第253話 浄化と進化
少し体調を崩していたのと、区切りが悪かったので、遅くなり長くなりました。
放心するリュリュを放置して、俺達はシュシュの案内で研究施設の一室に向かった。
リュリュのことは気になるが、そもそも別室なので俺達にできることはない。
完全な部外者である俺達が何を言っても、慰めにすらならないだろう。
「ブレスをお願いします」
《ふぁいあー!》
ドーラが職員の指示に従い、Dリーパーの死骸に向けてブレスを放つ。
部屋の中にはいくつもの検査装置が並んでおり、何人もの職員が操作をしている。
浄化されていることが数値で判断できるらしく、職員達は歓喜の声を上げていた。
「えっとね、人工知能っていうのは……」
俺達はドーラから少し離れて休憩タイムだ。
ミオがマリア、セラにマザーとの話で理解できなかった単語について説明している。
コンピュータの無い世界の住人に人工知能の説明をするのは中々に難しいだろうな。
「…………」
「仁君、何を眺めているんですか……?」
俺が無言でステータス画面の変化する数値を眺めていると、さくらが声をかけてきた。
「ドーラの<竜魔法>のスキルポイントだ。凄い勢いで増えているんだよ」
「確か、レベル9になってから、ほとんど上がらなくなったんですよね……?」
「ああ、偶然かと思ったけど、汚染を浄化する度に上がるのは確定みたいだ」
ドーラの<竜魔法>、マリアの<勇者>、セラの<英雄の証>の3つのスキルは、レベル9になってから全くと言っていいほどスキルポイントが増えなくなった。
俺の直感がこの3つのスキルには、異能によるスキルポイントの追加はしない方が良いと訴えかけるので、未だに主力スキルの癖にレベル9止まりとなっている。
その<竜魔法>のスキルポイントがここに来て急増しているのである。
原因は間違いなく汚染の浄化である。
「ただ、Dリーパーの死骸の数を考えると、この場でレベル10にするのは無理だな」
「この世界にしばらく留まって、Dリーパーが来るのを待ちますか……?」
「それも悪くはないんだけど、正直に言うとあまり気が進まない」
貴重なスキルポイントとはいえ、何時来るかも分からない相手を待つのは性に合わない。
面倒だから、ドバッと大軍でDリーパーが来てくれないかな?
「ご主人様、終わったみたいよ」
話している間にドーラの調査が終了したようだ。
「ドーラ、お疲れ様」
《うん、がんばったー!》
笑顔で駆け寄って来たドーラを受け止め、頭を思い切りナデナデする。
「進堂様、申し訳ありませんが、再び通信室に向かって頂けますでしょうか?」
「ああ、もちろんだ」
ドーラを抱きかかえたまま、再びシュシュと共に通信室へ向かう。
通信室に入ると、モニターにはマザー、そして放心したリュリュの姿が……。
「来訪者進堂、来訪者ドーラ、ご協力ありがとうございます。来訪者ドーラの協力により、貴重なデータが取得できました。今後、この結果を元に侵略者への対抗手段を編み出し、指揮官リュリュで試験を行う予定です」
「…………」
再びの死刑宣告だが、リュリュは反応しなかった。
「マザー、お願いがあります!」
そして、代わりに反応したのはシュシュだった。
「指揮官シュシュ、お願いとは何ですか?」
「はい、リュリュさんを殺さないで欲しいのです」
「シュシュ、何で……?」
シュシュの願いはリュリュの助命だった。
あまりに突然だったので、助命を願われたリュリュの方が驚いている。
「侵略者の汚染は危険です。汚染された指揮官リュリュをこのまま放置することはできません」
「汚染が危険なのは承知しています。しかし、Dリーパーの死骸のように隔離して管理すれば、殺さなくても問題はないはずです。表に出ることはできなくても、せめて命だけでも……」
「確かに隔離すればリスクは減りますが、絶対に0にはなりません。試験が上手くいけば、そのリスクを0にすることができます。何か指揮官リュリュを生かすメリット、または殺すデメリットを提示できますか?」
「……リュリュさんは私のライバルです。ライバルがいなくなると、私の士気が下がります」
理由があればリュリュを生かしても良いと言われ、シュシュは少し考えた後にそう答えた。
「対侵略者で活躍している指揮官シュシュの士気が下がるのは大きなデメリットです。指揮官シュシュの要望通り、指揮官リュリュの殺処分は停止いたします」
