第258話 集団転移と契約
FKDを倒したセラが空を飛んで俺達の元に帰ってきた。
もちろん、不死者の翼ではなく、<英雄>の重力操作による飛行だ。
「やりましたわ!」
念願叶って<英雄の証>がレベルアップしたので満面の笑顔である。
「お疲れ様、おめでとう」
《おめでとー!》
「ありがとうございます。レベルアップできて本当に良かったですわ」
「これで皆のレアスキルが全部レベル10になったわね。お祝いにパーティでも開く?」
ようやく、ドーラの<竜魔法>、マリアの<勇者>、セラの<英雄の証>がレベル10になった。
ミオの言う通り、パーティを開くに相応しい慶事である。
「嬉しいですけど、この世界でパーティを開くのは止めた方が良さそうですわね……」
FKDが倒れたとはいえ、この世界の住人にとって、辛い状況であることに変わりはない。
そんな中、俺達だけパーティをするのは場違い感が尋常ではない。
「その内、時間と状況に余裕ができたらにしよっか?」
「ええ、その時はお願いしますわね」
「セラちゃんとドーラちゃんが満足するよう、料理もいっぱい作らないといけないわね」
「それは楽しみですわ!」
《わーい!》
手放しで喜ぶセラとドーラだが、一つ疑問に思ったことがある。
「……セラ、食事で満腹になることはあるのか?」
「え?どういう意味ですの?」
「<英雄>の効果でエネルギーをストックできるということは、いくら食べても満腹にならないってことじゃないのか?」
「ま、まさか……!?」
今までの喜色から一点、セラの表情が目に見えて悪くなる。
セラは幼少期から満腹になるまで食べたことがほとんどなかった。
その反動か、沢山食べて満腹になった時、セラは一番幸せそうにしている。
満腹にならないということは、その一番の幸せを奪われることに等しい。
「ちょ、ちょっと確認しますわ!」
セラはそう言うと兵糧玉を取り出して口に入れた。
「…………」
目を瞑り、何かを確認するように無言で咀嚼する。
「……ちゃんと満腹になりますわ。自分の満腹度合いを自由に変える効果があり、エネルギーをストックに回すと、その分だけ空腹になるようですわね」
「なるほど、満腹でも空腹でもないベストな腹加減で戦い続けられるのか。継戦能力が上がったな」
<英雄の証>の所有者は空腹になりやすいので、継戦能力が高いとは言えなかった。
<英雄>にランクアップしたことで、その欠点が完全に補われていた。
「スキルの説明にもありましたけど、必要な食事量も低減されていますわ。兵糧玉を食べた感じですと、空腹からでも成人男性5人分の食事量で満腹になりそうですわね」
「大分減ったわね。それくらいなら、普通の大食いの人と大差ないんじゃない?」
「……これなら、ご主人様が元の世界に帰る時に付いて行けそうですわ」
「そうか、これでセラがこの世界に残る理由もなくなるのか」
俺が元の世界に戻る時、セラはこの世界に残るという話だった。
それは、元の世界で魔法が使えなかった場合、兵糧玉によるエネルギー補給ができず、セラの命に関わる可能性があったからだ。
「元々、食糧の問題がなければ私もご主人様に付いていく気でしたわよ。ご主人様には恩もありますし、私だけ残るのも寂しいですし……。これで一安心ですわ」
「意外と気にしていたんだな。平然と言われたから、気にしていないと思ってた」
話を聞いた時に一切躊躇せずに残ると言ったので、元々残る気の方が強いと思っていた。
だからこそ、対策とか考えていなかったのだが……。
「流石に命の方が大事だっただけですわ。今更ですけど、ご主人様の世界で魔法が使えると分かったら、後からでも私を呼んでいただこうと思っていましたわよ」
「そういうことは早く言ってくれ。何にせよ、これでみんな揃って俺たちの世界に行けるな」
「セラちゃんと離れ離れになるのは嫌だったから嬉しいわ!」
「はい、仲間はずれにならなくて良かったです……」
《セラもいっしょー!》
「セラちゃん、異世界でもよろしくお願いします」
「ええ、ええ!本当に<英雄の証>がレベルアップして良かったですわ!」
セラが俺たちの世界に来てくれるのは普通に嬉しい。
FKDの尊い犠牲には感謝しかない。
「姫様! 早く早く!」
FKDの死を悼んでいたら、地下から足の速い子供が走って出てきた。
「カル、待って下さい!」
そして、その後からエステルも歩いてきた。
「見て!姫様!光の柱が2つも!」
「あれが光の柱……」
2本の柱を見て、エステルがホッとした表情を見せる。
「ジン様、FKDを倒していただき、ありがとうございます」
