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第242話 エルフとキノコ

1話から2話程度で終わらせると言っておいて、早速2話で終わらない内容になってしまいました。

ドワーフ側の話はカットした上で予定以上の文章量になりました。

 Bチームとの情報共有を終え、更にしばらく待っていると、エルフの集団が近付いて来た。

 エルフの集団は、15名の護衛、10名の運び手、4名の側近、1名の天仕の合計30名で構成されており、天仕ヤシロは、10名の運び手が担いでいる神輿に乗っていた。

 神輿と言ったが、派手な装飾ではなく、頑丈そうにも見えない。天井とカーテンで覆われていることから、姿を見せないことを重視しているようだ。


「待たせたな。こちらに御座すのが我らを統べる天仕様だ。天仕様ならば、貴殿らとドワーフに関係があるのか判別することができる」


 物見櫓で俺達と会話をしたエルフが、30名の集団を代表して声を掛けてきた。

 その後では運び手が神輿を降ろし、中から天仕ヤシロが歩み出てくる。

 ヤシロは薄い羽衣のような服を着ており、顔はベールによって隠されていた。

 ヤシロが小さく手を挙げると、側近の1人がヤシロの顔に耳を近づける。多分、側近以外は直接声を聞いてはいけないとか、そういうヤツじゃないかな?


A:はい、その通りです。


 偉い人間がその存在を隠し、神秘性を高めるというのは、割とよく聞く話だからな。


「天仕様のお言葉を伝えます。『その者達にドワーフとの関わりはない。非礼を詫び、我らが村に招待し歓待せよ』とのことです」

「承知いたしました。これで、貴殿らの潔白が証明された。攻撃を仕掛けたこと、ここで待たせたことの非礼を詫びよう。申し訳なかった」


 物見櫓に居たエルフ達が揃って頭を下げた。


「気にしないでくれ。見知らぬ連中が来たら、警戒するのは当然のことだ」

「そう言ってくれると助かる。それで、天仕様も仰っていたが、貴殿らを我らの村に招待したい。5日でこの世界を出るそうだが、その間の寝床と食事は責任を持って我らが用意しよう」