「お願いいたします。ふぅ……」
意外とアッサリとマザーの説得に成功し、シュシュが安堵の息を吐く。
「シュシュ、アンタ、私のことをライバルだと思ってくれていたの……?」
リュリュが困惑しながらシュシュに尋ねる。
「リュリュさんには言ったはずですよ。私は貴女と戦うのが楽しみだったのです。最近の貴女は少し変わってしまいましたが、以前の貴女は相棒と息の会った連携を見せてくれました。技術の差で私が勝利していましたが、余裕だったことは一度としてありませんでした」
「私と戦うのが楽しみって本当だったの?リップサービスだと思っていたわ」
「本心です。中央に入って貴女と戦えなくなったのは本当に辛かったです」
「はあ……。よりによって、二度とバケモンバトルができなくなる直前でそれを言う?」
どうやら、シュシュとリュリュには会話が足りなかったようだ。
「今、言わなければ後悔すると思ったから言いました」
「今、聞いたことを後悔したわよ。私はこれから、ずっと後悔して生きていくことになるのよ?こんなことなら、素直に死んだ方がマシだったかもしれないわね」
「そんなことを言わないでください。死ぬよりは生きている方が良いはずです」
「別に死んでも良いじゃない。どうせ、私達の命は偽物なんだから」
「偽物でも死んでは駄目です!」
シュシュはリュリュの言葉を強く否定した。
「確かにこの世界はマザーが作った偽物です。私もその話を聞いた時はショックでした。ですが、世界が偽物だとしても、その中に含まれる全てが偽物になる訳じゃないと気付いたのです」
「どういう意味よ……」
「私達は生み出された後、その人だけの人生を歩みます。その人生の中で得た経験や感情は、何かの偽物ではなく、その人だけの本物なのです。私は貴女と戦うのが本当に楽しみでした。誰にも、その感情を偽物だなんて言わせません」
「……私も、アンタとのバトルは楽しかったわ。少なくとも、昔はね」
「私は偽物だとしてもこの世界が好きです。だからこそ、この世界を守るため、マザーと共に侵略者と戦うことを選んだのです。その結果、貴女とのバケモンバトルができなくなるとしても」
「………………はぁ」
リュリュが大きな溜息を吐く。
「分かったわよ。もう死にたいなんて言わないわ。大人しく隔離されているわよ。……本当に時々で良いから、会いに来てくれない?」
「はい、絶対に会いに行きます」
リュリュの表情から、諦念や絶望といったものが消えていた。
「思い残すことは、ない方が良いわよね……」
そう呟くと、リュリュは俺の方を見た。
「アンタ……えっと、進堂だっけ?悪いんだけど、私が捨てたインプを出してくれない?」
「……出てこい、ヘル」
少し考えた後、リュリュに言われたとおりインプを呼び出した。
「キィ?」
ヘルは呼び出された理由が分からず、不思議そうな顔をしている。
「インプ、ずっとアンタに謝りたいと思っていたのよ。負けた八つ当たりで捨ててごめんなさい。アンタは何も悪くないわ。進堂の強さを見誤った私が悪かったのよ」
「キィ!」
「今、幸せだから気にしてないってさ」
「そう、良い主人に拾われたのね……」
俺がヘルの言葉を翻訳すると、リュリュは嬉しそうな寂しそうな顔をした。
……うん、今のリュリュなら良いかな。
「マザー、謝礼のキューブってもう貰えるのか?」
「はい、準備はできています。……今、通信室に転送いたします」
マザーがそう言うと、部屋の隅にあった装置が光り、今までなかったキューブが現れた。
俺はその装置に近付き、真っ黒なキューブを手に取る。
「マザー、このキューブで誰を捕獲すれば良い?」
「指揮官シュシュ以外でしたら、誰を捕獲しても構いません。現状、指揮官シュシュ以外に替えの効かない『ヒト』はいません。ただ、捕獲する場合は人目につかないようにして頂けると、手間が少なくなるので助かります」
やっぱり、マザーって『ヒト』に対して容赦がないよな。
多分、マザーにとって守りたいのは世界であって、個々の『ヒト』ではないのだろう。
それはそれとして、これで言質は取ったぞ。
「それじゃあ、このキューブでリュリュを捕獲させてくれないか?」
「わ、私!?」
「進堂様、どういうことですか!?」
リュリュもシュシュも驚いているが、俺にも言い分はある。
