第244話 常闇の世界と魔道書
作者の性癖と登場人物の性癖には一切の関係がありません。
光の柱に触れ、次なる世界に転移した俺達を待っていたのは夜の暗闇だった。
「朝ご飯を食べたばかりなのに夜かぁ。体内時計が狂いそうね」
《ほしがきれー》
「本当に綺麗ですね……。空気が澄んでいるんでしょうか……?」
周囲を見回しても、人工的な光は見当たらない。ただし、空には星が無数に輝いているので、真っ暗ではない。尤も、あの星も再現鏡面による偽物なのだろうが……。
そして、転移直後のいつものヤツがやってきた。アルタ、頼む。
A:はい、以下の3点が異世界への転移方法です。
①24時間生存する。
②魔道書ネクロノミコンを破棄する。
③魔道書グリモワールを破棄する。
「魔道書を破棄するのか……。まあ、どうしよう」
「言うと思った!ご主人様なら絶対に言うと思った!」
「言わなきゃダメだと思った」
ある意味、様式美のようなやり取りである。
補足しておくと、『深淵』の外にも魔道書と呼ばれる物はあるが、それは魔法を覚えるために存在する魔法の道具であり、こんな偉そうな名前など付いていない。
「冗談はさておき、この世界について確認していくか。アルタ、分かっていることを教えてくれ」
A:承知いたしました。まず、この世界は今まで転移した異世界よりも広く、マップでも全域を把握することはできませんでした。また、確認できる範囲には生物が存在していません。動物は元より、虫や植物も棲息していないようです。
もう1度周囲を見回して気付く。確かに、植物も含めて生き物の気配が全くない。地面は土だが、栄養の無さそうなパサついた土だ。まさしく、死の大地と言った様子である。
コレ、もうヒトが残っていないパターンかな?
A:この世界には魔力の供給が必要な結界が張られているため、知的生命体が残っている可能性は高いと思われます。
もしかしたら、マップ範囲外はもう少しマシな土地が広がっているのかもしれない。
……ところで、この世界に張られた結界はどんな効果なんだ?
A:張られているのは、太陽の光だけを通さない結界です。他の星の光、太陽の熱は通します。
太陽の熱は必要だが、太陽の光は要らない。そんな世界を望むのは……。
「もしかして、この世界って不死者の世界……?」
ホラーの苦手なミオが顔色を悪くして呟いた。
「そう言えば、破棄すべき魔道書の1つはネクロノミコンだったな」
「そんなのもう確定じゃない!」
この世界のネクロノミコンがどんな力を持っているのかは知らない。
しかし、状況証拠が確実に揃ってきているのも事実だ。
「アルタ、ターゲットの魔道書は見つかったか?」
A:いいえ、マップで確認できる範囲にはありません。
流石にそこまで簡単には行かないか。
それじゃあ、引き続きこの世界の解析を頼む。
A:承知いたしました。
「まずはエリアを移動する必要がありそうだな」
「……ご主人様、この場で24時間待機するってのはダメ?」
ミオが恐る恐る聞いてくる。
今回はたった24時間の生存で光の柱が発生するので、それを待つというのも悪くはない。
「最終的にそれを選ぶ可能性はあるけれど、まずはこの世界の情報を集めたい。折角の異世界、何も知らずに移動するなんて勿体ないからな」
「はぁ、ご主人様ならそう言うわよね……。もし、ここが不死者の世界だったら、『ルーム』の中に引きこもるから!」
「そんな力強く言うことじゃないだろ……」
「無理なものは無理!」
ミオは全力で首を横に振っている。
「……ミオさん、平気ですの?その場合、『ルーム』の中で1人きりになりますわよ?」
「うぐっ!」
セラが心配そうに尋ねると、ミオは変な声を上げた。
「どういうことだ?」
「ミオさん、怖い物を見た後は1人になるのも怖いらしく、時々部屋にお呼ばれするのですわ」
俺には分からない感覚だが、そういうこともあるらしい。
「その節はお世話になりました。……セラちゃん、一緒に『ルーム』に入ってくれない?」
「おいおい、仮にも護衛であるセラを引き抜こうとするなよ。……仕方ない。ミオがどうしても無理と言うなら、24時間待機して次の世界に行こうか」
「ご主人様、ありがとー!」
ミオが安心した表情で抱きついてきた。
「とりあえず、この世界の情報は集めるぞ。ミオはマップを見なくて良いからな」
「うん、分かった。ホラーだったら教えて」
「了解。さて、方針が決まったところで、次の問題はどこに向かうかだな」
この世界は広く、東西南北全てに未確認のエリアが存在する。
どの方向に行けば、この世界の状況がわかるのだろうか?棒でも倒して決めるか?
