第34話 7日目の夜と魔剣
サクヤを助けた日のお話です。
王都到着から7日後の夜。俺は王城に侵入していた。
侵入方法はもちろん『ポータル』だ。王城の中では詠唱できないから、事前に詠唱しておいて<無限収納>の中に入れていた『ポータル』を発動することにした。
<千里眼>のマップによれば、本物の女王は地下牢の中に閉じ込められているみたいだからな。
そのためにわざわざミオにお願いして地下牢付近に『ポータル』を設置してもらったんだ。ギルバートからの誘いは俺にとって「渡りに船」という奴だった。俺がうろうろすると怪しまれるから、ドーラとミオに任せることにしたけど…。
アルタと元女王騎士ルセアの情報から、魔族が女王に化けているということがわかった以上、女王の呼び出し内容が碌でもないこともまた確定した。
魔族だから悪であるという決めつけをするつもりはない。しかし、ルセアが偶然正体を知った後、あれほどの仕打ちを行ったのがその魔族だという。耳を残したのも絶望させるためだとご丁寧に語ってくれたそうだ。
もう何もできない相手と高をくくって、ペラペラと情報を語り、絶望する様を見て楽しんでいたというのだから、悪趣味極まりない。この段階で俺の中で『魔族=悪』という式が確立した。
その魔族は俗にいう「四天王」という奴で、エルディアと勇者を滅ぼすのが目的らしい。ついでにカスタールもズタボロにできれば儲けものだとか。別にエルディアと勇者はどうでもいいが、カスタールをボロボロにされるのは困る。エルディアと勇者だけに被害が出る方法なら、俺も余計なことをするつもりはないのだが…。
とにかく、その魔族がカスタールに対して害意を持っているというのなら、「米」と「日本家屋」のために戦わざるを得ない。
しかし、ただ魔族を倒すだけというのもなかなかに困難だ。簡単に言えば最初の戦いを挑むまでの正当性がない。魔族だとわかったから倒した。じゃあどうしてわかったんだ、と聞かれたら俺の異能なしでは説明できない。それはとても面倒だ。だから本物の女王に矢面に立ってもらうことにした。つまり俺の行動を、本物の女王から認められた、『正当性のある行動』にしてもらうのだ。俺の行動に関して不審な点を全て女王に握りつぶしてもらうという副産物もある。
牢に閉じ込められているところを助けてやれば、そのくらいの頼みなら聞いてくれるだろう。
そんなわけで俺は本物の女王を助け出すべく、地下牢へと向かっている。地下牢への階段は薄暗く、石造りのこれでもかと言ったものだった。多分勇者のイメージだろう。音をたてないように<忍び足>スキルをマリアに借りている。そうそう、マリアは俺のことを必死に引き留めようとしていた。どうしても俺に単独行動をさせたくないみたいだ。仕方がないので、耳を揉んで腰砕けにさせた。しかし、最後の抵抗でタモさんを俺にくっつけた。文字通りの意味で。
腰回りにひやりとする感触をさせながら階段を下りていく。最下層まで降りてきた俺はマップで中の様子をもう1度確認した。
看守は当然のように魔族だ。こちらは擬態ではなく、全身鎧で肌や顔を隠していた。騒ぎが広がると面倒だから、こっそりと避けていこう。
地下牢の前には扉があり、看守はその奥の空間にいる。そこには軽犯罪者が収容される牢屋が複数あった。この扉の正面にも扉があり、その先、さらに階段を下りた先に重犯罪者が収容されている。本物の女王はそちらだ。
俺は<無限収納>の中から『ワープ』を使用し、奥の扉を越えた先に転移する。少しコツがあるのだけど、少しでも目視出来ればその先に転移できる。奥の扉にはのぞき穴があるので、その隙間を覗きつつ『ワープ』すれば、看守の前を素通りで奥まで行ける。
重犯罪者用の牢屋は当たり前だが衛生的とは言えない。それはある意味当然かもしれない。なぜならここにいるのは基本的に処刑待ちの人間だけなのだから。魔族のスキルは対象が生きた状態でなければ使えないようだ。よって、半死半生の状態で管理しているのだろう。