「FKDを倒したのはセラだ。礼ならセラに言ってくれ」
「そうでした。セラ様、本当にありがとうございました」
「どういたしまして。……FKDが倒れて、地下の皆さんは大丈夫でしたか?」
「それは……」
セラの問いにエステルの表情が曇り、言い淀む。
「……正直、良い状況ではありません。FKDの死亡と同時に寄生体も消滅したようなのですが、ジュディ含めて12人。全体の20%近くが寄生されていました。快癒の水瓶で状態は安定していますが、まともに動けそうにありません」
非常に言い方は悪いが、58人しかいない中で20%が足手纏いになるということだ。
異世界に渡る上で、大きなリスクになるのは間違いない。
余談だが、この世界の住人に寄生していたFKDの眷属は俺が倒したのだが、タイミング的にFKDの死亡で消滅したとエステルは判断したようだ。
実際、FKDを倒したら眷属も消滅するらしいので、勘違いというほどでもない。
「光の柱は72時間維持されるから、その間なら待つこともできるぞ」
「ご配慮ありがとうございます。ですが、72時間も待つ必要はありません。この世界にいても彼らを治すことはできませんから、他の世界に行くことを優先したいのです。今日中に移動の準備を終えますので、明日の朝に出発していただくことは可能でしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
こうして、俺達はこの世界に一泊し、明日の朝に出発することが決まった。
翌日、俺達は北東に出現した光の柱の前に集合していた。
補足しておくと、光の柱は南西と北東に出現しており、FKDが敗北を認めた時に出現したのが南西の光の柱、FKDが死亡した時に出現したのが北東の光の柱となっている。
何故、北東の光の柱に来たかと言えば、どちらの光の柱に入るかエステルに選ばせたところ、『FKDが死亡した時に出現した光の柱でお願いします』と即答されたからだ。
当然だけど、結構溜まっていたんだな……。
「エステル、そろそろ転移するけど、忘れていることはないか?」
「はい、大丈夫です。食物も宝物も全て収納袋に入れました」
そう言って、エステルは手に持った革袋を掲げる。
それは収納袋と呼ばれる宝物で、簡単に言えばアイテムボックスである。
補足しておくと、約束通りこの世界に残る宝物の半分は俺達が貰った。
俺達が貰ったのは、宝石や貴重な金属で作られた宝飾品、特殊な効果を持った武器などが大半で、快癒の水瓶や収納袋のような、あれば生活が便利になる類の宝物は貰わなかった。
「58人揃っていることも確認しましたし、手が離れてしまった時のため、ロープで全員を繋ぐことも忘れていません。準備は万全です」
光の柱の前には、この世界の住人58人も全員揃っている。
昨日の内にFKDに寄生されていた12人は意識を取り戻したが、まともに動ける状況ではないため、この場には他の者に背負われて辿り着いた。
体調の悪い者が混じる58人の集団だ。万が一、転移の時に手が離れてしまったら、未来のないこの世界に残され、ほぼ確実に死んでしまうだろう。
エステルはそのリスクを減らすため、58人全員をロープで繋ぐことにした。
常に最悪の状況を想定し、可能な限りリスクを減らそうとする姿勢は良いと思う。
「……他の生き残りを探さなくて良いのか?」
それはそれとして、気になったことを尋ねてみる。
今まで、エステルは他の生き残りについて、全くと言って良いほど言及していない。
エステル達が生き残ったのだから、他の生き残りがいる可能性は0じゃないというのに、様々な可能性を想定しているエステルが一切触れていないのである。
「え? ……申し訳ありません。どういう意味でしょうか?」
察しの良いはずのエステルが全く察してくれなかった。
「もしかしたら、この世界には他にも生き残りがいるかもしれないだろ?異世界に連れて行くため、探さなくて良いのか、と聞いたんだ」
「……ああ、なるほど。ジン様は勘違いしているのですね」
「勘違い?」
「はい。私が守りたいのはここにいる57人だけです。その他の人のことは特に考えていません」
それは、他の生き残りがいても見捨てると言ったのに等しい。
「ここにいる57人だけが、FKDが危険だという私の言葉を信じ、力を貸してくれたのです。何度も忠告をしたのに、他の人は信じてくれませんでした。私は、私を信じて付いてきてくれた人のために全力を尽くすと決めました。だから、信じてくれなかった人のための余力はありません」
「……そうか。それなら、仮に生き残りがいても気にしなくて良いんだな?」
