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第249話 結晶世界とフラグ紛失

新年、あけましておめでとうございます。

12月にはコミカライズ1巻が発売しました。1/10にはノベライズ1巻が発売いたします。

今年も本作をよろしくお願いいたします。

 一夜明けて朝、全ての準備を終えた俺達とウォーアルは光の柱の前に立つ。


「それじゃあ、ウォーアル。準備は良いか?」

「ああ、頼む」


 余談だが、ウォーアルを呼ぶ時に海王と付けなくなったのは、この世界から出る以上、この世界の海の王を意味する海王と呼ばれ続けるのは相応しくないと本人が言ったからである。

 ただし、海の民の王であることを止めた訳ではないそうだ。


「行くぞ!」

《ごーごー!》


 さくらと右手を繋ぎ、左手にとあるアイテムを握りながら、光の柱に触れた。

 光に包まれ、次に目に映ったのは、結晶しか存在しない世界だった。

 家のような物が紫色の結晶に覆われていたり、地面が黄色の結晶だったり、大きな赤色の結晶が道端に転がっていたりするので、どこを見ても結晶が目に入る。


「えっと、ここが仁君の来たかった世界ですか……?」

「ああ、ここで間違いなさそうだ」


 俺は目の前の紫色の結晶を鑑定し、この世界が目的の世界だと確信する。


魂結晶

備考:人の魂と同じ性質を持った結晶。


 以前、織原の配下である妹尾せのおに貰った結晶と同じ物だ。

 この世界に辿り着くため、俺は光の柱に触れる前に、この魂結晶を手に握っていたのである。

 俺は握っていた魂結晶を仕舞おうとして、唐突に嫌な気配を感じた。


A:マスター、周囲に敵性反応があります。


 アルタの警告とほぼ同時に剣を抜いて構える。

 仲間達、そしてウォーアルも同じく気配を感じて武器を構えた。


「何あれ!?赤い結晶が魔物の形になったわよ!」


 周囲にある赤色の結晶が次々と姿を変えていく。

 ミオは魔物と言ったが、ビジュアル的には怪獣や恐竜の方が近い。

 そして、結晶の魔物達は明らかに俺達の方に向かってきている。


狂結晶

備考:生物を喰らって取り込む性質を持った結晶。


 赤色の結晶を鑑定した結果、紫色の魂結晶とは全くの別物であることが分かった。

 要するに、俺達を食おうとしている訳だ。


「どんどん増えていきますわ!」

「皆!手分けして倒そう!ミオ、さくらは空中の奴らを倒してくれ!」

「了解!」

「はい……!」


 魔物の中には翼が生えて空を飛んでいるヤツもいるので、ミオとさくらに任せることにした。


「俺、マリア、セラ、ドーラは四方に分かれて魔物を撃破するぞ!」

「承知いたしました」

「了解ですわ!」

《はーい!》


 俺が指示をすると、3人は魔物に向かって走り出した。


「仁、私はどうすれば良い?」

「ウォーアルは中央で俺達の戦いを見ていてくれ。何かあったら加勢を頼む」

「うむ、分かった。お前達の戦い、見させてもらおう」


 ウォーアルとは戦闘訓練もしていないし、念話による連携もできない。

 待機していてもらった方が、余計な気を遣わずに戦えるのである。


「それじゃあ、行ってくる」

「健闘を祈る」


 ウォーアルに見送られ、俺も結晶の魔物を倒すために走り出す。


A:結晶の魔物は破壊しただけでは時間経過で再生されます。破壊した後に<火魔法>などで破片を溶かせば再生を防ぐことができます。


 氷災竜に続いて、またしても壊しただけでは倒せない敵か……。


「はっ!『ファイアジャベリン』!」


