第259話 空洞世界と守護者
最後、久しぶりに別視点があります。
エステルを『深淵』の外に送った後、この世界を虱潰しに見て回った。
全てのエリアを確認したが、生存者……いや、虫の一匹すら見つからなかった。
「やっぱり、この世界に生き残りはいないか……」
「まあ、どう見ても大地が死んでいるから、人は生きていけないわよね……」
ミオがカサカサになった地面を見ながら呟いた。
この世界は、地面の下に何もないだけでなく、残った地面すら栄養を失っていた。
当然、木や草も生えておらず、普通の生き物が生きていける環境ではない。
「この世界で生きていけるとしたら、この世界を滅ぼした元凶くらいだろうな」
「いよいよ、行くのね?」
「そうだな。そろそろ行……」
A:お話中申し訳ありませんが、エステルから念話を繋いで欲しいと頼まれました。
行こう、と言おうとしたところで、アルタから連絡があった。
《エステル、何か用か?》
《はい、まずはお礼をさせてください。ジン様のお陰で、私達58人は、誰一人欠けることなく、『深淵』の外の世界に辿り着くことができました。本当にありがとうございます》
《約束は果たせたな。これで、エステルの全ては俺のものだ》
《はい、約束通り、私の全てをジン様に捧げます》
テイムの時にも忠誠を誓わせたが、正式な忠誠は俺が約束を守った時に誓われるべきだ。
それが今である。
《エステルの要件はそれだけか?》
《いいえ、もう1件あります。私の同胞である57人ですが、ジン様の配下にしていただけないでしょうか?》
《どういうことだ?》
言ってしまえば、57人を助けるためにエステル1人が犠牲になった形だ。
今更、その57人を配下にすると言われても、戸惑うことしかできない。
《アルタの存在を含め、ジン様達の能力を一通りお聞きしたのですが、推測した範囲を遙かに超えていました。正直、今までの人生の中で一番驚いたかもしれません》
天才にここまで言わせたのはちょっと嬉しい。
《そして、気がついたのです。このままでは、私の同胞達はその恩恵を受けられないと……》
《一応、その世界で生活する基盤を整えるくらいのサポートはするつもりだぞ?》
約束したのは異世界に送り届けることだけだが、それで終わりというのはあまりにも無情だ。
延々と養うつもりはないが、自活できるまで面倒を見る気はあった(メイド任せ)。
そして、エステルとの約束を考慮し、配下にはしないつもりだった。
《同胞達の安全を考えたら、ジン様の配下になることが最善だと判断しました。私はジン様に全てを捧げるので、今後は同胞達のために全力を尽くすことができません。その前に、少しでも同胞達が安全に暮らせるように手を打っておきたいのです》
自活までの面倒は見るが、その後は基本的に放置で、積極的な保護をするつもりもなかった。
俺達から見える範囲で生活していた場合に限り、危なそうなら助けるくらいはしたと思う。
《同胞達には、詳細を伏せていますが、ジン様の配下になることを了承していただきました。どうか、テイムではなくジン様の部下という形で配下にしていただけないでしょうか?》
テイムと普通の配下では、命令権の強さが結構違う。
いざという時のため、テイムではなく普通の配下にして欲しいのだろう。
《いっそ、57人はエステルの部下ってことにしないか?それなら、全員が安心できるだろ?》
《それはとてもありがたい提案ですが、本当によろしいのですか?》
《ああ、それが1番良いと思う。俺のモットーは適材適所だからな。エステルなら、俺よりも上手く57人を指揮することができるだろ?》
《はい、もちろんです。私は彼らのリーダーですから。……ジン様、ご配慮、感謝いたします》
こうして、57人も俺の配下になることが決まった。
ステータスを見る限り、57人は全員がそれなりに優秀だったりする。
