第254話 勇者と霊樹
ようやく、バケモン世界編が終わりました。
次の世界は2話くらいでサクッと終わる見込みです。
Dリーパーとの決戦から一夜が明け、俺達は再び研究施設に集まっていた。
「指揮官シュシュ、協力者の皆様にカードを配ってください」
「はい、皆様、こちらをお受け取りください」
マザーの指示に従い、シュシュが俺達に金属製のカードを手渡してきた。
金色に輝くカードは、一目で高級品と分かる物だった。
「そのカードに生体情報を登録することで、皆様にクラスIVの権限が付与されます」
「どうすれば登録できるんですの?」
「中央の枠の中に指を10秒ほど当ててください」
「まるで指紋認証みたいですね……」
言われたとおり、カードの中央の枠の中に指を当てて登録する。
「これで、皆様にクラスIVの権限が付与されました。カードは紛失しないようご注意ください」
「このカード、何で出来ているんだ?見るからに高そうだけど……」
「この世界に存在する複数の稀少金属の合金です。間違いなく、この世界で最も高価な物質です」
「……大切にするよ」
このカードなら、この世界に再び訪れるための宝物にもなりそうだな。
色々な意味で超重要アイテムなので、大切に保管しよう。
「また、進堂様、ミオ様に報告がございます。進堂様、バケモンリーグ優勝の通知が完了しております。進堂様の仰っていたとおり、光の柱の発生も確認しております」
「それも対応してくれたのか。ありがとう、シュシュ」
初めて知ったような反応をしたが、通知が完了したことは称号に『バケモンリーグ優勝者』が追加された時点で把握している。
「ミオ様、『ヒト』の捕獲準備が整っております。こちらのキューブをお受け取りください」
「これが例のキューブね。もしかして、捕獲対象の『ヒト』ってその子?」
ミオはキューブを受け取り、この部屋に入った時から無言で立っていた少女に目を向ける。
「はい、彼女の名前はミュミュ、ミオ様に捕獲されるために生産された『ヒト』です」
「ミュミュと申します」
ミュミュの見た目は15歳くらいだが、ステータス上の年齢は0歳になっている。
本当に生産されたばかりなんだな。
「ミオ様、どうぞ私に向かってキューブを投げてください」
「……分かったわ。えいっ!」
ミオの投げたキューブがミュミュに当たり、何事もなく捕獲が完了した。
「光の柱がもう1本出現したことを確認いたしました」
光の柱が出現した瞬間、ミオに『バケモン図鑑完成者』の称号が追加された。
そして、ミオはキューブからミュミュを呼び出す。
「ご主人様、これからよろしくお願いしますね」
「えっと、ご主人様呼びは止めてもらえる?呼ぶならミオ様でお願い」
「分かりました、ミオ様とお呼びします。他に何か命令はございますか?」
捕獲されるために生産されたというだけあって、命令を聞くことに拒否感がないようだ。
「ミオ、『服を脱げ』って命令したらどうだ?」
「嫌よ!」
俺の提案はミオに全力で拒否されてしまった。残念。
「私は別に構いませんよ」
「私が嫌なの!」
やっぱり、ミュミュも全裸になることに羞恥心はないらしい。
恥ずかしがらないと、脱衣の魅力は半減するんだよなぁ……。
何はともあれ、これで称号の貰える転移条件が全て達成できたわけだ。
「次は俺達の番だな」
相手が約束を守ったのなら、こちらも約束を守るのは当然のことだ。
「ドーラ、進化だ!そして、最高の浄化のブレスを最小限のサイズで撃て!」
《すぺしゃるぷちふぁいあー!》
マザーが用意した燃料に向けて、進化したドーラが最高最小のブレスを放つ。
ブレスが燃料に引火し、静かに燃え始めた。
「協力者ドーラ、ありがとうございます。対抗策の研究が完了するまでは、この炎を侵略者への武器とさせていただきます」
「対抗策の研究は続けるのですわね」