階段を下り女王のいる牢屋の前に着いた。鉄製の分厚い扉だ。中をのぞいたら、少しだけ女王の姿が見えた。まあ、見えている以上は『ワープ』を阻むものではないからな。大量に『ワープ』と『ポータル』を入れてきたから、このくらい余裕だ。
中に入ると、鼻につく匂いが漂ってきた。部屋を確認すると、のぞき穴からぎりぎり見える位置に全裸の少女が倒れていた。
もちろん少女は女王だろう。髪と瞳は黒だ。ただし、髪はぼさぼさで艶を失い、瞳からは生気が感じられない。この辺りは若干セラに似ているかもしれない。少女は俺の存在に気付き、顔を上げる。そしてかすれるような声で一言…。
「ころ…して…」
セラと似ているといったのは間違いのようだ。少女はすでに生を諦めていた。
ある意味それも当然かもしれない。この状況なら…。
少女の手足や顔に傷はない。もちろん、薄汚れてはいるが傷まではない。例外はただ1か所、剣が腹を貫通して地面に刺さっている点だけだ。
魔剣・エターナルペイン
分類:片手剣、呪い
レア度:秘宝級
備考:刺した対象者に激痛を与え、その状態で生存させ、自死を防ぐ。
愛する者に裏切られたものが作り出した魔剣。憎しみと同じくらいの歪んだ愛により、苦しみを与えながらも死んでほしくないという願いを実現させた。
この魔剣の詳細を見てみると、刺した相手のHPを激痛と引き換えに1で保持するというモノだった。簡単に言えば、死ぬほど痛いけど死ねないということだ。さらにHP1の状態でこの魔剣を引き抜くと、呪いにより死亡するようだ。
もちろん、死なないだけでお腹は減るし、出るモノは出る。激痛を含め、そんな状態で放置され続ければ、自ら死を望むのも当然かもしれない。ちなみに痛みには波があり、今は比較的平気な状態のようだ。
俺は人を殺すことを躊躇しない。いつからそうだったのかはわからないが、少なくとも最初に盗賊を殺した時には覚悟が完了していた。相手が敵ならば、女子供でも躊躇しないと思う。ただし、敵でなければ話は別だ。殺すこと自体は楽しいとは思えないし…。
目の前のような少女を殺すことに関してはどうだろうか?俺にはどちらという答えを用意できなかった。もし、本当に地獄にいて、死以外に救いがないのなら慈悲として殺してあげるかもしれない。でも、この少女はダメだ。なぜなら、俺にはこの子を救う手立てがあるのだから。
「本当に死にたいのか?なぜだ?…ああ、魔族とか偽物とかの事情は知っているから、省いていいぞ」
少女の目には少しだけ驚きが表れたが、生気とはまだ言えない。かすれた声はそのままに、先ほどよりは長い言葉を発した。
「ま…ぞく、が…言ってた…の。この…、剣を…取ったら…死ぬって」
「ああ、それで」
少女に続きを促す。
「魔族は…、私が…死ねば…元の姿…に戻るって…。だから…、殺して…くれれば、魔族の…たくらみを…潰せる…の」
「それだけか?」
「十…分…でしょ?死ぬのが…早いか…遅いか…だけよ。こんな…辛い…痛みが…続くのなら…死にたい。…お願い…殺して…。せめて…魔族の…企みを…」
息も絶え絶えにそこまで言うと、少女が急に苦しみだす。
「ぐううう…、があ!ぜひゅっ、せひゅっ…」
のたうち回る少女。波が悪い方に振れたようだ。俺は少女の耳元に近づき、聞いてみる。
「もし、その剣の呪いが回避でき、魔族の企みを潰せるとしたらどうする?」
「げほっ、出来も…、ぐう、しないこと…がはっ、言わないで…、うえ」
「じゃあ、もしその剣の呪いが回避出来たら、俺の配下になれ。そうしたらその後は魔族の企みを潰してやる」
「ぐえ、い、いいわ。えう、そんなことが出来るのなら、ぐふっ、配下にでもなんでもなるわよ…」
「契約成立だ」
そういうと俺は<無限収納>の中から『ヒール』を少女に向けて使用した。少女のHPは危険水域だ。剣をとってもHPの減少で死ぬかもしれないからな。その後、俺は魔剣・エターナルペインを<無限収納>に収納した。
いとも簡単に目の前の魔剣が消え、女王は呆けた顔をしていた。引き抜いたら呪いで死ぬ。なら引き抜かずにそのままどこかに飛ばしてしまえばどうなる?
