第243話 根絶と縁ある世界
エルフ編、ようやく終わりです。
キノコの棲息する森には、8つの物見櫓が存在し、それぞれ7人のエルフが常駐していた。
キノコに支配されて正気を失った56人のエルフ達は、キノコの敵となった俺達を排除するため、全速力で森の中を移動している。全速力というのは何の誇張もなく、肉体の限界全速力である。
どうやら、キノコにとって寄生先を奪う俺達の排除は最優先事項らしく、エルフ達の肉体のリミッターを外し、身体の負担を無視した全力を出させているようだ。
「俺は正面、マリアは右、ドーラは左のエルフを相手してくれ!」
「承知いたしました!」
《わかったー!》
物見櫓は正面に3つ、右に3つ、左に2つ存在するので、ドーラだけ担当数が1つ少ない。
余計なお世話かもしれないが、この中で1番手加減が苦手なのはドーラだと思われるため、少しでも負担を減らそうと左を任せることにした。
「はっ、立派に敵意を持ちやがって……」
村で戦うと余計な被害が出る可能性があるため、キノコの棲息する森の中に入る。
マップを確認すると、キノコ1つ1つが赤く表示されていた。明確に俺達を敵と認識している証拠である。まさか、キノコに敵意を持たれる日が来るとは思わなかったよ。
-シュッ-
「ほいっと」
俺は飛んできた矢を『英霊刀・未完』で斬り捨てる。
矢自体は脅威ではないが、俺の位置を性格に把握していたのは気になる。まだ、エルフからそこまで正確な射撃をもらう距離じゃないのだが……。
A:森に棲息するキノコがマスターの位置をエルフに伝えています。
キノコにはテレパシー的な能力があるのか。
つまり、ここは完全な敵地と言う訳だ。
-シュシュシュシュシュシュシュ-
「飛ばしてくるなぁ……」
21人のエルフが持てる全ての矢を撃ち尽くす勢いで放ってくる。
全ての矢が正確に俺に当たるコースで飛んでくるので、全ての矢を斬り落として対処する。
弓しか武器のないエルフが矢を全て失ったらどうするのだろう?そんなことを考えていたら、すぐにその答えが明らかとなった。
-ブォン!-
「そう来たか」
俺は飛んできた岩の槍を一刀両断にした。
岩の槍、それは<土魔法>の『ストーンジャベリン』にしか見えなかった。
エルフ達は魔力の存在も知らないので、キノコが身体を操って魔法を使わせたことになる。
キノコにとって魔力は餌だ。つまり、餌を食べるのを我慢してでも俺達を排除したいのだろう。
しかし、残念ながら『ストーンジャベリン』程度の魔法が俺に当たることはない。
次々と迫り来る岩の槍を避け、1人のエルフに接近する。
「まずは1人目」
俺はエルフに一瞬で手枷と足枷を付ける。
アドバンス商会が開発した、強度と魔法耐性に優れるオリハルコン製の枷である。
「次、2人目」
同じく、近くに居たエルフに手枷と足枷を付ける。
このまま、残り19人に枷を付ければミッションコンプリート……と考えていたら念話が来た。
《ご主人様!さくら様がキノコとタケノコの対策魔法を創ったわよ!》
《『粛清』と言って、憑依や寄生を剥がす魔法です……!》
《タケノコの寄生に効果があることは確認済みですわ!》
どうやら、さくらが<魔法創造>で寄生対策の魔法を創り出したようだ。
俺の異能で対策できるのだから、さくらの異能で対策できるのも道理だろう。
なお、アルタによれば俺の持つ寄生対策の武器やスキルはキノコ達に効かないとのこと。
《さくら、ナイスだ!マリア、ドーラ、『粛清』を使おう!》
《了解です!》
《うん!》
念話を切り、近くのエルフに向けて『粛清』を発動する。
放射状に光が放出され、その光を浴びたエルフから『何か』が剥がれていく。
その後、エルフは力なくその場に崩れ落ちた。
「効果は絶大だな。それじゃあ、さっさと終わらせようか」
それから3分程で全てのエルフに『粛清』を当て終わった。
意識のないエルフを運ぶのも面倒なので、『ゲート』の魔法でまとめて村に送り返した。
最後に俺達も『ゲート』で村に戻り、拘束されたままの村長にも『粛清』を当てる。
「2人ともお疲れ。順調だったみたいだな」