「街にいる『ヒト』を捕獲したら、色々と説明しなきゃならないし、周囲への影響もあるはずだ。色々と聞いて、隔離も決まっているリュリュなら、その辺の影響は最小限で済むだろ?」
「確かに、それはその通りですが……。リュリュさんは汚染されているのですよ?汚染されたヒトを他の世界に連れていくのですか?」
「少し勘違いしているみたいだけど、俺達が捕獲したバケモンは全員この世界に置いていくぞ」
「キィ!?」
近くにいたヘルが一番驚いているが、これは最初から決めていた……決まっていたことだ。
「バケモンはこの世界から出て生きていけない。そうだよな、マザー?」
「はい、バケモンはこの世界を循環するエネルギーにより生命活動を維持しています。他の世界に行った場合、エネルギーが切れると同時に死亡する可能性が高いです」
食事が不要ということは、別の手段でエネルギーを補給しているということだ。
それがこの世界固有の方法だった場合、他の世界では生きていくことはできないだろう。
「キィ……」
「違う。ヘルを捨てる気はない。また会えるから、一時的なお別れだ」
「キィ……?」
「ああ、嘘は吐かない。絶対にまた会える」
「……キィ」
本当に渋々といった様子でヘルが頷いた。
ヘルの説得が終わったので、再びマザーの映るモニターに向き合う。
「マザー、リュリュの捕獲は問題ないか?」
「はい、問題ありません。指揮官シュシュ、来訪者進堂を拘束室に案内してください」
「は、はい……」
「…………私、どうなっちゃうの?」
リュリュの疑問に答える者は誰もいなかった。
シュシュの案内で拘束室に向かい、拘束されたリュリュの前に立つ。
「ね、ねぇ、本当に私を捕獲するの?」
「ああ、捕獲する」
「ちょっと、心の準備をさせ……」
「えいっ」
「ああーーー!!!」
リュリュが何か言いかけていたが、気にせずにキューブを投げる。
リュリュは叫びながらキューブに吸い込まれ、アッサリと捕獲が完了した。
シュシュの説明によると、このキューブは全てのバケモンを100%の確率で捕獲できるそうだ。
多分、ゲームだったら1つのセーブデータで1回しか手に入らないタイプのアイテムだ。
「リュリュ、出てこい」
俺はボタンを操作してキューブからリュリュを呼び出す。
「び、ビックリしたじゃない!心の準備をさせなさいよ!この……あれ?」
呼び出されてすぐに文句を言うリュリュだが、途中から急に勢いがなくなった。
「何よ、これ。罵倒の言葉が出てこない?それどころか、悪く思うこともできないの?」
「当然です。キューブによって捕獲されたバケモンは、捕獲した者に絶対服従となります。悪感情を持つことも許されません」
モニターにマザーの姿が映り、リュリュの疑問に答える。
ハッキリ言って、やってることはほぼ洗脳だよな。まあ、捕獲系のゲームではよくあることだ。
「なるほど、絶対服従か。それは良いことを聞いたな」
「わ、私に何をさせる気よ……」
悪感情は抱けなくても、警戒心は抱けるようだ。
「そうだな。まずは全裸になってもらおうか」
「うわぁ、ご主人様、容赦ないわね……」
ミオが引いているが、絶対服従定番の命令は外せない。
「何だ、そんなことで良いのね」
「あれ?」
リュリュは恥ずかしがることなく、平然と服を脱ぎ始めた。
「来訪者進堂、バケモンには生殖能力がありません。それに伴い、性的な羞恥心も存在しません。人型のバケモンが服を着ているのは、『オリジナルが着ていたから』です」
「あ、そうなんだ……」
少し残念に思うと同時に納得した。
女性のバケモン(ヒト含む)、パンチラへの警戒心が全くなかったからな。
「これで良い?」
最後に靴下を脱ぎ、全裸になったリュリュが尋ねてきたので、俺は大きく頷いて……。
「ドーラ、弱めのブレスだ」
《ぷちふぁいあー!》
ドーラを前に抱え、リュリュに向けてブレスを放つよう指示した。
室内だから安全に配慮して弱めのブレスである。
「きゃ、きゃあああああ!?」
ブレスの炎を受け、リュリュが悲鳴を上げる。大袈裟だな。
「リュリュさん!!進堂様、一体何をするのです!?」
「何って、浄化だが?」
シュシュに問われたので端的に答えた。
「ド、ドーラさんに人殺しはさせないのでは……?」
「ドーラ、もう良いぞ。安心してくれ、リュリュは無事だ」
「「え?」」
ドーラがブレスを止めると、火傷1つない全裸のリュリュの姿が現れる。