「有り難い申し出だけど、寝床と食事は断らせていただきたい。異世界の諍いに関わりたくないからな。それと、異世界の食べ物は身体に合わない可能性があるから避けている」


 一目見たい気持ちはあるが、ガッツリ寝床と食事を与えられるのは避けたい。


「……そうか、それは残念だ。寝床や食事の代わりと言ってはなんだが、お詫びの品を贈らせてもらいたい。幾つかある中から選んで欲しいので、村に来てくれないだろうか?」

「あまり、長時間にならなければ、村に行くこと自体は構わない」

「短時間でも構わない。是非、我らが村に来て欲しい」


 軽く村を見てお土産を貰う。ある意味、理想的な着地点に至ったと言えるだろう。


「ただ、申し訳ないが出発はもう少し待って欲しい。我々も貴殿らも尊き御身である天仕様と共に歩くことは許されていないのだ」

「了解だ」


 それもまた、神秘性を高めるための決まり事なのだろう。

 話の終わりを察知したのか、再びヤシロが神輿に乗り、護衛と共に村へと進んでいった。


「それでは、我々の後を付いてきてくれ」


 十分にヤシロと距離が離れたことを確認して、物見櫓のエルフの1人が俺達を先導する。

 余談だが、先導役のエルフの代わりとなる人員も補充されていた。いくら客人を案内するためとはいえ、監視役を減らすような不用心な真似はしないということだ。


「この辺りは木の根が多く出ている。足下に注意してくれ」


 森の中には道と呼べるような物はなく、土の上をひたすら歩き続ける。

 本当に木の根が多く出ていたので、転びはしなかったが、さくらが何回か躓いていた。……運び手の人達、神輿で移動するのは大変だっただろうな。


「そろそろ、村が見えてくる。異世界人が来るのは初めてだから、好奇の目に曝されることだけは我慢して欲しい」

「実害がないなら気にしない。悪いけど、害意を見せてきたら反撃するからな」

「天仕様が歓待せよと仰った以上、確信を持ってないと言わせてもらおう」


 15分程歩くとエルフの村が見えてきた。

 その村の風貌を一言で言えば、『縄文時代、弥生時代の村』である。

 木や藁で出来た家が建ち並び、畑のような物が各地に点在していた。尤も、そこで育てているのは、米や野菜ではなくキノコなのだが……。


「ここが我々の村だ。申し訳ないが、私は物見櫓に戻るので、ここからの案内は村の者に任せる」

「ああ、ここまで助かったよ。南の森に帰る時はまた立ち寄らせてもらうと思う」

「承知した」


 物見櫓のエルフが立ち去った後、俺達はエルフの村に入った。


「ようこそ!私達の村へ!」


 俺達の前に現れたのは1人のエルフの少女だった。

 外見年齢的には俺達と大きく変わらなそうだが、エルフの年齢は見た目で分からないからな。

 そう言えば、ステータスに年齢の欄がないけど、分からないのか?


A:現時点では確認できません。対応が完了すれば確認できると思われます。


 うーむ、エルフの村で年齢が分からないのは微妙に不利だな。

 それより、目の前の少女なのだが、そのステータスがコチラ。


名前:ヤシロ

性別:女性

派閥:エルフ

役職:天仕


 天仕様、何やってんの?


「皆さんの案内をすることになりました、ヤシロと言います!」


 あ、普通に本名を名乗って良いんだ。

 まあ、コチラはヤシロが天仕であることを知らない体で行動しないとダメだろうな。


「俺の名前は仁、こちらはマリアとドーラだ。案内、よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

《よろしくー》


 マリアとドーラがペコリと頭を下げた。


「ジンさん、マリアさん、ドーラさんですね。こちらこそ、よろしくお願いします!早速、お詫びの品をお贈りしたいところではあるのですが、まずは村の最高権力者である村長への顔合わせをお願いできないでしょうか?」

「あれ?この村で一番偉いのは天仕様じゃないのか?」

「天仕様は権力を持ちません。現人神であり、偉いのではなく尊いのです」


 言いたいことは分かるが、本人に言われると反応に困るな……。


「そ、そうか……。それじゃあ、村長の所に案内してもらっても良いか?」

「もちろんです!さあ、こっちです」


 ヤシロに案内され、村で2番目・・・に大きい家に向かった。

 当然、1番大きいのは天仕の家である。なお、その家にヤシロは住んでいない模様。

 道中、村のエルフ達が好奇の視線を向けてくるが、悪感情がないからか、不快ではなかった。


「族長、お客様を案内してきました!」

「うむ、ヤシロよ、ご苦労だったな。ようこそ、お客人。ワシが村長のツワブキだ」


 村長の家に到着して中に入ると、年老いた見た目のエルフが椅子に座っていた。


「俺は仁、横に居るのはマリアとドーラだ。本日は村への招待に感謝する」

「いや、元はと言えば、物見櫓の守人が失礼を働いたことが発端。ワシらが詫びるのは当然だ。本当は、食事を振る舞いもてなしたいが、お客人は望まんようだからな」

「申し訳ないが、異世界の食べ物は身体に合わない可能性があるから避けているんだ」

「ふむ、それならば仕方がない。代わりの詫びとして、客人は宝物蔵の中の物を好きに持って行って構わん。どうせ、ワシらには使えないからな。ただ、その前に1つだけ頼みたいことがある」


 むっ、ここで交換条件が付けられるのか。


「どうか、ドワーフ共に手を貸すことだけは止めて欲しい。お客人の中にが武芸の達人が居ることは守人から聞いておる。お客人がドワーフに手を貸し、ワシらの敵となったら、ワシらは相当な苦境に立たされるであろう。ワシらの味方をしろとは言わんが、敵にもならないで欲しいのだ」

「元より、どちらにも手を貸す気はなかったから、その頼みは受け入れよう。ところで、もし差し支えなければ、ドワーフとの争いの経緯を教えてもらっても構わないか?」


 手を貸すつもりも、深く関わるつもりもないが、経緯くらいは知っておきたい。

 キノコとタケノコの争いも、言ってしまえば俺達の推測でしかないので、当事者から話を聞かないと確証は得られない。無論、争っている片方の意見だから、全面的に信用はできないが……。


「残念ながら、それはワシも知らん」

「はあ?」


 全く想定していなかった回答が返ってきた。


「実は、ワシらの村は大昔に一度、歴史が途絶えておる」

「……一体、何があったんだ?」

「詳しいことはワシにも分からん。だが、伝え聞いた話によると、ワシらの祖先は気付いたらこの地で暮らしていたとのことだ。痕跡から考えるに、それまでは原始的な生活していたらしい。もっと言えば、その生活より前には今以上に文明が進んでいたことも分かっておる」