「仁様、お疲れ様です」
《ドーラもがんばったー!》
マリアとドーラが回収したエルフ達にも大きな怪我はなかった。
マップでさくら達の様子も確認してみたが、ドワーフに被害は出ていないようだった。
「皆さん、無事ですか!?」
俺達が戻ってきたことに気付いたヤシロが走って近付いてくる。
「ああ、俺達もエルフ達も無事だ。気を失っているが、もう少しで目を覚ますと思う」
「そうですか!本当に良かったです!」
心底安心したようにヤシロが微笑んだ。
ドワーフ達の方は何人か目を覚ましていたので、エルフもそう時間は掛からないだろう。
「目を覚ましたら、彼らに今までの経緯を説明して、忠誠を誓うように説得してくれないか?」
「もちろんです!皆で一緒にこの世界を出て行きますから!」
「ううっ……」
気絶していたエルフの1人が目を覚ます。思った以上に早かった。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、大丈夫です、天仕様……」
「あっ!?」
目を覚ましたエルフにヤシロが近寄ったところ、唐突に正体が暴露されてしまった。
ヤシロはバツが悪そうに俺達の方を見る。
「……あはは、そうです。実は私が天仕なんです。あ、別に騙すつもりはなかったんですよ!」
「最初から気付いていたから気にするな。俺、変装を見破るのは得意なんだ」
「ジンさん、本当に多才ですね!」
「……まあ、手数の多さに自信はある」
色々と出来るのは事実だが、『多才』かと言われると自信はない。
俺1人の能力とは言い難い物が多いからだ。
「ここは村か……?」
「私は一体何を……」
「身体が、動かない?」
「本当だ!全く動かないぞ!?」
話をしている内に少しずつエルフ達が起き始めた。
起きてすぐに意識はハッキリしたようだが、身体は全く動かせていない。
キノコに操られ、肉体のリミッターを外した副作用だろう。
「ジンさん、これは一体……?」
「簡単に言うと、キノコに操られて身体が滅茶苦茶疲れている」
「なるほど!納得です!」
「しばらくは動けないだろうから、その間に説明を頼む」
「分かりました!皆さん、聞いて下さい!」
ヤシロは強く頷くと、倒れたエルフ達に今までのことを説明し始めた。
倒れたエルフ達はキノコの真実を知って顔色を悪くした後、俺達ならキノコの影響を排除できると聞き、自分達もそれで助かったのだと納得した。
「皆さん、お願いです!ジンさんに忠誠を誓って下さい!一緒にこの世界を出ましょう!」
ヤシロがそう言って締めくくると、倒れたエルフ達は全員が頷いていた。
やはり、最初に村で最も尊い天仕を配下にしたのは正解だったな。
その後、倒れたエルフ達が何とか起き上がれるようになったので、全員何事もなくテイムした。
全員のテイムが終わって間もなく、村長が目を覚ましたので状況を説明すると、ようやく村長も忠誠を誓うと言ってくれた。
「最後の1人になるのは、村長の責任だからな」
「なるほど……」
村長も他に手がないことは理解しているのに、一向に忠誠を誓わないので不思議に思っていた。
村長として、最後の1人になると決めていたのだろう。
「これで、全員がジンさんに忠誠を誓いましたね!」
「うむ、間違いなく、全員がキノコの影響を排除できたな」
俺もマップを念入りに確認し、配下になっていないエルフが居ないことを確認した。
エルフ全員が俺の持っていた果物を食べているので、キノコの影響がないことも保証できる。
「それで、いつ頃この世界を離れるつもりだ?4日までなら待てるぞ?」
「え?4日も待つ意味がありますか?今日中……いえ、今すぐこの世界から離れたいです!」
「ヤシロ、勝手に決めるな。村の者達にも確認を取るぞ」
「皆、同じ気持ちだと思いますけど……」
村長とヤシロが村人に確認すると、ヤシロの予想通り全員がすぐに離れたいと言った。
そこから、エルフ達は村を捨て、異世界に移住するための準備を始めた。
「本当に、宝物以外何も持って行かなくて良いのか?」
15分後、村を捨て、異世界に移住するための準備がほぼ終わっていた。早くない?