シュシュとリュリュは何が起きたのか理解できないようだ。
「ドーラのブレスは仲間を傷付けることはない。当然、俺に捕獲されて仲間になったリュリュを傷付けることもない。服を脱いでもらったのは、服は仲間の対象外だからだ」
少し正確性に欠ける説明だが、起きた現象を理解してもらうには十分だろう。
「さ、先に言いなさいよ、もう!」
腰が抜けたのか、へたり込んだリュリュが叫ぶ。
「来訪者進堂、まさか、指揮官リュリュの汚染を浄化したのですか?」
「ああ、その通りだ。汚染は仲間じゃないから、浄化されるに決まっている」
マザーは俺達の行動の意味を正確に理解していた。
「……もしかして、私、隔離されなくて良いの?」
「検査により汚染の浄化が確認され次第、指揮官リュリュの隔離は撤回されます」
「……また、バケモンバトルができるの?」
「ここで聞いたことを口外することは禁止しますが、それ以外の禁止事項はありません」
「私、元の生活に戻れるんだ。良かった……」
ようやく、リュリュは自分が救われたことを実感したようだ。
「リュリュさん、良かったですね」
「うん、シュシュ、色々とありがとね」
リュリュはシュシュに礼を言い、次に俺の方を見た。
「アンタ……えっと、これから何て呼べば良い?」
「ご主人様と呼ぶように」
「分かったわ。ご主人様、助けてくれてありがとう」
リュリュは立ち上がり、頭を下げて感謝を伝えてきた。
-ビー!ビー!ビー!-
またしても電子音が鳴り響くが、今までとは異なり、それは明確に『警報』だった。
「指揮官シュシュ、緊急事態です。侵略者の集団が現れました」
「侵略者の集団……。一体何体ですか?」
「100体です」
「ひゃ、100体……!」
ドーラが浄化したDリーパーの死骸は約50体だから、確実に過去最高規模の襲撃だ。
冗談でDリーパーが大量に来ないかとか考えていたら、本当に来ちゃったよ……。
「指揮官シュシュ、出撃できますか?」
「……はい!」
死ぬ覚悟を決めた目でシュシュが頷いた。
「ねえ、シュシュ、無事に帰ってこられるのよね?」
「……努力はします」
「その言い方って……」
詳しいことを知らないリュリュも、シュシュの生存が絶望的だと気付いたようだ。
「来訪者進堂、正式にバケモンリーグ優勝を通知しますので、街に危険が迫る前に転移することをお勧めします。捕獲したバケモンを異世界に持ち出しても構いません」
「バケモンは他の世界で生きられないんだぞ?」
「生存できる可能性は0ではありません。キューブに入れたままなら、外に出した場合より長時間の生命維持が可能です。連れていったバケモン達の生存方法を探して頂ければと思います」
世界と共に滅びるくらいなら、死ぬ可能性が高くても異世界に連れていって欲しい。
それは、ある意味では最期の足掻きのようなものなのだろう。
まさしく、慰霊碑になる訳だ。
「シュシュ、マザー、私も一緒に戦うわ!シュシュほどじゃないけど、私もコマンダーとしては一流よ!少しは戦力になるわよね?」
「指揮官リュリュ、残念ですがそれは不可能です。侵略者との戦いでは、特別に調整したバケモンを使用するため、通常のバケモンバトルとは異なるセンスが要求されます。訓練なしで戦場に出ても、何もできずに戦死することになります」
「そんな……」
シュシュですら時間稼ぎしかできないのだから、リュリュが役に立つのは難しいだろう。
「ねえ、ご主人様!」
そこで、リュリュが全裸のまま俺の袖を掴んできた。
「ご主人様とその子なら、侵略者と戦うことができるんじゃないの!?」
「ああ、戦える」
「本当!?お願い!シュシュを助けてあげて!」
リュリュに懇願され、少し考える。……いや、考えるまでもないか。
「……マザー、その戦い、俺達に任せてみないか?」
「来訪者進堂、それは私達と共に戦ってくれるということですか?正直、助かりますが、あの数を相手にするのは相当に危険ですよ?」
「いや、俺達だけで戦う。誤射の可能性を考えたら、その方が安全だ」
「……来訪者進堂、本気ですか?」
「ああ、捕獲したバケモン達が生きる世界だ。守ってやるのがご主人様の勤めだろ?」
マザーの思惑通り、俺はこの世界を既に気に入っている。
偽物の世界らしいが、俺は元の世界を知らないから、今のこの世界が本物だ。
