第240話 甲虫世界と昆虫相撲
昆虫相撲回です。
巨大甲虫の住む世界に転移してから15分が経過した。
「よし、それじゃあ出発だ」
俺達はゴールデンヘラクレスオオカブト、略して金ヘラが居る隣のエリアに向かって歩き始める。
マップを見る限り、隣のエリアではムシ同士の激しい戦い繰り広げられている。
対して現在のエリアにはムシがほとんど生息しておらず、戦っているムシは0匹だった。
歩きながらマップ上で戦いを見ていて、俺は自分の考えが正しいという確信を得た。
「セラ、初めに言っておくことがある」
「何ですの?」
「ムシとの戦いは魔物との殺し合いじゃなく、決闘と考えてくれ」
「決闘? ……本当ですわ。必ず1対1ですし、怪我はしても亡くなったムシは居ませんわね」
セラもマップを見て、ムシ達の戦いが殺し合いではなく決闘に近いと気付いたようだ。
それを聞き、ミオが納得したように頷いた。
「ああ、コレって昆虫相撲だったのね!」
「昆虫相撲って何ですか……?」
「昆虫相撲ってのは、その名の通りムシ同士を戦わせる競技だ。日本ではカブトムシやクワガタムシを戦わせるのが主流だな。事故死がないとは言わないけど、目的は殺し合いじゃなく決闘だ」
ミオとは異なり、さくらは昆虫相撲を知らないようなので簡単に説明する。
セラとマリアも知らないだろうから丁度良い。
「ムシ同士の決闘なら、私も武器は使わない方が良さそうですわね」
「そうだな。まあ、向こうは生まれつき武器を持っているけど……」
「ムシだから当然ですわね」
人間、ツノもハサミもないし、爪や歯は武器と呼ぶには弱いんだよ。
やはり、拳。最後に頼れるのは拳だけだ。
「そろそろ、ムシとのファーストコンタクトだな」
「最初のムシはヒラタクワガタね。他のムシと比べても結構強そうだわ」
「数値の合計はこの世界でベスト20に入っているようです」
このまま進むと遭遇するヒラタクワガタのステータスがこちら。
種族:ヒラタクワガタ
レア:4
体力:120
攻撃:120
技術:110
称号:風来坊
当然のことだが、同じ種類のムシでもステータスにはバラツキが存在する。
このヒラタクワガタは同種の中でも上澄み。最強クラスのヒラタクワガタのようだ。
そして、謎の称号『風来坊』が気になる。
A:所属や派閥を持たず、自由気ままに各エリアを転々とするムシに与えられる称号です。
隣の激戦エリアではなく、過疎エリアに居たのはそれが原因か。
しばらく歩き、風来坊ヒラタクワガタと邂逅する。向こうも俺達に気付いたようだ。
風来坊ヒラタクワガは全長3m程で、見た目は単純に大きくなったヒラタクワガタだった。
《おっきいムシー!》
「思っていた以上の迫力です……」
「迫力も凄いけど、結構グロテスクですね」
ドーラは純粋に喜んでいたが、日本人女性であるさくらとミオは抵抗があるようだ。
多分、下から覗くともっとグロテスクなんだと思う。
「カチカチカチ」
風来坊ヒラタクワガタがハサミをぶつけて音を鳴らす。
「俺達は異世界から来た者だ。世界を渡るため、ゴールデンヘラクレスオオカブトと戦いたい」
「え?何を言っているのか分かるの!?」
俺が風来坊ヒラタクワガタの問いに答えると、ミオが横で驚いていた。
「何となく、『お前ら、どこのモンだ?』と聞いてきた気がする」
「私にはカチカチ音をさせてただけにしか聞こえないんだけど……」
「もしかして、『翻訳』の魔法を使ったんですか……?」
「いや、使っていないが?多分、使っても意味はないぞ?」
鳴き声が相手でも『翻訳』は使用できるが、アレは音を鳴らしているだけで、言葉に類する物ではないため、『翻訳』の対象外となっている。