「はい。少なくとも、私は気にしていません」
明確な理由があって線引きをしているのなら、無関係の俺が何かを言うべきではないだろう。
「そろそろ行こうか。全員、手を繋いでくれ」
「はい。皆さん、指示したとおりに手を繋いで下さい」
エステルの合図とともに、57人が手を繋ぎ合う。
俺達も手を繋ぎ、全員漏れなく繋がった状態になる。
「セラ、頼んだ」
「了解ですわ。3秒後に光の柱に触れますわよ。3、2、1……」
セラが光の柱に触れると、光が俺達を包み込んだ。
そして、次に感じたのは浮遊感だった。
「これは、無重力空間?」
「息はできるから、空気はあるみたいですね……」
「万有引力、どこ行っちゃったのかしら?」
空も太陽も地面もあるのに、俺達の身体は地面から浮いている。
一切地面に引っ張られていないので、重力が小さいのではなく、完全に0のようだ。
《なにこれ!たのしい!》
大喜びのドーラがスイスイと空中を泳ぐ。
空気抵抗もあるみたいだな。
「きゃあ!?」
声のした方を見れば、エステルが体勢を崩してクルクルと回っていた。
……本人の申告通り、パンツはピンク色だったことをここに記す。
「ぐっ……!?」
ロープが首に絡まり、エステルが苦しそうな声を上げる。
そして、似たようなことは他でも発生していた。
「セラ、新スキルの出番だ。助けてやれ」
「了解ですわ」
無重力空間なんて、<英雄>の重力操作が活躍する未来しか見えない。
セラは重力の方向を変えて移動し、ロープを切って回る。
「マリア、結界で保護してやれ」
「はい」
無重力空間では、ロープの繋がりが切れたら何処かに飛んで行ってしまうかもしれない。
マリアの<結界術>により、俺達全員を包み込むように結界が張られた。
「けほっ……。あ、ありがとうございます。よりにもよって、無重力空間ですか……」
「その言い方、こんな世界のことも想定していたのか?」
「はい。法則の異なる異世界なら有り得ると想定はしました。ただ、FKDの時と同じく、想定はできても対策は打てないと考えていました。FKDの時と異なるのは、想定できる可能性が多すぎて、転移前に準備しておくことは不可能だった、という点でしょうか」
「一応、ロープが命綱にはなっていたから、対策としては悪くなかったんだけどな」
無重力空間、分かりやすく言えば宇宙空間では命綱は必須といっても良い。
宇宙飛行士だって、船外で活動する時は命綱を付ける。
全員がロープで繋がっているのは、偶然ではあるが無重力空間の対策になっていた訳だ。
「まさか、その命綱に殺されそうになるとは思いませんでした」
宇宙飛行士の場合、宇宙服があるから直接首が絞まるような状況にはならないし、そもそも覚悟の上で宇宙に行っているのだから、絡まないように注意もしているだろう。
エステル達の場合、生身の上に何の覚悟もなく無重力空間に放り出されたのだから、対応するのは無理だろう。
「全員のロープを切り終わりましたわ」
セラが緊急度順にロープを切っていったので、57人に大きな被害はなかった。
「おう、お疲れ様」
「セラ様、ありがとうございます。けほっ……」
実を言えば、首にロープがしっかり絡まったエステルのダメージが一番大きかったりする。
「喉、結構痛いですね……」
そう言って、エステルは収納袋に手を伸ばした。
恐らく、快癒の水瓶を取り出すつもりなのだろう。
「はぁ……」
しかし、エステルは何も取り出さず、大きな溜息を吐いた。
「どうした?」
「……収納袋が使えません。想定の中でも、最悪の状況です」
「使える世界が限られるタイプの宝物だったか……」
異世界の宝物には特殊な能力を持つ物も多いが、その特殊な能力を発動するには、必ず何らかのエネルギー源が必要になる。
パッと思いつくのは、宝物自体がエネルギーを内包しているケース、外付けでエネルギーを供給するケース、外部からエネルギーを自動的に吸収するケースくらいか。
エステルの持っているのは、『外部からエネルギーを自動的に吸収する宝物』であり、『エネルギーの規格が異なる異世界では使えない宝物』だった。
「元々、分が悪い賭けであることは覚悟していました。とはいえ、最初の世界でここまで最悪な条件が重なるのは厳しいです」
58人の集団で、移動もままならず、頼みの宝物も使えない。これは厳しい。
直後、いつも通り転移条件がやってきた。
A:以下の2点が異世界の転移方法です。
①480時間生存する。
②土喰いを根絶する。
「……これが転移条件ですか。本当に頭に直接届きました」
『深淵』の中の住人でも、一度自分の世界を離れれば転移条件は届く。