「はい!余計な物は他の世界に持ち出さないと決めているのです!」
「祖先の二の舞は避けたいからな」
異世界のキノコに滅ぼされたエルフ達は、異世界にキノコに関係する物を持ち出すことに忌避感を抱いていた。
元々、この世界に存在していた宝物蔵の宝物以外は、何らかの形でキノコと関係がある。
そこで、エルフ達は衣類も含め、宝物以外の全てをこの世界に置いていくと決めたらしい。
補足しておくと、エルフ達は現在、俺の渡した貫頭衣を着ている。
「ジンさん、1つ、身勝手なお願いをしても良いですか?」
「お願いの内容によるな」
「私達がこの世界を離れた後、残ったキノコを滅ぼして欲しいんです。この世界にキノコを残して、私達の祖先のような被害に遭う人を出したくありませんから。できれば、タケノコも……」
「……分かった、とりあえず、キノコは滅ぼしておく」
「よろしくお願いします」
少し考え、ヤシロの願いを叶えることに決めた。
他所の世界の種族を滅ぼすのは気が進まないが、冷静に考えてみたら、『その土地の原住民が外来種の根絶を頼んできた』とも言えるので、今回は滅ぼしても良いと判断した。
《ミオ、エルフから村を去った後にキノコを滅ぼして欲しいと頼まれた。ドワーフの方はどう思っているか確認してくれないか?》
《了解!》
ミオに念話でドワーフ側の状況を確認しておく。
キノコを滅ぼすなら、タケノコも滅ぼさないと何の解決にもならない。
あるいは、餌となる魔力の供給源が居なくなれば勝手に滅びるのかもしれないが、滅びるまでに人が来る可能性がある以上、確実に滅ぼしておいた方が良いだろう。
「ジンさん、村の皆の準備が整いました。他の世界に送って下さい」
「ああ、分かった。皆、目を瞑ってくれ!」
俺が声を上げて指示をすると、全てのエルフが目を瞑った。
ここで、バジリスクとなったタモさんにエルフ達を石化してもらう。
そのまま、全員を<無限収納>に回収し、迷宮に居るメイド達に石化の解除と一般常識の教育をお願いした。
《ご主人様、ドワーフ達もタケノコを滅ぼして欲しいそうよ》
《それじゃあ、ドワーフを送った後は、キノコ狩りとタケノコ狩りの時間だな》
《それ、意味が違うんじゃない?》
意味というか、目的が違う。採取ではなく、殲滅の意味の狩りだから。
ミオ達がドワーフを迷宮に送った後、俺達はキノコ狩りとタケノコ狩りを開始した。
「『サンライズ・ダウン』!」
俺が発動したのは<火魔法>の『サンライズ・ダウン』だ。
LV10で覚えられる最強の<火魔法>であり、その効果は50m程の火の玉を上空から落とすというシンプルなものだ。シンプルな、広域殲滅魔法である。
上空に現れた巨大な火の玉は2つ。エルフの森で魔法を発動したのは俺、ドワーフの森で魔法を発動したのはさくらである。
落下した巨大な火の玉は、轟音と共に2つの森を火の海に変えた。
「まさか、エルフの住んでいた森を焼くことになるとは思わなかった……」
マップ上の赤い点が次々と灰色になっていくのを眺めながら呟く。
キノコを破壊するだけで良いと思っていたのだが、アルタによると東の森の植物は全てキノコの干渉を受けており、森ごと消さないとキノコが再度繁殖する可能性があるそうだ。
そう言われてしまえば、森ごと焼き払うしかなくなる。
当然、西の森も同様の状況だったので、焼き払うことになった。
余談だが、北と南の森はキノコとタケノコの干渉を受けていない……厳密には受けているのだが、再繁殖の危険性は皆無なため放置することにしている。
「『サンライズ・ダウン』!」
もう1度、『サンライズ・ダウン』を発動してエルフの森に落とす。
流石に1回の魔法で全ての森を焼き払い尽くすことはできない。何回かに分けて、丁寧に森の全てを焼いていくつもりだ。
マリア、ドーラには北の森と南の森に被害が行かないよう、森の境界付近に配置している。同様のことをミオとセラもやっているはずだ。
「『サンライズ・ダウン』……これで十分かな?」
A:はい、これでキノコが再繁殖する可能性がなくなりました。
結局、森が完全な焼け野原となるまで、10回の『サンライズ・ダウン』発動が必要となった。
俺がキノコを殲滅するのと時を同じくして、西の森にも火の玉が現れなくなった。
「さくらの方も終わったみたいだな。ふう……ん?」
一息吐いた直後、焼け野原となった東の森と西の森に1本ずつ光の柱が現れた。
コレ、状況的に考えて、『②エルフを根絶する』と『③ドワーフを根絶する』の転移条件を達成したってことだよな?