「それでは、来訪者進堂に2つ目の依頼を出します。侵略者を殲滅してください。謝礼は、来訪者進堂の望むものを何でもお渡しいたします」
「その依頼、受けよう。ドーラ、良いよな?」
《うん!》
こうして、俺とドーラはDリーパーを殲滅することになった。
ちなみに、他の仲間達は防衛戦に参加しない。
ほら、<竜魔法>のスキルポイントの件があるから……。
俺達はシュシュに案内され、セントラルタワーの地下深く、転送室と書かれた部屋に向かった。
「来訪者ドーラ、準備はよろしいですか?」
《うん!だいじょうぶ!》
モニターに映るマザーに問われ、ドラゴンの姿のドーラが頷く。
今から、ドーラは転送装置によって結界の外に出ることになっている。
「来訪者進堂、本当にここから指示を出せるのですか?」
「ああ、俺とドーラは離れていても意思の疎通ができるからな」
俺は転送室に残り、指揮官としてドーラに指示を出す。
聞いた話によると、シュシュがDリーパーと戦う時には、特別に強化されたホース種のペガサスに乗って、結界の外に出てバケモンに指示を出しているそうだ。
この世界は星ごとマザーの結界に護られているから、結界の外でDリーパーと戦うには、空を飛ぶ能力が必要になるのである。
確かに素人にいきなり任せるのは無理な戦い方だな。
「分かりました。それでは転送を開始いたします」
マザーがそう言うと、転送装置の上に乗ったドーラの姿が消えた。
マップでドーラが結界の外に出たことを確認し、念話を繋げる。
《ドーラ、調子はどうだ?》
《ばっちり!》
マップには100体のDリーパーが表示されている。
良いね、この戦いの間に<竜魔法>のレベルが10になりそうだ。
俺の目には、世界を脅かす侵略者が、スキルポイントの塊にしか見えなくなっていた。
「来訪者進堂、来ます」
この部屋のモニターには、結界の外の様子が映し出されている。
Dリーパーに見つからないように離れているため少し不鮮明だが、ドーラに気付いたDリーパー達が押し寄せてくるのが分かる。
「やっぱり、YSDの得た情報は外に伝わっているみたいだな」
Dリーパー達はドーラに向かって飛んで来ているのだが、一定の距離からは近付いてこない。
今更だが、YSDのステータスはこうなっていた。
名前:YSD
種族:人造生命体(Dリーパー)
能力:<擬態>、<転移>、<解析>、<通信>
要するに、YSDは偵察兵だったのである。
YSDが見聞きした情報は、他のDリーパーに伝わっていると考えて良い。
当然、YSDを殺したドーラのブレスは警戒対象になっているのだろう。
《ドーラ、遠慮なくぶっ放せ!》
《うん!すぺしゃるふぁいあー!》
しかし、Dリーパー達は知らない。
ドーラの<竜魔法>は、<竜撃>スキルでチャージすることによって、威力も射程距離も大幅に増幅されるということを。
ドーラのブレスを食らい、先頭付近にいた27体のDリーパーが一瞬で黒焦げになった。
残るDリーパー達も想定外の射程距離を見て動揺している。
「一瞬で30近くの侵略者を消し飛ばすなんて……」
「あ、アレがあの子の本気?あんなの、絶対に勝てる訳ないじゃない……」
ドーラの本気ブレスを見たシュシュとリュリュが驚愕する。
ドーラのブレス、下手をするとバトルエリアのダメージを疲労に変換する機能を貫通するから、通常のバケモンバトルでは使えなかったんだよね。
《俺が指示をするから、上手く誘導してできるだけ少ない回数のブレスで終わらせよう》
《はーい!》
物理攻撃で倒すと<竜魔法>のスキルポイントを得られないかもしれないから、基本的にはブレスでトドメを刺したい。
しかし、ブレスはクールタイムがそれなりに長いので、時間節約のために1発でできるだけ多くのDリーパーを巻き込みたい。そこは俺の腕の見せ所だな。
《ドーラ、右に避けろ!》
《うん!》
ドーラが俺の指示に従って右方向に旋回すると、ドーラのいた場所にYSDが撃ったのと同じエネルギー弾が大量に飛んできた。
《そのまま避けながらクールタイムを待つぞ》
ドーラは迫り来るエネルギー弾を避け続ける。
エネルギー弾はYSDの撃ったものよりスピードもパワーも上だ。恐らく、YSDは偵察兵だから、それほど戦闘能力は高くないのだろう。
しかし、その程度でドーラに遠距離攻撃を当てることはできない。
《えい!》
ドーラは近くに転移してきたDリーパーに尻尾アタックを決めた。
