第238話 奴隷譲渡と衝撃発言
申し訳ありません。予約投稿を忘れていました。
咲のお迎えとして商談部屋に入ってきたのは2人の成人女性だった。
「咲様、ご歓談中失礼いたします。乗客2000名の移動準備が整いました」
クラシカルなメイド服を着た女性が咲に報告をする。
「ああ、慌てなくて大丈夫だよ。船に咲君を急かすような者は1人も居ないからね」
白衣とタイトスカートを着た女性が咲に声をかける。
「オルカさん、メイギス、来てくれてありがとう。思ったよりも早かったね」
補足しておくと、メイド服の女性がオルカ、白衣の女性がメイギスという名前だ。
「咲君の頼みだからね。船の乗客は大急ぎで準備を終えていたよ。私としては、咲君と幼馴染み君が会話する時間が減るから、あまり急ぎすぎないことをお勧めしたのだけどね」
「咲様の指示は『極力急ぎ、準備を終えたら連絡する』でした。咲様の指示に従うべきです」
「……やれやれ、君は本当に堅物だね」
白衣の女性はそこまで言うと、俺のことをじっくりと見つめてきた。
「ふむふむ、君が噂の幼馴染み君か。私の名前はメイギス。『錬金術師』と言えば分かるかな?」
「初めまして。私はオルカと申します。咲様からは『無敗のチャンピオン』と称されております」
『錬金術師』の白衣はともかく、『無敗のチャンピオン』がメイド服とは予想外だ。
メイドのスペックが異常に高いのは、ウチの専売特許だと思ってたよ。
「俺は進堂仁、咲の幼馴染みだ」
「マリアです。仁様の護衛を任されております」
「本当に咲君の言っていた通りの人物だね。これは、ここまで来て正解だったかな?」
メイギスが興味深そうに俺を見ながら言う。……これは、好奇心か?
「そう言えば、連絡を頼んだのはオルカさんだけだったよね?」
「ああ、オルカに頼んで私も同行させてもらったのだよ」
「咲様、申し訳ございません。お迎えの人数は指定されていませんでしたので、メイギスの同行を断る理由がありませんでした」
「悪いことじゃないから謝る必要はないよ。ただ、メイギスは目的のない行動はしないよね?」
「当然、ここに来たのは目的がある。新しい主に自分を売り込むという目的がね」
咲がオルカからメイギスに視線を移すと、メイギスは大きく頷いてそう答えた。
「先に述べた通り、私は錬金術師だ。それも、かなり優秀な錬金術師であることを自負している。咲君が君に贈ったスキルオーブを作ったのも私だし、伝言役の小咲を作ったのも私だ。私が最も咲君の『謝罪』に貢献していると言っても過言ではないだろう」
「うん、メイギスには色々とお世話になっているね」
<錬金術>の有用性は俺も把握している。わざわざ売り込む必要があるのか?
「素材さえあれば、もっと凄い物を作ることもできる。だから、君には私が錬金術の研究をすることを許可してほしいのだよ。当然、その成果は全て君に献上しよう。間違っても、単純作業で時間を潰させるような命令はしないでほしい」
なるほど、自分は成果を出すから研究・開発に回してほしいという売り込みか。
「咲、メイギスは研究・開発に回した方が良い人材なのか?」
「……どうして、咲君に聞くのかな?」
俺が咲に訪ねると、メイギスが急にソワソワとし始めた。
「アンタの人となりを知らないからだ。知っている者に聞くのは普通だろ?」
「確かに道理だね……」
「駄目とは言わないけど、完全な自由を許すのはお勧めできないかな。メイギスは好奇心で身を滅ぼすタイプだから、何かしらの枷は付けておいた方が良いと思うよ」
「好奇心で身を滅ぼすとは穏やかじゃないな。何か前科があるのか?」
俺の認識では錬金術師とは学者だ。学者とは好奇心が強い生き物である。
それでも、『好奇心で身を滅ぼす』とまで言われるのは普通ではない。何か理由があるのだろう。
「私から説明した方が良い?メイギスが説明する?」
「自分で説明するよ。私は十年程前に好奇心を抑えきれず、材料が足りない状態で人造生物を作成し、失敗して巻き込まれて、人間の形を失った謎の生物になってしまったのだよ」
「ヘドロの塊が動いていたから、新種の魔物かと思っちゃった。すぐに人間だと気付いたけど」
<錬金術>に失敗すると、ヘドロのような謎生物になるのか。ヤバいね。
恐らく、ファンタジーではなくパニックホラー。魔物ではなく怪物と呼ぶべき存在になっていたのだろう。
