第57話 迷宮踏破と親友
迷宮王国編の説明会です。
そこそこ重要な情報が色々と出てます。そりゃそうだ。
この迷宮が親友、東明の作ったものだと確信したのは10層のボス部屋の前である。
ボス部屋の扉にはミノタウロスの絵と10と言う文字、それと文字のようなモノが書かれていた。この『文字のようなモノ』が実は本当に文字だったのである。それも、東が自分で作った文字である。小学校の自由研究で……。
親友、東明は天才である。それも、尋常ではないほどに……。そんな東の自由研究が普通のはずもなく、小学5年の夏休みに自由研究と称して、オリジナルの言語を作ってきたのである。
それも中二心溢れる魔法文字などではなく、文字の個数を最小にしつつ、既存の言語と親和性を持たせ、ある程度の知識があれば覚えるのも容易という頭のおかしい言語を……。
俺も被験者としてその文字は覚えることになった。結果、俺ともう1人の親友である浅井の2人はその言語を使えるようになってしまった。教師は子供の冗談と思って覚えるほどは見ていなかったらしいので、この言語を扱えるのはたったの3人だけである。
その言語がボス部屋の扉に使われているのを見た瞬間、この迷宮を作ったのは思っていた通りに東であると確信したのだ。
「思っていた通りってことは他にも何か思い当たる節があったのね?」
ミオが質問してきた。50層の扉の前ではそこまで詳しい話をしていなかったからな。
現在、俺たちはキャロに案内されるままに屋敷に入り、客間でソファに座りながら話をしている。
「ああ、この国の名前エステア。綴りはE・S・T・A並び替えるとE・A・S・T。東、つまり東の名前になるんだよ。そもそもエステアってのがゲームで東の使う勢力名のデフォルトだったからな」
エステア軍団とかエステア王国とかをデフォルトネームとして使ってくるのが定石だったな。こっちの世界に来て名前を聞いたときにピンときたよ。
「それって、どう見てもご主人様とか親しい人へのメッセージよね……」
「俺もそう思ってこの国に来ることを選んだ部分もあるからな。まあ、迷宮国ってだけでも十分来る理由にはなったが……」
「餌としては完璧ね!」
「まあな」
とは言え、エステア王国がそれなりに古い国だと聞いた時点で、少し複雑になってきたんだけどな。
「エステア王国が作られたのは300年以上前だ。本来なら東が関わっているはずがないから、偶然かとも思ったんだよ」
『エステア』くらいなら偶然同じ名前が付く可能性がないわけではない。判断がつかない以上は、実際に行って確かめるしかないだろう。アルタも分からないって答えたし……
A:申し訳ありません。
「でも10層の扉で東が関わっていることが分かった。こうなるとまた話が変わってくる」
そもそも、東は俺達学校のメンバーと一緒に異世界転移したわけではない。あの日、俺達が異世界に転移した日、東は論文発表のために飛行機で海外に向かったはずなのだから。
天才だけあって普通の高校生活を送るのも大変らしく、年に1度は何かしらの成果を上げないといけないらしい。今回はゲームやりながら片手間に作った人工知能を発表しにいくとか、面倒くさそうに話していたのを覚えている。
朝、空港に行く前に軽く挨拶したから間違いない。着なれないスーツ、ああ、ダンジョンマスター・レプリカが着ていたものと同じスーツを着て、空港に行くのを見送ったのだ。
つまり東は俺達学校の生徒とは別件で異世界転移したことになる。
東が世界とともに時間を越えたわけでなければ、考えられる可能性は1つである。
「どうやら、こっちの世界と向こうの世界じゃ、時間の流れ方が違うみたいね」
「ああ、まさかミオが俺やさくらと同い年だったとは思わなかったな」
《私も驚きました……》
50層で話を切り出した時、ふとミオの生年月日を確認したところ、何と俺達と同じ年齢だったのである。道理でやたら話が合うと思った。
ミオが事故で死んだ日付と、俺達が転移した日付も一致していた。
ただし、時刻には若干のずれがあり、それがミオの今の年齢である8歳に影響したのではないかと考えたわけだ。
あ、余談だけどさくらとセラも念話によって会話内容を共有化している。もう少しあっさり話が終わるかと思っていたけど、結構時間かかりそうだからな。仲間はずれ、良くない。
「世界が5分前にできた説が有力になるわよね」
「それ、若干意味が違うぞ。まあ、少なくとも随分と新しい世界なのは間違いないな」
『世界5分前仮説』というモノがある。これは世界が過去の記憶を持った状態で5分前に生まれたのではないかと言う仮説である。そんな馬鹿なと思うのが普通だが、理論的に完全否定することが出来ないという厄介な仮説である。
この場合、時間の進み方が違うだけで歴史が急に生まれたわけではないので意味が違う、はずだ。ティラノサウルスの例もあるから、若干自信がない。本当にある程度文明が出来た状態から生み出された可能性が無きにしも非ずと言ったところか……。
「扉にはこの世界で東が経験したことの一部が記されていた。色々と衝撃的だったよ」
「私もあの文字については読めませんからね。どのようなことが書いてあったかお聞きしてもよろしいですか?ピョン」
キャロが質問してきた。「ピョン」の語尾は無理してでも付ける方針のようだ。
「あれ?東から直接聞いていないのか?」
「私は迷宮保護者になったのがかなり後期なんですピョン。あまり、アズマ様とお話をする機会は与えられなかったんですピョン」
「そう言えば、他の迷宮保護者っているのか?」
今のところキャロ以外の迷宮保護者を見かけていない。仕事中なのだろうか?
