あるメイドの華麗で奔放な数日の出来事
今回はあのメイドさん視点です。箸休め程度と考えてたら過去最長記録更新しました。流石メイドさん!
私の名は、ギム=ローリー。
ここ、ブルーム王国のブルーム城に代々仕える専属メイドです。
……と言っても現在は一時的に主が不在であるため、私は炊事や洗濯など、他のメイドたちと同じ仕事に精を出しております。
いえ、今はシャウラ姫殿下のお部屋を掃除中です。これが私の本来お仕えする主様へ行うことのできる、専属たる仕事内容です。
姫様はいつも身の回りのお世話を極力自分でなさる方でした。私が仕事を全うしようとすると、それを良しとしないことがあるほどでした。
「ギム、それは私一人で何とかできるものよ?あなたの手を借りる必要はないわ」
「ですが姫様、私の仕事は貴方様の身の回りのお世話です。どうか私めにお着換えをお任せください。」
「ギム、これは部屋着よ?ドレスは私の手が届かないところがあるからお願いしているけれど、これは下着の上にそのままポロンよ?どう手伝うというのよ」
「姫様が御立ちになられている間に全てのお召し物を取り換えて御覧に入れます」
「なんの辱めよ!?」
……。
これも専属メイドの特けn、ではなく責務です。なんの隠し立てもございませんので。
そんな姫様との幸せな主従生活が唐突に終わりを迎えたのは先月、それは姫様の15回目の聖誕祭の時期でありました。
「ギム、私ね?
……私、近々死んでしまうのよ」
「姫様……?」
その頃の姫様はどこか浮かない表情をなされたり夜中に寝室から泣き声が聞こえてきたりと、どこかいつもと違うということは私でも感じ取れるくらいに、元気がないご様子でした。
何かあったのだろうとは思っていましたが、姫様のその御言葉は私を混乱させるものでした。
「私は悪魔と契約しているらしいのよ。
……ううん。契約の対価、ね。」
「それは、どういう」
「ギム、あなたにお願いしたいの。
これから、私にかかった呪いのせいで、何人もの人が犠牲になる。
これは、私の勘よ。でもこれは外れないわ。
この呪いを解くためには、悪魔の試練にも負けないすごい人が必要なの。
貴方に頼みたいのは、この呪いを解いてくれそうな人が現れたとき、その人を全力で支えてほしいということなの」
「……姫様がお亡くなりになられるという部分には触れません。そのようなことにはならないからです。
ですが、後半の部分でのご命令は私の全身全霊を持って事に当たらせて頂きます」
「ふふっ、ありがとう。あなたのそういうところ、本当に大好きよ?
……多分、その人に会えばわかるんじゃないかしら。話せば自ずと答えが出るわ。
これも私の勘よ?外れないから安心なさい!」
この会話の数日後に、姫様は棺にその身をお納めになられました。石化してもなお、その美貌が曇ることがなかったのにはあまり驚きはありませんでした。
それからは、ガウル殿下の指示のもと、数々の見張り番が姫様の救出に挑戦しましたが、何の成果もあげられず見張り番が姿を消すということが繰り返されました。
元々は姫様と同じように快活であった王妃殿下は、姫様亡き後みるみる体調が悪化されていたようです。公務もガウル殿下が全て担当するほどでした。
私ごときにはその真意を測ることなどできるものではありませんでした。
城内には少しずつ負の感情が溜まっていったのです。解決の糸口を見出せない状況では、当然の成り行きでありました。
そんな中、祭祀様とガウル殿下との間で国の外部から英傑を召喚するという案が持ち上がったのです。
私たち城内の者たちもガウル殿下のご命令の元、儀式の準備に取り掛かりました。
そうして召喚されたのは、見たこともない珍妙な服に身を包んだ青年だったのです。年は私と同じくらいに見えます。
その彼はガウル殿下にいくつか質問をした後、へなへなとその場に崩れ落ちてしまいました。祭祀様曰く、召喚した時に互いの力が大量に消費されたからだと仰いました。事実、祭祀様も疲労が隠せないご様子でした。
その日はひとまず、空いている綺麗な部屋で休ませるようにとガウル殿下から命じられました。
私の頭には日中掃除しておいた姫様のお部屋が最初に浮かびました。しかし、いくら不在でも姫様のお部屋に男性をお通ししてはだめだと思い直し、別の空き部屋へと彼を案内しました。
部屋に着いたので彼に別れの挨拶をするために振り返った時です。彼は終始疲れ切った様子でしたが、私と向き合うなり、
「部屋に案内してくれたんですね。ありがとうございます」
とお礼を述べられたのです。私はその彼の様子の先に、姫様のお姿が垣間見えた気がしました。
「……こちらへ」
そして私は彼を姫様のお部屋へとお通ししました。
何でしょうこの気持ちは。姫様へ向ける私の気持ちと似たものを感じます。
……彼が姫様の仰っていた人なのですね。私は自然とそう思ったのでした。