「いや、本当に地獄のような十年だった。身体はまともに動かないし知能も低下しているのに、感情だけは完全に残っている。無駄に耐久性が高いから、自ら死ぬことすらできず、ひたすら絶望していたところ、咲君が現れて助けてくれたのだよ」
「つまり、好奇心で身を滅ぼすタイプと言うか、ほぼ身を滅ぼした後なんだな」
「まあ、そういうことだね。あの時の咲君は、まさに救世主だったよ」
「それは大袈裟だよ。でも、元に戻せて本当に良かった」
そこまでガッツリやらかしていたなら、咲が苦言を呈するのも当然のことだ。
そして、メイギスが咲に心酔している理由も何となく分かった。
「ところで、咲はメイギスに自由に研究することを許していたのか?」
「私は許可制にしていたよ。事前に話を聞いて、危険そうだから却下することもあったね」
言い換えれば、却下せざるを得ない研究を始めようとしたこともあるということだ。
「それで問題は起きなかったか?」
「うん、メイギスも研究に関して嘘は吐かないから、話を聞けば問題の有無はすぐに分かるからね」
「それなら、咲と同じ条件にしておこう。メイギス、それで良いよな?」
「ああ、現状維持なら悪くはないね。できれば、自由に研究できる環境が欲しかったけど……」
「メイギス、仁君に迷惑をかけたら怒るからね?」
「わ、分かっているさ、冗談だよ!だから、そんな目で見ないでくれたまえ!」
咲が少し強めに睨むと、メイギスは大慌てで前言を撤回した。
「仁君、この場でメイギスの所有権を譲渡しても良いかな?私の条件を伝えるから」
「ああ、構わないぞ」
「それじゃあ、メイギス、オルカさん、所有権を変えるから服を脱いで」
唐突な『服を脱げ』命令がメイギスとオルカを襲う。
「ああ、分かったよ」
「承知いたしました」
2人は嫌な顔一つせずに了承し、首から提げていたお揃いのペンダントに触れる。
次の瞬間、2人の着ていた服が全てペンダントの中に吸い込まれていった。
そして現れる全裸の成人女性2名。
「驚いたかい?これは私が発明した一瞬で着替えるための道具だよ」
「便利なので重宝しております」
メイギスが自分の創り出したアイテムを自慢するように胸を張る。全裸で。
余談だが、オルカの方は最低限局部を手で隠している。ただし、義務的に隠しているだけのようで、恥ずかしがる様子は一切見せていない。
「<奴隷術>なら、上半身だけ脱げば良かったんじゃないか?」
「ふふふ、そこまで細かい制御はできないのだよ……」
メイギスが自分の創り出したアイテムの欠点を嘆くように背を丸める。全裸で。
「それじゃあ、所有権を移すよ。<奴隷術>は私が使えるから安心してね」
咲が2人の背に触れて奴隷の主人を保留状態にしたので、俺は爪で指を軽く切って垂れてきた血を2人の背に押し付ける。
「これで2人は仁君の奴隷だね」
「『ヒール』」
契約が終わった瞬間、マリアが俺に向けて『ヒール』を発動する。過保護……。
奴隷となったメイギスとオルカは再びペンダントに触れ、白衣姿とメイド服姿に戻っていった。
「それじゃあ、私の条件を教えるね」
咲にメイギスが研究するための条件を教えてもらい、俺の奴隷としての命令に組み込む。
「メイギスの話も終わったし、そろそろ船で奴隷を受け取っても良いか?」
「うん、もちろんだよ!あの船も中に居る人達も全て仁君のために用意したんだから!」
という訳で、今から豪華客船を乗員、乗客2498人ごと貰いに行くことになった。
元の世界でも片鱗はあったけど、咲のプレゼントって受け取るだけで大事になるね。
俺達は再び港に向かい、停泊中の豪華客船に入る。
「それでは、ホールAにご案内いたします」
オルカに案内され、船の中をホールAに向けて進んでいく。
移動中に咲達と話したのだが、この客船には2500人全員が集まれる場所が存在しないため、5つの大ホールに500人ずつ集合させて、順番に奴隷化と転移を行うことになった。
なお、2500人中500人は乗員であり、奴隷化はするが船の管理のため今すぐは王都に向かわないグループとなる。
「こちらがホールAとなります」
ホールAの扉を開けて入ると、500人の乗客が同時に俺達……いや、咲の方を見た。
「この人が私の幼馴染みの仁君!みんなには今から仁君の奴隷になって貰うね!」