 原始的な生活により、以前の文明、歴史が途絶えたと言うことか。


「ある時、急に知性を取り戻した祖先の身体には、大きく2つの問題があった。1つ、この地に生えるキノコ以外の食べ物を身体が受け付けない。2つ、ドワーフに近付くと理性を失い、ドワーフを殺すための行動しか取れなくなる。……どちらも、未だにワシらの身体に残っておる」

「天仕様だけは、2つ目の問題の影響を受けないみたいです。それに加えて、ドワーフの気配を探る力もあるため、皆から崇拝されています」


 天仕様本人が天仕の特性を補足してくれた。

 それにしても、2つ目の問題が致命的すぎるだろ。ドワーフを見ただけで理性を失うなら、対話や共生なんてできるはずがない。


「恐らく、ドワーフ側も似たような問題を抱えておるのだろう。連中もワシらを見ると問答無用で襲いかかってくるし、タケノコ以外を食べている様子がない。歴史が途切れたのも同じだろう」

「つまり、お互いに理由も分からず殺し合っているのか。……待てよ、お互いに理性を失って戦うなら、戦いの終わりは片方の全滅になるんじゃないか?」

「ドワーフを見て理性を失うのは一時的なもので、しばらく戦っていれば元に戻る。理性を失っている間の記憶も残っているので、理性を取り戻した瞬間、ドワーフの方を見ずに走り去るのだ」

「なるほど……。言い換えれば、ドワーフも似たような行動を取っているんだよな?」


 エルフが走り去っても、ドワーフが追いかけたら争いは終わらない。

 エルフ同様、ドワーフも同じように行動しているからこそ、全滅以外で戦いが終わるのだ。


「うむ、ドワーフも理性を失うのは一時的なものなのだろう。争いの途中で両陣営がほぼ同時に走り去るのが通例となっておる」

「そこまで分かっているなら、争いを避けることもできそうだけど……」

「キノコ以外を食べられないワシらは、キノコが減ることを許容できん。故にキノコの監視を止めることはできん。逆にドワーフはタケノコを監視しておる。境界線での争いは避けられん」

「……もしかして、争わなくて良いなら争いたくないのか?」

「少なくとも、ワシらはそう思っておる」


 俺の確認に村長は躊躇なく頷いた。

 単純なエルフとドワーフの対立構造かと思っていたら、予想外に複雑な状況だった。

 何より、本人達の意思と無関係に対立せざるを得ないというのが厳しい。


「直接会うと理性を失うなら、手紙か何かで監視の予定を共有すれば、境界線上で遭遇することはなくなるんじゃないか?」

「残念ながら、ワシらは歴史の断絶で文字という文化を失っておる。新たに文字を作ろうにも、ドワーフと話し合うことはできんから、意思の疎通には使えん」

「八方塞がりだな……」


 エルフもドワーフも完全に詰んでいる。打てる手が何1つ存在しない。


「まさしく。ワシらにできることは、可能な限り多くの子供を産むことと、監視役が森でドワーフに出会わんよう祈ることだけだ。あまり、上手く行っているとは言えんがな……」


 マップで調べてみると、村には10名近い妊婦が暮らしていた。

 子供を多く産むことで、少しでも人口の減少を食い止めようとしているのだろう。


「……長々と詰まらん話をしてしまったな。ヤシロ、お客人を宝物蔵に連れて行ってくれ」

「……はい、分かりました。皆さん、行きましょう」


 諦念を滲ませる村長を横目に、ヤシロと共に村長宅を後にした。



 村長宅から少し歩き、宝物蔵と呼ばれる建物に入る。

 その中には、パッと見で使い道の分からない物が大量に並べられていた。


「この中にある物でしたら、好きな物を好きなだけお持ち帰りいただいて構いません」

「好きなだけとは随分と太っ腹だな。村の宝物なんだろ?」

「宝物と言うよりは、歴史の断絶を運良く乗り越えた遺物と言った方が正しいですね。今の私達には使い方すら分からない物が大半です」


 道理で村の文明レベルと合わない物がある訳だ。

 明らかに加工された水晶のような物や、ガラス瓶に入った薬品らしき物もある。……歴史の断絶より前に作られた薬品って、使用期限的に大丈夫なのか?