もちろん、この程度でドーラに近距離攻撃を当てることはできない。
《遠距離攻撃タイプと近距離攻撃タイプがいるみたいだな》
代表的なステータスを挙げるとこんな感じ。
名前:YMD
種族:人造生命体(Dリーパー)
能力:<狙撃>、<装甲>、<回避>、<連携>
名前:TKD
種族:人造生命体(Dリーパー)
能力:<武技>、<装甲>、<転移>、<連携>
全員が同じ能力という訳ではないが、それぞれこの4つの能力から2、3個は持っている。
補足しておくと、<連携>はほぼ全員が持っている。集団戦の同士討ちは避けたいよな。
《ドーラ、指定ポイントに『ワープ』してブレスだ!》
《ふぁいあー!》
俺がマップ上の敵が集中している箇所にマーキングをすると、ドーラはそこに『ワープ』の魔法で転移してブレスを放った。
ドーラが転移してくるとは予想できなかったのか、Dリーパー達はまともに反応できなかった。
ドーラのブレスに飲み込まれ、一瞬で19体のDリーパーが消滅した。これで46体。
《まあ、距離をとるしかないよな》
Dリーパー達は互いに距離をとり、ブレスで一掃されるのを防ごうとする。
ここからは、1度のブレスで巻き込める数は減りそうだな。
《指定ポイントに順番に向かって、最後のポイントでブレスだ》
マップに1~5の数字を書き込み、ドーラにその通りに移動させる。
《今だ、右を向いてフルチャージブレス!》
《すぺしゃるふぁいあー!》
移動中に<竜撃>のチャージを溜め、5の指定ポイント到着と同時に放つ。
1~5の移動により、絶妙に固まっていたDリーパーの集団をまとめて消し飛ばす。
12体倒したので合計58体、半分を切った。……良し!
《ドーラ、クールタイムが終わり次第、1番近いヤツにブレスを当てろ!》
《いいの?》
《ああ、それで<竜魔法>がレベル10になる!》
まとめて倒した方が時間効率は良いが、それよりも早く<竜魔法>のレベル10を見たい。
《ふぁいあー!》
そして、クールタイム終了と同時にブレスを放ち、接近していた2体のDリーパーに当てる。
これで、<竜魔法>はレベル10になった。
どれどれ、ふむふむ、よしよし。
《ごしゅじんさま!ちからがいっぱいになった!》
どうやら、ドーラも自身の変化に気付いたようだ。
《『ワープ』でDリーパーから距離をとって力を解放するぞ!》
《わかった!》
ドーラは『ワープ』の魔法を使い、Dリーパーがほとんど見えない場所まで転移した。
Dリーパーの<転移>は『ワープ』より射程が短いので、すぐには追いつけないだろう。
《ドーラ!》
ようやく、この世界に来て1番言いたかったセリフが言える。
《進化だ!》
《うん!》
ドーラが頷いた瞬間、その身体が強い光を放った。
そして、ドーラの姿は今までと大きく変化していた。
「来訪者ドーラが変態したのですか?」
「違う!あれは進化だ!」
マザーが人聞きの悪いことを言うので訂正する。
<竜魔法>がレベル10に上がったことで、ドーラは新たな姿に進化できるようになった。
補足しておくと、進化できるのは限られた魔物だけであり、その限られた魔物の1つが、フェザードラゴンの竜人種なのである。
「あの姿って『竜人種の秘境』のダンジョンボスよね?」
ミオの言う通り、進化したドーラの姿は『竜人種の秘境』の地下迷宮で戦ったドラゴニュート・オリジン・レプリカに酷似していた。
「やっぱり、あのドラゴンがフェザードラゴンの進化先だったみたいだな」
新しい種族名は始原竜人と言い、白かった毛は白銀のように光り輝き、羽は2枚から3対6枚に変わっている。
また、全体的にサイズも大きくなっているが、ドラゴニュート・オリジン・レプリカよりは小さい。恐らく、ドーラが幼いから、ドラゴン形態も小さくなっているのだろう。
「目的も達成したし、そろそろ終わらせようか」
進化のお披露目だ。新技で華麗に決めよう。
《ドーラ、光のブレス!》
《すー、ぴかぴかふぁいあー!》
ドーラが大きく息を吸い込み、今までのブレスとは異なる光のブレスを放った。
その射程距離は今までの比ではなく、遠く離れたDリーパー達を一瞬で飲み込み、残る40体を跡形もなく消滅させた。
全てのDリーパーの殲滅が確認できたため、ドーラが転送室に戻ってきた。
《ごしゅじんさま、がんばったよー!》