咲がそう言うと、500人の乗客は「おう」とか、「はい」とか、無言で頷くとか、とにかく全員が肯定的な反応を示した。本当に漏れなく全員が、だ。
「それじゃあ、このホール内を対象に<奴隷術>を使うよ!」
咲はそう言って<奴隷術>を発動し、ホール内の奴隷全員の主人を保留状態にした。
咲は更にもう一度<奴隷術>を発動し、ホール内の奴隷全員の主人を俺に更新した。
余談だが、範囲の奴隷術にも血は必要なので、俺は指を切ったし、マリアは回復してきた。
「次は俺の番だな。『ゲート』」
俺が『ゲート』の魔法を発動すると、目の前に直径3m程の輪が現れ、その輪の先にエステア迷宮51層の様子が見えた。
「この『ゲート』は特定の二カ所の空間を繋ぐ魔法だ!この先はエステア王国に繋がっている!今からこの中に入り、先に居るメイドの指示に従ってくれ!」
ホール内の全員に聞こえるように声を大きくして説明する。
補足しておくと、『ゲート』を使って奴隷を移動させると決めた時点で、メイド達には受け入れの準備を始めてもらっていた。
既にエステア迷宮の居住エリアには新入り奴隷達の部屋が用意されている。
最初はエステア迷宮を拠点にしてもらい、その後で仕事に適した拠点に移動してもらう方針だ。
「おお、これは面白そうだ。それじゃあ、私は先に行くよ」
メイギスは躊躇なく『ゲート』に入っていった。俺の近くに居たので第一号である。
その後、他の乗客も続々と『ゲート』に入っていき、5分も掛からずにホールAは空になった。
「次はホールBだね」
咲とオルカに先導され、ホールBに移動して同じ手順を繰り返す。
乗客達が『ゲート』に向かう中、1人の少女が俺の方に歩いてきた。
その少女を一言で表すなら『お姫様』だった。高級そうなドレスを着て、頭にはティアラまで付けている。
「仁様、お初にお目にかかります。私はトリス王国の第三王女、クミンと申します」
やっぱり『お姫様』だった。
「あれ?クミン王女様、どうしたの?」
「咲様、申し訳ございません。奴隷の身でありながら、主である仁様にお願いがあって参りました」
「仁君、クミン王女様の話を聞いても良い?お願いを聞くかは任せるから」
「ああ、話を聞くくらいなら構わないぞ」
咲が尋ねてきたので頷く。
お願いを聞くとは言わないが、話を聞くことは何の問題もない。
「ありがとうございます。私からのお願いは、今回奴隷になった者の中から数名をトリス王国に戻していただきたいのです」
「奴隷から解放して、トリス王国に戻して欲しいということか?」
「いいえ、奴隷から解放して欲しい訳ではありません。ただ、活動の拠点をトリス王国にさせて欲しいのです。その数名はトリス王国の復興に多大な貢献ができる方達なのです」
「……トリス王国、一体どうなっているんだ?」
今、クミン王女は確実に『復興』と言った。
つまり、今のトリス王国は復興が必要な状況ということである。
「詳細は省くけど、クーデターとスタンピードとパンデミックの波状攻撃かな?」
「それはヤバいな」
「はい、本当にヤバかったのです。咲様が居なければ、トリス王国は確実に滅んでいました」
そして、そのヤバい状況を解決したのは咲のようだ。それはそれでヤバい。
「咲はそんな状況で人材を外国に送ったのか?」
復興が必要な時に貴重な人材を奴隷にするために他国に送る。事実だけ並べると外道である。
「一応、復興は一段落しているし、関係各所の許可は貰ったよ?」
「はい、大部分の復興は終わっているのです。ただ、しばらくは慌ただしい状況が続くのは間違いありません。戻して欲しいのは、その状況を少しでも改善できる方達です」
「なるほど……」
絶対に必要という訳ではないが、居ないよりは居た方が良い人材ということか。
「本来ならばこのような勝手なことを申し出るつもりはありませんでした。ですが、長距離転移の魔法があると聞き、仁様の奴隷とトリス王国での活動は両立できるのはないかと考えました。それならば、故国で苦労する弟のため、少しでも有用な人材を送ってあげたいのです」
「……話は理解した。良いぞ、本人の了承があれば、トリス王国に人材を送ることを許可しよう」
「ありがとうございます!本当に助かります!」
クミン王女がお礼を言って深々と頭を下げる。
真っ当な願いで俺に不利益がないのなら、聞いてあげるのは吝かではない。
「ただ、既に700人以上はエステア王国の方に転移した後だけど大丈夫なのか?」