「それなら、お言葉に甘えさせて貰うよ。マリア、ドーラも選んで良いぞ」

「いえ、仁様のお側にいたいので私の分は不要です」

《ドーラはもらうー!》

「ドーラ、危なそうな物には触れるなよ」

《はーい!》


 マリアが辞退したので、俺とドーラで宝物を選ぶことにした。

 異能の力は制限されているが、アイテムの鑑定ならできる。まずは先程の薬品を見てみよう。


高等治療薬B-112型

備考:魔法と科学、両方の技術を利用して作成された薬品。服用することで重度の病気、怪我を治療する。魔法により状態を維持してあるため現在も使用可能。


 もしかして、過去の文明レベルって結構高かった?

 それじゃあ、もう1つの水晶は……。


立体映像式映像記録媒体

備考:魔法と科学、両方の技術を利用して作成された記録媒体。映像の保存と再生を科学、動力と長期保存を魔法により実現した。魔力を流すことで映像が再生される。


 やっぱり、文明レベル高そうだな。

 しかし、魔力を流すだけで再生するのに、使い方が今まで分からなかったとか有り得るのか?


「ヤシロ、この水晶に魔力を流したことはないのか?」

「……魔力って何ですか?」

「……魔力をご存じでない?」


 不思議そうに聞き返してきたヤシロに不思議そうに聞き返す。質問の応酬である。

 少なくとも、歴史の断絶以前は魔法や魔力があったことは確実なんだが……。


「とりあえず、水晶に魔力を流してみるか」

「仁様、私にお任せ下さい!」


 水晶を手に取ろうとしたら、マリアが全速力で割り込んできた。

 正体不明の物体に触れるなと言いたいのだろう。


「……任せた」

「それでは失礼します」


 マリアが水晶に魔力を流すと、水晶が輝き、空中に立体映像が浮かび上がってきた。

 映像に現れたのは、どことなくヤシロに似た雰囲気の女性エルフの姿だった。

 女性は近未来感のある銀色の服を着ているが、何よりも印象的なのはその表情である。最もシンプルに表現すると、絶望。


「女の人が出てきた!?これは一体何なの!?」

「多分、歴史の断絶以前の映像だな。魔力を流すと映るらしい」

「そ、そんな物があったなんて……」


 少しすると、映像の女性が動き出した。


「初めまして、私の名前はデリカ。異世界について研究しているエルフ国の研究者です」


 これは……研究者からのメッセージ!絶対に重要なヤツ!


「この映像は子孫のエルフ達に宛てたメッセージですが、異世界から来訪した方が見ている可能性が高いと思います。身勝手なお願いで恐縮ですが、もしエルフが絶滅しておらず、理性を取り戻していたら、どうかこの映像をエルフ達に見せてあげてください」


 そう言って映像のデリカは深く頭を下げた。

 デリカは歴史の断裂前に、歴史の断裂後の状況を完全に把握していたようだ。


「今から10年前、森歴2512年に私達エルフ国と隣のドワーフ国の研究者が、世界の終わりを観測しました。世界が終わりかけ、収縮し、既に他の星が全て消滅していると発表したのです。更に言えば、それこそが遡ること50年前から始まる、食糧不足の原因でもあったのです」


 食糧不足か。今のキノコオンリーの食生活とどんな関係があるのかね?


「滅びを前に絶望した人類は、異世界の存在に最後の希望を見いだしました。この世界が滅びる前に安全な異世界に移住する計画が進められたのです。私もその計画に携わった研究者の1人です。この計画はドワーフ国と共同で行われ、移住に適した2つの世界を発見し、調査が進められました。今なら言えます。この計画は失敗でした」


 今のエルフとドワーフを見ていれば、失敗したというのは明白である。


「エルフが向かった世界には1種類のキノコしか棲息していませんでした。ドワーフが向かった世界には1種類の竹しか棲息していませんでした。移住に適さないと落胆した私達ですが、魔法と科学で念入りにキノコとタケノコを検査した結果、食用に非常に適していると判断しました。これで、当面の食糧危機が解消されることになりました。ええ、これこそが最大の失敗です」

「え……?」


 身近な存在であるキノコが失敗と言われ、ヤシロが声を上げる。


「失敗の原因は、魔法と科学が万能だと盲信していたこと。異世界も自分達の世界と同じルールで動いていると勘違いしていたこと。リスクの分散を一切考えずにキノコを食べたことの3つです。まさか、キノコが魔法でも科学でも観測できない種類の寄生生物だとは考えもしませんでした」