>「エルフの根絶者」の称号を取得しました。
キノコを根絶したら、エルフを根絶したことになっているぞ?
さくらの称号欄を確認したら、「ドワーフの根絶者」が追加されていた。
A:確認しました。ベニエルフタケ、ドワーフ竹はエルフとドワーフに分類されるようです。
もしかして、転移条件の根絶対象って元々キノコとタケノコだったのか?
理由はどうあれ、光の柱が出たということは、この世界に居る理由がなくなったということだ。
《皆、『召喚』の魔法で呼び出すぞ》
今後の話をするため、皆を呼び出すことにした。
「まさか、『ドワーフの根絶者』なんて称号を得ることになるとは思いませんでした……」
「私の『甲虫女王』……今は『元甲虫女王』ですが、不本意な称号が多いですわね」
「セラはまだマシだろ。俺とさくらの称号は人聞きが悪すぎる」
キノコを滅ぼしただけで、エルフを大量殺戮したような称号を得るのは不本意である。
称号が見える世界だったら、あらぬ誤解を受けていただろう。
「称号を手に入れたタイミングから考えて、光の柱を出す条件を達成すると、称号が貰えるのかしら?少なくとも、3人の称号を得たのは光の柱の出現とほぼ同時よね?」
「その可能性は十分にあると思う」
ミオの仮説は正しい気がする。
メリットのある称号でもないので、だからどうしたと言われたらそれまでだが……。
「格好良い称号が貰えそうなら、狙ってみても良いかもしれないな」
《ごしゅじんさまー、ドーラにもちょーだい!》
「ああ、ドーラに似合いそうな称号が貰えそうだったらな」
《わーい!》
格好いい称号が貰えそうなら俺、可愛い称号が貰えそうならドーラ。
「変な称号ならセラ、人聞きの悪い称号ならミオに任せよう」
「ちょっ!?」
「これ以上は要らないですわ!」
「その時は私が取得いたします。何かの役に立つかもしれませんから」
こういう時、マリアはアグレッシブなんだよな。
「折角異世界に来たのだから、記念に全員1つくらいは称号を持って帰ることにしようか」
「まあ、それくらいなら良いかな。もちろん、人聞きの悪い称号は嫌よ」
「私はもう称号は要らないです……」
「私も要りませんわ」
既に人聞きの悪い称号を得たさくら、変な称号を得たセラは露骨にテンションが低かった。
俺?人聞きは悪いと思うけど、面白いから良し!