 俺は1番近くの魔物を剣で粉々にした後、『ファイアジャベリン』で破片を焼き尽くした。

 そのまま、何体か魔物を倒している中で、1体だけ破壊せずに『ファイアジャベリン』を当てる。


「別の形になるのか。ちょっと面白いな」


 高い魔法耐性があるようで、破壊せずに『ファイアジャベリン』を当てた魔物は、身体の大部分は溶けたが一部は溶けずに残った。

 そして、残った部分が再生し、別の形の魔物になって襲いかかってきた。

 余談だが、ドーラの<竜魔法>を受けた魔物だけは再生することはなかった。よく思うんだけど、<竜魔法>って明らかに普通の魔法とは分類が違うよな……。


《赤色の結晶には生物を検知できる距離に限界があるようです。その場からあまり動かず、向かってくる魔物を倒せば、魔物の増加を防げるはずです》


 一番激しく動いていたマリアは、動きながらも魔物の動向を把握していたらしい。

 マップ上で確認したところ、半径1キロメートル圏内に生物が存在していると、赤色の結晶が魔物に変化するようだ。

 つまり、倒しながら進んだ場合、何時まで経っても魔物が減らないということになる。


《おっけー!さくら様、遠くの魔物は私達で倒しましょう!》

《はい、頑張ります……!》


 マリアの報告を受け、俺達はその場から極力動かず、向かってくる魔物の迎撃に集中した。

 遠くの魔物、空中の魔物はミオとさくらが減らしてくれる。

 幸い、魔力の矢や魔法が飛んで行っても、赤色の結晶は近くに生物がいると判断しなかった。

 それでも、魔物となった結晶の数は多く、20分近く戦い続けることになった。


「これでラストだ! ……ふぅ、思ったよりも時間が掛かったな」


 向かってくる魔物、その最後の1体に『ファイアボール』を当て、ようやく戦いが終わった。

 ウォーアルの元に戻ると、他のメンバーも戦いを終えて戻ってきていた。


「お疲れ様、お前達は本当に強いな。私が加勢する余地などなかったぞ」

「俺達も戦いには自信があるからな。それはそれとして、あの魔物は思ったよりも弱かったな」

「そうね。結晶の魔物、攻撃を一切避けないから当てるのが楽だったわ」

「動きも単調でしたから、苦戦する理由がありませんわね」


 およそ知性と呼べる物が感じられず、本能に従って襲いかかっているようにしか見えなかった。


「弱いとはいえ、赤色結晶の数はやたら多いから、下手に動くとずっと戦い続けることになるな」

「うげっ、それは勘弁してほしいわね……」

「気が休まらないのは辛いです……」

「1度魔物を殲滅した場所は安全のようだし、ここで今後の話をしておこうか」

「そういえば、お前達が戦っている途中で頭痛がして、転移条件とやらが流れ込んできたぞ」


 そうだった。アルタ、この世界の転移条件を教えてくれ。


A:はい、この世界の転移条件は2つです。

①24000時間生存する。

②神魂結晶を破壊する。


 せ、選択肢が機能してない……。

 1000日待つなんて不可能だから、神魂結晶とやらの破壊を強制されているようなものだ。


「仁達の話では、時間経過か偉業の達成が求められるとのことだが、時間経過とはここまで長い時間を待たなければならないのか?」

「いや、他の世界はここまで酷いことはあまり……。最長がウォーアルの世界の2400時間だな」

「そうか、私達の世界が暫定1位だったのか。確かに100日も待つのは厳しいから、偉業の達成を狙うのも当然だな。私の世界の偉業は達成するのが簡単だったろう?」

「ああ、本当に簡単な条件で助かったよ」