「寄生……生物……?」

「このキノコは、食べた者に観測不能な方法で寄生して魔力を奪います。キノコにとって、私達の体内の魔力は丁度良い食料になるようです。そして、私達エルフの身体は、魔力の消失に耐えられず、理性を失うことも分かっています。既に全てのエルフがキノコを口にしているので、遠からず私達の文明は消滅することになるでしょう」

「そ、そんな……」


 ヤシロは身体を震わせ、その場にへたり込んだ。


「不幸なことに、ドワーフが食料として選んだタケノコも、キノコとほぼ同じ性質を持っていました。私達が見つけ出した2つの世界は、同じような方法でキノコとタケノコに滅ぼされた世界だったのです。更にキノコとタケノコは互いを敵視しており、その影響は私達の身体にも及び、エルフとドワーフが出会うと殺し合いに発展するようです」


 これが、エルフとドワーフ、キノコとタケノコの戦いの原因という訳か。


「幸いなことに、永い時間が経過し、体質レベルで魔力が少ない状態に慣れれば、理性を取り戻す可能性が高いそうです。ただ、理性は取り戻せても、魔力は取り戻せません。逆に言えば、魔力がなければ見えないこの映像を見ているということは、何らかのイレギュラーが発生しているはずです。異世界からの来訪者が関わっているというのが私達の推測の最有力候補ですね」


 今までのデリカの説明や推測を聞けば分かるが、キノコの正体を見破れなかったこと以外は本当に優秀な連中だったのだろう。それなのに、たった1つの失敗で文明が実質滅ぶとは……。

 本当に良かった。キノコを食べないで……。


「分かっていると思いますが、エルフに未来はありません。世界は縮小し、いずれ滅びます。理性は取り戻せても、ドワーフとの争いは残るでしょう。残る手段は異世界からの来訪者と共にこの世界を去るしかありません。しかし、一度でもキノコを食べた者はキノコ以外を身体が受け付けなくなります。キノコを持たずに異世界に行けば餓死の未来しかありません。そして、そんな危険なキノコを異世界に持って行くことを、異世界からの来訪者が許すとも思えません」


 なるほど、このメッセージは異世界の来訪者が居る前提なのか。

 エルフを異世界に連れて行くのは良いが、キノコを持ち出すのは許さない、当然のことだな。


「だから、私達にできるのは奇跡を祈ることだけです。私が列挙した問題全てを解決してくれる救世主が、異世界から来訪するという奇跡を。……ふふ、ルールのある魔法と科学を発展させた私達が、最後にルール無視の奇跡に頼るとは、何とも皮肉な話ですね。最後に、私からの助言です。有り得ない程の奇跡が起こり、異世界から救世主が現れたら、どんな対価を払ってでも助けてもらいなさい。エルフが生き残るには、それしか方法がありません。……貴方達の健闘を祈っています」


 デリカがそこまで話したところで映像は消えた。

 ……何と言うか、大部分の疑問に答え合わせをされたような気分だ。


「…………」


 ヤシロはへたり込んだまま一言も発しない。


「ヤシロ、どうする?この映像、他の村人に見せるべきか?隠した方が良いなら口をつぐむぞ」

「……私が村人を集めますので、他の村人にも見せて下さい。お願いします」

「分かった」


 ヤシロは立ち上がって宝物蔵を出て行った。

 衝撃を受けているはずなのに、その足取りはやけにしっかりとしていた。



 その後、ヤシロによって可能な限りの村人が集められ、映像記録が流されることとなった。

 映像が流れている間、暇なのでミオ達と連絡を取ることにした。


《アルタの話を聞いて、ドワーフ側でも何かないか探したら、同じような映像記録があったわよ》

《今、人を集めて記録を流している最中ですわ》

《どんどん皆さんの顔色が悪くなるので、見ていて申し訳ない気持ちになってきます……》


 ドワーフの村にも、エルフの村と類似した映像記録が残っていたらしい。

 こちらと違い、最初から大勢の前で映像を流すことになったとのこと。


《それで、ご主人様はこの後の展開をどう考えているの?ご主人様の考えによっては、私達の行動も変わってくるわよね?》

《とりあえず、希望者を『深淵アビス』の外に連れて行こうと思っている。流石にこの状況を放置するのは後味が悪いからな。ただ、『深淵アビス』を連れ歩く訳にもいかないから、石化か凍結させて<無限収納インベントリ>経由になるだろう》