A:死亡の呪いは無効になります。
と、言うわけだ。
「は?」
腹に穴が開いているのは変わらないので『リバイブ』をかける。それだけで少女の肌は傷1つなくなった。
「え?」
「これでお前は俺の配下だな」
少女はしばらく固まっていたが、理解が現実に追いついてくると、目から涙をボロボロとこぼし、俺の腰のあたりに抱きついてきた。涙と鼻水とその他もろもろで、きちゃない女王が抱き着いてきてもあまりうれしくない。これは『清浄』必須ですわ。
「うう、ううう。ありがとう。助けてくれて…」
すべてを失ったと思ったから死にたい。なら、失っていなかったことが明らかになったら?生きたいに決まっている。
その後、女王が落ち着くのを待ってから、俺と女王に『清浄』をかけ、適当にマリアの服を貸し与える。後はこの場から脱出するだけなのだが…。
「おい、女王。ここには看守が様子を見に来たりするのか?」
「え、うん。1日に1度くらいのぞき穴から見に来るよ」
そうなるとここに女王がいないというのは少し問題かもな。それなら、ちょうどいい奴がいる。
もちろんタモさんだ。
「うえええ、ぬるぬるするよー」
「我慢しろ」
タモさんの<擬態>スキルを上げていたら発見したのだが、今のタモさんは吸収しなくても形を真似るだけならできるようになった。具体的に言うと、型を取ればその姿になれる。
よって女王にはスライム攻めの刑に遭ってもらうことになった。体中をタモさんに蹂躙される女王。何かに目覚めそうになる。
こうして一通りの型を取ったタモさんには、この部屋に入った時の女王と同じ格好をさせて、しばらく待機してもらうことにした。待機が苦にならない従魔って素晴らしい。
あ、一応魔剣は刺しておくか。
「タモさん魔剣に合わせて穴開けて」
うみょーんって感じで変形して魔剣に合わせた穴が女王の体に空く。<無限収納>から魔剣を取り出して、その穴にはめる。地面に突き刺したので、これで来たときと同じ状況だ。
「ぴっ」
どこかで聞いたような声を女王が上げた。さすがにトラウマが刺激されたようだ。モジモジしているので、何も言わずに『清浄』をかける。
「うう…」
すっごい恥ずかしそうにしている。何をいまさら…。
タモさんには3日間はそのままでいてくれるように伝え、俺たちは『ポータル』で戻ることにした。待機が苦にならない従魔、マジ貴重。
宿屋に戻った俺はメインメンバー+ルセアの前で、女王のことを紹介した。
「こっちがカスタールの女王サクヤだ。さっき俺の配下(仮)になった」
「ついにご主人様の魔の手が女王様にまで…」
魔の手ってなんだよ…。
「聞いていた通り、幼いんですね」
「女王陛下、お久しぶりです」
「え?ルセア?どういうこと?牢は?」
女王は混乱しているようだ。当然だ。基本的に何にも伝えていないからな。俺が女王を助けた後に言ったことは「スライムの刑」、と「牢から出る」の2つくらいだ。
「説明する前に約束通り配下になってもらう」
「配下になるって?」
「指切りだ。指切りをするときに俺の配下になるって許可しろ」
「わ、わかったわ」
おっかなびっくり指を出す女王。俺もそれに小指を絡ませる。女王は言った通り許可を出したようで、無事俺の配下となった。
《まず最初に言っておく、俺たちの話は外に漏らせないことが多い。それらを口外することを禁止する》