 まさか、ジャンケンで勝利するだけで次の世界に行けるようになるとは思わなかった。


「今更だが、私の世界の転移条件は『2400時間生存』と『海王に勝利』の2つだけだったのか?」

「実はもう1つ、『海王の殺害』があった」

「……それは危ないところだった。状況によっては、仁が敵に回っていたということだろう?」

「俺達が勇者とおだてられて、グラード王国の言葉を鵜呑みにした場合の話だけどな」

「ふっ、グラード王国の連中は交渉が下手らしいな」


 交渉が下手というよりは、話にならない程の身勝手という方が正しいだろう。


「話を戻そう。つまり、この世界では『神魂結晶の破壊』以外に選択肢がないのだな?」

「ああ、流石に1000日待つのは無理だ。あそこにある、神魂結晶を破壊するしかない」


 俺は遠くに見える山のように巨大な、虹色の結晶を指差した。


神魂結晶

備考:全ての結晶の原点にして、世界最大の魂結晶。


「その名に恥じぬ巨大な結晶だな。あれを破壊するには、相当な時間が掛かりそうだ」

「あの結晶、壊しても問題ないのでしょうか……?」

「仮に問題があっても、破壊するしかないだろうな……」


 転移条件が限定され過ぎており、意に沿わぬ行動を強制されるかもしれない。

 ああ、転移条件を無視して他の世界に移動できる宝物が欲しい……。


《ご主人様、神魂結晶の中に人が封じ込められています》


 ウォーアルには異能の話はしていないので、マリアが念話で伝えてきた。

 神魂結晶の中には、俺が殺した野尻という女性の死体が封じられている。

 野尻も妹尾と同じく織原の配下で、野尻を蘇生すると織原が仲間になり、野尻を見捨てると織原が敵になるという二択を突きつけられた状態である。


《絶対に二択から選ばせる気だな……》


 時間経過が現実的な数値ではない以上、神魂結晶を破壊しなければ次の世界には進めない。

 しかし、神魂結晶を破壊したら、野尻の封印が解ける。

 その時点で、俺は野尻を蘇生するか見捨てるか選ばなければならないのだろう。

 どう足掻いても、この世界で野尻に関わらないというのは不可能なのだ。

 そして、野尻に関わるということは、どちらを選んでも織原が関わってくるということだ。

 間違いない。この世界は織原が俺と関わるために用意した世界だ。


「ふう……」


 あまりの用意周到さに溜息が出てしまった。

 この状況を整えようとしたら、どれだけの労力が必要になるのか想像もつかない。


「どうした?溜息なんて吐いて」

「いや、何でもない。それより、転移条件を満たすために神魂結晶の元に向かおう」


 俺がどんな選択肢を選ぶにしろ、まずは神魂結晶に近付かなければ話が進まない。


「しかし、移動するということは、結晶の魔物の相手をするということだ。相当数の魔物と戦うことになり、多大な時間が必要になりそうだな」

「それなら、空を飛んで近付けば良いんじゃない?1キロメートル以上の上空を飛べば、着陸時に最低限の魔物を相手にするだけで済むわよ」

「確かに、空を飛べば道中の魔物は全て無視できるのだろうが……」


 恐らく、ミオのアイデアが最適解なのだろうが、ウォーアルは言葉を濁している。


「どうした?何か問題でもあるのか?」

「……まさか、いきなり空を飛ぶとは思っていなかったからな。心の準備ができていないのだ」

「練習はしただろう?」


 実は、ウォーアルに渡した異世界お役立ちアイテムの中には、不死者の翼ノスフェラトゥの予備が含まれている。『空を飛べなければ即死』、みたいな異世界に行った時の保険である。

