第237話 再会と謝罪
16章登場人物と17章1話目の同時投稿です。
咲の乗った船を発見した翌日、俺はカスタール女王国メルティス領で咲の到着を待った。
メルティス領は元々メルティス王国という小国だったが、エルディア王国に滅ぼされ、エルディア戦争後にカスタール女王国の領の1つとなった経緯を持つ。
メルティス領は海に面しており、元は内陸国だったカスタール女王国で唯一、船を受け入れることができる領である。
アルタによれば、人造生物の小咲と会った数日後、メルティス領の港町に小咲が現れ、トリス王国から来る大型客船の入港許可を取っていたらしい。
「本当に、大きな客船だな……」
俺は港町に近付く大型客船を見て呟く。
俺の目に映る大型客船は、何の誇張もなく大型客船と言える存在だった。
全長200mを越えており、俺の『クイーン・サクヤ号』と大体同じくらいだ。そう聞くと大して凄くないように思えるのが不思議だな。アレも個人所有する規模じゃないんだよ……。
乗員、乗客は合わせて2000名以上。……俺の記憶が確かなら、あの船には咲と『お詫びの人材』が乗っているはずだ。乗員を除いても確実に1500名以上?マジで?
余談だが、アルタは船や乗員、乗客について詳細を確認しているが、俺は確認していない。
仮にも幼馴染みからの贈り物だ。プレゼントボックスを開ける前にX線検査するような無粋な真似は控えるべきだろう。少なくとも、受け取る当事者は知らない方が良いと思う。
「仁様、到着したようです」
「ああ、分かった」
俺はマリアと共に船に近付いていく。
実は、メルティス領の港町に来たのは俺とマリアの2人だけである。
「幼馴染みが再会するのに、無関係な女の子が居ても困惑するだけでしょ?流石にマリアちゃんは同行すると思うけど……」
「はい、ご一緒させて頂きます」
「うーん、咲はそんなこと気にしないと思うけど……」
「私達が気にするのですわ!」
「凛はどうする?久しぶりに咲に会いたくはないのか?」
「確かに会いたいですけど、それは兄さんと咲お姉ちゃんが再会した後で良いです」
このような会話があり、マリア以外のメンバーは同行しないこととなった。
補足しておくと、今の俺達は普段の格好をしている。状況的には女王騎士の姿でも良いのだが、ジーンはこの国で人気すぎるので、目立ち過ぎるから止めておいた。
「降りてきたな。先頭に居るのが俺の幼馴染みの水原咲だ」
船から10名程の乗員、乗客が降りてきて、その先頭に見知った幼馴染み、水原咲の顔があった。
……今、完全に目が合ったな。
「あの方が……」
「多分、抱きついてくると思うけど、迎撃しようとするなよ?」
「承知いたしました」
流石に大丈夫だと思うが、念のためマリアに釘を刺しておく。
「しかし、久しぶりにウチの制服を見たな」
「確か、仁様の学校の制服ですよね?さくら様もあの方と同じ物をお持ちだったはずです」
「そりゃあ、同じ高校の同級生なら、基本は同じ制服だからな」
咲は高校の制服を着て、同じく髪をポニーテールでまとめていた。俺の記憶が正しければ、俺と別れた日の格好と完全に同一である。
まさか、ずっと同じ制服を着ていたということはないだろう。恐らく、俺と久しぶりに会うから、馴染みの格好をしてきたとか、そんな理由だと思う。
船を降りた咲は、真っ先に俺に向かって駆け出してきた。
それなりに人の多い街の中、一切速度を落とさず人の隙間を縫うように最短距離を駆ける。
俺の横でマリアが一瞬だが反応したのが分かる。あれ程の動きを見せられたら、警戒するのも無理はない。やっぱり、事前に釘を刺しておいて良かったかもしれない。
「仁君!久しぶり!会いたかった!」
咲は瞬く間に俺に近付き、目に涙を浮かべながら、飛び込むように抱きついてきた。
「咲、久しぶりだな。元気だったか?」
「うん!たった今、元気になったよ!」
俺の期待する答えと微妙に異なっていた。今まで、元気ではなかったと……。
咲は俺に抱きついたまま、大凡1分は離れようとしなかった。そして、身体を離した後は一転して真剣な表情で俺を見つめてきた。
「あの時、仁君を睨んでごめんなさい。追い出される時、力になれなくてごめんなさい」
「小咲にも伝えたけど、怒っていないから気に病まなくて良い。本心じゃないことも分かってる」
「それでも、自分の口で謝りたかったの。本当にごめんなさい」
咲は深々と頭を下げて謝る。当然、俺の答えは1つしかない。
「分かった。それなら俺ももう1度言おう。俺は咲を許す」
「仁君!」
咲が本当に嬉しそうな笑顔になり、再び俺に抱きついてきた。
間接的には許したと伝えていたが、本人から直接聞かない限り、不安は消えなかったのだろう。
「あ、そうだ!お詫びはそのまま受け取ってね?仁君に喜んでほしくて頑張ったから!」
抱きついた状態で顔を上げ、見上げる格好のままそんなことを言う。
「……立ち話もなんだから、落ち着いて話ができる場所に移動しても良いか?」
「うん!もちろんだよ!」
この先は公の場で話すべき内容じゃないので、最寄りのアドバンス商会支店へ向かうことにした。
言うまでもないことだが、メルティス領には結構な数のアドバンス商会支店が存在する。大きな街には必ず存在すると言っても良いくらいだ。
「咲と並んで歩くのも久しぶりだな」
咲は嬉しそうに俺の隣を歩いている。
転移前は毎日のように一緒に登下校していたので、久しぶりの見慣れた光景だ。