もう少し分かりやすく言うと、身体の外から出す音は『翻訳』で翻訳できない。
「カチカチ」
「それなら、王様に挑む方法を教えてくれ」
今のカチカチは『王様と戦いたいだと?威勢の良いこと言うじゃねえか!』である。
「ホントだ。『翻訳』でも訳せないみたい。ご主人様、何で分かるの?」
実際に『翻訳』を使用したらしいミオが呟く。
「カッチカチ」
「そうか、お前の相手はこっちのセラだ。セラ、このヒラタクワガタがセラと戦ってくれる」
「この方、何て言ったんですの?」
「『トップと戦いたいなら、勝ち続けるしかねえだろ?付いて来いよ、俺が相手になってやる』」
「あの『カッチカチ』にそれ程の意味が!?」
言語じゃないのだから、音の長さとセリフの長さに関係はない。
そして、風来坊ヒラタクワガタは前脚を上げ、クイクイと手招きのような行動をした。
「本当に通じているようですわね……」
風来坊ヒラタクワガタに案内されて進むと、木のない開けた空間に出た。
周辺の地面は草に覆われているのに、一カ所だけ円形に土がむき出しとなった場所があった。
「どう見ても土俵だな」
「どう見ても土俵ね」
「この世界にも土俵ってあるんですね……」
直径は30m程なので相撲の土俵とは異なるが、土俵以外の印象を受けない空間である。
「カチカチカチ」
「『戦闘不能になるか、仰向けになるか、この円から出た方が負けだ。降参するなら、自分で仰向けになれ。コレは他のムシと戦う時も同じルールだから覚えておけよ?』と言っている気がする」
「このヒラタクワガタ、随分と親切じゃない?」
「最初に会ったのが親切な奴で良かったな」
この風来坊ヒラタクワガタ、親切な上に話が早い。
普通、明らかに自分達と種族の違う連中が現れたらもっと警戒すると思うんだ。
「カチカチ……」
「『褒めても手加減はしねえぞ。ほら、さっさと中に入れ!』と言っている気がする」
「分かりましたわ」
そう言うと、セラは土俵の中に入り、風来坊ヒラタクワガタと向き会う。
「カチカチカッチ」
「『もう1つ、普通は土俵の中で互いに向き合ったら勝負開始だ。誰かの合図を待つ必要はねえ。今回は初めてみたいだから、合図で始めるぞ。アンタ、任せても良いか?』」
「ああ、俺が合図をさせてもらう。3、2、1、初め!」
俺が開始を宣言した直後、風来坊ヒラタクワガタはハサミを大きく開き、セラの身体を挟み込もうと突進してきた。
セラはあえてそれを避けず、両側から迫り来るハサミを受け止めた。
「!?」
「……なるほど、これは中々のパワーですわね」
自慢の一撃を受け止められ、風来坊ヒラタクワガタの驚愕が伝わってくる。
風来坊ヒラタクワガタは挟む力を強めているが、セラの腕はビクともしない。それどころか、余裕があるようで少しずつ押し返している。
「あら?」
セラの身体が徐々に浮き上がっていく。
風来坊ヒラタクワガタがハサミを持ち上げ始めたので、力の釣り合いが取れているセラの身体が浮いてきたのだ。相手を持ち上げたら、その次に来るのは投げに決まっている。
身体を捻り、風来坊ヒラタクワガタがセラを場外に投げようとする。
セラは投げられる直前に手の力を抜き、ハサミの間をすり抜けて着地すると、そのまま空いた風来坊ヒラタクワガタの胴体に接近、その拳を叩きつけた。
「はあ!」
「!」
大きく吹き飛ぶ風来坊ヒラタクワガタだが、大きなダメージは負っていなかった。
それというのも、セラが胴体を殴る瞬間、風来坊ヒラタクワガタは自ら後に跳躍し、拳によるダメージを軽減していたのだ。……え?そんな格闘漫画みたいな技術を使うの?