「協力者セラ、世界の防衛は異世界の力に頼り切るべきではありません。一時的な協力はともかく、恒久策は別途用意すべきです。違いますか?」
「反論の余地もない真っ当な意見ですわ」
恐らく、遠からず独自の対抗策が編み出されるのだろう。
対抗策が編み出されるまでの僅かな時間、この世界を守ってくれればそれで良い。
「……そろそろ、次の世界に行こうか」
そして、これで俺達がこの世界で為すべきことは全て終わった。
「ご主人様、もう行っちゃうのね。もっとこの世界にいれば良いのに」
「キィ……」
「(寂しい)」
「悪いな。俺にもやるべきことがあるんだ。絶対、また会いに来るから」
俺のバケモンであるリュリュ、ヘル、ヘブンが寂しそうにしているが、浅井に会いに行くという目的がある以上、何時までものんびりしていられない。
「仁君、どちらの光の柱に向かいますか……?」
「それなら、ミオの方にするつもりだ」
「え、私の方で良いの?」
「ああ、俺の勘がそう言っている」
俺の出した光の柱も悪くはないが、比較すればミオの方が良い気がする。あくまでも勘だが。
「ご主人様の勘には従うべきね。間違いないわ」
「はい、間違いないと思います……」
俺の勘は立派な根拠になるのである。
「協力者進堂、指揮官シュシュを光の柱まで同行させていただけないでしょうか? 初めての現象ですので記録をとっておきたいのです」
「別に構わないぞ。俺達に触れると転移に巻き込まれるから、その点だけは注意してくれ」
転移に巻き込まれたら、バケモンであるシュシュは長くは生きられない。
一応、石化させてリュリュに受け取って貰えば、何とかはなると思うけど……。
「指揮官シュシュ、協力者の皆様を光の柱まで送ってください」
「承知いたしました」
「ねえ!私もお見送りに行って良い?」
「キィ!」
「(私も行く!)」
ここでリュリュ、ヘル、ヘブンが見送りに手を挙げた。
「もちろんだ。別れの挨拶はしたいからな。戻れ!」
「え!?ちょ、そんな急……」
リュリュが何か言いかけているが、気にせずに3匹をキューブに戻す。
「私はこれで失礼いたします。協力者の皆様、お元気で」
「マザーもな。それじゃあ、シュシュ、行こうか」
「はい」
シュシュの操縦するパワフル・ホース車に乗り、ミオが発生させた光の柱に向かう。
しばらくして光の柱に到着したところで、バケモン達をキューブから出す。
「ヘル、ヘブン、お前達とのバケモンバトルは楽しかったぞ。またやろうな」
「キィ、キィ!」
「(私も楽しかった!)」
「リュリュ、シュシュと仲良くしろよ」
「余計なお世話よ! ……まあ、色々と感謝しているわ。元気でね」
俺は捕まえたバケモン達と最後の挨拶をする。
「ミュミュちゃん、私のバケモン達を預けるわね」
「はい、大切にお預かりいたします」
「マリア様、武術の指南、ありがとうございます」
「どういたしまして。訓練は可能な限り欠かさずに続けることをお勧めします」
「はい、参考になります」
仲間達もそれぞれ、この世界で縁のできた相手と挨拶をしている。
余談だが、マリアはシュシュに頼み込まれ、様々な武術についての指南を行っていた。
俺がヘブン、ヘルを育てている様子を見て、武術に精通することが、強くなることに繋がると気付いたためである。
「シュシュ、色々と世話になったな」
最後は俺達の案内人を務めてくれたシュシュに挨拶をする。
「こちらこそ、この世界を救っていただき本当に感謝しております」
「その分、謝礼はしっかり貰ったからな」
「私が言うことでもありませんが、お渡しした物が謝礼に相応しかったとは思えません」
「俺達は満足しているんだが……」
使う機会こそなかったが、この世界において凄まじい権利を貰ったことは事実だ。
満足しているし、他に欲しいものなんて……、いや、1つあった。