「いえ、現在は私以外に迷宮保護者はいません。主任なんて言っていますけど、1人しかいないからあまり意味はないんですよねピョン」
1人なら実力問わずトップだよな。あ、No2だっけ。
「でも、後期って言っていた以上、前任もいるんだろ?」
「ええ、ですが私以外の迷宮保護者は全員前マスターとともに死亡していますピョン」
「どういうことだ?」
迷宮保護者はダンジョンマスターが死ぬと一緒に死ぬのか?いや、キャロは生きているしな……。
「まず、ダンジョンコアに触れ、ダンジョンマスターになると不老不死になれますピョン」
ダンジョンコアとはダンジョンの中心にして全てのエネルギーの源である。それに触れたものはダンジョンマスター(任意で不老不死化、定員1名、補充有り)となる、らしい。
「少なくとも俺はしばらくは不老不死にはならんぞ。まだこの世界に骨を埋めるとは決めてないし」
「不死になったら骨を埋めるも何もないけどね」
「お、ミオ、上手いこと言うなー」
「でしょー」
「話を戻してもいいですか?ピョン」
「「あ、どうぞ」」
キャロが話を戻してきた。
「アズマ様はダンジョンマスターになりました。ですが、アズマ様には拒絶反応もあったのです。ピョン」
「ああ、それも書いてあったな。なんでも、女神の祝福を持たない異世界人は、この世界に来ると拒絶反応を起こして、全身の血管と言う血管がダメージを受けて遠からず死ぬらしいな」
言うなれば『世界が合わない』ということだろう。全身と言う全身が痛み出し、その場からほとんど動けず、死を覚悟したと書いてあった。
「え、何それ怖い」
ミオがビビっている。そう言えば、ミオも祝福無しの異世界人だったな。それを言ったら、俺とさくらも該当するな……。
「異能持ちとか転生者は違うみたいだな。『普通の人間が転移した場合』と付くのだろうな」
「はい、アズマ様も同じ意見でした。当時も勇者や転生者がいましたので……」
「そうか」
やはり、転生したのはミオだけではなかったようだな。
「話を戻します。ピョン。アズマ様は拒絶反応で死ぬ直前にダンジョンコアに触れてダンジョンマスターとなり、生き延びることが出来ましたピョン」
偶然、崖から転げ落ち、その先にあった泉の底でダンジョンコアに触れたと書いてあった。運が良かったのだろう。
「その代わり、拒絶反応と相殺されたのか不老不死にはなれませんでした。老化も遅く、普通の人よりは丈夫だったのですが、それでも徐々に老いて行きましたピョン」
「東は老衰で死ねたのか?」
それが気がかりだ。東は幸せに死ねたのだろうか。
「はい。260年は生きたそうです」
「そうか……」
「その時、私以外の迷宮保護者達も後を追うことを選んだのです。迷宮保護者は皆、アズマ様に命を救われた者たちなのです。迷宮保護者になった者は不老となります。その時いた迷宮保護者達はすでに人の寿命以上は生き、十分に幸せな生を全うしています。そんな幸せを与えてくれたアズマ様を1人で逝かせるようなことはしたくないと……」
「……」
それを東が望んだかはともかくとして、家族に囲まれ、家族とともに死ねたのなら、異世界で孤独に死ぬよりはマシだっただろう。
「それで、キャロはどうして残ったんだ?」
「私は迷宮保護者の中で1番年若く、次のダンジョンマスターを待つようにと言われましたピョン」
「次のダンジョンマスターなんて来るかわからなかっただろ?裏ルートとかバカみたいな条件だし……」
50層の扉に書いてあった裏ボスとの戦い方は、『仲間を連れてきて、扉の前で待たせ、ボスには1人で挑む』である。仲間がいるのにあえて扉の前で待たせ、ボスに1人で挑むような奴はいないだろう。ソロで強い奴が来てもその条件は満たせない。読めていなければ条件を満たせるものなどいないはずである。