「はい、長距離転移魔法の存在を聞いた時点で、残って欲しい方達には話を通し、ホールDに集まって頂きました。仁様の許可が頂ければトリス王国に戻っても良いという了承も得ております」
「完璧な根回しだな。優秀じゃないか」
「お褒めにあずかり光栄です」
事前に必要な準備は終えた上で頼み事をする。この王女、優秀だな。
その時、視線の先にある集団が歩いているのが見えた。
「……残って欲しい人材の中にトリス王家は含まれていないのか?」
俺の目に映ったのは、クミン王女と似た雰囲気を纏う、見るからに『王様』、『王妃様』、『王子様』、『王女様』といった格好をした一団だった。
誰がどう見てもトリス王国の王族である。
「はい、この場にいるトリス王家は今のトリス王国には不要です。とても残念なことに、両親も兄も姉も皆揃って無能なのです。平時ならば多少無能でも何とかなるでしょうが、危機を乗り越えたばかりのトリス王国にとって、無能な指導者など有害以外の何者でもありません。そもそも、無能でなければ、あそこまで簡単にクーデターが成功することはありません」
随分と遠慮容赦のない辛辣な評価だな。
咲からの評価を合わせて考えると、恐らくは事実なのだろうけど……。待てよ?
「今の話だと、クミン王女もトリス王国には不要な人材ということにならないか?」
「はい、私もトリス王国には不要な人材ですので、戻るつもりはありません。エステア王国で奴隷として過ごさせていただきます」
「完璧な根回しができるくらい優秀なのに?」
優秀な王族は国に必要な存在だと思うのだが……。
俺が尋ねると、クミン王女は恥ずかしそうに顔を赤くした。
「お恥ずかしい話なのですが、私、少々……いえ、非常に酒癖が悪いのです。既に7回、お酒で致命的な失態をやらかしており、トリス王国に戻っても弟の足を引っ張ることしかできないのです」
「うわぁ……」
素面では優秀なのに、酒癖が悪くて全てを台無しにする人っているらしいね?
まさか、見た目『お姫様』なクミン王女が酒乱とは思わなかったよ。
「それでは、失礼いたします」
トリス王国への帰還について話をした後、クミン王女はホールDへと移動していった。
帰還組はこのまま船に残り、乗員と共にトリス王国に向けて出航する予定だ。
また、アドバンス商会トリス王国支店建設のため、ウチのメイド達も船に乗ることになった。
ホールBが空になったので、次はホールCへと向かった。
同じ手順を繰り返し、乗客達の移動を待っていると、今度は20人の女性達が近付いて来た。
女性達は全員が金属光沢を持つ肌をしており、一目で咲の言う『鉄人族』だと分かる。
なお、『鉄人族』は奴隷ではないので、一括の奴隷譲渡には含まれていない。
「私達は『鉄人族』です。咲との契約により、貴方の従魔となることを望みます」
そう宣言したのは、女性達の先頭に立つ金色の身体を持つ女性だった。
金属光沢を持つ肌と言ったが、よく見れば20人全員が異なる色をしていることが分かる。
「仁君、紹介するね。彼女はAu000000FF Hexさん、『鉄人族』の代表者だよ」
「なんて?」
「Au000000FF Hexさんだよ?」
恐らく名前なのだろうが、あまりにも記号すぎて右耳から左耳に流れていく。
「私はAu種の000000FF Hex番目に誕生した個体なので、識別名がAu000000FF Hexとなります」
「Au種とは?」
「元素記号だよ。彼女は金の『鉄人族』だからね」
「なるほど……?」
咲によると、『鉄人族』の身体は金属の性質を持つが、どの金属の性質を持つかは完全なランダムであり、親から遺伝するものでもないらしい。
彼女の場合、金の性質を持つから金の元素記号であるAuが識別名の先頭に付くとのこと。その後の000000FFは生まれた順番に付く番号で、Hexは16進数を意味する。
つまり、Au000000FF Hexとは、255番目に生まれた金の『鉄人族』という意味である。
「異世界なのに元素記号は共通しているのか……?」
「『深淵』の異世界の中には、私達の世界に酷似している世界も多かったよ。特に『人』のいる世界では、『鉄人族』が居た世界も含めて、日本語が使われていることが多かったね」
「道理で日本語がペラペラな訳だ……」
コミュニケーションに困らないのは良いけど、異世界の日本語使用率高すぎない?