今までは、相手と状況が悪く、その優秀さを発揮できなかっただけなのだろう。
今後は、エステルの元でその優秀さを十分に発揮してもらおうじゃないか。
「よし、そろそろ行こうか」
エステルとの念話が終わったので、中断していた話を進めることにした。
今から向かうのは、この世界を滅ぼした元凶、土喰いの住処である。
「どうする?魔法か何かで穴でも開ける?」
「折角だし、セラに任せるとするか。セラ、ぶち抜け」
「了解ですわ!」
俺が指示すると、セラは<英雄>を使い自身の重力を下向きに変えた。
簡単に言えば、地面に落下していった。
「はあああ!!!」
セラは落下しながら勢い良く大剣……ではなく、大盾を振るった。
この世界の地面の下には何もない。言い換えれば、地面とはただの壁なのである。
大盾が直撃すると、地面……いや、土の壁は砕け散って大穴が開いた。
「ぶち抜きましたわ!」
「よし、入るぞ」
俺達は警戒しながらセラの開けた穴を通り抜ける。
穴から差し込んだ光が、真っ暗な地下の世界を照らす。
そこに棲んでいたのは、1000匹を超える土喰い……大小様々なミミズだった。
「キモい!キモい!キモい!キモい!」
無重力空間をウネウネと動き回る大量のミミズを見て、ミオは顔を引きつらせて叫んだ。
「覚悟はしていたが、想像以上にアレな絵面だな……」
「ええ、見ていて気持ちのいいものではありませんわね」
「……」
さくらは無言で目を逸らしている。
なお、マリアとドーラは平然としていた。
「仁様、来ます」
マリアの視線の先から、1匹の土喰いが俺達の方に向かってきている。
サイズは2メートル程、攻撃の意思は今のところ見えない。
「ヘイヘーイ、随分と乱暴なお客様デース!」
その土喰いは俺達に近付くと、やたらフランクに話しかけてきた。
「ミ、ミミズが喋った……」
ミオが滅茶苦茶嫌そうな顔で呟く。
……ミミズ、どこから喋ってるの?
A:口です。
ミミズの口がどこか分からない。
「ヘイ、ガール。差別は良くありまセーン!ミミズだって、喋る権利くらいありマース!いきなりハウスの壁をぶち壊されたら、悲しむ権利だってありマース!」
「……地面は家の壁じゃないだろ」
地下のない地面をただの壁と表現した直後なので、あまり強く言い返せなかった。
「ノー!異世界から来たボーイは知らないでショーが、この世界の地下はミーのハウスデース!」
「この世界を滅ぼしたヤツが、この世界の常識を語るなよ」
「オウ?誰がそんなこと言ったデース?この世界は元々ミーだけが暮らす世界デース!大人しく暮らしているだけの無害な生き物に、なんて酷い言い掛かりデース!」
土喰いは自らがこの世界を滅ぼしたということを、決して認めようとはしなかった。
まあ、どうでも良いか。
「悪いけど、お前達が何を言っても関係ない。土喰い、お前達を滅ぼすのはもう決めたことなんだ」
「オウ!ボーイは蛮族デース!異世界の住人を殺して回る血も涙もない怪物デース!」
「……自己紹介か?Dリーパー」
流石にツッコミを入れざるを得なかった。
そう、土喰いはDリーパーなのである(最近のトレンド)。
そして、Dリーパーが無害な原生生物である可能性は0パーセントだ。
「オーウ!?何故それを知ってるデース!?」
「そんなこと、教える訳ないだろ」
ステータスに書いてあるからな。
名前:ミー君(TCD)
種族:人造魔法生物・土喰い(複製体)
特性:<循環>
「とにかく、この世界を滅ぼした侵略者はお前達の方だ」
「ノー!それは違いマース!ミーが土喰いに取り憑いたのは事実デース!でも、土喰いを生み出したのはこの世界の元の住民なのデース!つまり、元々滅びる直前だったのデース!だから、ミーは悪くありまセーン!」
「……嘘だな」
ミミズの目がどこにあるか分からないが、目を見なくても土喰い……いや、TCDが嘘を吐いているのは明らかだ。