「100年待って誰も来なかったら、その時は自由にしていいとも言われていました。アズマ様は絶対に来ると確信していたようですけど……」
「実際に来たわけだし、東の予想は当たっていたということか……」
東の考えは分からんからな。珍しく色々と書いてある扉のおかげで、察することが出来ることもあるけどな。
「大分話がそれたな。じゃあ、あの扉に何が書いてあるかを話すか」
「お願いしますピョン」
それからしばらく、東の残した扉に書かれたことを説明していった。
死ぬ直前でダンジョンマスターになれたこと。拒絶反応のせいで子供ができないから養子を取り、エステアの王としたこと。女神や勇者と敵対したこと。親友が来た時のために扉を残すことを決めたこと。その他いろいろな話が書いてあった。
しかし、『何故、女神や勇者と敵対したのか』については書いていなかった。肝心な部分を自己完結し、説明を端折る癖は何100年たっても治らなかったようだ。
そして50層の扉の最後に書かれていたことは『自由に生きろ』と『できれば幸せにしてやってくれ』の2つだった。
50層の段階ではわからなかったが、後者はキャロの事を任せたということだろう。
「ありがとうございました。ピョン」
俺が話し終わるとキャロが頭を下げてお礼を言った。うっすらと涙を浮かべているようだった。
少し間をおいて、気になっていたことを聞いてみる。
「俺の勝手な予想なんだが、ダンジョンマスターになったからと言って、何かしなければならないなんてことはないんだろ?アイツが俺に面倒を残すとは思えないからな」
もちろん、面倒事があったとしても成し遂げるつもりではある。だが、東の性格を考えるとその可能性は低いと思う。東は自己完結しやすい性格をしている。逆に言えば他人に頼らないで全て自分でやろうとする人間だ。そんな奴が『自由に生きろ』と残しておきながら、何か面倒な事をさせるとは思えないのだ。
「……はい。ダンジョンを運営したければすればいいし、現状維持だけなら何もしなくて構いません。もっと言えば迷宮保護者ですら絶対必要と言うわけではないのですピョン。まあ、その状態でダンジョンコアをいじられると迷宮が崩壊する可能性もありますけど……」
最後少し聞き捨てならないセリフがあったな。
「迷宮が崩壊?」
「あ、はい。迷宮保護者もダンジョンマスターもいない状態のダンジョンコアと言うのはいわばむき出しの心臓です。下手にいじったら迷宮くらい崩壊します。もちろん、ダンジョンマスターの権限ならすぐダンジョンを崩壊させることもできますよピョン」
やっぱり崩壊させることもできるようだ。いや、やらんけど……。
「迷宮の存在もその時代の人間が決めるべきだ、と仰っているのを聞いたことがありますピョン。その時代の人間が迷宮は不要と考えたのなら、破壊することも視野に入れるべきだ、とも……。安全に潰して上の国に被害を出なくすることもできますので、ご心配なく」
本当に自由に生きる準備をしてくれたみたいだな……。
「俺は迷宮を崩壊させるつもりはない。この国は迷宮を中心に回っているからな。潰したら国が成り立たなくなる。それに折角東が残してくれたものだ。あいつの生きた証として残しておきたい」
「……わかりました。では、そろそろダンジョンコアの間に行き、ダンジョンマスターとして登録をしましょうピョン」
「ああ、頼む」
「あのー、私たちは?」
ミオが手を挙げて質問してきた。
「申し訳ありません。迷宮を踏破した方以外、お連れすることはできませんピョン」
「だよねー」
「……う」
ミオはすぐに諦めたが、マリアが若干反応した。
「大丈夫だ」
「……はい」
さすがに今回はすぐに諦めてくれたようだ。
ここでついて行くとか言ったら、マリアもダンジョンマスター・レプリカを倒さなければいけないところだ。あれ?マリアならそんなに難しい事じゃない気がするぞ?