「滅ぼした後に言うのも何だけど、あのキノコとタケノコって一体何者だったのかしら?」
話が一段落したところで、ミオが当然の疑問を口にした。
「エルフとドワーフに分類されるとか、意味が分からないにも程があるよな。……案外、何処かの異世界のエルフとドワーフが、何らかの理由でキノコとタケノコに成り果てた姿だったりして」
「『深淵』は滅茶苦茶な世界が多そうだから、有り得ないと言い切れないのが怖いわね」
適当に言った冗談だったんだが、ミオはツッコミを入れてくれなかった。
「疑問は残るけど、俺達にそれを知る術はないだろうな。それこそ、キノコとタケノコが元々棲息していた世界にでも転移しない限りは」
「ご主人様、そういうフラグを立てるのは止めよ?」
「もしかして、次に行く世界が決まったんですの?」
「待て、流石にそれはないだろ。東の森の柱に入ったらキノコの世界、西の森の柱に入ったらタケノコの世界に転移するとか、きっとそんなことはないはずだ」
「語るに落ちているわね」
自分で言っていて、もうそれしか考えられなくなってきた。
「これ、『①120時間生存する』を狙った方が良いとかあるかな?」
「ご主人様、諦めてキノコに行くか、タケノコに行くか決めよ?」
「……ああ、そうだな」
流石にキノコ世界とタケノコ世界を回避するためだけに5日潰すのは嫌だ。
俺はコインを取り出して指で弾く。
「表だ。東の森に行こう」
「随分と適当な決め方ね。……ご主人様の幸運なら、正しい意味の『適当』かしら?」
「悩むだけ時間の無駄だからな」
明確に差があるなら考えるが、手持ちの情報ではどちらの世界に行っても大差はなさそうだ。
それなら、時間を掛けて考えるより、コイントスで運に任せた方が良いだろう。
「何か、この世界でやり残したことはあるか?」
全員が首を横に振った。
「それじゃあ、次の世界に向かうとしよう」
「キノコの世界よね!」
「まだ、確定じゃないからな!」
「確定だと思います……」
「確定ですわね」
《タケノコのつぎはキノコー!》
「…………」
満場一致(マリアは無言の肯定)でキノコの世界で確定されてしまった。
東の森に向かい、全員で手を繋いで光の柱に触れ、次の世界に転移した。
甲虫の世界、キノコとタケノコの世界に続き、3つ目の世界も森の中に降り立った。
「やっぱり、キノコの世界だったわね」
「…………」
目の前に広がる森の中には、数え切れない程のベニエルフタケが棲息していた。ちくしょう。
まだ何もしていないため、ベニエルフタケのマップ表示は緑色、無関心だ。
そして、アルタに教えてもらった転移条件は次の通り。
①1200時間生存する。
②エルフを根絶する。
俺は『余程のことが無い限り、余所者が種の存亡を決めるべきではない』と考えている。
しかし、これは『余程のこと』に含めて良いと思う。流石に50日の滞在は無理だ。
背に腹は代えられない。気は進まないが、ベニエルフタケは滅ぼさせてもらおう。
「流石に50日は待てないから、ベニエルフタケ、滅ぼそうと思う」
「まあ、仕方がないわよね。でも、その前に他の生き物が居ないかは調べましょう?」
「そうだな。余計な被害を出すのは良くないからな」
前の世界のエルフのように、他の種族が暮らしている可能性もある。
マップでこの世界のことをしっかりと調べよう。
「エリアは4つしかないけど、前の世界と比べても圧倒的に広い。その大部分は森だが、泉もあるから飲み水には困らない。ただし、動物は一切存在せず、食べられる物はベニエルフタケのみ……」
前の世界とほぼ同じ状況だ。これなら、ベニエルフタケを滅ぼしても影響は少ない。
そう言えば、ここは本当にベニエルフタケ発祥の世界なのだろうか?
A:はい、前の世界のベニエルフタケは、この世界で生み出された物です。また、前の世界でマスターが予測した内容はほぼ正解でした。
俺の予測って、エルフがベニエルフタケに成り果てたって奴?
……アルタ、何でそんなことが分かった?
A:地下研究施設に研究者と思われるエルフの白骨死体と手記が残されていました。
出た!研究者の手記!分かりやすいキーアイテムだ!
前の世界のデリカもだけど、エルフの研究者ってメッセージを残す義務でもあるのか?