 当然、前の世界を出る前に使い方のレクチャーと練習は終えている。


「地上近くで数回だけだ。上空1キロメートルとは訳が違う」

「まあ、初めはビビるわよね。でも、逆に考えれば私達の補助がある今が1番安心でしょ?」

「む、それもそうか……。分かった、私も覚悟を決めよう」


 ウォーアルがミオの説得に応じたので、俺達は空を飛んで神魂結晶に近付くことにした。



 約10分間のフライトを終え、俺達は神魂結晶に接近した。

 地上に降りるために高度を落としていくと、徐々に赤色の結晶が魔物に変化していった。

 先程と同じく、空を飛ぶ魔物も現れていく。


「撃てー!」


 俺の号令と共に仲間達が遠距離攻撃で魔物達を殲滅していく。

 俺、マリア、セラの3人は<飛剣術>で魔物を屠り、ミオは矢で魔物を貫き、ドーラはブレスで空を飛ぶ魔物を焼き払う。


「行きます……!『サンライズ・ダウン』……!」


 結晶の魔物の残骸が積み重なったところで、さくらが最上位の<火魔法>を発動して、魔物達が再生できない程に溶かしていく。

 明らかに先程よりも効率的に魔物を殲滅できている。

 飛行中に思いつきで口にした、『……これ、空中から遠距離攻撃した方が楽じゃないか?』の一言が、まさかここまで上手くハマるとは思わなかった。

 どうやら、結晶の魔物達は自由に姿を変えられる訳ではないようで、陸上型の魔物達は空を飛ぶことができずに右往左往していた。


「戦いというよりは作業ですわね……」

「まあ、害虫駆除みたいなものよね。1匹見つかったら30匹はいるみたいなヤツ」

「どちらかというと、ハチの駆除の方だと思います……」

「あー、それっぽいですね」


 あまりにも楽すぎて、雑談を挟む余裕すらある。

 上から一方的に攻撃するので、攻撃を避ける必要もなければ、周囲の警戒も最小限で済み、次のターゲットを選ぶのも簡単だからな。本当に作業である。

 そして、先程よりも早く、5分で全ての魔物を殲滅し、地上に降り立つことができた。

 補足しておくと、俺達は神魂結晶を背に戦ったので、半径1キロメートルの円の半分にいた魔物しか倒していない。円1つで20分、半円1つで5分なので、効率としてはおよそ2倍である。


「やはり、空は人のいるべき場所ではないな。そう、地上こそが人の生きるべき場所……」


 ウォーアルは空の旅が大分堪えたようで、地面に降り立った瞬間にへたり込んでいた。


「海の民なのに陸上を賛美するのはどうなの?」

「……陸上を賛美したのではない。地上を賛美したのだ。海だって、地上と言えば地上だからな」


 ミオに突っ込まれ、ウォーアルは言い訳のようなことを口にした。


「地上こそが人の生きるべき場所だが、この地上には人が住んでいるようには見えないな」

「この世界に住んでいた人は、結晶の魔物にやられたんだろうな」


 推測のように話しているが、この世界に生物がいないことはマップで確認済みだ。

 野尻の死体はあるが、死体なので生物カウントはしなくて良いだろう。

 そういえば、『深淵アビス』の外で妹尾が野尻と同じ世界にいると言っていたのに、マップのどこを探しても見つからなかった。

 この世界のエリアは全て確認できているので、この世界にいないことは確実だ。


「それならば、遠慮なくこの結晶を破壊することができるな。むっ……!」


 ウォーアルがそう言った瞬間、何かが転移してくる気配を察知した。


「申し訳ないでヤンス。神魂結晶を壊すのは、オイラの話を聞いてからにしてほしいでヤンス」


 現れたのは、今までこの世界にいなかった妹尾だった。


「……」


 妹尾が現れる直前から、マリアは俺と妹尾の間に移動し、武器を構えていた。

 他のメンバーも各々武器を構えている。なお、俺は構えていない。


「久しぶりだな、妹尾」

「進堂殿、お久しぶりでヤンス。お元気そうでヤンスね」

「……ふむ、察するにこの男は仁の知り合いなのか?」

「一応は知り合いだな。今のところ、敵とも味方とも言えない相手だ」


 説明が難しいので、とりあえず事実だけを列挙しておく。

 俺の話を聞き、ウォーアルが武器を降ろす。


「了解した。それならば、対応は仁に任せよう」

「ああ、任された。……それで、その姿、本体じゃなくて人形だよな?」


 この世界に本体がいると言っていたはずだが、目の前の妹尾は以前と同じく人形だった。

 ……いや、以前と同じと言うと語弊があるな。確かに人形であることは間違いないのだが、その造形が明らかに以前とは異なっていた。


「そもそも、何でマッチョなんだ?」


 妹尾の人形は、以前に会ったガリガリの姿ではなく、ムキムキのマッチョ姿だった。

 ズボンは履いているが、上半身は裸である。

 そして、顔だけは以前と同じく細いままなので、滅茶苦茶アンバランスである。


「ああ、勘違いさせてしまったでヤンスね。オイラにとって、この姿こそが理想の姿、つまり『本体』なんでヤンス。進堂殿が言っている肉体のことは、『生身』と呼んでいるでヤンス。この人形、織原殿に素材集めを手伝ってもらったから、能力的にも最高傑作なんでヤンスよ」


 妹尾はムキムキマッチョらしいポーズをとる。確か、ダブルバイセップスというヤツだ。

 いや、人形なので筋肉という部位は存在しないのでは?