「それなら、次にこの世界に来た時、俺とバケモンバトルをしてくれないか?よく考えたら、バケモンリーグは優勝したが、殿堂入りのチャンピオンであるシュシュには勝っていないからな。それじゃあ、真の最強とは言えないだろ?」
ステータスの称号欄には追加されないだろうが、『最強』の称号には憧れがある。
別れの挨拶も終わったし、今からバトルという気分でもない。次回のお楽しみにしようと思う。
「ええ、喜んで。進堂様とのバトルでしたら、マザーも許可してくれると思います」
「ご主人様、ズルいわよ!私もシュシュと戦いたいわ!」
シュシュとのバケモンバトルを1番望んでいるリュリュが文句を言ってくる。
「俺が来るまでに殿堂入りすれば良いんじゃないか?」
「私も応援していますよ」
「くっ、分かったわよ!やってやるわよ!」
俺がもたらした技術によって、この世界のバケモンバトルも変わっていくだろう。
再びこの世界に来る時が楽しみだ。
「……そろそろ、次の世界に行こう。ミオを端にして手を繋ぐぞ」
ミオの出現させた光の柱なので、ミオが触れないと次の世界に行くことはできない。
「全員手を繋いだわね。3からカウントダウン行くわよ。3、2……」
「じゃあな」
《じゃあねー!》
今生の別れというわけでもないので、最後は軽い挨拶で光の柱へと消えていく。
次の世界に転移した俺達を待ち構えていたのは……。
「勇者よ、死ぬが良い!」
「魔王め、俺様が貴様を倒す!」
勇者と魔王の戦い、その最終決戦だった。
補足しておくと、ここは城の中ではなく、見渡す限り黒雲に覆われた荒野である。
「む、何だ?貴様ら、一体何処から現れた?」
「人間だと……?」
俺達の存在に気付いた勇者と魔王の注目を浴びる。
「ふむ、よく分からんが……人間ならば死ね!」
魔王は俺達が人間だと判断したところで、迷わずに攻撃を仕掛けてきた。
飛んで来たのは、最近どこかで見たエネルギー弾だった。
-パシュン!-
当然、エネルギー弾は俺達に届くことなく、マリアの張った結界に当たって霧散した。
「馬鹿な!?」
今のエネルギー弾で大体の事情は察することができた。
つまり、この世界は1つ前の世界と同じく、Dリーパーの侵略を受けているのだろう。
念のため、勇者と魔王のステータスを見ておこう。
名前:ヨナサン
性別:男
年齢:19
種族:人間
称号:勇者
名前:グレイオス(HMD)
種族:魔族(人造生命体(Dリーパー))
称号:魔王
勇者はともかく、魔王の方は変な表記になっている。
A:どうやら、この世界にも外界からの侵入を防ぐ仕組みがあるようで、Dリーパーは魔王の身体に寄生することでこの世界に侵入したようです。
前の世界でステップ・ラビットに擬態していたYMDと同じようなものか。
おっと、転移条件も来たみたいだ。
A:はい、以下の2点が異世界への転移方法です。
①72時間生存する。
②大魔王を討伐する。
③霊樹の剣を覚醒させる。
②の目的は『大魔王』なのに、目の前にいるヤツの称号は『魔王』……。
もしかして、魔王が複数存在している?
A:はい、その通りです。
四天王の量産は見たことあるけど、魔王の量産は初めてだな。
「有り得ん……。貴様ら、一体……?」
「今だ!」
「しまった!?ぐああああ!」
魔王が驚いている隙を突いて、勇者がその身体に剣を突き立てる。
魔王は叫び声を上げ、身体が灰に変わっていく。
魔王の身体が全て灰になると、一瞬で空から黒雲が消え、雲一つない青空になった。
「くっくっく!俺様の勝利だ!」
不意打ちで勝利した勇者が堂々と剣を掲げた。
「ま、魔王討伐、お、おめでとうございます」
勇者に声をかけたのは、勇者サイドで魔王と対峙していた1人の女性だった。
黒いローブにとんがり帽子、一目見て魔女と分かる服装である。
「ふん、俺様にかかれば魔王など大した相手ではないわ」
「そ、そうですよね。じゃ、じゃあ、次は大魔王を倒しに行きましょう」
おっと、勇者達の目的も大魔王の討伐なのか?