《キノコとタケノコの寄生はどうするんですの?》

《アルタ曰く、<多重存在アバター>の精神防御で弾けるらしい》


 実は、村人を集めている間にアルタがこの世界への対応を完了していた。

 その結果、デリカの説明が全て正しいことが証明され、キノコの精神的寄生も観測された。

 物理的な寄生は無理だが、精神的な寄生なら<多重存在アバター>の専門分野である。


《『深淵アビス』の人は魔物扱いになるから、<魔物調教>でテイムすれば解決だ》

《いつも通り、ご主人様の配下になれば解決って訳ね!》

《いつも通りか? ……いつも通りだったな》

《いつも通りですわね》

《いつも通りだと思います……》


 俺の配下になることで問題が解決するパターン、非常に多いと思います。


《そうだ。エルフは俺がテイムするけど、ドワーフの方はミオがテイムしてくれ》

《え、私がテイムして良いの?》

《どう考えても、並行してテイムした方が効率的だからな。ミオ、任せたぞ》

《了解!》


 話に一区切りが付いたところで、水晶の映像記録も終了した。


「嘘だろ……。嘘だと言ってくれよ!」

「私達は……キノコの培地だったの……?」

「そんな理由で、俺の弟は死んだのかよ!」

「どうすれば……私達はどうすれば良いんだ……」


 村の広場は当然の如く阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

 全員が絶望的な表情を浮かべている……いや、村長だけは違うようだ。


「ヤシロ、何故あのような物をワシらに見せた。アレを見てしまえば、ワシらに救いがないという事実から目を逸らすこともできなくなる。村が滅びるのを早めたいのか?」

「いいえ、逆です。村を滅ぼしたくないから映像を見せたのです」

「何だと?」


 咎めるような表情を向ける村長をヤシロは正面から見つめ返した。

 自分が正しいという確信を持っている者の目だった。


「私はずっと村を滅びから救う方法を考えてきました。でも、今までは村が滅びる原因すら分からず、防ぐ方法なんて見当も付きませんでした。あの映像はその答えを教えてくれたのです」

「その答えは『奇跡を祈る』という、どうしようもないものだぞ?」

「それでも、知っているのと知らないのでは話が変わってきます。確かに可能性は低いですけど、仮に奇跡が起きた時、正しい対応を知らなければ、助かるものも助からなくなります」

「……つまり、奇跡が起きる前提で、正しい対応を村の共通認識にしたいということか?」

「はい、精神的にはキツいですけど、それが1番生き残る可能性が高いと思います」


 ヤシロは映像記録の最後を見た時点で、この考えに至っていたのだろう。


「考えてみれば、異世界からのお客人があの映像を見せてくれたこと自体が奇跡と言えるだろう。それならば、もう1度奇跡が起きるのを待つのも悪くはないか……」

「そうですね。ジンさん達が来てくれたのが1度目の奇跡……………………あっ!」


 何かに気付いたヤシロが、恐る恐る俺の方を向いた。


「……ジンさん、つかぬ事をお聞きしますが、奇跡、起こせたりしませんか?」

「何て聞き方だよ……」


 聞き方はアレだが、言いたいことは何となく分かる。

 実を言えば、今までヤシロから『エルフを救えますか?』と聞かれたことはない。

 当然、俺の答えは決まっている。


「ああ、多分、起こせる」

「本当ですか!?」

「ヤシロの望む奇跡は、エルフからキノコの影響を排除し、キノコ以外の物が食べられるようにして、同時に何百人ものエルフを他の世界に連れ出す、と言うことだよな?」

「改めて列挙すると酷い条件ですね。ですが、村が救われるには、それ程の奇跡が必要なのです。どうか、私達に力を貸してくれませんか?私達に払える対価でしたら、何でも払いますから!」