「そもそも、進堂殿の前に『生身』で現れるなんて、そんなリスクの高いことはできないでヤンス」

「それもそうだな」


 妹尾の言う生身で俺に接触した場合、奴隷化されたりして目的を果たせなくなる可能性がある。

 実際、同じく織原の指示を受けていた倉内は奴隷にしたからな。倉内の場合、最初から奴隷になることも織り込み済みだったようだが、妹尾は役割が違うのだろう。


「それで、妹尾の目的は何だ?」

「オイラの役割は、もう1度ルールの説明をして、進堂殿の選択を見届けることでヤンス」

「完全に織原のお使いだな……」

「その通りでヤンス。でも、オイラ達は納得して織原殿のお使いをしているでヤンス」


 俺も人のことは言えないけど、織原は俺以上に人の弱みにつけ込むのが得意だ。

 だから、熱心なシンパが生まれやすいんだよなぁ……。


「本人が納得しているなら、悪いとは思わないさ。それじゃあ、ルールの説明をしてくれ」

「了解でヤンス。そこにある神魂結晶の中には、自分と同じグルメ倶楽部のメンバーである野尻殿の死体が封じられているでヤンス。神魂結晶を破壊すると、野尻殿の封印も解け、野尻殿の魂が劣化していくでヤンス。進堂殿には、野尻殿を蘇生する、しないを選んでもらうでヤンス」

「死者の蘇生……」


 ウォーアルが小さく呟き、それを聞いた妹尾が説明を止めた。


「済まない、気にしないでくれ」

「続けるでヤンス。野尻殿が正常な状態で蘇生した場合、織原殿は進堂殿の味方として現れるでヤンス。野尻殿を蘇生しない場合、蘇生した後に問題があった場合、織原殿は進堂殿の敵として現れるでヤンス。オイラは、進堂殿がどちらを選んだか見届け、織原殿に伝えるでヤンス」

「……俺がこの場でお前を倒したらどうする?見届けられないよな?」


 妹尾の説明で気になった部分があったので尋ねてみる。


「その場合、織原殿は敵に回るでヤンス。この人形は、オイラにとって命と同じくらい大切な物でヤンス。壊されてしまったら、オイラは傷つき、深く悲しむでヤンス。織原殿は『仲間を傷付けるヤツは許さない』と言って、喜んで進堂殿と敵対すると思うでヤンスよ」

「厄介な……」


 織原はそこまで熱血な性格じゃないので、実際にそんなことを思うはずがない。

 しかし、織原にとっては僅かな口実さえあれば良いのである。本当に厄介!


「どんな行動を選んでも、織原殿と敵対するか共闘するか、必ずどちらかになるでヤンス」

「それはどうかな?」


 俺は『英霊刀・未完』と『精霊刀・至世いせ』を融合させ、『神霊刀・至世・完』にした。

 そして、『神霊刀・至世・完』を振るって神魂結晶の一部を遠隔で切り刻む。


「な、何が起きたでヤンス?」

「マリア、回収してきてくれ」

「はい!」


 マリアは高速で空中を移動し、俺が開けた穴から神魂結晶の中を進み、野尻の遺体を回収した。

 戻ってきたマリアが、神魂結晶に包まれた野尻の遺体を地面に置く。


「それは、野尻殿の……。一体、何をする気でヤンス?」

「それを答える前に1つ聞きたいんだが、織原はどうやって野尻の生死を知るつもりなんだ? もちろん、答えられないなら答えなくても良いぞ」

「それは、織原殿から答えて良いと言われているでヤンス。『深淵アビス』の外にある人形を1体崩壊させるでヤンス。崩壊した人形によって、進堂殿の選択が分かるようにしているでヤンス」


