第256話 楽園消失と崩壊世界
霊樹編の結末は最初から決めていました。
霊樹の化身、カーラによれば、霊樹の苗は霊樹の麓に生まれるそうだ。
カーラは俺達が魔王を倒している間に霊樹の元で霊樹の苗を受け取る。そして、大魔王の討伐により現れた光の柱で合流し、霊樹の苗を渡す手はずになっていた。
「ご、ごめんなさい!」
先に光の柱に到着していたカーラは、俺達の姿を見た瞬間に土下座して謝ってきた。
この世界にも土下座文化があるのか……。
「……何があった?」
正直に言うと、何が起きたのか予想は付いている。
「れ、霊樹が……霊樹の苗を渡したくないと言い出しました……」
「はあ、やっぱり、そうだったか……」
カーラが何も持っていない時点で、霊樹の苗が俺達の手に渡る可能性は低いと思っていた。
問題は、奪われたとかではなく、霊樹自身が渡すことを拒んだ点である。
「れ、霊樹によれば、この世界の住人に自立を促すことは必要だが、それは緩やかに進めるべきであり、苗を生み出して力を失った、後のない状態で行うことではない、とのことです。1度は私の提案を受け入れたというのに、この世界の人達をまだ甘やかすつもりみたいです……」
「なるほど、気が変わったのか。樹だけに」
「……ご主人様、さすがにそのギャグはどうかと思うわよ?」
言う必要はないと思った。しかし、止められなかった。
「ほ、本当に申し訳ありません。何度説得しても聞き入れてもらえませんでした……」
「霊樹の化身なのに、霊樹と意見が食い違ったのか?」
「は、はい。私は霊樹の化身ですけど、霊樹と全く同じ感性というわけではないので……。まあ、何度も説得していたら、鬱陶しいと言われて、この場所に無理矢理転移させられた上に、化身としての繋がりまで切られちゃったんですけど……」
「……それは、大丈夫なのか?」
「ま、全く大丈夫じゃないです。れ、霊樹との繋がりが切れ、エネルギー供給が断たれたら、多分3日くらいで死ぬと思います。私、何のために生まれてきたんでしょうね……。は、はは……」
力なく笑うカーラの目は完全に死んでいた。
「あ、ああ、そうでした。今更ですけど、霊樹からの伝言です。霊樹の剣はくれてやる。元化身は好きにしろ。そして、さっさとこの世界から出て行け。以上です」
「……ふーん、舐めたことを言ってくれるじゃねぇか」
霊樹の剣とカーラを足しても、霊樹の苗に届くほどの希少性はない。
カーラに至っては、後3日の命なので、せいぜい霊樹への不満をぶつけるくらいしかできない。
まあ、アレだね。……本気で気に食わない。
「カーラ」
「は、はい!な、何ですか?」
生贄にされたと理解しているカーラは、俺を怯えた目で見てくる。
「霊樹を捨て、俺に忠誠を誓う気はないか?」
「れ、霊樹を捨てて、ジン様に忠誠を誓う?」
この世界の中で、カーラだけは救済しても良いと思った。他は知らない。
「カーラはそこまでされて、まだ霊樹のことを大事に思っているのか?」
「い、いえ、繋がりを切られた時点で、愛着のようなものも消えたので……」
「俺に忠誠を誓うなら、3日どころじゃなく生き延びさせてやるよ」
「ほ、本当ですか!?ちゅ、忠誠、誓います!」
カーラは一切の躊躇なく答えた。
「軽いな。一応言っておくけど、この世界にはもう戻れなくなるぞ」
「か、構いません。どうせ、この世界では誰からも省みられないですから……」
悲しい理由だけど、この世界を捨てる覚悟があるのなら文句はない。
「分かった。それじゃあ、これを受け入れろ」
「は、はい……!」
俺はいつものように<魔物調教>の陣をカーラに当てる。
しかし、カーラに当たった陣は効果を発揮することなく霧散してしまった。
「あれ?」
A:カーラは精霊として扱われるため、<魔物調教>によるテイムはできません。
「…………」
偉そうに『受け入れろ』とか言っておいて、こっちの不手際で失敗するの格好悪い……。
『……おーい、新しい精霊と契約しても良いか?』
気を取り直して、俺は契約精霊であるレインとエクリプスに声をかけた。
新しく精霊と契約するなら、契約済みの精霊の許可を取らないとな。
『『…………!』』
……絶対にダメ、だそうです。
「悪いけど、誰か俺の代わりにカーラと精霊契約してくれないか?」
「それじゃあ、私が契約してもいい?」
こういう時、率先して手を上げるのは大体ミオだよな。
「ああ、もちろんだ。カーラ、ミオとの契約を受け入れろ」
「は、はい……」
「確か、<精霊術>と『精霊の輝石』を使うのよね?」
ミオは『精霊の輝石』を取り出し、<精霊術>の陣をカーラに当てた。
しかし、俺の時と同じく陣は霧散してしまった。
「どゆこと?」
ミオも首を傾げている。
A:カーラと精霊契約をする場合、『精霊の輝石』以外の触媒が必要になります。現在、最も触媒として適しているのは霊樹の剣です。