「やりますわね……」
「カチカチ」
「『アンタもやるじゃねえか。まさか、俺をパワーで上回るとは驚きだ。ここまでやれるなら、遠慮なく俺の本気を見せられるな』」
そう言うと(言ってない)、風来坊ヒラタクワガタの身体をオーラが覆い始めた。
これは、<闘気>のスキルに近いものを感じる。
A:単純な能力上昇だけでなく、種族が強化されているようです。ステータスをご確認ください。
アルタの指示に従い、風来坊ヒラタクワガタのステータスを確認する。
種族:超ヒラタクワガタ
レア:4+1
体力:120+20
攻撃:120+30
技術:110+30
称号:風来坊
特殊:風の向くまま気の向くまま
ホントに種族が変わっている。何だよ、超ヒラタクワガタって……。
しかも、今まで存在しなかった項目まで増えてやがる。
……<風の向くまま気の向くまま>って何だ?
A:スキルに類する能力です。これは短距離の瞬間移動で『ワープ』に近い効果を持ちます。
……何でムシが瞬間移動するの?
「これは、ステータスは見ない方が良さそうですわね」
決闘中に能力を調べるのは卑怯だと考えたのか、セラがステータスを見ることはなかった。
しかし、瞬間移動は初見殺しに近い能力だと思うが、大丈夫なのだろうか?
「カチカチカチ」
「『待たせたな。これが俺の本気、超ムシモードだ。この姿になれる奴、5%も居ないんだぜ?』」
「いや、名前ダサいわね。ご主人様が命名したの?」
「違う!ヒラタクワガタがそう言ったんだ!」
ミオが酷い冤罪をなすりつけてきたので全力で否定する。
「カチ」
「『行くぞ』」
次の瞬間、超ヒラタクワガタはセラの背後に瞬間移動し、ハサミを大きく広げて襲いかかった。
ハサミに挟まれる寸前でセラは素早く屈んで避け、身体を反転させて攻撃の来た方向を見る。
しかし、超ヒラタクワガタはハサミが避けられた時点で再び瞬間移動を行い、セラの視界から外れている。今度はセラの横から襲いかかる超ヒラタクワガタ。
「これは!面倒!ですわね!」
何度も背後や横からの攻撃を上手く避けるセラだが、その度に超ヒラタクワガタは瞬間移動を使い、セラの視界に残らないようにしている。
確かに凄まじい戦いなのだが、何と言うか……。
「昆虫相撲だと思ったら、異能力バトルだった件について」
「超展開すぎるよなぁ……」
正直、思っていたのと違う。いや、面白いから悪くはないのだが……。
「お、セラが動くみたいだ」
《セラー、がんばれー!》
俺がそう言って数秒後、セラは超ヒラタクワガタが真横に現れた瞬間に走り出し、その頭部に拳を食らわせた。
攻撃を避ける動作を含まず、最速で反撃をしたため、超ヒラタクワガタの瞬間移動による回避が間に合わなかったようだ。
そのまま、セラは衝撃でふらつく超ヒラタクワガタのハサミをガッチリと抱え込んだ。
「貴方の瞬間移動、目に見えている範囲にしか移動できないのでしょう?狭い土俵の中で上手く誘導すれば、攻撃の方向を限定することもできますわ」
「!?」
そう、セラは攻撃を回避しながら、土俵の端に少しずつ移動し、超ヒラタクワガタの視線を誘導し、必ず真横からの奇襲になる瞬間を自ら作りだしたのだ。
攻撃が来る方向が分かっているのなら、瞬間移動の瞬間に移動して攻撃するだけで良い。
「どうやら、掴まれたら瞬間移動もできないようですわね。それなら、これで終わりですわ!」
セラは超ヒラタクワガタのハサミを思い切り持ち上げる。
直後、超ヒラタクワガタの脚が地面から離れ、セラを挟んで真逆の位置に叩きつけられた。
叩きつけられた超ヒラタクワガタは土俵の外側で仰向けに倒れていた。二重の意味で勝利条件を満たしたことになる。文句なしの勝利だろう。
「カチカチ……」