 織原と直接コンタクトを取る訳ではないようだが、織原に情報を与える方法は持っていたか。

 そして、逆に言えば……。


「やっぱり、織原は野尻の状態を直接知る術は持っていないんだな」


 野尻の遺体を何度調べても、織原が干渉した形跡は見られなかった。

 織原は野尻の状態を知れないからこそ、妹尾にお使いを頼んだのである。


「それが、どうしたでヤンスか?」

「大したことじゃない。織原の想定していない第3の選択肢を選ぼうと思っただけだ」

「そんなもの、あるはずが……」

「織原は野尻が死んでいたら敵対、生きていたら共闘するという。もし、野尻が生きているか死んでいるか分からない状態になったらどうなる?」


 『深淵アビス』に入ってから、織原の干渉を防ぐ方法をずっと考えていた。

 そして、思いついたのが、織原が俺に干渉する口実を潰すことだった。

 野尻を生死不明の状態にしてしまえば、口実のない織原は敵にも味方にもなれなくなる。


「進堂殿が野尻殿を見捨てた時点で、織原殿は敵対すると言っていたでヤンス」

「そうか。つまり、見捨てるのが俺じゃなければ良いんだな?」

「え?」


 俺が視線を向けた先には、納得した表情のウォーアルがいた。


「なるほど、詳しい事情は分からんが、仁はこの状況を想定していたのか」

「ああ、前の世界で話した件だけど、任せても良いか?」

「それは当然だ。色々と貰ったからな」

「……一体、何の話をしているでヤンスか?」


 俺がウォーアルに最終確認をしていると、状況を理解できない妹尾が割り込んできた。


「そういえば、紹介していなかったな。彼女の名前はウォーアル、俺の配下じゃない普通の知り合いだ。死んだ同族を蘇らせるため、『深淵アビス』を渡り歩くそうだ」

「配下じゃ……ない?」

「そう、俺の配下じゃないから、俺には彼女の選択を強制することはできない。そして、野尻の遺体はウォーアルに預け、蘇生するか見捨てるかの判断もウォーアルに任せようと思っている」


 ウォーアルが俺の配下にならず、『深淵アビス』を渡り歩くと聞いた時、この作戦を閃いた。


「いやいやいや、進堂殿が居なければ、野尻殿を蘇生することはできないでヤンスよね?」

「我が一族の秘宝、『蘇りの雫』ならば、、死者を蘇らせることが可能だ」


 ウォーアルが取り出したのは、『蘇りの雫』と呼ばれる、小瓶に入った少量の液体だった。

 海の国の宝物庫にあった秘宝で、初めて見た時から絶対に手に入れると決めていた。


「本当、丁度良いアイテムがあって助かったよ」

「もう使い道はないと思っていたが、仁の役に立つのなら、作り出した甲斐があったな」


 『蘇りの雫』は大昔に海王としてウォーアルが作り出した秘宝で、不慮の事故で死亡した海の民を蘇生することを目的にしていた。

 皮肉な話だが、海の民は陸の民に骨も残さず喰われたため、『蘇りの雫』を使う条件を満たすことができなかったそうだ。


「俺とウォーアルは目的が違うから別の世界に行く。ウォーアルは野尻の遺体を持って行き、俺のいない世界で野尻を蘇生するか、見捨てるかを選ぶ。こうすることで、俺は野尻の生死を選択することも、結果を知ることもなくなる。これが俺の選ぶ第三の選択肢だ」