「土喰いはこの世界を再生させるために生み出されたはずだ。それを乗っ取って、この世界を滅ぼすために利用したのがお前達だろうが」
決定的な証拠はないが、ステータスが全てを物語っている。
ミミズのミー君で能力が<循環>だぞ?望まれて生まれてきたに決まっている。
「オウ!オウ!オーウ!そこまで知られているなら、隠す意味もありまセーンね」
特に証拠を提示した訳ではないが自白してくれた。
「その通りデース。ミーがこの世界を滅ぼしたのデース。栄養を失った土を蘇らせるために生み出した土喰いに、裏切られた連中の姿は見物だったデース!ああ!もしかして、下らない正義感でミーを滅ぼす気になったのデース?それなら納得なのデース!」
相変わらず、Dリーパーはクズだなぁ……。
ミミズの顔はどこにあるか分からないが、邪悪な顔をしているのは間違いないだろう。
「……正直、お前達がこの世界を滅ぼしたことはどうでも良い」
既に滅びている以上、俺が今更何を言ったとしても、現実は何も変わらない。
「オーウ?それなら、何故ミーを滅ぼすなんて言うのデース?」
「それが他の世界に転移する条件だからだよ」
「転移なら時間経過でも良いはずデース!態々ミーを殺そうだなんて、やっぱり蛮族デース!」
「……まあ、野蛮なのは否定しないさ。ただ、お前達と違って、相手は選んでいるつもりだぞ?Dリーパーなんて、ぶち殺しても誰にも文句言われないヤツだからな」
「ノー!ノー!Dリーパーにも良いヤツはいるデース!」
「世界を滅ぼしたヤツが言っても説得力がないだろ……」
今まで出会ってきたDリーパーが全てただの侵略者だった。
良いDリーパーが存在する可能性は考えていない。
「……はあ、そろそろ時間稼ぎに付き合うのも飽きてきたから、殺すぞ?」
「時間稼ぎ、何のことデー……」
俺はTCDが言い終わる前に刀を振るい、目の前の土喰いを上下に分かれるように斬った。
TCDがやたら会話を引き延ばそうとしているのには気付いていた。
情報収集もかねて付き合っていたが、不快感が増してきたから終わらせて良いだろう。
「うげっ……」
ミオが嫌そうな顔をするのも無理はない。
真っ二つになった土食いの身体は、グニャグニャ動きながら変形していき、それぞれが半分サイズの土喰いに復元していったのだ。
「いきなり酷いデース!でも残念デース!ミーは不死身なのデ……」
もう一度、それぞれを半分に両断した。
再び、グニャグニャ動いて最初の4分の1サイズの土喰い4匹となった。
「無駄だというのが分からないデース!?ミーを滅ぼすなんて不可能……」
「『ファイアボール』」
「!?」
ジュッという音と共に土喰い4匹は焼滅した。
土喰いが焼滅した瞬間、他の土喰い達がモゾモゾと動き出す。
雰囲気からして、多分動揺しているのだろう。
「やっぱり、ミミズを殺すなら干からびさせるのが1番だよな」
「干からびるどころか焼け死んでいるわよね?」
「似たようなもんだろ。指示したとおり、手分けして試すぞ」
「気持ち悪いけど、仕方ないわよね」
「頑張ります……」
《やるぞー!》
その気になれば一瞬で全て殺せるが、その前に色々と試すことがあるからな。
俺達は3組に分かれて土喰いへの攻撃を開始した。
一応言っておくと、俺とマリア、さくらとドーラ、ミオとセラの組み合わせである。
「『ファイアボール』……。『アイスボール』……。『ライトボール』……」
《ふぁいあー!からのすぺしゃるふぁいあー!》
「あんまり直視したくないから……えい!えい!」
「ミオさん、薄目で戦うのはどうかと思いますわよ……せい!」
俺達は思い思いの方法で土喰いに攻撃を仕掛けていく。
攻撃の種類によっては、全く効かないこともあった。
しかし、それでも良い。今の俺達の目的は、土喰いを殲滅することじゃないからな。
……アルタ、どうだ?