「『俺の負けだ。アンタ、強いな……』」
「良い勝負でしたわ。貴方も強かったですわよ」
超ムシモードを解除した風来坊ヒラタクワガタが仰向けのまま呟いた(呟いていない)。
その後、俺達は風来坊ヒラタクワガタに案内され、ムシ達の決闘が盛んな場所に向かった。
そこでは、数多くのムシ達が土俵に集まって戦いを繰り広げていた。
「カチカチ」
「『ここで勝ち続ければ、いずれは王様とも戦えるだろうよ』。という訳だ。セラ、任せたぞ」
「了解ですわ」
セラが参戦の意を表明すると、ムシ達がワラワラと集まり勝負を挑んできた。
そんなムシ達をセラは次々と倒していく。
30分過ぎた頃には、倒したムシの数は30匹を超えていた。
どうやら、風来坊ヒラタクワガタは本気の上澄みだったらしく、超ムシモードになったムシは30匹の中でたったの1匹だけだった。
しかも、その超ムシモードは1分しか持続せず、切れた後は動きに精彩を欠き、あっと言う間に敗北することになった。時間制限のある切り札、嫌いじゃないです。
「カチカチカチ」
「『出たな。アイツらが四天王だ。連中を倒せば、王様に挑む権利が得られる』」
40匹近いムシを倒したところで、風来坊ヒラタクワガタが4匹のムシを見ながらそう言った。
四天王と呼ばれた4匹の風格あるムシ達がこちらに向かって歩いてくる。
俺でも知っているくらい有名なムシ達だ。
コーカサスオオカブト、エレファスゾウカブト、ギラファノコギリクワガタ、カナブン。
……カナブン!?お前、その面子に並ぶスペックがあるのか!?
種族:カナブン
レア:1
体力:60
攻撃:30
技術:190
称号:四天王、最強のレア1、下剋上
コイツ、努力で成り上がったタイプだ!
ステータスも随分と極端だし、きっと面白い戦いを見せてくれるはず。
「…………」
「『王への挑戦を望む者が居ると聞いた。我ら四天王を1匹でも倒せば王への挑戦権を与えよう』」
一番前に立つコーカサスオオカブトがそう言った(言ってない)。
「誰に挑むか、私が決めて良いんですの?」
「…………」
「『無論、我ら四天王、強者の挑戦から逃げることはない』」
セラが対戦相手を決める前に急いで念話をする。
《セラ、悪いけどカナブンを選んでくれないか?四天王にまで上り詰めたカナブンがどんな戦い方をするのか、気になって仕方がないんだ》
《ええ、良いですわよ。……確かに、言われてみれば気になりますわね》
ツノもハサミもないムシが四天王に上り詰めた方法が知りたい。
「私はそちらのカナブンさんに挑ませていただきますわ」
「……」
「『僕をご指名ですか。もしかして、僕が一番弱そうに見えましたか?』」
カナブンの無言のセリフを翻訳する。
「いいえ、貴方が一番面白そうに見えただけですわ」
「……」
「『面白そう、ですか。ふふっ、それなら、期待に応えられると思いますよ』」
不敵な笑みを浮かべ(浮かべてない)、カナブンが土俵に向かって歩き始めた。
セラと向かい合い、決闘が始まった瞬間、カナブンがオーラに覆われる。
「最初から本気、ということですの?」
「……」
「『僕はそのままでは弱いですからね。超ムシモードに全てを賭けています』」
超ムシモードとなったカナブンのステータスがコチラ。
種族:超カナブン
レア:1+5
体力:60+50
攻撃:30+100
技術:190+100
称号:四天王、最強のレア1、下剋上
特殊:幽霊の正体見たり枯れ尾花
超ヒラタクワガタよりも上昇値が高い。
体力と攻撃は超ヒラタクワガタにも及ばないが、技術だけは飛び抜けて高い。
そして、肝心の特殊は<幽霊の正体見たり枯れ尾花>というらしい。ムシの特殊能力、名前から効果を想像するのが難しすぎる。多分、トリッキーな能力だと思うけど……。