「もう一度聞くが、本当にどちらを選んでも良いのだな?」

「ああ、どちらを選んでも良い。見殺しにするのは気分が悪いというのなら蘇生すれば良いし、足手纏いは要らないと思ったら見捨てれば良い」


 ウォーアルから何度か同じ質問をされているので、何度でも同じ答えを返す。


「ま、まさか、そんな方法で織原殿の思惑を崩すなんて……。いや、まだでヤンス! 進堂殿! この世界から出るには、神魂結晶を破壊しなければならないでヤンス! 神魂結晶の本体を破壊したら、野尻殿を包んでいる神魂結晶も力を失い、野尻殿の魂が劣化するでヤンス! 野尻殿の魂が劣化して記憶を失ったら、野尻殿の人格が失われたに等しいから、織原殿は敵になるでヤンス!」


 妹尾は少し動揺するもすぐに気を取り直し、それは織原敵対ルートだと反論してきた。

 当然、その対策も考えてある。……正確に言うと、別の状況を想定していた対策が、この状況でも使えるというだけではあるが。


「つまり、神魂結晶を破壊せずに次の世界に行ければ良いんだろ?」

「まさか、1000日間も待つつもりでヤンスか?」

「まさか。俺はそんなに気の長い方じゃない。ただ、この世界を消滅させるだけだ」


 世界が消滅すると、その世界に存在していた異世界の生物は他の世界に飛ばされる。

 その時、光の柱と同じように身体に触れていない者は別々の世界に飛ばされるそうだ。

 この世界を消滅させる時、俺とウォーアルが触れていなければ、異なる世界に移動するという条件は満たせる。


「せ、世界を消滅させる……。そんなこと、できるわけが……」

「俺ならできる」


 俺は世界に干渉する力を持つ創世級ジェネシス武器、『神霊刀・至世・完』を所持している。

 『神霊刀・至世・完』をフルパワーで振るえば、『深淵アビス』の壊れかけで脆い世界ならば、問題なく破壊することができる。


「本当、織原が妥協してくれて助かったよ」

「あ、あの織原殿が妥協……した?」


 人形のくせに感情表現豊かな妹尾は、信じられないとでも言いたそうな表情を見せる。

 そう、ここは織原が俺に選択を強いるために用意した世界だが、たった1つだけ綻びがあった。


「この世界にもう人は住んでいない。さすがの俺も人の居る世界を滅ぼす気にはならないけど、この世界に残るのは結晶の魔物だけだ。アレは保護すべき生物とは思えないから、遠慮なく世界を破壊できる。万全を期すなら、織原は人の残る世界を選ぶべきだったな」


 人の居ない世界を選ぶという妥協が、綻びとなって第三の選択肢を生み出した。


「さて、反論があるなら聞くぞ?」

「ぐぬぬぬ……」


 俺が問いかけると、妹尾はしばらく呻いた後、ガックリと肩を落とした。


「ふう、降参でヤンス。もう反論しても進堂殿に二択から選ばせることはできそうにないでヤンス」

「意外とあっさり諦めるんだな。打てる手がなくなったら、武力行使くらいはしてくるかと思っていたよ。その人形を破壊したら、織原は敵に回るんだろう?」

「それは駄目でヤンス。オイラから直接的な干渉をしたら、真の意味で『進堂殿が選んだ』と言えなくなるでヤンス。織原殿から、それだけは絶対にしないように言われているでヤンス」

「アイツ、変なところは律儀だからな……」


 誰も信じてないような僅かな口実でもあれば良いが、その口実にケチが付くのは許容できない。

 建前と嘘は違う、とでも言えば良いのだろうか……。


「織原殿は自分で決めたルールに関しては厳しい方でヤンスからね。それと、織原殿は進堂殿が第三の選択肢を見つける可能性も考慮していたでヤンス」

「……何だと?」


 まさか、第三の選択肢に対するカウンターでも存在すると言うのか?