異世界の精霊だから、契約方法も『深淵』の外とは違うということか。
納得はできるけど、そうなると……。
「つまり、契約できるのはマリアちゃんだけってことよね?」
「霊樹の剣をミオちゃんに渡せば良いのでは?」
「いや、流石に勇者専用装備を貰ってまで契約しようとは思わないわよ……」
マリアは霊樹の剣を躊躇なく渡そうとしたが、ミオの方が受け取りを拒否した。
マリア、霊樹の剣に全く愛着がないんだな……。
「マリア、カーラと契約してもらっても良いか?」
「はい、構いません」
今度はマリアが<精霊術>の陣をカーラに当てた。
「う、受け入れます」
今回は霧散することもなく、無事にマリアとカーラの精霊契約が完了した。
「マ、マリア様から、エネルギーが送られてきます。よ、良かった……」
安心したのか、カーラがその場にへたり込んだ。
そして、それと同時に光の柱がもう1つ出現した。
「仁様、称号が増えました」
「……なるほど、精霊契約に使うのが霊樹の剣の覚醒方法だったのか」
説明を後回しにしていたが、大魔王を倒した時、マリアには『大魔王の討伐者』の称号が追加され、今のカーラとの契約により、『精霊剣の覚醒者』の称号が追加された。
勇者と魔王の世界だけあって、勇者のマリアが称号総取りである。
「覚醒した霊樹の剣のレア度は幻想級のようです。本来の武器よりも弱いので、使う必要はなさそうですね」
「折角の専用装備だけど、正直に言って微妙だよな……」
霊樹の剣は覚醒したことでレア度が上がったが、1段階しか上がらず、普段使用している神話級の方が強いままなので、武器を交換することはない。
カーラとの契約の触媒になっているから壊れると困るし、実戦で使うこともないだろう。
それなりの経緯で手に入れた専用装備だから、少々残念である。
「カーラ、俺の配下になったからには、色々と説明することがある」
「は、はい」
精霊契約により得られたモノの確認が終わったので、次はカーラへの説明フェイズだ。
ザックリとした俺達の事情、『深淵』について、カーラの今後について話をした。
カーラの今後だが、カーラは霊樹の剣に宿ることができるらしいので、霊樹の剣に宿った状態で<無限収納>に格納し、『深淵』の外で取り出すことになった。
まずは異世界に慣れてもらい、そこからできることを探してもらう予定だ。
「そ、それじゃあ、霊樹の剣に入りますね」
「いや、ちょっと待て。入るのは霊樹の選択の結末を見てからにしろ」
俺は霊樹の剣に宿ろうとするカーラを止め、霊樹の方を指差して見るように促す。
「れ、霊樹の選択の結末、ですか……?」
「ああ、約束を破る奴、人の話を聞かない奴の結末だ。マリア、消せ」
「はい」
俺が短く指示をすると、マリアは発動していた結界の1つを消した。
「そういえば、カーラには言っていなかったけど、大魔王は霊樹の真上、空を飛ぶ島にいたんだ」
「そ、空を飛ぶ島!?あ、でも、大昔の伝承にそんなことが……」
「大魔王、その霊脈のエネルギーを吸い尽くしたんだよ」
魔王はできるだけ長く奪い続けるためか、霊脈のエネルギーを吸い尽くすことはなかった。
しかし、大魔王が元勇者の身体に乗り移って『楽園の魔王』となった時、空を飛ぶ島に集まっていたエネルギーを全て吸収してしまったのだ。これが意図したものなのかは不明である。
「ところで、空を飛ぶ島からエネルギーが失われたらどうなると思う?」
「ま、まさか、お、落ちるんですか?」
「正解。今まで、マリアの結界で落ちないようにしていたんだ」
流石に島1つを通常の<結界術>で支えることはできなかったため、<拡大解釈>で強化して使うことになった。
報酬として霊樹から苗を貰う時、空を飛ぶ島の扱いについて相談しようと思っていたんだよ。
「あ、あれ?い、今、マリア様に消せって言ったのは……」
「それも正解。その結界だよ。ほら、来たぞ」
俺が指差した先には、霊樹に向かって落ちていく島の姿が……。
それから間もなく、空飛ぶ島……いや、空を飛んでいた島が霊樹を守る結界に直撃した。
-ドゴオオオオオオオオン!!!-
凄まじい轟音と共に島が粉砕される。
霊樹から光の柱まではかなりの距離があるが、そんなことお構いなしに衝撃が届いた。
「ひ、ひええええ!」
カーラが情けない声を上げながら蹲る。
「……凄いな。あの質量の直撃を受けて、結界が壊れないのか」
「でも、無事ってワケじゃないみたいね」
「れ、霊樹が……枯れた……」
島の直撃を受けても、霊樹を守る結界は破壊されなかった。
しかし、結界の維持にほぼ全てのリソースを使い切ってしまったのだろう。
霊樹の葉のほとんどが落ち、幹からも活力が感じられなくなっている。
「一応確認なんだが、あの状態の霊樹に霊樹の苗を生み出す機能は残っているのか?」