ドーラが今までよりも大きな身体で俺に抱きついてきた。
「ドーラ、お疲れ様。元の姿には戻れるのか?」
《うん!》
俺が尋ねると、ドーラはすぐにフェザードラゴンの姿に戻った。
調べたところによると、フェザードラゴンは1度進化したら、以降はフェザードラゴンの姿と始原竜人の姿を自由に変えられるらしい。
1粒で2度美味しいとは、このようなことを言う。。
始原竜人もフサフサしていて良いのだが、絶妙にサイズが大きくて、頭をナデナデしにくいのが問題だ。
《えへへー、きょうはいっぱいなでられたー。……ちょっと、ねむい……》
俺が全力でナデナデしていると、ドーラの身体から力が抜けていった。
午後までバケモンリーグがあって、夕方に研究に協力して、夜にDリーパーと戦った。
イベント盛り沢山だったし、夜も遅くなってきたので、眠くなるのも当然だな。
「おやすみ」
《おやすみ……》
寝てしまったドーラをしっかりと抱えて、マザーの映るモニターを見る。
「これで依頼達成ってことで良いよな?」
「もちろんです。素晴らしい戦果でした。約束取り、謝礼として来訪者進堂の望むものを何でもお渡しいたします。何か希望はありますか?」
「……そうだな。それじゃあ、この世界へのフリーパスが欲しい」
「来訪者進堂、それはどういう意味ですか?」
「次にこの世界に来た時、簡単に街に入る手段が欲しいんだ。マザーの呼び方の通り、俺達は来訪者だから、滞在許可のカードを返したら街に入れなくなるだろ?」
今の俺達の待遇は、来訪者という立場による、今回限りのものと考えた方が良い。
その待遇をこれからも維持して欲しい、これはそういう要望だ。
捕まえたバケモンに会うために、俺はもう1度この世界に来る予定だからな。
「承知いたしました。来訪者進堂達には、永続的にクラスIVの権限を付与します」
「クラスIVですって!?」
マザーの発言にリュリュが驚いている。クラスIV権限って何?
「この世界には5段階の権限クラスがあります。最上位であるマザーはクラスV、中央の幹部がクラスIV、中央の職員がクラスIII、一般市民がクラスII、街の外のバケモンがクラスIとなっております。皆様の滞在許可カードは限定的にクラスIIIの権限を付与するものでした」
理解していない俺達のために、シュシュが権限の分類について説明してくれた。
上から2番目とは、確かに大盤振る舞いだな。
「クラスIVの権限となれば、同クラス以上が禁止したエリア以外なら、全てのエリアに入ることができるのよね?個人所有のエリアも例外じゃないって聞いたわよ」
「フリーパス過ぎるだろ……」
街へのフリーパスが欲しいと言ったら、街中全てのフリーパスが貰えた。
「それだけではありません。クラスIII以上のクラスでは、2クラス以下の相手に対して、絶対的な命令権を行使することができます。クラスIVなら、一般市民全員に命令することができます」
「それ初耳よ!?」
シュシュの補足を聞き、何故かリュリュが驚いている。
「中央の職員となりクラスIII以上になった者だけが知る事実です。クラスIVともなれば、この街の多くの法よりも優先されます」
通行の自由を望んだら、法律から自由になった。
「……マザー、余所者にそこまでの権限を与えて本当に良いのか?」
「はい、構いません。来訪者進堂達の功績には、それだけの価値がありました」
「そうか、それならありがたく頂くとしよう」
「明日までにクラスIVの権限を付与したカードを準備いたしますので、少々お待ちください」
借り物の滞在許可カードではなく、俺達専用のカードが貰えるようだ。
「……そう言えば、ドーラのブレスは解析できたのか?」
ふと思い出したことをマザーに聞いてみる。
ドーラのブレスを解析して、Dリーパーへの対抗策を編み出すという話だったが、その進捗は順調なのだろうか?
今回は俺達が対処したが、対抗策を編み出す前に再びDリーパーの大軍に襲われたら、今度こそこの世界が滅んでしまうかもしれない。
俺のバケモン達もいるし、簡単に滅ぼされては困るのだが……。
「残念ながら、まだ対抗策の構築までは進んでおりません。現象は捉えられているのですが、原理の解析が難しく、時間がかかっております」
「それは困ったな。俺達もあまり長くこの世界に留まるつもりはないんだけど……」
アルタ、何かこの世界を守るいい方法はないかな?