「ああ、心配しないでほしいでヤンス。ただ、進堂殿が織原殿の想定していない選択を選んだ場合、手紙を渡してほしいと頼まれているだけでヤンス」

「……渡してもらおうか」

「これでヤンス」


 妹尾がアイテムボックスから取り出した封筒を、しっかり鑑定して変な仕込みがないことを確認してから受け取り、中を開いて見覚えのある文字を読み進める。


『進堂がこの手紙を読んでいるということは、僕の想定した選択肢以外が選ばれたのですね。僕の仕込みはこれが最後ですから、異世界でこれ以上進堂に関わることは諦めるしかなさそうです。なお、この手紙が渡された時点で、妹尾さんは特定の人形を崩壊させているはずですので、本件は僕に伝わったと思ってください。それでは、僕は一足先に元の世界に帰らせてもらいます。進堂に関われないなら、僕がこの世界に残る理由はありませんからね。また、日本でお会いしましょう。最後になりますが、僕の想定を超えた進堂のことを心から賞賛させてください。それでこそ進堂です』


 織原からの手紙を読み終えると、俺は安堵と不安と不快感が混じり合った感情となった。

 まず、もう織原の相手をしなくても良くなったという安堵。そして、元の世界には織原がいるという不安。最後に、想定外を想定されたという不快感である。


「ふぅ……。とりあえず、今はこれ以上織原のことを考えなくて良くなったことだけを喜ぼう……」

「手紙を読んだだけで疲れるって相当よね……。ドーラちゃん、ご主人様を応援してあげて」

《ごしゅじんさま、がんばれー》

「頑張る……」


 ドーラの応援で少し元気を取り戻したので、気を取り直して手元の手紙に火を点けて燃やした。


「手紙、燃やすんでヤンスね……」

「織原からの手紙なんて持っていたくない」


 手紙の内容的に仕込みはなさそうだが、織原からの手紙なんて、持っているだけで不快になる。


「さて、結論も出たことだし、そろそろ世界を破壊するか」

「気軽に言うでヤンスね……」

「皆、手を繋ぐぞ。ウォーアルは野尻の死体を頼む」

「ああ、任せてくれ」


 俺は『神霊刀・至世・完』を右手に持ち、左手でさくらと手を繋ぐ。

 ウォーアルの方を見ると、野尻の死体を縄で身体に括り付けていた。


「妹尾、別の世界に行く秘宝があるなら、今のうちに使った方が安全だぞ?」

「気にしないで欲しいでヤンス。進堂殿の選択を見届けるのがオイラの仕事でヤンスから」


 妹尾の役割から考えると、他の世界に移動する手段を持っていても不自然ではない。

 先に使うよう提案したが、妹尾は最後まで自分の仕事を全うするつもりのようだ。


「ウォーアル、準備は良いか?」

「ああ、しっかり括り付けたから、別の世界に行くことはないだろう」


 間違って同じ世界に行かないよう、俺達とウォーアルは少し離れて立っている。

 補足しておくと、妹尾も少し離れた場所にいる。


「悪いな。余計な手間をかけさせて」

「何、お前達には世話になったからな。恩を返せるならこれくらい安いものだ」

「ウォーアルさん、頑張ってね!」

「ああ、お前達も元気でな」


 ウォーアルとの別れも済ませたので、『神霊刀・至世・完』を構える。


「それじゃあ、行くぞ」


 俺は『神霊刀・至世・完』を撫でるように振るった。

 それだけで、壊れかけの世界にヒビが入り、砕け散るように崩壊していった。

 空が崩れ、地面が割れ、俺達は空中に投げ出される。

 天も地も粉々になっていき、宇宙空間のような場所を漂う。

 ウォーアルも妹尾も俺達とは別の方向に進んでいく。


「あれが次の世界だな」


 俺達が進む先には、1つの球体が光り輝いていた。

 数秒もせず、俺達の身体は輝く球体に吸い込まれていった。

織原、まさかの再登場せずに退場です。

元の世界に戻ったら再登場するかもしれません。


新年だし、色々と発売するので言わせてください。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
あー、そうなるのか。 野尻さんがどうなるのか気になるから外伝欲しいです。
正直出てこなくなったらなったで今の仁に並び立つ敵が居ないので悲しみはある…織原は面倒だけど親友組と同じくらいにはめちゃくちゃだから…
明けましておめでとうございます。 本年もよろしくお願いいたします。
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