当然のことだが、エステル達58人にも届いたようだ。
「食料的に20日間生存することは可能ですが、問題は土喰いの方です。転移条件から読み取れることは少ないですが……ああ、なるほど。この世界、地面の下に何もないのですね」
まさか、たったこれだけの情報で答えに辿り着くとは思わなかったよ。
そう、この世界に地面はあるが、その下には何もない。
リンゴの中身が消え、皮だけ残ったような状態なのだ。
万有引力の法則により、物体の質量が小さいほど引力は小さくなる。
地面の下が消え、星の質量が小さくなれば、引力も小さくなり、無重力状態となるだろう。
つまり、異世界パワーでも何でもなく、物理法則に従ってこの世界は無重力空間なのである。
マップで見れば一目瞭然だが、それを僅かなヒントから導き出せるのは、素直に凄いと思う。
「ジン様のお話を聞いた限りでは、転移条件は世界を滅ぼす存在の撃破が含まれることが多いようですから、土喰いはこの世界を滅ぼしたか、滅ぼしかけているかのどちらかでしょう」
昨夜、エステルに頼まれて、今までに訪れた世界の特徴を教えた。
それほど詳しく説明できた訳ではないが、エステルには十分な情報になったようだ。
「地面が消失していると言うことは、土喰いは食べた地面を排泄していないのでしょうか?あるいは、100%に近い効率でエネルギーとして吸収している可能性も……」
「姫様!大変だよ!」
エステルが思考していると、いつもの子供が大慌てで近付いてきた。
「カル、何があったのですか?」
「FKDに寄生されていた人達が、急に苦しみだしたんだ!」
「今、行きます!」
見れば、FKDに寄生されていた12人が揃って苦しそうに呻いている。
アルタ、原因は分かるか?
A:急激な環境の変化に損傷した内臓が耐えきれなかったようです。
無重力なら負担は減りそうだけど、環境の変化自体がNGだったか。
タイムリミットは?
A:このままでは、1日以内に亡くなる可能性が高いです。
1日か。何をするにも厳しい時間だな。
エステルは苦しんでいる12人の元に向かい、1人ずつ触診していくが、その表情は暗い。
《ご主人様、どうする?助けてあげるの?》
ミオが念話で確認してきた。
《対価があるなら対価を貰って助ける。なければ配下に誘って、配下になったら助ける、かな》
《了解、大体いつものヤツね》
テンプレみたいに言われた。まあ、否定もできないのだが……。
エステルが自力で解決できるなら、それに越したことはないのだが、エステル自身が厳しい状況と言っていたし、手遅れになる前に提案した方が良いだろう。
12人全員の触診が終わり、エステルが俺達の方に飛んで来た。
「ジン様、お願いがあります」
「何だ?」
「私達を助けて下さい」
「……エステルらしくない、随分と漠然とした頼みだな」
エステルは今まで、曖昧なことは言わず、何事も端的に話していた。
エステルとは短い付き合いだが、それでもらしくないと思ってしまう。
「私は天才ですが、情報が少なければ推測の精度は下がります。皆様に何ができるのか、今の私には大雑把に推測することしかできません。それでも、全員が生き残るには、皆様に力をお借りする以外に方法がないと判断しました」
俺達の異能の隠蔽、天才にも通じるんだな。
エステルの話を聞き、最初に浮かんだのはそんな感想だった。
「大雑把な推測ではありますが、皆様ならFKDに寄生された12人を助けられますよね?」
「そう思った理由は?」
「代替手段や上位の回復手段がなければ、何としても快癒の水瓶を欲しがるはずです。いくら、私達の生存に必要な宝物とはいえ、興味を持たず、交渉しないなんてあり得ません」
「なるほど」
ほぼ無尽蔵に回復アイテムを生み出す宝物なんて、誰だって欲しいに決まっている。
興味を持たないこと自体が、それ以上の力を持つ証拠になった訳だ。
「エステルの想像通り、俺達には快癒の水瓶以上に肉体を回復する能力がある。エステルの望みは、FKDに寄生された12人を助けて欲しいってことで良いか?」
「いいえ、それも含みますが、本当の望みは少し違います。私の望みは、私を除く57人を、無事に『深淵』の外の世界に送り届けて欲しい、というものになります」
「…………」
色々と気になることはあるが、まずは黙ってエステルの話を聞こう。
「そもそも、私は前提を間違えていました。他の世界に移住する予定でしたが、『深淵』の中の世界は基本的に滅びかけの世界です。安全な世界なんて、最初から存在しないと考えるべきでした。逆に言えば、『深淵』の外の世界だけが唯一安全なのです」