A:自身の幻影を生み出す能力です。
幻影か。思った通り、トリッキーな能力だな。
「な!?」
俺が特殊能力を認識するのとほぼ同時に、超カナブンの身体が10匹近くに分裂した。
分裂という形で幻影を生み出したので、どれが本物か分からなくなっている。
「本物を探して攻撃するしか無さそうですわね。……行きますわよ!」
セラが駆け出し、手近な超カナブンを殴りつける。
しかし、その超カナブンは幻影だったため、攻撃がすり抜けてしまう。
厄介なのは攻撃した幻影の姿が消えないことだ。セラが視線を外すと、他の幻影に混ざり1度攻撃した幻影の判別ができなくなってしまう。
「特殊能力、本当に面倒なのが多いですわ!ぐっ!」
超カナブンの死角からの体当たりを何とかガードする。
直後、幻影の超カナブンが集まってきて、本物の超カナブンと混ざってしまった。
定期的に幻影の数も増えていき、既に20匹近くの超カナブンが土俵を埋め尽くしている。
「……」
「『どうです?面白い能力でしょう?』」
「外から見る分には面白いでしょうが、相手をするのは厄介ですわ!」
セラの攻撃は全て幻影が受け、隙を見せれば本物が攻撃してくる。
セラの体力がなくなるとは思えないが、長期戦になりそうな雰囲気を感じる。
「見えましたわ!」
しかし、しばらく攻防が続いたところで、セラが何かに気付いたようで一直線に駆け出す。
その先には、土俵スレスレであまり動いていない1匹の超カナブンが居た。
「貴方だけ、影がありますわ!」
その1匹を除き、他の超カナブン達には影が存在しなかった。
狙われた超カナブンはセラから逃げようとするが、その拳を避けることはできなかった。
「あら?」
そもそも、避ける必要がなかった。その超カナブンは幻影なのだから。
セラの拳は空を切り、僅かに体勢を崩す。
そして、その隙を見逃さずに本物の超カナブンがセラに体当たりを決めた。
「きゃあ!?」
土俵スレスレで体勢を崩し、体当たりを受けるとどうなるか?
そう、リングアウトの危機である。
「このぉ!」
セラは土俵際で身体の向きを無理矢理変え、辛うじてリングアウトを回避した。
「……」
「『僕の能力なら、自分の影を消すことも、分身に影を付けることも可能です。僕の能力を見極めたと勘違いする賢しらな相手を嵌めるのに重宝していますよ』」
「せ、性格が悪いですわ!」
能力に弱点があるように見せかけ、弱点を突いたと勘違いした相手を嵌める。
中々に良い性格をしているな、超カナブン。
「よく見ると、太陽の位置と影の位置が若干ずれています。そこまで細かい調整ができないから、影の付いた幻影はほとんど動かなかったのでしょう」
「マリアちゃん、良くそんなところまで見ていますね……」
《マリア、すごーい!》
マリアが素晴らしい観察眼を披露する。流石に初見でソレに気付くのは難しいと思うぞ。
「カッチカッチ」
「『大半のムシには見せちまったから、もう見る機会はないと思っていたが、久しぶりに見るとやっぱ面白いな、アイツの必勝パターン』。なるほど、初見殺し技だからな」
詳細を知っている相手には通じない初見殺しに類する技だ。
空間が狭くなり、戦う相手も限られているこの世界では、見る機会のない技だったのだろう。
「……」
「『もう1度聞きます。どうです?面白い能力でしょう?』」
「本当に、性格が悪いですわね。……良いでしょう。それなら、こちらにも考えがありますわ」
セラは前傾姿勢になり、思い切り地面を蹴って駆け出した。
たった直径30mの土俵だ。力比べが基本だと考えていたから走らなかったのだろうが、セラが思いきり走れば一瞬で端から端まで移動できる。