彼は正直な方でした。嘘というものが苦手なようで相手にとって都合が悪いことを隠し通す努力を一切しない、変わった青年のようです。
はっきりと申しまして、この人で大丈夫なのか、という疑問は拭い去ることができないのが私の彼に対する評価です。
しかし、何故か、彼に対して思ったことを包み隠さず話してしまっていることに嫌悪感を抱くことはありませんでした。姫様のこともすんなりと話せてしまったほどに。
そのことはとても不思議です。彼と一緒にいるときは不思議と安心感を得ることができる、というのも私自身理由を見つけることができません。
そんな彼が、姫様解放のために教会の見張り番をする夜となりました。あの、誰も生還することのなかった仕事です。
彼をここへ呼んだ理由がその仕事を完遂してもらうためですから、仕方のないことなのでしょう。
しかし、私は彼がその任に就く、ということに抵抗感を感じたのです。
彼は見張り番について自分の身に何かあったらなどという不安はおくびにも出さないのです。
その姿は他の方々から見れば自信の表れとして映り、頼りになる存在として認識されたようです。
しかし、私の心中は不安と心配で占められていきました。
彼の身に何かあったら、今度こそ私はその事実に耐えられるのか、と。
私が彼と接した時間は短いものでしたが、私は彼が優しい、自分への心配を他の人にかけさせない方であるということを感じ取っていました。
私はできるだけ彼を独りにさせまいとギリギリまで彼に付き添うことにしました。
1日目は教会まで付き添いました。彼は最後まで不安を微塵も感じさせない様子で教会に残りました。
彼を残して教会から去ることは苦痛でしかありませんでした。城に帰ったあとも物事に手がつかないほどでした。
朝、というかまだ日の出も出る気配がないころに私は彼を迎えに行くようにとベートさんたちにお願いしました。もちろん私もついていきます。
ベートさんたちが私のことを驚きの表情で見ていたことは特に気にしませんでした。とにかく教会に出発です。
そして彼は、誰も戻ってくることのなかった教会での一夜から無事に生還したのです。
こういう時に、素直に表情をコロコロと変えることができたら、なんて考えてしまったことは秘密にしておきます。
なんて考えていたら彼から思わぬ一言が。ベートさんには後で文句を言いたいような、感謝したいような。
……なぜ感謝などと思ったのでしょう?
彼の帰還にガウル殿下も王妃殿下もお喜びになられたようです。希望の光であったのでしょう。私も喜びました。
そして、2日目になりました。今日も彼に付き添おうと思っていましたが、ベートさんに指摘されたのです。
「護衛なら俺らだけで大丈夫だろ。それにギム嬢は昨日仕事あんまりできなかったんだろ?
今日は昨日の分も取り戻すように仕事した方がいいんじゃないか?」
その言葉に反論することができなかった私は素直に仕事に集中することにしました。
仕事に集中、集中。
……。
夜中の午前0時になりました。何故か眠りにつくことができません。
最初は小さな違和感。それがさざ波のように私の中を揺らめくのです。
そうして、私はまた彼を迎えに行くことにしました。
前日より遅く出発しようとしていたベートさんたちを叩き起こして出発します。
「そんな心配しなくてもキョウイチなら大丈夫だって」
あくびを噛み殺しながら先行する私に声を掛けるベートさん。叩き起こした私が言うのもおかしい話ですが、彼らは何も言わずについてきてくれます。
あとできちんとお礼をしなければ、と心に留めておきます。
そして、朝日が昇る直前、当たりが白んできた頃に私たちは教会にたどり着きました。もう試練も終わっているはずです。
ベートさんたちに鍵の開錠をお願いします。少しの合間金属音が辺りに響きます。
すると、開錠の済んだベートさんたちが、何故か驚いたような顔をして顏を見合わせていました。二人は目配せし合うと、何故か私に先を譲るということを仰いました。
私は扉に手をかけてそっと引きます。するとその向こうには、
……奈落の淵を覗き込んだ幼子のような表情の彼が立っていました。
彼は私の顏を見ると、徐々に瞳に光が宿っていくのが見て取れました。
着ている見張り番の服には少し汚れがあるようですが、彼は無事なようです。
少し心に余裕ができた私は、いつも通り彼に声を掛けることにしました。
「今日もご無事でしたかキョウイチさ」
そこまで言って彼に抱き着かれた。抱き着かれた!?
あの、今私は、着ている服も外に出たため清潔とは、急いで来たので多少なりとも汗をかいて!!
なんて思っていると近くで誰かが泣いているのを聞きました。他ならぬ彼であったのです。
……いろいろと伝えたい言葉はあれど、やはり私にそれを伝えることはできないようです。とりあえず、今の私にできることだけ。
よしよし、がんばりましたね。
彼の頭は姫様のそれとまた違った良さがあるなぁ、と思いました。