「では、こちらへ」
キャロが手を挙げると、キャロの前に光の柱が現れた。
俺がその中に入ると転移が発動し、視界が切り替わる。
「また真っ白な部屋か……」
「管理ルームは白一色と言うのはアズマ様の趣味らしいですピョン」
「気持ちは分かるけどな……」
そこはボス部屋、居住区と同じく、床、壁、天井の全てが真っ白な部屋だった。縦横高さがすべて同じ長さ、10m程の立方体の部屋で、中心には台座がありその上に青く光る玉が浮いている。
「これがダンジョンコアか?」
ほぼ答えの決まっている質問をする。
「はい、そのコアに手を触れてくださいピョン」
「わかった」
俺はキャロに言われた通り、ダンジョンコアに手を触れた。
>「ダンジョンマスター」の称号を取得しました。
>スキル<迷宮支配LV10>を習得しました。
>多重存在がLV3になりました。
>新たな能力が解放されました。
<多重存在LV3>
ダンジョンの管理機能を追加。ダンジョンコアの機能を<多重存在>直下に再配置する。
「ダンジョンマスター」の称号を取得した瞬間、俺の頭の中にダンジョンに関する情報が流れ込んできた。
あー、なるほど、確かにこれなら説明なしでもダンジョンマスターやっていけるな。
この迷宮の情報、ダンジョンマスターとしての権限や能力、言ってしまえば<迷宮支配>スキルの効力も含め、ダンジョン運営に必要な全ての情報が一瞬で頭に入ってきた。若干、変な感覚だが害と言うわけではないのだろう。
A:害があれば私がブロックしています。
だよな。
よく考えたら、今回初めて新しい称号の取得をしたことになる。
大半の称号は立場とかを示すだけなのだが、ごくごく一部の称号にはスキルを習得させるモノがある。「ダンジョンマスター」の称号は、<迷宮支配>を習得することが出来るようだ。まあ、ある意味当たり前なのだが……。
余談だが、ダンジョンマスター・レプリカから奪った<迷宮支配>は、奪った直後の段階では俺にも付けることはできなかった。今、ダンジョンマスターになったことで初めてスキルを付ける権利を得たということだろう。
さらに<多重存在>もレベルが上がった。俺がダンジョンマスターになったことで、<多重存在>もそれに適応した形になる必要があったのだろう。
A:その通りです。このレベルアップでダンジョンコアに<多重存在>経由で管理・アクセスすることが出来るようになりました。それによりダンジョンマスターの権限や能力の一部を迷宮外、エステア王国外で行使することが出来ます。
本来だったらダンジョン運営をする場合は迷宮に籠らなければいけないが、この異能のおかげでその必要は無くなったわけだ。まあ、あれだ。東だけじゃなくて異能も『自由に生きろ』と言っているってことだな。
A:はい。
「ジン様、いかがでしょうか?ピョン。触れるだけで全てを理解できると聞いているのですが……」
キャロが質問してきた。話には聞いていても、実際に見るのは初めてだろうからな。
「ああ、大丈夫だ。迷宮についての知識が全部流れ込んできた」
「そうですか。それは良かったですピョン」
「1つ質問してもいいか?」
「なんですかピョン?」
「流れ込んできた知識の中に、迷宮保護者はダンジョンマスターの所有物ってあるんだが……」
迷宮保護者という響きから、雇用して管理を任せているような印象だったのだが、流れ込んできた知識では全く異なっており、『迷宮保護者はダンジョンマスターの所有物であり、命令には絶対服従』となっている。つまり、奴隷だよね、コレ。
「ええ、その通りです。私の所有権もダンジョンマスターとなったジン様のモノです。もっと言えばそこまで含めて私に与えられた役割なのですピョン」
「所有物という立場からの補佐ってことか……」
「はい」
そう言うキャロの目には一切の躊躇がなかった。覚悟が出来ている、いや、そういうモノだと納得していると言った方が正しいか……。
ちなみにダンジョンマスターになった瞬間にキャロの称号に「仁の所有物」が付いたのは確認済みである。
「とりあえず、ここで話すこともないし、皆のところに戻ろう」