セラは土俵内をジグザグに走り、超カナブン達に触れていく。殴る必要はない。触れるだけで本物か幻影かの判断は付く。本物と判断してから殴れば良い。
幻影が入り交じることも気にしない。同じ相手に何度触れても良い。本物に当たるまで触れ続ければ良いだけだ。
「ムシって動きが緩慢だから一方的な展開になっちゃったわね」
「面白いけど、流石に昆虫相撲とは言えないよなぁ……」
超カナブンはセラの疾走に追いつけず、今までのように奇襲することも難しくなっている。結果として、セラだけが一方的に攻撃のチャンスを得ることになる。
「貴方ですわ!」
とうとう本物の身体にセラの拳が突き刺さった。
軽い超カナブンの身体は勢い良く吹き飛び、一発でリングアウトしてしまう。
「や、やり過ぎましたわ!?」
超カナブンは土俵の外でグッタリと意識を失っていた。大丈夫、死んでない。
四天王に見事勝利したセラは、金ヘラへの挑戦権を獲得した。
介抱中のカナブンを除く四天王三匹とヒラタクワガタの案内により、金ヘラが住む神聖なる樹、その名も黄金樹に向かうことになった。
しばらく歩き、黄金樹らしき樹が見えてきた。
「まさか、その名の通り金色の樹だとは思わなかったよ」
「金色なのは葉っぱだけで、幹は普通の樹と同じですね……」
「葉緑素があるようには見えないけど、光合成とかしているのかね?」
A:いいえ、光合成はしていません。黄金樹は植物と鉱物両方の性質を持つようです。
どうやら、異世界特有の謎生態を持つ樹だったようだ。
歩きながら黄金樹に近付くと、その近くに土俵があるのが見えた。
その土俵の上から、1匹の金色の甲虫が俺達を見つめていた。
威風堂々とした佇まい、アレが金ヘラ……いや、ゴールデンヘラクレスオオカブトか。
「……」
「『王よ、四天王に勝利した者が現れた。この者の挑戦を受けていただきたい』」
土俵の外で立ち止まり、コーカサスオオカブトが金ヘラに声をかけた。
「……」
「『やはり来たか、強者の波動を持つ者よ。今更言葉など不要、土俵に入るが良い!』」
金ヘラはその大きな角を『強者の波動を持つ者』に向けた。セラ……ではなくドーラに。
《え?》
「「「「「え?」」」」」
俺に肩車され、完全に他人事状態のドーラが驚いていた。俺達も驚いている。
「……」
「『王よ、挑戦者はその者ではなくこの者だ』」
「……」
「ご主人様、翻訳はないの?」
「いや、金ヘラ、今何も言っていないから」
ミオに翻訳をせがまれるが、何も言っていなければ翻訳のしようがない。
「……」
「『今更言葉など不要、土俵に入るが良い!』」
「何事もなかったかのようにテイク2やるの!?」
ドーラに向けていたツノをセラに向けてテイク2に入るとは思わなかった。
「何故、ドーラちゃんと勘違いしたんでしょう……?」
「多分、金ヘラの言う『強者の波動』は個々の強さじゃなく、種族の強さなんだろうな」
「まあ、普通に考えたら、人間より竜の方が強者よね」
加えて、ムシに人の容姿を判断する能力がなく、ドーラが幼児だと気付かなかったのだろう。
理由はどうあれ、思い込みで行動すると恥をかくという分かりやすい例だったな。
「……」
「おっと、『早く土俵に入るが良い!』だってさ。セラ、頑張れよ」
「それでは、行って参りますわ」
《がんばれー!》
少し焦った雰囲気の金ヘラに催促されたセラが土俵に入る。
真ん中まで進み、互いに向かい合って試合開始だ。
「……」
「『強者相手に小手調べなど不要!最初から本気を出してくれよう!』」
そう言って超ムシモードのオーラを纏う金ヘラ。
どうやら、この世界において超ムシモードは温存するものではなく、最初の方で切っても良い切り札という扱いのようだ。時間制限は気にしていないのか?