「仁様、北東の方角に向かうことを提案いたします」
マリアが挙手して北東に行くことを勧めてきた。
「その理由は?」
「北東に廃墟があるからです。廃墟とはいえ建築物があると言うことは、人里が近くにある可能性は他の方角よりも高いと思われます」
マップで検索した結果、北東にだけ廃墟が存在していた。
ボロボロになっているが、道のような物もあるから、誰かが居る可能性は高そうだ。
「他に当てもないし、とりあえず北東に行ってみようか」
北東に行って何もなければ、他の方角に行けば良いだけの話だ。
北東に向かってしばらく歩き、ようやくエリアの境界に到達した。
境界を一歩越えたところで、新たなエリアのマップを確認する。……なるほど。
「ご主人様、どう?」
マップを見ていないミオが尋ねてきた。
「残念ながら、この世界は不死者が居るみたいだ」
「そんなぁ……」
ミオは膝から崩れ落ち、手を地面について四つん這いとなった。
「見つかったのは生きた死体の少女が1人、廃墟に……隠れているのか?」
こちら、見つけた少女のステータスである。
名前:コルネリア
性別:女
年齢:10(享年)
種族:生きた死体(元人間)
称号:ネクロ・リードの眷属
『深淵』の外とほぼ同じフォーマットのステータスだった。
見た目を確認したところ、享年通り10歳くらいの少女だった。
生気のない青白い肌でドレスを着ていることから、西洋人形のように見える。
幼いながらに顔の造形は整っているが、その表情は何と言うか……絶望?諦念?
称号と名前から考えて、ネクロ・リードとやらがこの少女を生きた死体にした可能性が高い。もっと言えば、魔道書ネクロノミコンを持っている可能性も高い。
「この子、どういう状況なんでしょう……?」
「情報が少なすぎますわね。でも、ご主人様の言うように、隠れているように見えますわ」
少女は廃墟の中で外から見えない場所に座っている。
時々、顔を出して周囲を警戒する様子は、隠れているとしか思えないものだった。
「そんなに怖く無さそうね。どれどれ……」
俺達の雰囲気から怖くないと判断したミオがマップを確認する。
「ミオが大丈夫なら、この少女に接触しようと思う。この世界について聞くつもりだ」
折角、話ができそうな異世界人が居るのだ。関わらないなんて勿体ない。
生きた死体ではあるが、少女自身に危険な雰囲気はないからな。
当然、危険に巻き込まれる可能性は低くないが、それくらいは必要経費と言って良いだろう。
「……多分、平気よ。不思議なんだけど、怖いというよりも可哀想と思っちゃうのよね」
「この子、幸が薄そうですよね……」
さくらに幸薄そうと言われるのは相当だぞ。
「ミオも大丈夫そうだし、この少女に会いに行こう。割と距離があるから飛んで行くか」
今のところ『深淵』の中に騎竜を呼ぶ予定はないので、俺は大精霊と精霊化することにした。
今更の話ではあるが、大精霊のレイン、エクリプスは『深淵』に入る前から俺に憑依している。始祖神竜は長期間外に出られないのは嫌だと言ったので連れてきていない。
「セラには不死者の翼を貸すから、さくら、ミオを運んでくれ」
「了解ですわ」
「よろしくお願いいたします……」
「セラちゃん、よろしくね」
不死者が居る世界で不死者の翼を使うのは少し面白い。
「マリア、ドーラは各自の空中移動をしてくれ」
「はい」
《はーい!》
マリアは<結界術>の空中移動、ドーラは自前の翼で<飛行>ができる。
「それじゃあ、出発だ」
《ごー!》
各々の方法で空を飛び、少女の元へ進んでいく。
少女を驚かせないよう、ある程度離れた場所に降り立ち、そこから歩くことにした。
「仁様、気付かれたようです」
少し歩くと、少女が俺達の存在に気付いた。
隠れるつもりもないし、遮蔽物が廃墟くらいしかない見晴らしの良い場所なので当然である。
「自分から出てくる気はないようですわね」
「ホント、何から隠れているのかしら?」
少女は廃墟の中で伏せ、息を殺して俺達が立ち去るのを待っている。
普通のホラーなら、人間が隠れて不死者が探す側じゃないか?
