまう。
暗い室内には現在明かりがともされており、その揺らめく炎が一層この空間の異質さを際立たせていた。
この儀式場の中央には魔法人らしき模様が描かれていて、その周辺で王様と姫様は祭祀と共に念入りに打ち合わせしている。
俺としては何とも手持無沙汰の感が否めない。THE人任せ。
なんか目覚めてから時折キラキラとした光が目に入ってくる。疲れてんのか俺。
何の気なしに辺りを見渡すと、ギムさんを発見した。あちらも特に何もしていないらしいのでギムさんとお話しすることにした。
今まで何やかんや時間がなく、こうして落ち着いてお礼の言葉を言う暇もなかったし。
「ギムさん、この数日の間たくさんお世話していただき、ありがとうございます。」
「キョウイチ様、いえ、私は単に自分の仕事をこなしたまで、ですよ?そんなに感謝されても困ってしまいます。
それに貴方には姫様を呪いから解放してくれた。こちらとしては感謝してもしきれないほどなのですから」
「何言ってるんですか!俺1人だったら到底無理でしたよ。多分、途中で失敗していたと思います。
俺、上に兄弟いないんでわかんないけど、なんかギムさんのことを姉と同じように思ってしまうんですよね~!」
「はあ、姉ですか……。キョウイチ様、貴方はおいくつなのでしょう?」
「え?ああ、今年で17だけど」
「……なじです」
「え?ごめんきこえなかった」
「私も、今年で17なんです!」
無表情のまま頬をぷくっと膨らませるギムさん。何なのその可愛らしい仕草。
ただ、今回悪いのは全面的に俺なわけだ。
「大変失礼しましたッ!!」
ものすごい勢いで頭を下げます。少しクラっと来た。あほだろ。
「まったく、そんな調子で姫様のお相手が務まるとお思いですか?女心というものはとても複雑なんですよ」
「いや、ほんとごめんね?反省してます……」
「……ほんとに反省しているのですか?」
「はい。誓ってもいいくらいです!」
「何にですか、まったく。……そうですね。反省しているなら、今度私の頼み事を聞いてくれますか?それで手を打ちましょう」
「ギムさんの頼み事……」
結構なんでもそつなくこなしている彼女が俺に頼み事。不穏な気配がしますね、はい。反省?してますよしてます安心してください忘れてませんから。
誰にともなく言い訳をしていると、いつの間にかギムさんが至近距離から俺を睨んできた。
ていうか近い近い!なんかいい匂いするし!もう俺の心臓今日バテバテなんで勘弁してくださいっす……。
顏に血が集まっていることを意識しないようにして、ギムさんの肩を掴んで元の位置くらいまで戻す。肩が思いのほか細くて逆効果だったのは言うまでもない。
なんかギムさんの表情が神妙なものになった気がする。違いがわからんけど。
「わかりました。任せてください!そん時は全力で対応しますから!」
「……では、そのように。よろしくお願いしますね?」
そう言ってギムさんはやわらかい微笑みを俺に向けるのだった。
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姫様たちの準備がある程度済んだらしい。姫様がこっちこっちと手招きしている。とりあえず姫様の方に向かう。
すると、なぜか姫様がトテトテっと走ってきた。あれ?呼んでたの姫様だよな?まあいいか!可愛いし!(既に盲目気味)
「キョーイチ様、貴方様の世界に帰るための準備が整いましたの。」
「そうですか。ありがとうございます。
……ごめんなさい姫様。もう少しこちらでゆっくりするべきだということは俺でもわかるんですが、俺がいた世界で俺がどのようになっているかが、どうしても気になってしまうんです。」
「あ、いえ!お気になさらないでも大丈夫です!
それに、私の力もだいぶ戻ってきているのでキョーイチ様をあと30回くらいは私たちの世界と貴方様の世界を往復させることぐらいは可能ですのよ?」
「30回の往復ですか!?」
え、それってかなりすごいことなんじゃないか?確かこっちに俺を呼ぶためにかなりこちらで四苦八苦してたとか王様言ってたよな……。
「姫様、そんなすごい力持ってたんですね。知りませんでした。」
「そんなわけで、これからは私が世界を超えるときのサポートを行っていきたいと思います。」
おお、姫様の顏がちょっと自慢げだ。ここはいくつか質問したいところなんだけど。
「姫様、俺が召喚される時って、どうしてもこの世界のタイミングになりますよね?」
「そうですね。そちらの状況が把握できないとそうなってしまいますの。それじゃあ……」
そう言って何か探しに行く姫様。あ、途中でメイドに何か頼んでるな。
少ししてメイドさんが持ってきたものを手にこちらに戻ってくる姫様。
「キョーイチ様、これをお持ちになってください。」
それは、さまざまな色の糸で編みこまれた細長いヒモだった。明かりを反射して綺麗な色合いを見せている、ヒモ。なんかショボい……。
「これはなんですか?」
「それは、持ち主同士の間で念話を行える”念糸”(ねんし)というものです。とても便利なものなんですのよ?」
こんなヒモきれが!?とか叫ばない方がいいよな。とにかく、これ結構すごいマジックアイテムじゃねえか!
「これで念話が行えるんですか!?かなり便利ですね!」
「多分向こうの世界でも使えると思います。使えない場合は、その、こちらのタイミングで移動してしまうかもしれません……」
それについては、難しい問題だ。ここまでしてもらったんだし、万が一の場合というのは仕方がないだろう。
試しに手首に巻いてみる。なんかミサンガそのものだな。
すると、小さい鈴のような涼やかな音が聞こえてきた。その音は最初聞き間違いかと思うほど小さな音だったが、少しするとはっきり聞こえる音となった。
――― 聞こえますか? ―――
おお、目の前に立ってる人から話しかけられたみたいだ。けれど姫様は目と口を閉じている。
……目も閉じるのか。
――― 姫様、目を閉じる必要があるのでしょうか? ―――
こちらも目と口を閉じた状態で念話を送ってみる。ムムっ、来てます?
――― あ、別に目を閉じる必要はありませんよ?ただ何となく瞑った方が届くかな~、なんて…… ―――
ほんのり桜色に染まった顏ではにかみ笑顔を向けてくる姫様である。
何か初々しいという印象を受けた!ところどころでちょっと心くすぐってくるなこの人。嫌いじゃないですよ俺そういうの!
……なんて頭の中が湧いた考えを巡らせていると念話で伝わってしまうかもな。それ大変なことになるな、自重します。
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念糸の動作確認と俺の中での姫様可愛いポイント上昇の確認が済んだところで、いよいよ俺の帰還の儀式が始まった。
魔法陣の中心に膝立ちになった俺を前にして、姫様が右手を俺の方にかざしている。
瞳を閉じた彼女が少しの間そのままの姿勢でいると、俺の周囲を取り囲んでいる魔法陣が青白い光を放ち始めた。
なかなかに眩しい光だ。しかし、どこかやわらかい印象を与えてくる、そんな不思議な光だった。
そして、光の強さがいよいよ高まってきたと感じた時であった。
姫様が瞳を力強く開き、一言。
『”リ・ゲート”!!』
その不思議な響きを残す呪文を放った途端。
俺の目の前が真っ白い光に支配され、すべての音がかき消えた。
――― しばしの別れですね。キョーイチ様、本当にありがとうございました ―――
その一言が意識を手放す俺の聞いた最後の音だった……。
多分、まだ続きますゆえ。