「1つ確認だけど、その識別名に愛着はあるのか?無ければ、テイム時に名前を変えさせてくれ」
「私達に名前に対する執着はありません。識別名に個体識別以上の意味を見いだしていません」
「それなら、名前は変えさせてもらう。流石に長くて呼びにくい」
「固体名変更の件、了解いたしました」
20人全員に名前を付けるのか……。
面倒だから、元素記号をそのまま名前にしよう。『金』なら『ゴールド』か『金子』だな。
「仁君、『鉄人族』のテイムしてもらって良いかな?『鉄人族』の皆は良いよね?」
「はい、お願いいたします」
「ああ、分かった」
俺は順番に『鉄人族』をテイムしていく。
『鉄人族』側の抵抗がないので、1分で全員の譲渡が完了した。
「とりあえず、お前の名前は『ゴールド』だ」
「命名『ゴールド』、了解いたしました」
代表者の金の『鉄人族』の名前は『ゴールド』にした。
『金子』でも良かったのだが、『鉄人族』の中にチタンの性質を持つ者が居たので諦めざるを得なかった。流石に『チタン子』は人に付けて良い名前ではない。
「仁に1つお願いがあります」
「何だ?」
今日は良く頼みを聞く日だな。
「貴方の従魔になっていない仲間が居るのですが、仮に私達が種の存続を可能とする方法を見つけた場合、それを仲間に伝えることを許して欲しいのです」
「許可は出しても良いが、伝える前に内容の精査はさせてもらうぞ。多分、情報の出所に関しては伝えることが許されないと思う」
多分、『鉄人族』存続にはスキルや異能が関わってくる。
俺が公開されて困る情報を勝手に配下以外の存在に教えられては堪らない。
「……? 了解いたしました」
ゴールドは俺の言い回しに疑問を持ったようだが、すぐに頭を切り替えて返事をした。
その後、『鉄人族』は『ゲート』を通りエステア迷宮に向かっていった。
ホールCの次はホールDである。
今度は燃えるような赤髪で、ピッチリしたボディスーツを着た40人の女性達が近付いて来た。
今までの流れから考えて、『炎人族』の女性達だろう。マップを見なくても分かる。
余談だが、咲は体が燃えていると言っていたが、頭部は燃えていないらしい。
「咲、紹介を頼む」
「仁君、紹介するね。彼女はホムラさん、『炎人族』の代表者だよ」
ホムラと紹介された女性はとても引き締まった肉体をしていた。
筋骨隆々という訳ではなく、細マッチョという奴である。ピッチリしたボディスーツなので、腹筋が割れているのもよく見える。
「聞いての通り、俺の名前はホムラ、『炎人族』最強の戦士だ」
「ホムラおねーちゃん、嘘は良くないと思うなぁ。私にボロ負けしたホムラおねーちゃんが、最強を名乗っちゃダメだよね?名乗るなら『元』最強でしょ?」
「レッカ……!」
ホムラの自己紹介を速攻で否定したのは、生意気そうな顔をした小学生くらいの少女だった。
レッカと呼ばれた少女は真っ赤なツインテールを揺らしながら近付いてくる。
「ふーん、この弱そうなおにーさんが私達のご主人様になるの?」
レッカは俺のことをジロジロと眺め、『弱そう』という正しい判断を下した。
それもそのはず、今の俺には外から判断できる『強さ』が何もないからな。武器も持っていないし、<覇気>のような雰囲気に影響するようなスキルもオフにしている。
ステータスも偽装しているので、多少強さを見抜く目がある程度では、今の俺の実力を把握することはできない。
「レッカ、余計なことを言うな。確かに弱そうだが、咲との契約に彼の強さは何の関係もない。俺達の役目は彼の従魔となり、契約を遂行することだけだ」