 ヤシロが深く頭を下げて懇願してきた。


「ヤシロ!何を勝手なことを言っている!ヤシロにそんな権限はないぞ!」


 了承しようと口を開く直前、村長が声を荒げてヤシロを怒鳴った。


「この機会を逃す訳にはいかないのです!祖先も言っていたではありませんか!『どんな対価を払ってでも助けてもらえ』と!」

「しかし、それは村で話し合ってから決めるべきことだ!」

「ジンさん達はもうすぐこの村を離れるのですよ!悠長にしている時間はありません!」


 ヤシロと村長の口論が始まってしまった。

 ヤシロが焦っているのは分かるが、村の将来をヤシロが勝手に決めて良い理由にはならない。


「ヤシロ、実は奇跡を起こすには必要な条件があるんだ」

「ジンさん、それは一体何ですか!?」

「俺が奇跡を起こせるのは、俺に忠誠を誓った者に対してだけなんだよ。奇跡を証明するため、最初に忠誠を誓ってくれる村人に心当たりはないか?」

「私がジンさんに忠誠を誓います!どうか、奇跡を起こして下さい!」

「ヤシロ、何を言っているのだ!?止めろ!」


 躊躇なく忠誠を誓うヤシロを村長が止めようとする。


「これは私のことです。私に決める権限があります!」

「ぐっ……」


 ヤシロに村の将来を決めることはできない。

 ヤシロが決めて良いのは、ヤシロ自身の将来に関することだけである。


「ヤシロ、これに当たったら俺への忠誠を誓え」

「お客人、待ってくれ!ヤシロはこの村で……」

「ジンさん、お願いします!」


 村長の制止を無視して、ヤシロに向けて<魔物調教>の陣を飛ばす。


「ジンさんに忠誠を誓います」

「ああっ!?」


 ヤシロの言葉に嘘はなく、陣が当たって間もなくテイムが成功した。

 直後、<多重存在アバター>の精神防御によりキノコの精神的寄生が弾け飛んだ。


「……ああ、本当にキノコに寄生されていたんですね」


 ヤシロは目を閉じ、自らの身体に起きた変化を噛み締めている。


「今までになく頭がスッキリして、身体の中から力が湧いてくるのを感じます」

「多分、それが魔力だな。便利な力だから、使い方を覚えると良い」

「これがキノコに奪われ続けていた魔力ですか。不思議と懐かしい気持ちになります」


 キノコの影響が消えた瞬間、精神的な負担が消え、奪われていた魔力も戻り始めた。

 折角だから、もう1つ確認しておこう。


「ヤシロ、キノコ以外の食べ物を食べられるか確認しよう。これを食べてみてくれ」

「これは何ですか?」

「リンゴという果物だ。甘くて美味いぞ」


 そう言って、ヤシロにリンゴを手渡す。

 この世界に対応したアルタによれば、この世界のエルフとドワーフは、俺達と同じ物を食べられないらしい。


「果物!初めて見ました!キノコ以外の物を食べるのは初めてなので緊張しますね!」

「ヤシロ、止めろ!お客人も異世界の食べ物は食べない方が良いと言っていたではないか!」

「それでは食べます」


 ヤシロも村長の制止を無視してリンゴを口にする。

 無視されてばかりの村長が少し可哀想になってきた。


「お、美味しいです!こんな美味しいものを食べたのは生まれて初めてです!」


 ヤシロは目をカッと開き、一瞬でリンゴを芯まで食べ尽くした。

 もしかして、この世界のキノコって不味いのか?


A:生だと不味いです。そして、この世界に火を起こす手段は存在しません。


 軽く調べてみたが、本当に火を起こす手段が存在していない。

 ちなみに、タケノコの方は美味いのか?