既に大魔王を倒そうという動きがあるのなら、俺達が横入するのも良くないよな。
しかも、勇者の持っている剣、『霊樹の剣(未覚醒)』って書いてあるぞ。
これ、下手をすると②も③も条件を達成できないかも……。
「断る」
俺が3日待機を覚悟し始めたところで、勇者が魔女の提案を拒否した。
「え?い、今、何て?じょ、冗談、ですよね……?」
「断ると言ったのだ。俺様の目的は魔王を倒して青空を取り戻し、英雄として凱旋することだ。存在するかも分からない大魔王とやらを倒すことではない。仮に存在したとして、倒したところで何の名誉も得られないのだから、倒す意味すらない」
「そ、そんな……。だ、大魔王を倒すって言ったから協力していたのに……」
「ふん、そんなもの、貴様を利用するための方便に過ぎぬわ」
「ひ、酷い。このままじゃ、この世界が滅んじゃう……」
魔女は絶望に染まった表情で膝から崩れ落ちた。
詳しいことは分からないが、勇者が魔女を騙していたことだけは分かった。
とりあえず、勇者が大魔王を倒すことはなさそうだな。
「ふん、大魔王が世界を滅ぼすなど、貴様が言っているだけではないか。実際、魔王さえ倒せば、この世界の青空は取り戻せるのだぞ?」
「そ、それこそが、大魔王の狙いで……」
「何にせよ、魔王が倒れた以上、貴様の役割は終わりだ。貴様の妄言に付き合う気もない」
「そ、そんな……」
勇者は呆然とする魔女を無視して、俺達の方に近付いてくる。
「貴様ら、この偉大な勇者様の荷物持ちに任命してやろう。泣いて感謝するが良い」
勇者が俺達を指差しながら、居丈高にそう言った。
まあ、アレだね。……気に食わない。
「断る」
「……今、何と言った?まさか、俺様の命令に逆らうつもりじゃないだろうな?」
「断ると言ったんだ。俺達にアンタの命令に従う義理はない」
奇しくも、先程の勇者と魔女の会話と同じ流れになった。
「魔王を倒した勇者に従うのは、この世界の住人の義務だ。俺様に逆らう愚か者は……死ね!」
「させません」
勇者が斬りかかってきたので、マリアが剣で受け止めた。
「何だと!?」
「残念ながら、俺達はこの世界の住人じゃないんでね。それと、魔王を倒したのは事実だろうけど、不意打ちで勝った分際でよくそこまで偉そうにできるよな」
「殺す!絶対に殺す!」
軽く煽ってやると、勇者は顔を真っ赤にして連続で剣を振るう。
しかし、マリアはその全てを軽々と受け止め、表情一つ変えていない。
「何故だ!何故、俺様の攻撃が当たらない!?」
何度も攻撃している内に明確な実力差を感じたのか、勇者の表情に焦りが見えてくる。
「貴様!女に守られて恥ずかしくないのか!男なら正々堂々と戦え!」
「不意打ちで魔王を倒した奴が正々堂々を語るなよ」
「ぷっ!」
ミオが堪えきれず吹き出した。
「き、貴様ぁ……」
「別に俺が戦ってやっても良いけど、その剣で勝負になるのか?」
「何……?これは……!?」
勇者は俺に言われて自分の剣を見る。
霊樹の剣には無数のヒビが入り、今にも折れそうになっていた。
「ちっ、このナマクラが!」
勇者が地面に霊樹の剣を叩きつける。
その衝撃で辛うじて形を保っていた霊樹の剣が真っ二つに折れた。
「貴様ら、顔は覚えたぞ!勇者と敵対して、この世界で生きていけると思うな!」
そう言うと、勇者は懐からペンダントを取り出し、中央部分を強く押し込んだ。
次の瞬間、勇者の姿が消えた。透明化ではなく、転移の魔法のようだ。
「色々と……凄い人でしたね……」
「さくら様、言葉を選ばなくても良いですって。アレはどう見てもクズですよ、クズ!」
「そもそも、転移の魔法があるのなら、荷物持ちなんて不要ですわよね?」
セラが不思議そうに首を傾げた。
勇者の荷物と思わしき物は、少し離れた場所に残されたままになっている。
そして、もう1つ……もう1人、残されたモノが存在した。
「も、もう、お終いだぁ……」
魔女は完全に絶望しきっていて、周りの様子を理解しているようには見えない。
「……とりあえず、話しかけてみるか」
魔女の身体の向きからして、俺達のことは目に入っていないので、魔女の正面に回り込む。