A:異常な上昇を見せる数値はありません。
「やっぱり、そう簡単じゃないか……」
俺達の目的は、土喰いとの戦いで普段とは違う変化が起きないか確認することである。
今までの世界では、Dリーパーとの戦いで、今まで得られなかったスキルポイントが得られた。
今回も何か得られるものがあるかもしれないが、パッと思いつかなかったため、手当たり次第に試すことにしたのである。
しかし、残念ながら結果は芳しくない。
「こ、これはなんデース!?グギャ!」
これは背後から俺を喰おうとした土喰いを、マリアが<結界術>ですり潰した時の断末魔だ。
当然、土喰い達も抵抗してくるのだが、全くと言って良いほどに脅威を感じない。
何故なら、土喰いは『食べる』ワンウエポンだからである。
Dリーパーお得意のエネルギー弾すら撃ってこない。
A:エネルギー弾の放出には『腕』に該当する部位が必要となります。
どう見ても、ミミズに腕はないよなぁ……。
何にせよ、土喰いは世界を滅ぼしたが、世界最強の生物という訳ではない。
そもそも、誕生の経緯からして人と戦うことは全く想定されていない生物のはずだ。
直接戦闘における脅威度が低いのは当然のことだろう。
「あ、やっば!みんな!攻撃ストップして!試したいことがあるの!」
そんなことを考えていたら、ミオが焦ったような声を上げた。
俺達は手を止め、土喰いの攻撃を避けることに専念した。
《ご主人様、外にいる子を呼んで良い?》
ミオが俺に念話を繋いできた。
今まで、『深淵』の中から外に送ることは多々あれど、外から中に連れてくることは控えていた。
しかし、これは別に明確な理由があっての行動ではない。ただの何となく、だ。
《別に構わないけど、何か思いついたのか?》
《うん、思いついたと言うよりは、思い出したんだけどね。ちょっと待ってて……》
ミオは別の誰かに念話を繋ぎ直した。
少しして<無限収納>から取り出したのは……。
「おいで!ミャオ!」
「みゃう!」
ミオの従魔、仔神獣のミャオが現れた。
仔神獣は白くて羽の生えた猫のような犬のような魔物だ。
その1番の特徴は、見事なまでのモフモフボディ……ではなく、ドーラと同じく進化の可能性を秘めていることだろう。
「みゃみゃみゃみゃ!?」
ミャオはいきなりの無重力に驚き、犬かきでバランスを取っている。お前、羽あるだろ。
「なるほど、土食いを倒すと進化する可能性があるのか」
「そういうこと!」
ミオが元気よく頷いた。
ドーラはDリーパーによる汚染を浄化することで進化に至った。
同じような条件で仔神獣が進化する可能性は十分にある。
「いやー、ミャオが進化することすっかり忘れてたわ!」
「みゃーん!?」
ミャオがガーンと衝撃を受けている。
「ミオさんみたいな反応ですわね」
「これがペットは飼い主に似るということでしょうか……?」
確かに、ミオに似て表情豊かな小動物である。
「ペットなのは間違いないけど、結構ガッツリ鍛えているわよね?」
「みゃう!」
テイムした当初のミャオは非常に弱かったが、今はそれなりの戦闘能力を持っている。
加えて、いつの間にか<神獣体>スキルも習得していた。
<神獣体>はドーラの<竜魔法>に近い種族固有スキルで、仔神獣の闇落ち進化形態である邪神獣ヘルも習得していたスキルだ。
<神獣体>
神獣専用スキル。<身体強化>、<HP自動回復>、<MP自動回復>、<咆哮>を含む統合スキル。
ドーラと同じなら、この<神獣体>のレベルを10にすることが進化の条件の1つだろう。
ただ、気になることが1つある。
「……進化した時、モフモフは維持されるのか?」
「え?」
「みゅ?」
俺は邪神獣ヘルの姿……毛並みを思い出す。
「邪神獣ヘルはどう見ても気持ちよさそうなモフモフじゃなかった。流石にミャオが邪神獣になるとは思わないけど、進化してモフモフが失われる可能性は0じゃない」
「そ、それは……許せないわね。進化させない方が良いかしら?」
「みゃう!?」
ミャオが『嘘でしょ!?』みたいな顔をしている。
「みゃう!みゃうみゃう!」
「うーん、どうしようかしら?」
ミャオの方は進化に乗り気らしく、ミオを必死に説得し始めた。
「みゃみゃみゃみゅ!」
「……そこまで言うなら仕方ないわね。頑張ってモフモフした姿に進化するのよ?」
「みゃう!」
どうやら、モフモフした姿になることを条件に進化を許されたようだ。
進化形態、頑張ってどうにかなることなのか?