A:手記によれば、この世界には魔力と霊力という2つの力が存在していました。しかし、ある時から2つの力のバランスが崩れ、霊力が大きく増加し、魔力が大きく減少しました。このままでは世界が滅びてしまうため、科学者達はバランスを元に戻すための研究を行い、その研究結果としてエルフタケの製造装置が作成されました。この装置で製造されたエルフタケは、霊力を吸収して魔力を生み出すことができます。
世界の終わりが近付いたら、抗うのは当然のことだ。
色々と気になることは多いけど、話が終わるまではツッコミは入れないでおこう。
A:しかし、このエルフタケを生み出すには、霊力の扱いに長けたエルフの一派、オリエントエルフを素材にする必要がありました。
世界の終わりが近付いたら、倫理観を捨てて抗うのは仕方のないことかもしれない。
……流れが変わってきたな。
A:その結果、密かに始められたのがオリエントエルフ狩りです。オリエントエルフが人里離れた場所に住んでいるのを良いことに、一般のエルフには秘密で集落が襲撃されていきました。オリエントエルフは大きく数を減らし、滅びはほぼ確定していました。そこで、オリエントエルフ達は自らの身体に呪いを施しました。自分達だけ滅んで堪るか、と言う恨みを込めて。
コレ、その仕込みが最悪のパターン引いたヤツじゃね?
A:エルフタケの製造に成功したことで、この世界の魔力と霊力のバランスは元に戻りました。1度バランスを戻したら、エルフタケがなくても安定することが分かりました。そこで、増えすぎたエルフタケを食料とすることにしました。
オリエントエルフを素材にしたキノコを、他のエルフに食わせるのか……。オチが見えてきたな。
A:エルフ達の大半はエルフタケの真実を知りません。エルフタケは世界を救い、自分達の糧にもなってくれる存在だと思っています。当然、真実を知る者達はエルフタケを口にすることはありませんでした。そして、食用として一般化したところで、オリエントエルフの呪いが発動しました。その目的を端的に言えば、『お前達もキノコになってしまえ』という物でした。エルフタケを食べた者達は全員がベニエルフタケに成り果てたのです。研究者達は地上の混乱を他所に地下研究施設に逃げ込みましたが、最後は食料がなくなって餓死したようです。
その結果が全滅エンドで、他の世界にも迷惑を掛けると……。
「なんか、誰も救われない話ね。誰が悪かったのかしら?」
「最初はやっぱり研究者だろう。追い詰められてのことだから、やむを得ない部分もあるが……」
「もっと悪いのはオリエントエルフ狩りを進めた権力者だと思います……。食用にするほど増えたことを考えても、オリエントエルフ、本当に滅ぼす必要があったんでしょうか……?」
「せめて、事情を知っている為政者が、エルフタケの真実を公表するべきでしたわね。そうすれば、少なくとも食用にするという案は出ないでしょうから、最悪の事態は防げたはずですわ」
「確かに、それがターニングポイントだった気がするな」
アルタ、エルフタケの呪いは食わなければ発動しなかったのか?