「え?なにこれ?」
急な念話に驚く女王。女王には一通りの内容を説明する予定だ。一通り話した上で、俺の行いをもみ消してもらうんだからな。
「これは『念話』と言う。この他にも様々な特別な力を持っている。今も言ったが、これらは口外禁止だ。いいな」
「う、うん…」
まだ事情がつかめたわけではないだろうが、とりあえず俺の指示に従うようだ。
「と、言うわけ…」
「ハイハイ…」
最後まで言わせろよ。俺の言葉を遮り、ミオが前に出てきた。説明フェイズ突入。あ、女王の食事フェイズも含めます。
終了。
「と言うわけよ」
「す、すごい…」
女王は俺の方を尊敬の眼差しで見つめてきた。ほっぺにご飯粒ついてますよ。ついでに近くにいたルセアは跪いて祈りを捧げている。それを見てマリアが満足そうに頷いている。2人の関係がわからない。
「じゃあ、貴方はその異能の力で、ルセアを救い出し、私の居場所を突き止め、魔剣の呪いから解放してくれたのね」
「ああ、女王のいう通りだ」
大分説明チックだが、女王の言う通りで間違いはない。
「さっきも言っていたけど、貴方は魔族の企みを潰すつもりなのね」
「貴方は止めろ。俺の名前は仁だ、さっき名乗っただろ?」
「わかったわ。お兄ちゃん」
お兄ちゃん…だと…。
「でもお兄ちゃんも女王は止めてよね。私にもサクヤって名前があるんだから」
「あ、ああ。わかったよ。サクヤ」
「うふふー」
なぜかミオが隣で驚愕の顔をしていた。具体的に言うと「盗られたー」って顔だ。まさか、妹ポジションでも狙っていたのか?
「で、なんでお兄ちゃん呼びなんだ?」
「え?私お兄ちゃんいなかったし、助けてもらったし、配下だから!」
それは理由になっていない気がする。
「お家柄、男の親族ってほとんどいないから、頼れるお兄ちゃんっていうのに憧れていたんだ。地下牢で助けてくれたとき、ピンチの時に助けてくれるお兄ちゃんってこんな感じかなーって漠然と思ったの」
「仁様は頼れるお方ですからね。時々感情のままに行動をいたしますけど…。まあ、そこも…」
マリアがごにょごにょ言っているけど良く聞き取れない。
「あ、話を戻すよ。お兄ちゃんが魔族を倒すんだよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「で、私が女王に戻るんだよね?」
「ああ、当然だ」
「で、私はお兄ちゃんの配下になったんだよね?」
「ああ、許可しただろ?」
「お兄ちゃん。この国が欲しいの?」
ストレートにぶつけられた疑問。確かにそう見えなくもない。
「いや、いらん」
「え?そうなの?お兄ちゃんが私を助けたのってこの国が欲しいからじゃなかったの?」
「ああ、そんなものは別にいらない。表立って偉そうにするのは趣味じゃないからな」
「つまり黒幕ってわけよ!」
なぜかミオが自信満々に立ち上がる。
「いえ、それ凄く人聞きが悪いですわよ」
「でも、仁君の能力と性質を考えると、凄いしっくりくるんですけど」
セラがたしなめ、さくらが納得してしまった。いけない。俺のイメージがピンチだ。
「黒幕…。つまり、普段は私が統治するけど、私を配下に置き、実質この国を支配しているのがお兄ちゃん…。格好いい…」
サクヤがうっとりとした表情で俺を見つめている。地下牢生活で性格がぶっ壊れちゃったのかね?
A:素じゃないですか?