「わかりました。私の方で転移を準備しますか?試しにジン様がやってみますか?ピョン」
「俺がやってみよう」
<迷宮支配>を習得したことにより、キャロが使っていた転移を俺も使えるようになった。試しに手を挙げて念じると、キャロがやったのと同じように光の柱が出現した。
「じゃあ、戻るか」
「はい」
俺とキャロは光の柱の中に入る。
「あ、おかえりまさーい」
《おかえりー》
「仁様、お疲れ様でした。……無事、ダンジョンマスターになられたようですね」
ミオ、ドーラ、マリアが出迎えてくれた。さくらたちは一旦念話を切っているようだ。
「俺がダンジョンマスターになるのと同時に、キャロが俺の配下になったからな」
「正確には所有物です。ピョン」
「まあ、似たようなモノだ。と言うわけでミオ……」
「はーい」
ミオの分かりやすい説明以下省略。
「なるほど……、道理で攻略が速いと思いました。そんな力があるのなら納得です」
「あの……、ズルい、とかルール違反だ、とかは思わないんですか?」
さくらがキャロに質問する。ちなみにさくらとセラも今度は呼んでいる。キャロも配下だからもう隠さなくてもいいだろうし……。
「ああ、それなら問題はありません。アズマ様曰く、ルール違反が嫌なら最初からできないようにしておけ、だそうです。防げなかった時点でそれはこちらの失敗も同じだそうですピョン」
東の主義の1つだな。正直言うと相手が東だとわかっていたから、迷宮攻略については自重が少なかったという部分もある。
「か、過激な人なんですね……」
「東はそう言う奴だよ」
「ええ、そう言う方でした」
さくらが少し引いているが、俺もキャロも納得している。
「で、ご主人様は今後どうするの?親友の遺志を継いでダンジョン運営始めるの?それなら私にお任せよ!」
ミオが少し期待を込めた目で聞いてくる。どう考えてもミオは戦闘よりも内政とか運営とかの方が好きそうだからな。
「すまん。迷宮は基本現状維持だ。俺が直接何かをすることはほとんどない」
「残念!」
ミオが額を叩く。あまりテンションが変わっていないところを見ると、どうしてもやりたかったことと言うわけではないようだ。
「今後のことについてはキャロにも聞きたいな。キャロは今後何をして生きたい?東の遺言もあるし、ある程度は自由にさせてやるつもりだぞ?」
『幸せにしてくれ』と言われているからな。
「私は今後も迷宮保護者を続けたいと思っていますピョン」
「いいのか?別のことをしても構わないんだぞ?」
「大丈夫です。今まで長い間ほとんど迷宮保護者の仕事ができませんでしたから、やっと本番になったと思っているくらいですよピョン」
意外とやる気のようだ。
「上司も部下もいないルーチンワークに比べたら十分やりがいがありますから……ピョン」
今までのやりがいが無さ過ぎただけらしい。
「わかった。じゃあ迷宮についてはキャロに任せる」
「はい。お任せくださいピョン」
キャロが自信満々に頷いた。
「まずは迷宮保護者の補填ですピョン」
「あー、そうなるのか……」
迷宮保護者が不要と言っても、それは迷宮が劣化することを気にしなければ、という但し書きが付く。普通に現状維持をするだけでも多少の人手が必要だ。そしてその人手は迷宮保護者となる。
ちなみに迷宮保護者はダンジョンマスターがいないと増やすことができないので、今まではキャロ1人で管理することになっていたのだ。
「仁様、どうかしたのですか?」
「ああ、迷宮保護者ってどうやって補填すると思う?」
「……すいません。想像がつかないです」
マリアに聞いてみたが分からないようだ。周囲を見ても分かる人はいなそうだな。
「迷宮保護者になるにはいくつか条件があるんだ。1つ、ダンジョンマスターとは異性であること。これは、まあ、下世話な話だ」
「あー……」
ミオが気まずそうな顔をする。
「あ、私は生娘ですよ。新しいダンジョンマスターに嫌われるような要因は排除されていましたからピョン」
「東、余計な気を回してんじゃねえよ……」
最初からそう言うつもりで育ててたんじゃねえか……。あまり会う機会がなかったのも、東にそう言った感情を持たせないためだったんじゃないのか?