A:超ムシモードの時間制限は慣れる程に長くなります。ヒラタクワガタ、カナブンは1時間以上持続するようです。
そこまで長期戦になることはないから、実質的に無制限という訳か。
当然、金ヘラも時間制限は戦闘時間を超えているのだろう。
そして、コレが金ヘラの超ムシモード時ステータスである。
種族:超ゴールデンヘラクレスオオカブト
レア:5+2
体力:150+100
攻撃:150+100
技術:150+100
称号:甲虫王
特殊:疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し
ふ、風林火山、だと……!?まさか、お前は武田なのか?
「……」
「『参る』」
「行きますわよ!」
直後、金ヘラのツノとセラの拳が土俵の真ん中で激突した。
セラの一撃を正面から受けておきながら、金ヘラは一切のダメージを負っていないようだった。
そのまま、超至近距離でツノと拳の応酬が始まった。
見ていれば分かるが、金ヘラはセラの攻撃を全く避けていない。攻撃、効いてなくね?
A:超ゴールデンヘラクレスオオカブトの特殊能力は4つの効果を持ち、『動かざること山の如し』は物理攻撃、主に衝撃に対して強力な耐性を取得できます。
昆虫相撲という物理攻撃の世界で、衝撃耐性は少々ズルくないですか?
「殴っても衝撃が通りませんわ。コレ、貴方の特殊能力ですわね?」
「……」
「『如何にも。ただし、余の能力はそれだけではない』」
「ええ、見ていれば分かりますわ」
激しい近接戦闘を繰り広げながら、1人と1匹は平然と会話している。
「カッチカッチ」
「『王様、本気だな。最初から『風』、『火』、『山』の3つを使ってるぞ』」
「……」
「『うむ、『林』が無意味な以上、王の本気と言って差し支えないだろう』」
ムシ達が意味深な会話をしている。アルタ、他の能力も教えて。
A:『疾きこと風の如く』は高速移動の能力です。分かりにくいでしょうが、超ゴールデンヘラクレスオオカブトは一般的なムシの三倍以上の速度で移動しています。
言われてみれば、セラの動きに反応できているし、移動速度は他のムシを遙かに上回っている。
正直、移動速度なら普通にセラの方が速いから気付かなかった。
A:『侵掠すること火の如く』は攻撃力強化の能力です。ツノを発熱させ、攻撃のダメージに熱ダメージを追加します。
やっぱり、金ヘラのツノが赤く熱されたようになっていたのは特殊能力だったか。
なお、セラは赤くなったツノを普通に殴っていることをここに記す。
A:『徐かなること林の如く』は特殊能力無効の能力です。ムシの特殊能力を一時的に無効化することができますが、自分の特殊能力も無効化されてしまいます。
特殊能力のないセラが相手なら、使う必要のない能力だな。
攻撃、防御、速度を強化しつつ、厄介な特殊能力が相手なら無効化する。
そんなの強いに決まっているだろ。王になるのも当然だ。
「攻撃が通じないというのは本当に厄介ですわ。今まで、私に魔法を使ってきた方達も同じように思ったのでしょうね」
金ヘラのツノを殴って受け止めながら、セラが愉快そうに言う。
魔法無効のセラと衝撃耐性の金ヘラは近しい存在と言えなくもない。
「貴方の能力の特徴は概ね理解しましたわ。衝撃は吸収されるようですから、少し手を変えさせていただきますわね」
セラはそう言うと、迫り来る金ヘラのツノを両腕でしっかりと受け止めた。
そのまま、セラが一歩ずつ前に進んでいくと、金ヘラは押し負けて一歩ずつ後に退いていく。
「このまま、場外に出させていただきますわね」
「……!?」
「『余が押し負ける……だと!?』」
金ヘラが単純な力比べで押し負けたことに驚愕している。
実は、金ヘラの衝撃耐性は、瞬間的な衝撃には強い耐性を持つが、持続的に力が加えられた場合、それを防ぐことはできない。