「む、無理です。それどころか、食料を生産する機能も失っているはずです。た、多分、結界を張る機能も、遠からず消えると思います。こ、この世界は終わりです……」
霊樹は約束を破り、化身を切り捨てて俺達からはコンタクトできないようにした。
霊樹の苗を渡したくないにしても、せめて俺達と交渉をすべきだったのだ。
俺達との交流を完全に拒絶したことで、俺達は霊樹に空飛ぶ島のことを話す機会を失った。
そして、俺は約束を破り、交流を断った相手のために、これ以上の手間をかける気はない。
その結果、この世界が滅ぶとしても。
「きゃっ!?」
カーラに何かが届いたが、<多重存在>の精神防御がそれを弾く。
「い、一体何が……」
「多分、霊樹がカーラとの繋がりをもう1度繋ぎ直そうとしたんだろう。勝手に拒否したけど、もしかして、霊樹の元に戻りたかったりするのか?」
「い、いえ、もうジン様とマリア様に忠誠を誓っているので、戻りたいとは思っていません」
カーラに何を求めたのかは分からないが、どうせ碌な内容ではないだろう。
「そうか。それじゃあ、霊樹の末路も見終わったし、カーラは剣に入ってくれ」
「は、はい。……さ、さようなら」
最後に霊樹向かってに小さく呟き、カーラは霊樹の剣へと宿った。
「俺達も行こうか。マリア、頼む」
「はい」
転移条件を達成したマリアが光の柱に触れ、俺達は次なる世界へと転移した。
俺達が次に訪れた世界は、一言で言うと『既に滅ぼされた世界』だった。
「これまた、酷い世界だな……」
「うわ、どこを見てもボロボロじゃない」
「台風でも来たんでしょうか……?」
パッと見ただけでも、木々は折れ、土は抉れ、川は澱んでいる。
しかし、さくらの言うように台風に見舞われたというよりは……。
「巨大な生物が暴れた可能性が高いです。爪痕や足跡があるので、間違いないかと思います」
誰よりも早く状況を把握していたマリアが簡潔に報告してくれた。
「村と街を発見しましたが、同様に破壊されています。村に生き残りはいませんが、1番大きな街に生き残りがいることを確認しました。ただ、食料は不足しているようです」
この世界の状況を把握するには、街に向かうのが1番だろうな。
「マップで把握できる範囲では、農場や牧場、畑や森は特に酷く破壊されていますわね」
「それじゃあ、食糧不足になるのは当然ね。……ご主人様、偶然だと思う?」
「いや、被害の規模が明らかに違うし、狙われたのは間違いないだろう。……兵糧攻めか?」
被害状況を見れば、明らかに食料を得る手段を奪う意図が伝わってくる。
「来たか」
ここで、いつも通り転移条件がやってきた。
A:以下の3点が異世界の転移方法です。
①48時間生存する。
②終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンに勝利する。
③終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンを殺害する。
「終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴン?」
何故だろう。初めて聞いた固有名詞なのにやたら口に馴染む。
「カードゲームのモンスターみたいな名前ね」
「それだ!」
ミオが俺の感じていたことを綺麗に言語化してくれた。
格好良い単語だけを集めて作ったような名前は、カードゲームのモンスター名みたいだよな。
「語感的に確実にエースモンスターだな」
「主人公じゃなくて、ライバルかラスボスが使いそうな名前よね」
「わかる!」
雰囲気的にライバルかラスボスの使う闇属性のエースモンスターっぽい。
「また、ご主人様とミオさんが2人だけで盛り上がっていますわね」
「お二人の話している内容、さくら様は分かりますか?」
「いえ、全く分からないです……」
おっと、ミオ以外を置いてきぼりにしてしまったか。
「……転移条件の話に戻そうか。俺はコイツがこの世界をボロボロにした犯人だと思っている」
「まあ、いかにも世界を滅ぼしそうな名前よね」
終末の獣と書いてデッドエンドと読むヤツが世界を滅ぼしても何ら不思議ではない。
「転移条件は勝利か殺害ですね。仁様、どちらを選ぶ予定ですか?」
「事情が分からないから、まだ決めていないけど……正直、やり口は好きじゃないな」
「私も少々不快ですわ」
《ごはんをねらうのはよくない!》
食事が大好きなセラとドーラがご立腹である。
兵糧攻めが戦略的に有効なのは分かるが、見ていて気分の良いものではないだろう。
「そもそも、この名前でやることが兵糧攻めって解釈不一致なんだけど……」
「言われてみれば……」
ファイナルでカイザーなドラゴンが兵糧攻めって違和感凄いよな。