「おーい!」
視界に入ったはずなのに気付かないから声をかける。
「え、え?あ、貴方達は?」
ようやく、魔女が俺達のことを認識してくれた。
「俺達は異世界人だ。横で勇者と戦っていたけど、全く気付いてなかったんだな」
「い、異世界人?勇者様と戦う?そ、そういえば、勇者様は何処に……?」
「勇者なら、ペンダントを使って何処かに消えたぞ」
「て、転移の石を使った!?お、置いていかれたぁ……。ひ、酷すぎる……。う、うっ……」
ついに魔女がボロボロと泣き始めた。
余談だが、魔女の見た目は明らかに二十歳を超えている。
「う、うぅ……。うっ……?」
泣き止むまで待とうと思っていたら、魔女はマリアを見てピタリと動きを止めた。
「あ、あの、貴女、勇者と呼ばれる存在じゃありませんか?」
「……一応、勇者の称号は持っています」
魔女の質問に、少しだけ嫌そうな顔をしながらマリアが答えた。
「ゆ、勇者様!」
何を思ったのか、魔女がマリアに向かって抱きつこうとした。
当然のようにマリアは避け、魔女は地面に激突した。
「へぶっ!?な、何で避けるんですかぁ……」
「見知らぬ相手が急接近してきたら、避けるのは当然です」
「そ、そんなぁ……」
魔女は色々と不憫だが、こればかりはマリアの方が正しいと思う。
「そ、それより、ゆ、勇者様!お願いです!大魔王を倒してください!」
そして、魔女は初対面の相手に重大過ぎる頼み事をしてきた。
「マリア、断れ」
「はい、お断りします」
「何でぇ!?」
魔女の頼み事は俺達の目的とも合致しているが、簡単に頷くことはできない。
「自己紹介もせず、事情も説明していないのに、自分の頼み事を聞いてもらえると思うのか?」
「あ……。ご、ごめんなさい!わ、私、カーラって言います!」
「俺の名前はジン、右からさくら、ミオ、セラ、ドーラ、マリアだ」
「マリア様……」
どうやら、魔女、改めカーラの目には、マリアしか映っていないようだ。
「マ、マリア様、私の話を聞いてもらえませんか?」
「それを判断するのは私ではありません。仁様にお聞きしてください」
「え?ゆ、勇者であるマリア様がリーダーなんですよね?」
「いいえ、仁様がリーダーです」
「ええっ!?」
残念ながら、俺達は勇者パーティじゃないんだよ。
「あ、あの……、私の話、聞いてもらって良いですか?」
「ああ、聞かせてもらおう。ただし、俺達は異世界人だから、この世界の事情から話してくれ」
「は、はい……」
ようやく、この世界の事情が聞けそうだな。
「こ、この世界の大きな特徴を挙げるなら、『霊樹』、『魔王』、『勇者』の3つになります」
一応、全て既出の単語ではある。
「霊樹はこの世界の中心的存在で、世界を守護し、繁栄に導く役割を持っています。具体的に言うと、霊樹はリソースがある限り、際限なく食料を生み出すことができます」
霊樹が正常に機能していれば、食糧問題は起きないのか。凄い世界だな。
「魔王は50年に1度現れ、霊樹を消滅させようとします。魔王が生きている限り、空が黒雲に閉ざされ、霊樹は食料を生み出すことができなくなります」
魔王ってどこの世界でも定期的に発生するモノなのか……。
「勇者は魔王を倒すため、適正のある者から1人が選ばれます。霊樹の剣という、魔王を倒すための武器も与えられます」
勇者の適正に『人格』は含まれないんだろうなぁ……。
「300年前まで、魔王は常に勇者に倒されてきました。しかし、300年前の魔王はそれまでの魔王の比ではないほどに強く、勇者の方が敗れてしまったのです」
『深淵』の外では、魔王の敗北は確定していたが、この世界では違うのか。
あるいは……。
「問題は、勇者が敗れたのに黒雲が晴れたことです。霊樹の食料生産機能も復活したため、この世界の住人は魔王が倒されたと判断してしまいました。勇者は帰ってこなかったので、『勇者と魔王は相打ちになった』と結論付けられ、詳しい調査はされませんでした」
こうして、1体の魔王が『世間的には死んだ』状態になったわけだ。