『動かざること山の如し』と言っておきながら、押せば動くのである。
「……」
「『まさか、王様に力比べで勝つ奴がいるとはな』」
「……」
「『我らには真似できないが、力尽くで押し出せば、王に勝つこともできるということか』」
そう、これはルール無用の殺し合いではなく、ルールの存在する決闘。
耐性により倒すことができないなら、他の勝利方法を選べば良いのである。
「……」
「『かくなる上は……』」
金ヘラは何かの覚悟を決め、自ら一歩後に下がった。
僅かにセラの拘束が弱まった瞬間、金ヘラはその場で回転し、拘束を完全に外した。
「うん?拘束を外すことが目的じゃないのか?」
《くるくるまわってるー!》
「……!」
「『おお!これは王の必殺技、『ゴールデントルネード』ではないか!』」
独楽のように横回転し続ける金ヘラを見て、コーカサスオオカブトが興奮する。
何と言うか、少年ホビー漫画みたいな必殺技名だな。
「俺の命名じゃないからな」
「いや、まだ何も言っていないわよ」
ミオに命名センスを疑われる前に予防線を張っておく。
なお、俺が『ゴールデントルネード』よりマシな名前を付けられるとは言っていない。
「あんなに回って、目が回ったりしないんでしょうか……?」
土俵内を回転しながら動き回る金ヘラを見て、さくらが素朴な疑問を口にする。
「……」
「『以前、王が『ゴールデントルネード』を使った際には、丸一日足下が覚束なくなっていた』」
「大丈夫じゃなかったんですね……」
なるほど、金ヘラが決めた覚悟は、目を回す覚悟だったのか。
補足すると、金ヘラは土俵内を縦横無尽に動き回っているが、完全には制御できていないらしく、セラへの攻撃としてはほとんど機能していない。辛うじて、場外にはなっていないくらいか。
「これは……チャンスですわ!」
セラは拳を構えると、呼吸を整えて身体に力を漲らせる。
もしかして、衝撃耐性がある金ヘラを殴り倒す気なのか?
確かに、衝撃耐性であって衝撃無効ではないのだから、耐性を超える力を加えれば打ち破ることも不可能ではないのだろう。
「カチカチ」
「『まさか、あの状態の王様を殴る気か!?』
「……」
「『有り得ん。王の『山』を打ち崩すなど不可能だ』」
ムシ達が騒ぐ中、ついに金ヘラがセラに直撃する軌道となった。
「はあ!!!」
セラは迫り来る金ヘラのツノを避け、その胴体に渾身の一撃を叩き込んだ。
ドスンという凄まじい衝撃音と共に、耐性を超える衝撃を受けた金ヘラの巨体が吹き飛ぶ。
宙を舞った金ヘラは、少し離れた場所にある黄金樹に激突した。その衝撃で金色の葉っぱや小さい枝が落ちてくる。
「これで、私の勝ちですわ!」
拳を振り上げ、セラが勝利を宣言する。
「カッチ」
「『まさか、本当に王様が負けるとは思わなかったぜ』」
「……」
「『信じられん。我は夢でも見ているのか?』」
無敵の王様が負け、ムシ達も驚愕を隠せないようだ。
A:マスター、セラの称号をご確認ください。
『深淵』の異世界では何が起きるか分からないため、アルタにはマップやステータスの監視を頼んでおり、大きな異変が起きたら報告してもらうことになっている。
アルタの報告があったということは、セラの称号に何かが起きたということに他ならない。
どれどれ……これは!?
「セラ、おめでとう。これでセラが新しいムシの王様だな」
「ありがとうございます。……ムシの王様?」
「称号、見てみ?」
名前:セラ
称号:仁の奴隷、元貴族令嬢、超越者、甲虫女王
「ふ、不本意な称号ですわー!!!」
称号をムシクイーンにするか悩みましたが、どこかで出てそうなので止めました。
ヒラタ戦で知恵を使って勝ったのに、カナブン戦で知恵を利用されて負けそうになる展開が個人的に気に入っています。