事実として食料がなくなれば終末になるけど、そうじゃないだろうよ。
「まずは情報収集のために街に行くか。……終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンはマップの範囲外にいるみたいだな」
「ご主人様、毎回フルネーム言うのは長いから省略しない?」
「それじゃあ、頭文字を取ってFKDと呼……もしかして、Dリーパー関係ある?」
「うわぁ、ありそう……」
略した名前がDリーパーの命名規則と一致してしまった。
これが偶然なのか、本当にDリーパーと関係があるのか、現時点では判断ができない。
「私の番だと嬉しいのですが……」
セラが言っているのは、<英雄の証>のレベルアップのことだろう。
ドーラの<竜魔法>、マリアの<勇者>がDリーパーとの戦いでレベル10にアップした。
俺達の持つユニークスキルの中で、レベル10になっていないのはセラの<英雄の証>だけだ。
「そうだな。まずはFKDが遠慮なくぶち殺せる相手であることを願おう」
「言い方が酷いわね」
「話が通じる相手なら、ウォーアルの時と同じようにジャンケンでもするか。どちらにせよ、相手はセラに任せて<英雄の証>のスキルポイントをチェックだな」
②の条件である『勝利』は、勝敗が付けば戦いの内容を問わない。
海王ウォーアルは話が通じる相手だったので、ジャンケンで勝利することで転移条件を満たした。
「私、ジャンケンでスキルのレベルを上げるのは嫌ですわ……」
「状況によっては、スキルのレベルが上がるまでジャンケンをし続けることになる」
「とても嫌ですわ……」
「そんな長丁場、FKDが付き合ってくれるかしら?」
「無理かな……?」
ファイナルでカイザーなドラゴンだし、プライドはきっと高いだろう。
Dリーパーとは関係なく、話の通じる相手だったとしても、転移のための1回だけならともかく、スキルポイント稼ぎに付き合ってもらうのは厳しいかもしれない。
「……細かいことは、この世界の住人の話を聞いてから考えようか」
「そうですわね。それが良いと思いますわ」
大した情報もなく勝手な考察を進めても、何も得られるものはないからな。
この世界の情報を得るため、俺達はマリアの発見した生き残りのいる街へと向かった。
マップで見て知っていたが、当然のようにその街もボロボロになっており、まともに生活することも難しい廃墟だった。
俺達が壊れて開いた門を潜ると、建物の陰に隠れていた子供が走り去っていった。
「仁様、どうしますか?」
「向こうから来るだろうから、しばらくここで待っていよう」
走り去った子供は、門を見張っていた監視員なのだろう。
廃墟となった街をジグザグに迂回しながら進んでいった。
なるほど、追われた時のことを考え、真っ直ぐ目的地には向かわないということか。賢いな。
「来たか」
しばらくして、ドレス姿の少女を先頭とした集団が俺達の前に現れた。
少女のドレスだけは綺麗だが、他の面々は皆薄汚れた服装をしている。
「ようこそいらっしゃいました。私はこの国の第三王女、エステルと申します。皆様を他の世界からの転移者だと推測しているのですが、正しかったでしょうか?」
エステルと名乗ったドレス姿の少女は、自己紹介の前から俺達の素性に気付いていた。
年齢は13歳だが、纏う雰囲気はそれ以上のものを感じる。
「ああ、俺達は他の世界からこの世界にやってきた」
「やはり、そうでしたか。お名前をお聞かせ願えないでしょうか?」
「俺は仁、右からマリア、ミオ、セラ、ドーラ、さくらだ」
「ありがとうございます。皆様にお話をしたいこと、お願いしたいことがありますので、お手数ですが私達の拠点に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「構わないぞ」
「ありがとうございます。それでは、私についてきてください」
エステルが歩き出したので、俺達もその後ろについていく。
廃墟となった街の中を進み、途中で巧妙に隠された地下通路に入る。
地下通路をしばらく進むと、それなりに広い居住空間に出た。
「ここが私達の暮らす拠点です。どうぞ、こちらにお座りください。お茶ならお出しできますが、申し訳ありませんが食料はお出しできる量がありません」
「お茶もなくていい。俺達は異世界の飲食物を口にしないと決めているからな」
俺は椅子に座り、エステルの申し出を断った。
「良い心がけだと思います。異世界では、身体に入れる物に細心の注意を払うべきです」
「……異世界に詳しいのか?」
異世界に詳しい者でもなければ、俺の一言だけでその結論に辿り着くのは難しいと思う。
「はい。私は天才ですから」
「お、おう」
自慢をしているのではなく、本当にただ事実を述べただけ、といった様子である。