「でも、私、こんな弱そうなおにーさんに従うの嫌だなぁ。あーあ、面白そうだからコッチを選んだけど、向こうに残るのが正解だったかぁ……」
地味にホムラからも『弱そう』認定をされていた。いや、正しい判断なのだが……。
なお、最初から偽装ありきなので、マリアは俺への『弱そう』発言には反応しない。
「決めた!私、従魔にならずトリス王国に戻る!」
「レッカ!勝手なことを言うな!咲との契約を反故にするつもりか!」
「咲おねーちゃんも強制はしないって言っていたし、代わりの子を連れてくれば良いんでしょ?」
「むっ、それは……咲、どうなんだ?」
レッカが従魔にならなくても、他の誰かが従魔になるなら契約には反していないという主張だ。
レッカの主張に一理あると思ったのか、ホムラが咲に尋ねた。
「仁君次第かな。船に乗る前ならともかく、譲渡が確定してからの変更だからね」
「おにーさん、代わりの子がいれば、私じゃなくてもいーよね?」
「いや、『ゲート』を見た以上、お前には俺の従魔になってもらう」
配下になる前提で『ゲート』を発動したので、今更配下にならないと言われても困る。
「ふーん、別に良いけど。テイムって拒否されたら無効なんだよね?私、全力でおにーさんのことを拒むよ?弱いおにーさんに、私をテイムすることができるのかな?」
「レッカ!」
「べー!悔しかったら、私に勝ってから言ってよね!」
ホムラが怒鳴るがレッカは意にも介さずに舌を出す。
レッカの言い方は挑発的ではあるが、本来のテイムとはそういうものである。
「分かった。それなら、実力でテイムさせてもらう。『ゲート』。レッカ、着いて来い」
俺はもう1つ『ゲート』を開き、戦闘訓練用の迷宮54層に繋げる。
「もしかして、弱いって言われてムキになっちゃった?いーよ、おにーさんと遊んであげる」
俺を馬鹿にしたようにニヤニヤと笑うレッカ。
「仁君、良いの?」
「ああ、想定内だ」
そもそも、2500人も居て一人も奴隷や従魔になることを拒否しないとは思っていなかった。
あえて弱そうに見せていたのも、反抗的な存在を炙り出すためである。
「待ってくれ!レッカは俺達の中で一番強い!戦うのは危険だ!」
「大丈夫、大丈夫。咲おねーちゃんとの約束もあるから、死なない程度に遊んであげるから」
「ああ、俺も殺す気はないから安心しろ」
「むっ、おにーさん生意気!ムカつくから、ちょっと本気出しちゃうよ」
そんなことを言い合いながら、俺とマリア、レッカは『ゲート』に入っていく。
10分後、俺達は再び『ゲート』を通ってホールDに戻ってきた。
「…………」
無事にテイムされ、すっかり大人しくなったレッカをお姫様抱っこで運んでいる。
テイム完了時、自力で立ち上がれなくなっていたのだから仕方がない。
「まさか、レッカに勝ったのか?」
「ああ、調教完了だ。なあ、レッカ?」
「ひっ!は、はい、その通りです!何でも言うことを聞きます!良い子になります!」
レッカに確認を取ると、首を何度も縦に振り肯定した。
「……一体、何をしたんだ?」
「それは秘密だ。ヒントは水だと言っておこう」
「水?」
相手が火属性なら水属性を使うのはゲーマーの嗜みのようなものである。
話は変わるが、水というのは立派な拷問器具である。俗に言う『水責め』は何種類も考案され、多くの人間を苦しめてきた実績がある。
顔を水で覆われ、呼吸を止められれば、人間でも『炎人族』でも苦しむことに変わりはない。
「さて、俺にテイムされるのが嫌な奴は言ってくれ。何人でも相手になるぞ」
「そこまで怯えたレッカを見て、挑もうとする者はいないと思うぞ?」
「もうやだぁ……」