A:はい、発動しませんでした。
何と言うか、悪い選択をし続けた印象を受ける。
何か1つでも違えば、ここまで悪い状況にはならなかっただろう。
「ところでアルタ、オリエントエルフ側に問題はなかったの?」
オリエントエルフは純粋な被害者と考えていたが、ミオがそれに待ったを掛けた。
A:手記によれば、霊力の専門家として、何度も協力を要請したそうです。しかし、オリエントエルフは霊力が増える分には問題がないとして協力を拒否。オリエントエルフの協力なしで研究を進めた結果、オリエントエルフの肉体が霊力をコントロールするのに丁度良い素材と判明しました。
オリエントエルフもやらかしてたかぁ……。
世界の危機に自分達は困らないからと協力を拒否した上で、その身体が素材になると知られたら、そりゃあ狩られるのも無理はない。
「本当に、失敗が重なり続けた結果、この世界のエルフは滅んだってことだな」
「後味の悪い結末ですね……」
「さくら様、多分、滅びかけの世界に後味の良い話はないと思いますよ」
「それもそうですね……」
『深淵』の異世界は全てが滅びかけだ。
ミオの言う通り、後味の良い結末を期待する方が間違っているのだろう。
「この世界についての話はここまでにしよう。次は、誰がベニエルフタケを根絶して、称号を手に入れるか決めようか。まだ称号を持っていない3人が優先かな?」
「仁様、その称号を私にください!」
俺が称号を持たないドーラ、ミオ、マリアに声を掛けると、マリアが凄い勢いで挙手をした。
「マリアが立候補か。ミオ、ドーラはどうだ?」
「ミオちゃん、人聞きが悪いタイプの称号は絶対に要らないわ。これ以上、私の称号に人聞きの悪いヤツを増やしたくないから……」
ミオの称号には未だに『犯罪奴隷』が残っている。
冗談で人聞きの悪い称号をミオに押しつけると言ったが、思ったよりも拒否反応は強そうだ。
今後、このネタでミオを弄るのは止めておこう。
《ドーラもほしー!ごしゅじんさまとおそろいだからー!》
「もしかして、マリアちゃんが意欲的なのって、仁君とお揃いだからですか……?」
「……はい、同じ理由です」
「マリアさん、ご主人様関連だと急に可愛くなりますわね」
「残念だが、お揃いになれるのは1人だけだな。2人でベニエルフタケ狩りの競争をするのも有りだが、称号の獲得条件が満たせるのか分からないから、事前にジャンケンで決めよう」
2人掛かりで転移条件を達成した場合、誰も称号を得られなくなる可能性も0ではない。
お揃いの称号が欲しいなら、可能な限り俺が称号を得た条件を再現するのが正しいだろう。
「よろしくお願いします」
《がんばる!》
マリアとドーラが真剣な表情でジャンケンをする。
「勝ちました!」
《まけちゃったー……》
ジャンケンに勝利したのはマリアだった。
負けたドーラが悲しそうな顔をするので、頭を撫でて慰める。
「それじゃあ、マリア、任せたぞ」
《がんばれー!》
「はい、お任せください!」
そう言ってマリアはベニエルフタケの殲滅を始めた。
「『サンライズ・ダウン』、『サンライズ・ダウン』、『サンライズ・ダウン』……」
条件を合わせるため、マリアも『サンライズ・ダウン』を使って森を焼き払っている。
前の世界とは異なり、この世界には天敵たるドワーフ竹が存在しない。その上、ほぼ全域がベニエルフタケの繁殖に適した土地であるため、かなりの広範囲にベニエルフタケの姿がある。
世界が広い上に広範囲に棲息しているため、マリアが全力で『サンライズ・ダウン』を連射しても、ベニエルフタケの殲滅には2時間以上掛かってしまった。
「お待たせいたしました。ベニエルフタケ、殲滅完了です」
「お疲れ。称号は手に入ったみたいだな」
「はい、『エルフの根絶者』、入手しました」
ベニエルフタケを殲滅したマリアの称号には、『エルフの根絶者』がしっかりと刻まれていた。
補足しておくと、光の柱も現れている。
「丁度良い時間だし、この世界で一夜を過ごし、明日の朝に次の世界に転移しよう」
何が起きるか分からないので、遅い時間に次の世界へ転移することは避けたい。
尤も、朝に転移したからといって、次の世界も朝である保証はない。
「はーい。それじゃあ、夕飯の準備に入るわね」
《ごはーん!》
「私も手伝いますわ」
俺達の体内時間では夕方だが、この世界はまだ昼なのがいい証拠である。
当然、体内時計に従って行動するつもりだ。
マリアとの模擬戦で軽く身体を動かしていると、夕飯の準備が整った。
「今日の夕飯は炊き込みご飯よ!」
「お前、正気か?」
「ホントに偶然の一致なのよ!昨日から準備してたんだから!」
本日の夕飯、キノコとタケノコの炊き込みご飯である。
美味しかったです。
『深淵』の異世界にハッピーエンドはありません。
それを強調したかったエピソードです。実はムシの世界もバッドエンド後の世界です。