「本題の前に、まずはこの世界の事情についてお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。俺達もこの世界の情報を知りたいからな」
「皆様もご覧の通り、この世界は酷く荒廃した状態になっております。これは、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンと呼ばれる怪物が為したことなのです」
予想的中。意外性はゼロだな。
「……いえ、正確に言えば、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンの身体に乗り移った、異世界からの侵略者が原因ですね」
「…………」
多分、Dリーパーだろうなぁ……。
とりあえず、遠慮なくぶち殺せる可能性が上がったと喜ぼう。
「終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンは遙か昔、英雄により北の大地に封印されました。異世界からの侵略者はその封印を解き、更には身体を奪ったようです」
「英雄……」
冗談抜きで、本当にセラの番かもしれない。
「侵略者はこの世界を破壊して回りました。人の多い場所に攻撃を放ち、食料を得られそうな場所を念入りに破壊し、この世界の住人を全滅させようと行動しています」
「この場に居るのがその生き残りか?」
「はい、この拠点にいる58人が私の知る限りの生存者です。他にもいるかもしれませんが、私の方では把握しておりません」
どう見ても数万人規模の街なのに、たった58人しか生き残りがいない。
「大規模な畑は作れないので、侵略者に見つからないよう、分散して小さな畑を作って食料を得ています。隠していた保存食と合わせて、58人がギリギリ後1年は生存できる計算です」
「その後はどうするつもりなんだ?」
「異世界に移住します」
「へぇ……」
エステルの回答に思わず感心してしまった。
「私が異世界について詳しいのは、古い書物に異世界の記載があったからです。書物によれば、かつて終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンを封印したのは、異世界より現れた英雄だったそうです。その英雄は他にも様々な知識を残してくださいました」
俺達の他にもこの世界に来た者がいたのか。
遙か昔と言っているし、咲じゃないだろうな。浅井の可能性は……ゼロじゃない。
「この世界が『深淵』の中にあること。この世界が滅びかけていること。異世界から来た者は、条件を満たせば他の世界に渡れること。……その者の協力があれば、この世界の住人も他の世界に渡れること、などです」
「なるほど、それが本題か」
『深淵』の異世界の住人は、独力で光の柱を発生させることができない。
しかし、異世界人が発生させた光の柱に入ることはできる。
「はい。この世界にもう未来はありません。私は天才ですが、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンを倒すことはできませんし、独力で異世界に渡ることもできません。物と時間があれば可能だったかもしれませんが、この状況では不可能です」
物と時間があればワンチャンあったのか……。
「様々な可能性を検討し、限りなく0に近いけれど0ではない可能性が、『異世界人と共にこの世界を離れる』というものでした。そして、奇跡的に1年以内に皆様がこの世界を訪れました。どうか、皆様が他の世界に転移する時、私達58人を同行させていただけないでしょうか?」
普通に考えて、1年以内に異世界人が訪れる可能性なんて、0と言っても良いだろう。
それでも、僅かでも可能性があるならそれに賭ける、その考え、嫌いじゃない。
「謝礼は?」
「この国が保管していた宝物の半分をお渡しします。ただ、私達の今後の生活に欠かせない宝物をお渡しすることはできません」
躊躇なく答えたということは、最初から謝礼についても考えていたということだ。
本当に、僅かな可能性を掴み取るために全力を尽くしていたということだ。
「悪くない条件だ。どんな宝物があるかは見せてくれるんだよな?」
「はい、もちろんです。それでは、お願いを聞いていただけるということで構いませんか?」
「ああ、構わない。ただし、お前が俺達に嘘を吐いていないことは前提条件だ」
「問題ありません。私の話に嘘なんてありませんから」
正面から見たエステルの目に揺らぎはない。
目を見れば嘘を吐いているかくらいは分かる。これは嘘を吐いていない目だ。
なお、前の世界ではカーラも嘘を吐いていなかったが、その後にいる霊樹の気が変わることまでは想定できなかったので仕方がない。霊樹の目を見れば分かったか?霊樹の目ってどこよ?木目?