俺達は更に歩き、大きな声を出せば届く距離まで少女に近付いた。
「俺達は異世界からの訪問者だ!良ければこの世界のことを教えて欲しい!もし、教えてくれる気があるなら出てきてくれ!もちろん、礼はさせてもらう!教える気がなければその場に隠れていてくれ!俺達は30秒くらいでここを去る!」
俺は少女に声を掛け、30秒待つことにした。
何から隠れているのか知らないが、無理強いをするつもりはないからな。
「…………」
声を掛けてから10秒もせず、廃墟に隠れていた少女が立ち上がり、無言で俺達に近付いてきた。
「初めまして、俺の名前は仁。そして、右からさくら、ミオ、セラ、ドーラ、マリアだ」
「……コルネリア。異世界から来たのは本当?」
少女、改めコルネリアが尋ねてくる。表情の変化は乏しいが、諦念と絶望は滲み出ている。
「ああ、だからこの世界のことが良く分かっていないんだ。廃墟から出てきたということは、この世界について教えてくれるってことで良いのか?」
「良い。その代わり、お願いがある」
「無茶な願いじゃなければ聞こう。どんな願いなんだ?」
「私をこの世界から連れ出して」
自分の世界が滅びかけであることを知っていれば、当然の願いかもしれない。
「悪いけど確約はできない。何も知らずに安請け合いできる内容じゃないからな」
コルネリアのことも世界のことも知らず、不用意に住人を他の世界に移すことはできない。
何よりも高いハードルはコルネリアが不死者という点だ。不死者を他の世界に連れて行くとか、普通にパニックホラー映画案件である。
「分かった。まずはこの世界について説明する。この世界は、1人の大魔道士によって全ての生物が滅ぼされた世界。この世界に残ったのは大魔道士と私達眷属だけ」
「その大魔道士の名前は?」
「……ネクロ・リード。魔道書ネクロノミコンにより生命を穢し、魔道書グリモワールにより太陽を拒絶することで、この世界を自分にとっての楽園に変えた男」
やはり、この世界の鍵となるのはネクロ・リードだったか。
転移条件の魔道書を2冊とも持っているようだが、交渉で破棄させてもらうのは難しそうだ。
「もう、100年以上前になる。ネクロ・リードは膨大な魔力で魔道書ネクロノミコンを使い、この世界の全ての生物を死滅させた。そして、気に入った者だけを生きた死体に変え、自分の眷属にした。300人以上は眷属になっているはず」
何の誇張もなしに世界滅亡の原因じゃねえか。
「それから少しして、世界の収縮が始まった。世界に行き止まりが現れ、その先に進めなくなった。ネクロ・リードに聞いたら、世界が滅びることを知り、普通に生きるのが馬鹿らしくなったと言った。どうせ滅びるなら、最期に自分の望むままに行動すると言った」
世界が滅びると知って自棄になったのか。
問題は、自棄になったヤツに実際に世界を滅ぼす力があったことだろう。
「生きた死体は太陽の光に弱いから、魔道書グリモワールにより現実を歪めることで太陽を消した。こうして、ネクロ・リードと生きた死体しか存在せず、日の光すら届かない世界が完成した」
不死者しか居ない世界とか、完全にバッドエンド後の世界だ。
「この世界のことは何となく分かった。教えてくれてありがとう。それで、コルネリアはどうしてこんなところで隠れていたんだ?」
「ネクロ・リードの元から逃げてきた。眷属は主の命令に逆らえないけど、逃げるなと命令されていなかったから逃げられた。もう、10年はここに居る」
「酷い扱いでもされていたのか?」
殺して生きた死体にする以上に酷い扱いがあるかは知らない。
「違う。ネクロ・リードは私達に何もしない。ただ、見て楽しんでいるだけ」
「見て楽しむ?」
「ネクロ・リードの趣味は少女を眺めること。300人以上の眷属には、幼い少女しか居ない」
「うわぁ……」
……他人の性癖に口を出す気はないが、ちょっと望むままに行動しすぎじゃないか?