「それじゃあ、試しに1匹倒すわよ!ミャオ、やっちゃいなさい!」
「みゃ!みゃみゃう!」
仔神獣には専用の攻撃スキルが存在しないので、ミャオは普通の『ファイアボール』を放った。
火の玉は小型の土喰いに直撃し、跡形もなく焼滅させた。
「よっしゃ!思った通り!」
「みゃおーん!」
土食いを1匹倒しただけで、ミャオの<神獣体>はレベルが3から4に上がっていた。
明らかに通常とは異なるスキルポイントの増加だ。
「ご主人様、レベル10になるまで倒して良い?」
「ああ、もちろんだ」
既に100匹以上倒してしまったが、まだ900匹くらいの土喰いは残っている。
1匹当たりの獲得ポイントが変わらなければ、余裕でレベル10になれるだろう。
「行け行けー!」
「みゃみゃみゃみゃー!」
ミャオが土喰い達に向かって『ファイアボール』を連発する。
土喰い達は何の抵抗も出来ず、次々と焼滅していく。
ミオとミャオを除いたメンバーは、マリアの結界の中から殲滅の様子を見学している。
なお、土喰いは結界に何度か体当たりして、無駄だと分かったらすぐに帰って行った。
「凄い勢いでスキルポイントが増えていきますね……」
「ただ、レベルが上がるごとに少しずつ上昇値が鈍化しているのが気になる」
1分も経たずに<神獣体>のレベルは5になった。
しかし、レベルが上がるごとに1匹当たりのスキルポイントは減っている。
アルタ、あと何匹でレベル10に到達する見込みだ?
A:上昇値の鈍化が一定と仮定した場合、227匹でレベル10になります。
十分な余裕がありそうだ。
「土喰いが大量にいて良かったですわね」
「絵面的には酷かったけどな」
「はい、酷かったです……」
土喰いを焼きまくるミャオを横目に、俺達は取り留めのない話をして時間を潰す。
しばらくして、ミャオの<神獣体>がレベル10になった。
なお、アルタの計算通りのタイミングである。
「ミャオ、進化できそう?」
「みゃ!」
「よっしゃ!それじゃあ、一旦離脱するわよ!」
「みゃい!」
どうやら、ミャオは無事に進化の条件を満たせたようだ。
ミャオを進化させるため、ミオとミャオはマリアの結界に向かって飛んできた。
「ただいま!ミャオ、進化よ!」
「みゃみゃ!」
結界に入って早々、ミオはミャオに進化を指示する。
返事をした直後、ミャオの身体は光り輝き、その姿を大きく変貌させた。
「みゃあ!」
光の中から現れたのは、ミャオの面影をしっかりと残した銀色の獣だった。
サイズは成体のライオンほどで、ライオンっぽくもあり、オオカミっぽくもある風貌だ。
背中には仔神獣の時とは比べものにならないほど大きく立派な翼が生えている。
その名もズバリ聖神獣!邪神獣の対となる人類の守護者だ。
「えい!」
「みゃ!?」
ミオは躊躇なく毛の多い胸元に顔を突っ込んだ。
「うん、モフモフだぁ!」
「みゃ、みゃい……」
ミオは満足そうに顔を蕩けさせ、ミャオは諦めて受け入れる。
進化したからといって、主人と従魔の関係が変わる訳でもない。
「毛は白から銀色になったのね。似合っているわよ」
「みゃ!」
「かなり大きくなったから、一緒のベッドでは寝れないわね……」
「みゃう!」
「え?元に戻れるの?」
ミャオが光り輝き、仔神獣の姿に戻った。
ただし、毛の色だけは聖神獣と同じ銀色になっている。
「やっぱり、コレはコレで良いわね!」
「みゃ」
ミオが仔神獣形態のミャオを抱きしめる。
「ご主人様、ミャオのお披露目で残りも倒して良い?」
「ああ、良いぞ。やっちまえ」
もしかしたら、他にも土喰いを倒すことで強化できるスキルがあるかもしれない。
しかし、それは初進化後の見せ場を削ってまですることではない。
「ありがと!ミャオ、もう1度大きな姿になって」
「みゃう」
ミオの指示に従い、ミャオが聖神獣の姿になる。
「みゃみゃ」
「え?乗って良いの?ちょっと待ってね……」