全員が納得してくれたので、残る39人の『炎人族』をテイムした。
そのまま『ゲート』でエステア迷宮に送ってホールDの作業は完了だ。
残る500人の乗員を奴隷化するため、俺達はホールEへと移動した。
この500人はホールDに残った連中と共に船でトリス王国に戻るので、『ゲート』でエステア迷宮に送る必要がなく、咲から譲渡されるだけで終わった。
人材の譲渡が全て完了したので、客船の一室で咲と話の続きをすることにした。
「『深淵』の話だけど、1つ気になったことがあるから聞かせてくれ」
「私に答えられることなら何でも答えるよ」
折角だからパンツの色でも聞こうかと思ったが、咲は白い下着しか身に着けなかったな。
「『深淵』の情報の何処に、元の世界に戻るヒントがあったんだ?元の世界に戻るって話をした時、咲の集めた情報が役に立つって言っていたよな?」
「あ、ゴメンね。さっきは話が中断したから、そこまで話せなかったの」
「つまり、『深淵』の話には続きがあるんだな?」
「うん。でも、ここからは私も軽く聞いただけの話だから、詳しいことは分からないよ?」
「ああ、それでも構わない。教えてくれ」
咲が『役に立つ』と言った以上、『詳細は不明だが、事実なのは間違いない』のだろう。
「『深淵』の中では、稀に世界間を移動する効果を持った宝物が現れるんだって。大半は『深淵』内の移動だけど、宝物によっては地球に転移できる可能性もあるみたいだね」
「直接日本に戻る手段か。悪くはないんだけど……」
『深淵』で得られる宝物を使えば、地球に戻れる可能性がある。
確かに朗報なのだが、今の目的とは若干食い違っている。
「元の世界に戻る前に、『女神の領域』に行って、女神を殴りたいんだよ」
地球に戻れるのは良いことだが、『女神の領域』を経由しないと女神を殴れないのである。
この、振り上げた拳を降ろす場所がなくなってしまうのである。
「そうなんだ。それなら、もう1つの方法が役に立ちそうだね」
「もう1つ方法があるのか?」
「うん、『深淵』の奥の方の世界にあった『世界樹の若木』が役に立つと思うよ」
「世界樹の……若木?」
『女神の領域』に行くのに世界樹が必要なのは分かるが、若木とは?
「この世界の世界樹と同じ種類の若木だよ。世界樹のことは仁君も知っているよね?」
「そりゃあ、知っているけど……」
「『深淵』の方がこの世界より世界樹が育つのに適した環境なんだって。『深淵』に存在する生物は全てが異常個体だから、簡単に因子が手に入るみたいだよ」
「ああ、なるほど……」
世界樹が『女神の領域』に届くまで成長するには、大量のリソースと異常個体の因子が必要になる。
この世界では異常個体を探すだけでも大変だが、『深淵』の生物が全て異常個体なら条件の1つが大幅に緩和される。
確かに、それは世界樹が育つのに適した環境と言えるだろう。
「その若木をこの世界に持ち込み、成長させれば『女神の領域』に行ける訳だ」
「うん、その世界にはこの世界に戻るための宝物もあるから安心だよ」
「至れり尽くせりだな」
辿り着きさえすれば俺の目的が達成できるボーナスステージだ。
これは『深淵』に入った時の目的地に設定して良いだろう。
咲の情報に感謝だな。そう言えば……。
「ところで、今の話って誰に聞いたんだ?最初に聞いた話って言ってたよな?」
「うん、『深淵』の奥で浅井君に聞いた話だよ」
「はあ!!!???」
登場したキャラの大半は次回登場機会があるか未定です。
最後の爆弾発言の意味は次回以降です。
★個人的に入れたかったけど入れられなかったネタ。
炎人族が銅の鉄人族を肩車して炎色反応で緑色の炎を出す。