「言いたいことは分かるが、あの世界も別に安全という程じゃないぞ?」
主観ではあるが、命の軽い、割と危険な世界だと思う。
「それでも、『深淵』の中のように、滅亡する程の危険はないのではありませんか?」
「残念ながら、世界が滅亡するくらいの危機は結構ある」
具体的に言うと、災竜の復活は世界滅亡の危機だったと思う。
実際、『深淵』の中に災竜に滅ぼされた世界もあったし……。
「……『深淵』の外の世界は、寿命が尽きかけている訳ではないのですよね?私達の世界のように、何も残されていないとか、そういうこともありませんよね?」
「ああ、寿命が尽きる予兆はないし、物資も潤沢にあるはずだ」
「それでしたら、問題ありません。世界の寿命と潤沢な物資があるのでしたら、私にもできることがあります。何もできない『深淵』の中よりはマシです」
「そこまで言うなら止める気はないけど、俺達がその望みを叶えるに相応しい対価はあるのか?」
エステルの考えた対価を聞いてみたいので、あえて配下になれとは言わない。
「私の望みが叶うなら、代わりに私の全てをジン様に捧げると誓います」
まさか、エステルの方から配下になると宣言されるとは思わなかった。
「それは、俺に忠誠を誓うって意味で合っているか?」
「はい、その通りです」
「……随分な自信だな。エステル1人のために、57人を救えってことだろ?」
「私には、それだけの価値があると自負しています」
目を見れば、エステルが自分の価値に絶対の自信を持っていることが分かる。
「1つ、条件がある」
「何でしょうか?」
「報酬は先払いだ」
「そ、それは……」
流石のエステルも答えに詰まる。
「俺は57人を助けると誓う。俺を信じて、俺に賭けるなら、まずは忠誠を示して見せろ」
俺はそう言って<魔物調教>の陣をエステルに当てる。
<魔物調教>は本心から従う気がなければ効果を発揮しない。
「……分かりました。ジン様を信じます。どうか、私達を助けて下さい」
少しの葛藤はあったが、エステルはテイムを受け入れた。
「契約成立だ。それじゃあ、俺も約束を守ろう」
俺達は手分けをしてFKDに寄生された12人に神薬ソーマを与えた。
あの契約では、エステル以外の57人は俺の配下にならないので、『リバイブ』ではなく神薬ソーマを使って欠損を治すことにした。
「内臓の欠損が完全に治っています……」
エステルは12人の触診を行い、全員の完治を確認した。
「次は『深淵』の外の世界への移動だな。タモさん、頼んだ」
俺が声をかけると、いつものようにバジリスクタモさんが57人を次々と石化させ、<無限収納>に格納していく。
「あ、あの生物は一体何をしているのですか!?」
「言っただろう?『深淵』の外への移動だよ」
「……まさか、ジン様は『深淵』から自由に出られるのですか?」
「自由にとまでは言えないけど、外に出すことはできる」
具体的に言うと、俺だけはあの方法で外に出られない。
「それは、流石に想定外です……」
初めてエステルの口から想定外という言葉を聞いた気がする。
「『深淵』の外では、俺に忠誠を誓ったメイド達が待っている。57人が生きていくのに必要な物資は与えるから安心してくれ。ああ、エステルも外に出るよな?」
「はい、57人の無事を確かめたいです。その後、私はどうすれば良いですか?」
「特に頼みたいことはないから、向こうの世界で自分で考えてくれ。天才なんだから、俺が下手に指示を出すよりも良いことを思いつくだろ?」
「……分かりました。ジン様の期待に添えるよう……いいえ、ジン様の期待を超えられるよう全力を尽くします。それと、私に頼みたいことがあれば、何でも仰ってください」
今、何でもって言ったか?
「も、もちろん、性的なことでも構いません!」
エステルが顔を少し赤くして宣言した。
おっと、心を読まれたのか?
「私のパンツの色に興味があるのでしたら、多少なりとも私に性的な興味があるということですよね?全てを捧げると言った以上、私の貞操もジン様の物です。異なる世界の住人なので、子供が生まれるかは分かりませんが、色々と覚悟はできています」
覚悟を問うたのはこちらだが、思ったよりも覚悟が決まっていた。
そして、しれっと俺の最後の質問がパンツの色で確定している。
「……頼みたいことがあれば、エステルに連絡するよ」
今の時点で俺に言えることはそれだけだった。
エステルの天才要素を散りばめようとしたせいで非常に難産でした。
エステルのパンツが2日ともピンク色なのは、履き替えていないからです(水の節約)。