「この世界を滅ぼし、私達に無為な生を押しつけネクロ・リードのことが憎い。でも、眷属である私達にネクロ・リードを傷付けることはできない。私にできる抵抗は、逃げ出すことだけだった。いずれは連れ戻されると思っていたけど、異世界が存在するなら話は変わってくる。お願い、私をネクロ・リードの居ない世界に連れ出して」
コルネリアの望み、そして絶望と諦念に納得がいった。
「!」
そこで、俺は背後で何かが起こる気配を感じて振り向いた。
同じく気配に反応したマリア、セラが俺達の前に立ち、武器を構える。
俺が振り向いて3秒も経たず現れたのは、黒いローブを纏った魔法使いっぽい男だった。マップ上を移動してきた形跡はないので、転移の魔法か何かを使ったのだろう。
名前:ネクロ・リード
性別:男
年齢:30(享年)
種族:生きた死体(元人間)
称号:大魔道士、魔道書ネクロノミコンの所有者、魔道書グリモワールの所有者
まあ、そりゃそうだよな。
「どうしてここに!?」
コルネリアが絶望した表情を見せて叫ぶ。
「ぐふふ、ボクはコルネリアちゃんのご主人様だからね」
「……まさか、ずっと見ていたの!?」
「ぐふふ、当然だよ。大事な眷属から目を離すはずがないだろう?1人で頑張るコルネリアちゃんを見ているのは楽しかったけど、それも今日で終わりだね。城を出るくらいなら良いけど、この世界を出ると言われたら、許容する訳にはいかないんだよ」
主と眷属という関係性から、コルネリアは見逃されているだけの可能性が高いと思っていた。
異世界人と接触し、この世界からの脱出を希望したら、流石に許容範囲を超えるだろう。
「ぐふ、それにしても、まさか異世界からボク好みの女の子が来てくれるとは思わなかったよ!」
ネクロ・リードがミオとドーラの全身を舐め回すように見てくる。
「うげっ!」
《なんか、やだー……》
ミオとドーラが嫌悪感を示したので、2人を庇うように前に出る。
「ちっ、野郎と年増に興味はないんだよね。……コルネリアちゃんから聞いているでしょ?ボクは誰よりも強いんだ。その2人を置いて立ち去るなら、命だけは助けてあげても良いよ」
「悔しいけど、ネクロ・リードに勝てる人なんて居ない。見つからない内に逃げるならともかく、見つかったら、どうしようもない。言う通りにした方が、良いと思う」
悔しそうな顔をしたコルネリアが、ネクロ・リードに従うよう推奨してくる。
「ぐふふ、良いねぇ。コルネリアちゃんにはネガティブな顔がよく似合うよ。そんな顔をずっと見続けられるボクは幸せ者だなぁ」
「…………」
ネクロ・リードを少しでも喜ばせたくないのだろう。
コルネリアは悔しさを押し殺し、無表情になるように頑張っている。
「さて、野郎と年増はそろそろ立ち去ってもらえるかな?女の子は幼ければ幼いほど良いだろう?ボクは少しでも早くその子達を殺して、眷属にしなければならないんだ。そうして、生きた死体にすれば、永遠に幼く美しい姿のまま愛でることができるからね。ぐふ、ああ、早く君達をボクの美術館に飾ってあげたいよ!」
恍惚とした表情でネクロ・リードが叫ぶ。
とても察したくはないが、察するにこの男にとって幼い少女とは美術品のようなものなのだろう。
幼い状態が最も美しいから、成長……つまり変化することが許せない。だからこそ、変化を止めるために殺して生きた死体にする。理屈は分かるが、正気の沙汰じゃない。
「ご主人様!アイツ、マジでヤバいって!」
《なんか、やだー!》
ミオが涙目になり、ドーラがムスッとしている。
A:この世界の解析が完了しました。
ここで、ようやくアルタの解析が完了した。なになに……。
解析結果を聞いたことで、ようやくこの世界での立ち回り方が決まった。
「コルネリア、1つ聞かせてくれ。異世界に連れ出す以外の望みはあるか?叶う、叶わないは関係なく、本当に望んでいることがあれば教えてくれないか?」
「そんなの、決まっている。ネクロ・リードに死んで欲しい、それが1番の望み」
俺が質問すると、コルネリアは一切躊躇せずにそう言い放った。
「ぐふふ、コルネリアちゃんは本当に反抗的だね。でも、ボクが死んだら、眷属であるコルネリアちゃんも死んじゃうけど良いのかな?ボクからの魔力供給がなくなれば、眷属達はすぐに苦しんで死ぬことになるよ?ああ、既に死んでいるから、死に直すと言った方が正しかったね」