A:タケノコも同様です。


 この世界の食生活、本当に終わっている。これが滅びかけの世界か……。


「ヤシロ……、身体は平気なのか?」

「全く問題ありません!生まれ変わったみたいに身体が軽いです!」


 ヤシロは身体を動かしながら村長の質問に答える。


「村長!これで奇跡が証明できましたよね!村の皆にもジンさんに忠誠を誓わせましょう!」

「いや、しかし、そんな簡単に決める訳には……」

「まだそんなことを言っているのですか!もう良いです!私が皆に伝えます!」

「ヤシロ、無理矢理は良くないぞ。本人が納得して、俺に従わないとダメなんだ」

「大丈夫です!私が説得しますから!」


 そう言って、ヤシロは村人の元へ駆けていった。


「これは……もう止められんか。……お客人、本当に全てのエルフを救うことが可能なのか?」

「ああ、キノコの影響が消えたなら、俺達の元いた世界に連れて行ける」

「そうか……」

「ジンさん、この人達が忠誠を誓うそうです!お願いします!」


 村長と話をしていたら、早速ヤシロが数人のエルフを連れてきた。

 エルフ達の表情には、8割の諦めと2割の期待が込められていた。


「分かった。それじゃあ、そこに並んでくれ」


 そうして、並んだエルフ達に<魔物調教>の陣を当て、忠誠を誓わせてテイムする。

 ヤシロと同様、身体の変化はすぐに現れた。リンゴを食べて感激するのもヤシロと同じだった。


「どんどん連れてきますから、よろしくお願いします!」

「ああ、任せておけ」


 それから、ヤシロが宣言通り次々とエルフを連れてきて、俺も次々とテイムしていく。

 僅か30分程度で村に居たエルフ達は、村長を除き全員が俺にテイムされることになった。


《こっちは物見櫓のドワーフ達で終わりよ》

《俺達の方は物見櫓のエルフと村長が残っている。村長は全員が救われるのを待つそうだ》


 ミオ達の向かったドワーフの村も、エルフの村とほぼ同じ状況らしい。

 これなら、思ったよりも簡単にテイムが終わりそうだな。


「ぐおおおおお!!!」


 一安心した次の瞬間、近くに居た村長が雄叫びを上げ、俺に襲いかかってきた。


「させません!」


 俺に触れる前にマリアが足払いし、倒れたところを拘束した。

 村長の目は血走り、完全に正気を失っていると分かる。これ、もしかして……。


A:キノコがマスターを敵と判断しました。まだ影響下にあるエルフの精神に干渉し、マスターを排除しようとしています。同様にタケノコはドワーフに干渉し、ミオを排除しようとしています。


 思った通り、キノコによる干渉か……。俺の一安心、完全にフラグだったな。

 マップを見れば、物見櫓のエルフ達が村に向かってきている。更に物見櫓のドワーフ達もドワーフの村に向かっている。


《ミオ、正気を失ったドワーフが村に向かっているから気を付けろ!》

《了解!ご主人様も気を付けてね!》


 ミオとの念話を切ると、異変を察知したヤシロが大慌てで近付いてきた。


「ジンさん!村長はどうしたんですか!?」

「正気を失って襲いかかってきた。キノコが俺達を敵と認識したんだと思う。多分、物見櫓のエルフ達も同じ状態になっているだろうな」

「そんな!?皆は大丈夫なんですか!?」


 アルタ、正気を失ったエルフ達は助けられそうか?


A:<生殺与奪ギブアンドテイクLV9>と<多重存在アバターLV7>を使用して、魂の直接操作によりキノコの寄生を排除すれば問題ありません。ただ、時間は掛かります。


 助けられるのは幸いだが、そのコンボが使えるのは俺だけなんだよなぁ……。

 ドワーフも同じ状況だとすると、出来るだけ早くエルフを元に戻して、ドワーフの村にも行った方が良さそうだな。


「助けられると思うけど、今すぐは無理だ。マリア、村長を拘束してくれ」

「既に完了しています」


 見れば、既に村長は縄で拘束されていた。相変わらず、手際が良い。


「ヤシロ、俺は物見櫓のエルフ達の相手をするから、村人と一緒に拘束したエルフの監視を頼む」

「わ、分かりました!皆を呼んできます! ……仲間達をよろしくお願いします!」

「ああ、任せておけ」


 ヤシロは大急ぎで村人を呼びに走っていった。

 物見櫓のエルフ達は一直線に俺達の元に向かっているので、もう間もなく到着するだろう。


「マリア、ドーラ、エルフ達はできるだけ傷付けずに拘束してくれ」

「はい!」

《はーい!》


 向かってくるエルフは合計56人、全員が弓を装備している。

 最初に会ったエルフ達の実力を考えると、1人1人の驚異度は低そうだが、この人数を全員拘束するのは中々に大変だろう。

 俺、倒すのは得意だけど、拘束するのはそれ程得意じゃないから……。


最初の世界はあまり感じなかったと思いますが、基本的に深淵の世界は詰んでいます。

外の世界からの干渉なく、何かが好転することは有り得ません。最善で現状維持です。

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
コミカライズ
― 新着の感想 ―
さくらが何回か躓いていた って、さくらは仁と同じチームじゃないよね?
[良い点] わーい仲間(配下)が増えたよ! [一言] 《仁君ですから……》 《ですからー》  これ(お約束)が無いなんて・・・
[良い点] なんてことだ 我々はすでにキノコタケノコに寄生され洗脳されていたのか… キノコ派をぶちころ(洗脳済み
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