「黒雲が晴れ、霊樹の食料生産機能が復活したと言いましたが、完全に元通りになった訳ではありませんでした。魔王が何かしたのか、明確に以前よりも効率が悪くなっていたのです。しかし、この世界の住人はそれを無視して、今までと同様に食料を生み出し続けました」
「……リソース、足りるのか?」
「た、足りません。足りないから、この世界はどんどん衰退しているのです」
『衰退』と言うか、『滅びかけ』なんだけど……。
「私が大魔王と呼んでいるのは、この300年前の魔王のことです。この世界を守るためには、大魔王を倒さないといけません。今代の勇者様は、大魔王を倒すと約束してくれたのですが、今代の魔王を倒すだけで、大魔王を倒す気はなかったようです……」
そこまで言って、魔女はマリアに向かって深く頭を下げた。
「マリア様、お願いです。どうか、大魔王を倒して、この世界を救ってください!」
「……先程も言いましたが、それを判断するのは私ではありません」
「え……?ああ!?」
どうやら、魔女は俺の存在を忘れかけていたようだ。
「えっと、その……あ、ジン様!ジン様、どうか、大魔王を倒してこの世界を救ってください!」
どうやら、魔女は俺の名前を忘れかけていたようだ。
「大魔王を倒すのは構わない。俺達の目的とも一致しているからな」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、だけど、それだけじゃあ、この世界は救われないんじゃないか?」
「え?ど、どういう意味ですか!?」
「気付いていないのか?多分、300年前から、1体も魔王は倒せていないぞ。なあ、魔王?」
俺は魔王が倒れた場所にある灰に声をかけた。
「……貴様、何故気付いた?」
「え、ええ!?魔王が復活した!?」
灰が集まり、勇者に倒される前の魔王と同じ姿に戻った。
「今から消えるお前には、知る必要のないことだよ。マリア、やれ」
「はい」
「ぐぎゃあああああ!」
俺が指示した瞬間、マリアの一閃により魔王の肉体が消滅した。
灰になれるなら、灰ごと消し飛ばせば良いんだよ。
「見ての通り、魔王は灰になって死んだフリができるんだ」
「そ、それじゃあ、大魔王を倒しても……」
「残った魔王が後を引き継ぐだけだろうな」
300年前からだとすると、大魔王を除いて5体の魔王が生き残っている計算になる。
その5体に大魔王と同じことができないと思うのは、楽観的すぎるだろう。
「そ、それじゃあ、ほ、他の魔王も倒していただけませんか?」
図々しい願いだと理解しているのか、カーラが申し訳なさそうに頼んでくる。
「断る」
しかし、俺は首を横に振ってその頼みを拒否した。
「そ、そんな……。どうして……」
「簡単な理由だ。この世界を助けたいって気持ちが、微塵も湧いてこないからだよ」
カーラの話を一通り聞いたが、俺は何も感じるものがなかった。
「この世界の連中、ほぼ何もしてないじゃないか。大魔王の存在すら気付いていないんだろ?」
大魔王という元凶があるとはいえ、この世界の住人は何もやるべきことをやっていない。
魔王を倒したと思い込み、危機に気付かずリソースの浪費を続けているだけだ。
「そ、それは、そうですけど……」
「勇者の話では、大魔王を倒しても感謝されないんだよな?既に勇者が倒したことになっている魔王を倒して、俺達に何かメリットはあるのか?世界の救済に相応しい報酬を貰えるのか?」
「そ、それは、無理、です……」
大魔王の討伐は転移条件だから構わない。
しかし、他の魔王の討伐には、この世界を人知れず救う以上の意味はない。
そして、この世界の住人に対し、人知れず救ってあげたいと思うことはできなかった。
その上、報酬にも期待できないとなれば、断る以外の選択肢はないだろう。
「それなら、他の魔王の討伐は断らせて貰う。本来はこの世界の住人が解決すべき問題だからな。まあ、霊樹の剣が使えないから、難しいかもしれないけど……」
「え……え?ど、どういうことですか?」
「あの勇者、俺達に荷物運びを押し付けようとして、断ったら斬りかかってきたんだよ。勇者と戦ったと言ったのは、それが切っ掛けだな」
「ゆ、勇者様ぁ……」