「無意味に生かされるよりはマシ。自害が禁止じゃなければ、とっくに死を選んでいる。異世界に行きたいのも、魔力の供給を切って死ぬためだった」
「ぐふ、ボクが困ることは最初に禁止していて良かったよ」
コルネリアの様子を見る限り、冗談でも何でもなくネクロ・リードに死んで欲しいようだ。
そして、最初の異世界に連れ出してと言う願いは、自殺の手段だったらしい。
「コルネリア、俺がこの男を殺しても問題ないか?」
「無理だと思うけど、問題はない」
「……君、さっきから何なの?優しいボクもいい加減我慢の限界なんだけど。立ち去る気がないなら、死んでくれるかな?」
ネクロ・リードは何処からか魔道書を取り出し、何かを唱えようとした。
《腕を斬れ》
魔道書を取り出した時点で動き始めたマリアに念話で指示を出す。
マリアはネクロ・リードの首に向かう斬撃を軌道修正し、魔道書を持った右腕を切り落とした。
「は? ……ぎゃあああああああ!!!」
マリアの動きを認識できなかったネクロ・リードは、魔道書ごと切り落とされた腕を見て叫んだ。
思った通り、典型的な魔法特化タイプだな。強力な魔法が使えるから世界を滅ぼせたが、個人的な戦闘力で考えると大したことはないのだろう。
「き、キサマ!何と言うことをしてくれたんだ!」
目を血走らせて俺を睨み、残された左手で魔道書を拾う。
「大事な魔道書が汚れるじゃないか!傷つくじゃないか!この魔道書がどれだけ貴重な美術品なのか、全く理解していない!折角、ボクが長い時間を掛けて修復したというのに!」
ネクロ・リードは魔道書を様々な角度から見て、傷や汚れが付いていないか確認していた。
ちょっと、思っていた反応と違うなぁ……。
「ああ!?こんなところに傷が!早く修復しないと! ……君、絶対に殺すから」
そう言うと、ネクロ・リードは黒い球体に包まれて消えてしまった。
直後、切り落とされた右腕が溶けるように消えていった。
「仁様、逃がしてよろしかったのですか?」
「ああ、構わない。と言うか、今は生かしておきたい」
コルネリアは構わないと言ったが、ネクロ・リードが死ぬと300人以上の少女が苦しんで死ぬ。
純粋な被害者である少女達に加害者と一緒に死ねというのは少々可哀想すぎる。
「コルネリア、提案なんだが、ネクロ・リードの眷属を止めて俺の従魔になる気はないか?」
「どういう意味?」
「俺達は今からネクロ・リードを殺す。だけど、そうなるとコルネリアも死ぬだろ?ネクロ・リードの眷属を止めて俺の従魔になっておけば、俺からの魔力供給で生き延びることができるはずだ」
アルタにも問題がないことは確認してある。
「従魔になるとどうなる?」
「ネクロ・リードの眷属として苦しんできたコルネリアに言うのは酷だが、ハッキリ言えば眷属と大して変わらない。俺の配下として、俺に従ってもらう」
「分かった、従魔になる」
「……決断、早くないか?」
正直、断られる可能性の方が高いと思っていた。
コルネリアはずっと眷属としてネクロ・リードに支配され続けていたから、もう誰かに従うのは嫌だ、と考えてもおかしくはなかった。
「私が嫌なのは、世界を滅ぼし、私を殺し、眺めるためだけに蘇らせたネクロ・リードに従うことだけ。ネクロ・リードと戦ってくれる人に従うのは何の問題もない、むしろ本望」
「本当にネクロ・リードが嫌いなんだな……。それで、今すぐ従魔にできるけどどうする?」
「今すぐお願い」
「分かった。ちょっと苦しいぞ」
俺はコルネリアに触れると、<生殺与奪LV9>と<多重存在LV7>のコンボを使い、魂に刻まれた眷属としての繋がりを断ち切った。
「……ん」
「俺に従うと念じてくれ」
魔力の供給が切れ、苦しそうにするコルネリアに<魔物調教>の陣を当てる。
すぐに受け入れられ、コルネリアが俺の従魔となった。無事に魔力の供給がなされているようで、コルネリアが苦しんでいる様子はない。
「ネクロ・リードから送られてくる不快な魔力がなくなった。新しい魔力、気持ちいい」
「そりゃ良かった」
「助けてもらっておいて勝手なことを言う。どうか、他の子も貴方の従魔にして欲しい、お願い」
「ああ、本人が望むなら、俺の従魔にしても構わない」
「……ありがとう」