ミオは<無限収納>から鞍を取り出してミャオに取り付けた。
「ミオさん、その鞍は何ですの?」
「これ?前にポテチに乗ろうとした時に用意した鞍よ」
ポテチはミャオと同じくミオの従魔で、フェアリーウルフというオオカミの魔物だ。
なお、モフモフではない。
「よし!ミャオ、行くわよ!やっぱストップ!」
「みゃみゃ!?」
駆け出し始めた瞬間に止められたので、ミャオは急ブレーキをすることになった。
ミオの視線の先にいるのは、土喰い……いや、究極完全体土喰いだ。
「でっか……。きっも……」
俺達がミャオの進化を見ている間、土喰い達は共食いをしていた。
土喰いは切ると2匹の小さな土喰いになる。そして、共食いで1匹の大きな土喰いになる。
この場の全ての土喰いが1つとなり、最大級の究極完全体土喰いが生まれたのだ。
「話は終わりデース?こっちの準備も終わりデース!質量は力ということを教えてあげマース!」
土喰いはサイズが大きくなったことで、声も大きくなったようだ。
俺達と土喰いの間にはかなりの距離があるのに普通に声が届いてきた。
「行くデース!」
究極完全体土喰いは俺達に向かって突進してきた。
『食べる』ワンウエポンとはいえ、体積と質量があれば話が変わってくるだろう。
「キモいけど……行くわよ、ミャオ!」
「みゃあ!」
ミャオが駆け出し、究極完全体土喰いを迎え撃つ。
互いの距離が縮まっていき、衝突間近というところでミオが叫んだ。
「ミャオ、<聖域>よ!」
ミャオは聖神獣となった時、新しいスキルを習得した。
その名も<聖域>。全ての悪意を跳ね返す、守護者の力だ。
身も蓋もない言い方をすれば、『反射』の効果を持ったバリアを作るスキルである。
「みゃー!」
鳴き声と共にミャオを中心とした半径50メートル程のバリアが現れる。
「グペッ!?」
究極完全体土喰いは頭からバリアに突っ込み……粉砕された。
自身の突進力が全て跳ね返り、その衝撃に肉体が耐えられなかったのである。
単純に切られたのとは異なり、肉体がボロボロになっているため、復元の余地すらない。
「完、全、勝、利!」
「みゃみゃーん!」
土喰いが復元しないことを確認し、ミオとミャオは勝鬨を上げた。
―――???視点―――
土喰いの複製体が消滅した。
戦闘能力の低い土喰いでは、巨大化しても異世界人に勝てないのは想定通りである。
重要なのは、土喰いが1匹も逃げ出すことなく、死ぬまで異世界人を殺そうとしたという事実だ。
土喰いは好戦的、この印象は私の存在を隠蔽するのに役立つだろう。
私が生き残っている限り、異世界人は転移条件を満たせず、この世界に留まるしかない。
当然、異世界人は倒し損ねた土喰いを探すだろう。
会話の中で、土喰いは地下に住んでいることを主張し続けた。
印象操作が上手く行けば、異世界人達は地下空間で無意味に土喰いを探し続けることになる。
まさか、本体である私が地下におらず、上空に浮かぶ岩の陰に隠れているとは思うまい。
今の私は普通のミミズと同程度の大きさなので、見つけることすら難しいはずだ。
私の計算では、この世界は後10日程で崩壊する。
この世界の崩壊まで隠れきれれば、私は奪ったリソースと共に凱旋することができる。
そう、私は最初から、他の全ての複製体を犠牲にしてでも、生き残ることだけを考えていたのだ。
土喰いの根絶が異世界人の転移条件であることは想定していた。
強大な力を持った異世界人が現れることも想定していた。
そこまで想定できたなら、生き残るために打てる手も決まってくるというものだ。
私は何としてでも、この10日間のかくれんぼに勝ってみせる。
「みーつけた!」
声に反応して振り返った先には、土喰いを倒した異世界人達の姿があった。
有り得ない、それが私の最後の思考だった。
ややホラー風味の終わり方をしてみました。
能力強化キャンペーン中ですが、ミオ自身に特別な能力はないので、従魔が強化されました。