「そういえば、転移の手段があるのに、荷物運びを押し付けようとした理由は分かるか?」
折角なので、セラが疑問に思っていたことを聞いてみる。
「え、えっと、転移の石は稀少鉱石を使っていて、もう二度と作れないから、本当に危機的な状況でしか使わないように言われていたからだと思います」
傷一つ負っていないのに、危機的状況ねぇ……。
「勇者と戦ったのはマリアだ。マリアは一切反撃せず、勇者の攻撃を受けきった。その時、勇者の霊樹の剣が打ち負けてヒビだらけになったんだよ」
「そ、そんな、霊樹の剣が打ち負けるなんて……」
「それを見た勇者は、霊樹の剣を地面に叩きつけて砕いて、転移の石で逃げていったわけだ。ほら、そこに砕けた霊樹の剣が落ちているだろ?」
「ゆ、勇者様ぁ……!?」
カーラは霊樹の剣の残骸を見て叫び声を上げた。
「ど、どうして……。どうして、みんな霊樹のことを大切にしてくれないのぉ……」
「霊樹が甘やかしていたのも良くないと思うぞ」
「ど、どういう意味ですか……?」
「慣れるとそれが当たり前になって、感謝を忘れるっていうのはよく聞く話だ。話を聞く限り、霊樹任せが当たり前なんだろ?それとも、霊樹以外に食料を生産する方法があったりするのか?」
「れ、霊樹があるのに、自分達で作るなんて馬鹿らしい、とのことです……」
やはり、この世界の連中は霊樹に甘やかされ、自ら何かをする力を失っているようだ。
「霊樹が……やり過ぎた……」
カーラはそう呟くと、何かを考え込み始めた。
「ジ、ジン様、お願いがあります……!」
しばらくして、何かを決心した表情のカーラが声をかけてきた。
「や、やっぱり、大魔王と他の魔王を倒してください!」
「さっきの話は覚えているよな?俺達に何かメリットを与えてくれるのか?」
「は、はい!相応しい報酬があれば良いんですよね?」
「ああ、俺達が納得する報酬があれば、魔王を倒してもいい」
この世界のためにタダ働きをする気はないが、相応しい報酬があるなら話は別だ。
尤も、魔王5体を倒すのに相応しい報酬となると、結構ハードルは高いと思うけど……。
「そ、それなら、報酬として、霊樹の苗をお渡しします!」
「霊樹の苗?」
「は、はい。育てれば霊樹になる苗です。苗の状態でも、結界を張ることはできます」
「それは……そんなモノを渡して大丈夫なのか?俺達はこの世界を離れるんだぞ?」
霊樹の苗なんて、明らかにこの世界のキーアイテムだろう。
報酬としては相応しいかもしれないが、キーアイテムが異世界に流れるのは良いのか?
「あ、あまり、大丈夫じゃないです。言ってしまえば世代交代の機能なので、苗を作った霊樹は力を失い、結界や食料生産の能力は落ちます。それでも、世界が滅ぶよりはマシですし、ジン様の言う通り、霊樹が甘やかしていたことのツケみたいなモノですから……」
まず間違いなく、食料生産の能力が落ちたら、この世界は混乱に陥るだろう。
それを踏まえて、俺達に霊樹の苗を渡すと言っているようだ。
一応、確認しておこうか。
「それは、霊樹の化身として、霊樹の決定を伝えているということで良いんだな?」
「ど、どうしてそれを……!?」
今更だけど、これがカーラのステータスだ。
名前:カーラ
性別:女
年齢:50
種族:半精霊
称号:霊樹の化身
要するに、カーラは霊樹なのである。
どう考えても、霊樹の立場で話をしていたし、霊樹しか知らない情報を持っていたよな。
「それは秘密だ。それで、これは霊樹の決定なのか?」
「は、はい、これは、霊樹が決めたことです。この世界の人達が報酬を用意しないなら、霊樹自身が報酬を用意するしかありません。それにより霊樹は力を失いますが、この世界の人達が頑張れば、何とかなる範囲の話です。……この世界の人達が、何とかしないといけない話です」
カーラの……霊樹の決意は固そうだ。
「そこまで考えているなら良いだろう。カーラの依頼を受けよう」
「よ、よろしくお願いします」
こうして、俺達は大魔王と魔王5体を倒すことになった。
Q:大魔王と魔王5体を倒すのに2話以内で終わるのか?
A:終わらせます。1体1000文字くらいにすれば余裕です。