「まあ、それは置いておいて2つ目。これは単純に本人の承諾が必要というモノだ。無理矢理は……少し面倒だな」
「出来ないわけではないですけど、面倒な手続きが必要ですし、そんな人間を手元に置きたくないでしょうピョン」
反意を持った配下なんて百害あって一利なしだからな。
「でも、迷宮保護者になるとダンジョンマスターの所有物として自由を失うのですよね?普通の人が許可を出すのですか?言ってしまえば奴隷契約と同じだと思うのですが……」
マリアの言う通り、これはほとんど奴隷契約だ。一応、不老と言うメリットはあるけど、言ってしまえば『永遠に奴隷』だからメリットとは言いにくいよな。
「ええ、ですから迷宮保護者の集め方には推奨の方法があるのです。それは『迷宮で死にそうな人に選択を迫る』というモノです」
「それは……、許可を出すしかないですね」
『死ぬか奴隷になるか選べ』ってことである。確実に効率はいいよな。
「あ、アズマ様は当時迷宮が小規模だったのでこの手段は使えませんでした。アズマ様の迷宮保護者になったのは住処を追われたり、酷い目に遭ってきた少女たちです。アズマ様に救われ、その恩返しも兼ねて迷宮保護者になっていました。私も捨て子だったようで、迷宮保護者の人たちに育てられました。そんな私が迷宮保護者になるのは必然と言ってもいいでしょう」
東もなかなか波乱万丈な人生だったのだろうな。断片だけでも中々に壮絶だ。
「まあ、俺の場合は配下に命令するって手もあるが、事が事だけに無理にというわけにもいかない。それに迷宮保護者にする代わりに迷宮での被害が減るということを考えれば悪い事ではないしな」
「迷宮で死ぬ人を減らしたいなら、難易度を下げればいいんじゃない?」
確かに、ミオの言う通りに難易度を下げれば、迷宮で死ぬ人は減るだろう。
「ダンジョンコアのリソースも無限じゃない。回復量と消耗量で考えたら、現状がベストなバランスなんだ。多分、東が全力で調整したんだろう」
「なるほど、現状維持をしつつ、少しでも被害を減らすとなると、そうなるのかー。じゃあ迷宮保護者関係なく回復してあげるって言うのは?」
「それもダメだ。迷宮保護者の存在は絶対に秘匿しなければいけないらしい。内に囲い込める状況、もしくは相手が確実に死ぬ状況じゃなければ表に出ることは禁止されている」
「面倒ね……」
「ま、現状打てる手ってことで、キャロに任せるしかないな」
「はい!バンバン迷宮保護者を増やしていきます!」
「ああ……」
それは迷宮でバンバン探索者が死にかけているってことなんだけどな……。
「俺の方は予定通りアト諸国連合経由で真紅帝国に行くつもりだ。放っておくと真紅帝国がエステアに戦争を吹っかけてくるみたいだしな」
ボス部屋の前の扉に書かれていた内容だが、この国の建国には東が大きく関わっている。もっと言えば、ほぼ東が建国した国である。ダンジョンマスターである東が、ダンジョンがあることを前提に建国したのなら、それは当然ダンジョンが占める割合が大きくなること請け合いである。
「東は国を守ってくれとは言わないだろうが、折角東が建国に関わった国だからな」
「じゃあ、また旅が再開するのね」
「ああ、そうなるな」
次の目的地はアト諸国連合、その後に真紅帝国となる。
真紅帝国での1番の目的はエステアとの戦争を起こさせないようにすることである。可能であれば脅迫、もしダメならルージュ皇帝の誕生である。
「真紅帝国に入ったらルージュとミネルバを同行させる予定だ。案内役には丁度いいだろ」
「皇女を案内役として扱えるのは、この広い世界でもご主人様くらいですわ……」
セラが呆れたような声を出す。
「とりあえずは明日、シンシアたちの成長を確認してから、もう少し詳細なスケジュールを決めようか」
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裏伝
*本編の裏話、こぼれ話。
・ダンジョンマスター
ダンジョンマスターになると、複数のスキルをまとめた統合スキル、<迷宮支配>を使えるようになる。
この<迷宮支配>の中には、侵入者を道連れにするために<自爆>のスキルも含まれている。
本来、<自爆>のスキルを人間が使用することは出来ないが、<迷宮支配>に含まれている<自爆>ならば人間でも使用できる。
仁はこの事を知った時、HPを1残す<根性>と合わせて<自爆>を試みようとした。
マリアが半狂乱になりながら止めてきたので止めた。
次回、リザルトをやって3章終了です。
4章は2週間ほど間が開くと思います。
その間は短編とか登場人物紹介で時間稼ぎをします。
要望があれば東が転移したときの外伝を上げます(露骨な感想稼ぎ)。
……実はすでに書き終わってたりするんですけどね。
20160605改稿:
ダンジョンマスターの不老不死化が任意であることを明示。
わかりにくいことしてすいません。