A:ドーラの炎のブレスをこの世界に残していっては如何でしょうか?現象としては炎なので、燃料があれば絶やさずに燃やし続けることが可能です。始原竜人形態で放てば、浄化の力も十分に残ります。その炎を使えば、Dリーパーの殲滅が容易になります。
なるほど、対抗策を編み出すのではなく、ドーラのブレスをそのまま対抗策にするのか。
「それじゃあ、こういうのはどうだ?」
俺はアルタの回答を自分の手柄としてマザーに話した。
「来訪者ドーラのブレスを保存し、対抗策として使用する。非常に有効な手段だと思われますが、そこまで協力して頂いてもよろしいのですか?」
「この世界のことは気に入っているし、俺のバケモンもいるから、滅びてもらっちゃ困るんだよ」
「承知いたしました。来訪者……いいえ、協力者進堂の提案を採用しようと思います。協力者ドーラは寝ているようなので、明日の朝にブレスの炎を保存させて頂ければと思います」
マザーからの呼び方が来訪者から協力者に変わった。
これは、マザーからの味方認定ということで良いのかな?
「そうだ。シュシュ、明日の朝で良いから、バケモンリーグの優勝を通知してくれないか?」
「承知いたしました。……明日、進堂様達はこの世界を発たれるということでよろしいですか?」
「ああ、俺達がこの世界に残る理由もなくなってきたからな」
転移条件は2つともほぼ達成しているし、この世界が滅ぼされるのは防いだ。今後の安全もある程度は担保できているので、この世界でやるべきことは終わったと言って良いだろう。
「ご主人様、私はどうすれば良い?命令らしい命令もされていないけど……」
「リュリュは今まで通り暮らしてくれ。特に行動を縛るつもりはないぞ」
リュリュを捕獲したのは、バケモンの全種コンプリートが目的だったからな。
「いや、最後に1回だけミオに所有権を譲る必要があったな」
「はあ!?ちょ、ちょっと、それどういう意味よ!?」
何故かリュリュが尋常じゃない驚き方をしている。
「言わなかったか?リュリュを捕獲したのは、バケモンを151種類揃えるためだ。ミオが150種類揃えているから、俺がリュリュを渡すことで目標達成になるんだよ」
「進堂様、当時のリュリュの精神状態で、話の内容を覚えているとは思えません……」
そう言えば、あの時のリュリュはズタボロだったな。覚えていないのも無理はないか。
「誰かに譲られるなんて絶対に嫌よ!」
「瞬間的に揃えば大丈夫だろうから、すぐに返してもらう予定だぞ?」
「そうじゃないわ!私のご主人様はアンタだけなの!他の人に一瞬でも渡されるなんて嫌なの!」
最初の態度はアレだったのに、随分と懐かれたものだ。
しかし、このままだとバケモン151種類コンプリートが達成できない。
バケモンリーグは優勝しているから、転移条件を満たせない訳じゃないけど、ミオ達が折角150種類まで揃えたのだから、できれば達成させてあげたい。
「うーん、気持ちは分かるし、無理にとは言えないわねぇ……」
「はい、私も一瞬でも他の人の奴隷になれと言われたら、耐えられる気がしません」
何故か、ミオとマリアがリュリュの心情に共感していた。
「絶対に、嫌だからね!」
「分かった、分かった。リュリュを渡すのは止めるよ。しかし、どうしたものか……」
「協力者進堂、もう1つ『ヒト』用のキューブをご用意しましょうか?」
俺が悩んでいると、マザーがシンプルな解決策を提案してくれた。
「それしかないか……。しかし、捕獲して後腐れのない『ヒト』なんてリュリュの他に……」
「協力者進堂、クラスIVの権限があれば、『ヒト』の生産が依頼できます。新たに生まれた『ヒト』なので、捕獲しても他者に影響はありません」
俺が悩んでいると、マザーがシンプルな解決策を提案してくれた。
シンプルなのは良いけど、全体的に容赦がないというか何と言うか……。
「………………マザー、捕獲するための『ヒト』を生産して欲しい。ミオもそれで良いよな?」
俺はしばらく悩んだ末、マザーに『ヒト』の生産を依頼した。
「……うん、ちょっと抵抗はあるけど、それで良いわ」
「承知いたしました」
「それじゃあ、今日は遅くなったし、続きは明日ということで……」
全てが上手くいったはずなのに、最後に微妙な空気になってしまった。
バケモン編、終わりませんでした。
後は別の世界に転移するだけなので、次話の冒頭だけですが……。
伏線回収というわけではありませんが、ドーラがようやく進化しました。
寄り道みたいな深淵編で進化させたのは、元の世界では進化の条件を満たせなかったからです。