「でも…」
そういうと表情を曇らすサクヤ。
「どうした?」
うつむき、消え入るような声で語る。
「私、魔族が怖い。いとも簡単に私の家族を殺し、私の存在を奪ってこの国を支配する。そんな相手に立ち向かう勇気なんて出ない…」
サクヤの家族は、魔族によって殺されていた。当時王女だったサクヤを調べても、犯罪の証拠が出るわけがない。1番幼いサクヤを女王にするために、魔族が仕組んだことなのだから。その話を魔族から直接聞かされたこともあり、魔族に対して明確な恐怖を持ってしまったようだ。
「お兄ちゃんたち、旅をするんだよね。私も連れて行ってくれない?なんでもするから、お兄ちゃんの近くなら安心できるから…。1人で、この国にいるなんて、不安でしょうがないの…」
「さすがにそれは無理だろう。この国は完全な血統政治だ。国が滅びるぞ」
「だったらお兄ちゃんが王様になってよ!私は名ばかりの女王になるから、私の近くで私を守って!」
どうしても俺の近くから離れたくないようだ。後、地味にプロポーズしてない?
「さっきの念話もある。『ポータル』もある。離れていてもすぐに来れるぞ」
「でも、来るまでには時間がかかるよね!その間に死んじゃったらどうするの!?お兄ちゃんの近く以外に安全な場所なんてどこにもないんだよ!」
恐怖心が大きすぎて、俺の近く以外はすべて危険だと考えているようだ。
「わかった。ならお前には特別にアルタを知覚できるようにしてやる」
「え?」
<多重存在>は配下に取り付けることが出来る。だが今のところアルタの人格と対話できるのは俺だけだ。と言うか、そのように設定している。しかし、今回、その縛りを取り払おうと思う。
「みんなにもいい機会だからアルタの人格と対話できるように設定してやる。そうすれば認識能力が向上するし、不意打ちとかの心配もなくなる」
厳密には『念話』のアクセス先にアルタを追加するだけなんだけど…。
アルタは並列で存在できる。そして、他の並列存在によりパフォーマンスが落ちないという謎仕様なのだ。本当はヌルゲーになるからある程度ギリギリになるまではしたくなかったんだけど…。
「そうすれば、常に俺に守られているのと同じだ。サクヤのことだって24時間365日年中無給で守ってやる」
A:無給?
無給。
「うわっ、急にいつもと違う念話が」
「この人がアルタ?仁君の異能?」
《ごしゅじんさまのおーらをかんじるー》
全員に同時に語り掛けたようだ。器用なことをする。
後、ドーラのスペックが謎だ。
「お兄ちゃんの力ってすごいね。私が言うのもなんだけど、王様にふさわしい能力だよね…」
サクヤが呟く。確かに俺の力は支配者向き、と言えるだろう。敵から力を奪い、相応しい配下に差配する。世界の知識にアクセスでき、人や物の動きを把握する。時には配下の行動を縛り、必要なものがあればいつでも支給できる。配下全てを同時に管理し、守ることもできる。
もしかしたらサクヤの言う通り、俺は王として活動するのが1番相応しいのかもしれない。だが、その判断は少なくとも旅が終わってからだ。元の世界に帰る可能性がある状況で無責任に王などなれない。
「俺は王になんかならないぞ。少なくとも旅が終わるまでは…」
後半は小さな声で言ったが、サクヤの耳には届いてしまったようだ。
「うん、わかった。それまではアルタさんとともにこの国を守るね」
「あ、ああ。頑張れよ…」
若干、無責任な物言いになってしまった。すまんアルタ。
A:お気になさらず。
「それよりも、まだ魔族を倒してすらいないんですわよ。ちょっと気が早すぎませんこと?」
そういやそうだったな。まるでもう倒した後のような話をしていたよ。まあ、見た限り大丈夫そうだし、後は予定調和の偽物の退場だけだから…。
「そういえばそうですね。でも、どう見ても仁君の相手にはなりませんよ」