本当に薄らとだが、コルネリアが微笑んだ。
その後、俺達はコルネリアの案内に従い、ネクロ・リードの本拠地に向かうことにした。
一通り俺達の事情を説明したので、次はコルネリアから色々と話を聞く。
「ネクロ・リードは何処を本拠地にしているんだ?」
「私達の国の王都、1番立派だった美術館を本拠地にしている。大魔道士を名乗る前は、美術品……特に絵画や本の修復を仕事にしていたらしい」
「魔道書を落とした時の反応はそれが理由か……」
腕を切り落とされたというのに、腕ではなく魔道書を落とされたことにキレていた。
本の修復を仕事にしていた美術品オタクと言うのなら納得の反応だ。
「アイツ、私とドーラちゃんを美術館に飾るとか言っていたわね。アレ、どういう意味なの?」
「そのままの意味。ネクロ・リードにとって、幼い少女は美術品に等しい。美術館には、生きた死体の少女達が飾ってある。一部の少女達は、裸にされ、決まった体勢から動くことを禁止され、銅像の横に並べられている」
「何ソレ、気持ち悪い!」
生きた死体の裸婦像とか、趣味が悪いにも程があるだろ。
「ネクロ・リードは気に入った少女を美術館に飾る。飾ると言われた以上、2人のことを優先的に狙ってくると思うから、戦うなら気を付けた方が良い」
「心の底から気持ち悪いんだけど……」
《ドーラ、あのひときらーい……》
ミオとドーラが心底嫌そうな顔をする。ミオに至っては、鳥肌まで立っている。
あんなのに狙われていると分かったら、誰だって同じような反応になるだろう。
「そう言えば、マリアは狙われていなかったな。年齢はミオに近いはずだけど……」
「ネクロ・リード曰く、『胸の小さい少女は傑作。胸の大きい少女は駄作。胸の小さい女は贋作。胸の大きい女はゴミ』。年齢的には問題ないけど、胸が許容範囲を超えていると思う。少なくとも、眷属の中には同じくらいのサイズの子は居ない」
想像以上に碌でもない理由だった。
年齢だけじゃなく、胸の大きさにも拘りがあったのか……。
「つまり、私は駄作ですか。狙われたい訳ではありませんが、非常に不快です」
「その発言を聞いて、不快にならない女性は居ないと思います……」
「本当に酷い侮辱ですわ。最後に至っては作品ですらありませんし……」
マリア、さくら、セラも憤りを見せる。
何がとは言わないが、セラ>>>さくら>マリア>ミオ>ドーラの順である。
多分、マリアとミオの間に傑作と駄作の境界線があるのだろう。
「当然、傑作と言われたところで何も嬉しくはない。私も長い間展示されていたけど、自分の意思では動くこともできない地獄のような日々だった」
「その状況から良く逃げ出せましたね……」
「定期的に美術品の配置を変えているから、その隙を突いて逃げ出した。恐らく、わざと逃げやすい隙を作っていた。今考えれば、あまりにも簡単すぎたから」
「ほ、本当に性格が悪いです……」
ネクロ・リードの逸話、ほぼ全てがドン引きで終わるの凄くない?
「同僚からはネクラ・リードと呼ばれていたらしい」
「不思議です……。酷すぎる渾名なのに、同情の気持ちが一切湧いてきません……」
どんな酷い渾名を付けても、本人の所業に比べればマシだからね。
「ネクロ・リードに同情の余地はない。絶対に許さない」
「……そこまで恨んでいるなら、ネクロ・リードへのトドメはコルネリアが刺すか?」
コルネリアのネクロ・リードへの憎悪が強すぎるので、トドメを刺したいか尋ねてみた。
多少の準備は必要だが、コルネリアにトドメを譲ることは難しくない。
「必要ない。私個人の恨みを晴らすより、確実に殺す方が大事」
どうやら、『殺したい』よりも『死んで欲しい』の方が強いようだ。
「そうか。それなら、俺達が確実に殺してやる」
「うん、お願い」
ネクロ・リードの殺害は次の世界への移動条件に含まれていない。
それでも、俺の中でネクロ・リードを殺すことは既に決定事項となっていた。
初期プロットでは、ネクロ・リードは普通の小児性愛者で死体性愛者でした。
リビングデッドの少女達があまりにも酷いことになるので、マイルドにした結果がこれです。
また、このキャラの構想自体は何年も前からあったのですが、本編に登場する余地がなかったので、深淵送りになりました。滅んだ世界でしか出せないキャラということです。