「それじゃあ、俺からいくつか質問させてくれ」
「はい、私に答えられることでしたら、何でも答えます」
「…………」
そんなことを言われたら、パンツの色を聞きたくなってしまう。
「パン……最初に聞きたいのは英雄の名前だ。知っているか?」
「申し訳ありません。この国の書物に英雄の名は一切残っていませんでした。この国の大図書館、王宮の禁書庫全ての文献を読み、内容を覚えているので断言できます。あくまで、私の所感ですが、意図的に名前を伏せられているように感じました」
「そうか……」
英雄が浅井だったのか知りたかったのだけど……。
うん?エステル、しれっと天才エピソード披露していないか?
「次の質問だ。終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンが死ぬことで、この世界に何か悪影響はあるのか?」
「いえ、そのような話は聞いたことがありませんが……まさか、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンの討伐が転移条件なのですか?」
天才を名乗るだけあり、察しの良いエステルが俺達の転移条件を言い当てた。
「ああ、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンの殺害が転移条件だ」
「過去の英雄は時間経過を転移条件としてこの世界を離れたと記述がありました。皆様の転移条件に時間経過はないのでしょうか?」
「それもあるぞ。48時間経過で転移できる」
「……まさか、たった2日の時間経過で転移できるというのに、態々終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンを討伐しに行こうというのですか?」
「何か、問題でもあるのか?」
「……………………」
俺が軽く返すと、エステルが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「……皆様がいなければ、私達は異世界に移住できなくなるので、終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンとは戦わず、2日間待機していただけないでしょうか?」
「それはできない。詳しいことは言えないが、どうしても確認したいことがあるからな」
倒しても悪影響がないのなら、<英雄の証>のスキルポイントが得られるか確認したい。
「目的があるのでしたら、無理に止めることはできませんが……勝算はあるのでしょうか?」
「絶対に勝てるとは言わないが、十分な勝算はあるつもりだ」
ステータスは不明だが、この世界の破壊跡から大体のスペックは判断できる。
そもそも、相手がDリーパーなら必勝法もあるし……。
「そういえば、俺達が終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンを倒したら、他の世界に移住するのは取り止めになるのか?」
この世界を滅ぼした元凶がいなくなれば、異世界に移住する必要もなくなるのでは?
そう思って聞いてみたら、エステルは首を横に振った。
「いいえ、取り止めません。そもそも、この世界自体の寿命は後10年以内に尽きるのです。この世界にトドメを刺したのは終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンですが、それがなくてもこの世界が滅びることは確定していたのです。……はぁ」
エステルは再びこめかみを押さえて溜息を吐いた。
「終末の獣 ファイナル・カイザー・ドラゴンが現れなければ、10年近い猶予があれば、潤沢な物資があれば、独力で異世界に渡る方法を編み出せたのです」
「凄い自信だな」
「はい。私は天才ですから」
「…………」
親友に天才がいるから、俺が天才と呼ぶハードルは高い自覚がある。
少し、意地悪な質問をしてみよう。
「それじゃあ、天才なら俺の最後の質問を予想できたりしないか?」
「質問の予想ですか? …………っ!」
何かに気付いたのか、エステルの顔が赤く染まった。
「わ、私のパンツはピンク色です……」
……これは、本当に天才かもしれない。
この作品において、巨大な樹と空を飛ぶ島は大体消え去ります。
あと、カ行で格好いい単語はCに持っていかれ、Kにはほとんど残っていない気がします。
クライシスとかカラミティとか使いたかった。