「ああ、この程度なら大丈夫だろう。それよりも女王が権威とともに復帰できるような環境を作ってやることの方が重要だ。そこで、こんなのはどうだ?」
俺は考えていたシナリオを皆に発表する。
「まるで勧善懲悪の劇のようですわね」
「その茶番でサクヤちゃんの方が正しいって表現するのね?」
茶番言うな…。
何とか俺の案は受け入れてもらえた。所々修正は受けたけど、おおむね俺のシナリオは崩れていない。サクヤに対して跪くのは権威的に必要と言われてしまった。誰かに仕えるみたいで気に喰わないけど、まあ仕方ないか。
「それよりもお兄ちゃん、そんな簡単に魔族を倒せるの?状況的に守りは最大まで固いと思うよ」
「どうにでもなるさ。その程度」
「国の最大の防衛に、その程度って言えるお兄ちゃんは、異常だと思うの」
「仁様にできないことなどありません」
「主様が言うのならそれは真実なのです」
あ、狂信者と狂信者だ。
「と言うか、なんでルセアはお兄ちゃんに対して祈りを捧げてるの?王家への忠誠は!?」
「捨てました」
「嘘ぉ!?」
いとも簡単に捨てられた王家への忠誠に、驚愕を隠せないサクヤ。
「えーと、この件が終わったら、女王騎士に復帰してもいいんだけど…」
「不要です。信仰に生きると決めたのです」
「嘘ぉ!?」
あ、ついに信仰って言っちゃった。
「ルセアさん!」
「あ!いえ、主様に恩を返すのです。はい、それだけです!」
マリアにたしなめられ、慌てて言い直すルセア。恐る恐る聞いたが、あっさり不要と言われて呆けてるサクヤ。うん、カオスだ。
その日はゴタゴタしたもののお開きとなった。サクヤには申し訳ないが、サクヤを表に出して宿を取らせるわけにもいかないので、『ルーム』の中で寝てもらうことになった。
あれ?『ルーム』内のベッドの方が高級品で、騒音とかもないし1人部屋だしで、好待遇なんじゃね?
『ポータル』で『ルーム』まで飛び、サクヤを送り届けたので、俺は宿の方へ戻ろうとしたが、サクヤが俺の手を離さない。ああ、そりゃあそうだよな。あんな目に遭って1人で寝ろなんて、結構な無茶だよな。
「他の女子を呼んでくるか?」
「いい。お兄ちゃんでお願いします」
恥ずかしそうに頬を染めるも、絶対に譲らないぞと言う意思が見える。
《俺、サクヤと寝るから》
《はい、おやすみなさい》
《お気をつけて》
《お休みー》
《みー》
《ですわー》
みんなは分かっていたのかな。だから俺に送ってこいって言ったのかな…。
「お休み」
「お休みなさい」
2人で1つのベッドにもぐりこむ。サイズには十分余裕があるが、サクヤは俺に引っ付いて離れない。暑い。
サクヤが寝たころを見計らって、サクヤをはがしてみる。すると…。
「うーん、やだあ、痛いよ…」
うなされている…。試しに腕を触れさせてみると、凄い勢いで抱き着いてきて、うなされているのが止まった。面白いのでもう1回引きはがしてみる。
「うー、あー、のー」
うなされている…。可哀想なので、引っ付かせたまま寝ることにした。お休み。
翌朝、目が覚めるとズボンがやたら冷たかった。
A:サクヤのおねしょです。
まあ、ある意味覚悟の上さ。うなされるほど深く傷ついているんだ。解放された日の夜くらい、緩んでしまってもしょうがないさ。
「『清浄』」
そのまま、『清浄』をかけて元に戻す。あ、サクヤがビクッて動いた。これは起きているな。
「女王の聖水」
ぼそっと耳元でささやいてやると、サクヤに枕で叩かれた。痛くはない。薄眼で見ると涙目で顔が真っ赤だ。いや、全裸とかいろいろ見てるんだから。今更恥ずかしがってもどうにもならんぞ?
俺はそのまま二度寝することにした。
今日は俺とサクヤの服でも買いに行こうかね。
本編は後1話で2章終了です。簡単に言うとリザルト話です。
その後、短編とか登場人物紹介とかします。本編をすぐに始めてもいいんですけど、その前にクロード主人公の列伝を出します。長くなったので、本編枠で出す予定です。