「そうだね。仁君の隣を歩いていると、生きているって実感するよ」
「……流石にそれは大袈裟だろ」
「大袈裟じゃないよ。仁君の隣を歩くためなら、私は何だってするよ?」
「何でもするのか?」
「何でもするよ」
咲は嬉しそうな表情のまま平然と宣言した。
これが冗談に聞こえないのは、1500人以上の『お詫びの人材』が近くに居るからだろう。
「ところで、今更だけどその女の子は仁君の仲間だよね?紹介して貰っても良いかな?」
咲の視線が、俺を挟んで反対側に居るマリアに向けられる。確かに少し今更だ。
「ああ、俺の護衛のマリアだ」
「初めましてなのに挨拶が遅れてゴメンね?私は水原咲、仁君の幼馴染みだよ」
「仁様の奴隷のマリアです。よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
マリアは自分が奴隷だと自己紹介をしたのに、咲は気にした様子すら見せなかった。
やっぱり、無関係な女の子が居ても平気だったよ。
アドバンス商会の支店に入ると、メイドがバッチリ防音された商談部屋に案内してくれた。
咲と向かい合ってソファに座ると、メイドがお茶を出してきたので一口飲む。
「それじゃあ、話の続きをしようか」
「うん!お詫びの話だよね?」
お詫びの話は、そんな笑顔でするものではないと思う。
「……最初に質問だけど、『お詫びの人材』は一体何人居るんだ?」
「あの客船に乗っている乗員、乗客合わせて2500人だよ?全員、仁君の奴隷になることを了承していて、今は私が所有しているから後で譲渡するね」
「全員かぁ……」
乗員も含め、全員が俺に渡すための人材だった。
しかも、『奴隷になることを了承した』と言っていることから、『奴隷を集めた』のではなく、全員が『納得して奴隷になった』ということだ。ソレ、頑張ってどうにかなる話か?
「もちろん、船も仁君にあげる!今回が処女航海だから新品同然だよ!」
「船もかぁ……」
どうやら、あの豪華客船は『お詫びの人材』を運ぶためだけに造られた船だったらしい。
役目を終えたので、一緒にプレゼントという訳だ。
「……分かった。咲のお詫びは有り難く受け取ろう」
「やった!仁君に受け取ってもらえる!」
咲は瞳を輝かせて喜んでいる。
予想以上のスケールに驚いたが、お詫びの品は受け取ると決めていたからな。
「それで、具体的にどんな人材を集めたんだ?」
「大きく分けると、偉い人、凄い人、珍しい人の3つかな。普通の人も含めて良いならもっと集められたけど、あまり大勢で押しかけても迷惑になると思ったから最小限にしたんだよ」
咲にとって、2500人というのは、大勢の内に含まれないらしい。これで、最小限……?
魔王討伐前に凛が言っていたが、本当に咲の枷が外れている気がする。
「偉い人は、トリス王国の王様、王妃様、第一王子様、第一から第三までの王女様……」
「ちょっと待て」
初手から信じられない役職が並んでいたので、思わず咲の話を遮ってしまった。
「トリス王国は咲の居た国だよな?王族一通り揃っているけど、奴隷になったのか?」
「うん、みんな喜んで奴隷になってくれたよ。エカテリーナさんを受け入れてくれたから、王族の人達なら喜んでもらえると思って……もしかして、駄目だった?」
俺が咲の使者として現れたサノキア王国の女王を受け入れたので、王族なら受け取ってもらえると思ったそうだ。……うん、概ね間違っていないね。
そして、王族って普通は喜んで奴隷にならないと思うよ。
「駄目じゃないけど、問題はないのか?」
「うん、一番優秀な第二王子様と側妃様がトリス王国に残っているから何の問題もないよ。あ、もしもトリス王国の王様になりたいなら教えてね?第二王子様を含む首脳陣の大半が奴隷になることを了承しているし、前王様の隠し子ってことにすれば、血統すら誤魔化せるから大丈夫だよ」
「情報量が多い……」
サラッと話した中に気になる情報が多すぎる。
トリス王国、パッと見では問題ないようだが、実際にはかなり複雑な状況になっていそうだ。
「一応言っておくと、王様になる気はない。今の目的は『女神の領域』に行って、一度元の世界に戻ることだし、自由のない王様の身分に興味もない」
「そっか、仁君は元の世界に戻りたいんだね。それなら、私も力になる……力になれると思うよ」
「……その言い方、何か心当たりがあるのか?」
「うん、仁君へのお詫びに集めた『情報』が役に立つはずだよ」
咲はお詫びとして『人材』と『情報』を渡すと言っていた。
咲がお詫びになると判断した情報だ。並大抵の情報ではないだろう。
「その話は後で聞くとして、凄い人と珍しい人はどんな人材なんだ?」
「凄い人は、トリス王国近隣で最大規模の商会を持つ女商会長さんとか、闘技場の無敗のチャンピオンとか、あの船を1人で設計した人みたいな、凄い実績を持った人達のことだよ」
俺も人のことは言えないけど、そんな人達を奴隷にできる咲の方が凄いよ。
「珍しい人は、『鉄人族』や『炎人族』という珍しい種族の人、<錬金術>、<聖母>みたいな世界で1人しか持っていないスキルを持った人達だね」
予想はしていたが、知らない情報がバンバン出てくる。アルタは知っているか?
A:<聖母>は把握していますが、『鉄人族』、『炎人族』は把握しておりません。
アルタすら知らない種族が存在するのか。
これは、ますます『お詫びの情報』の価値が上がっていく気配を感じるな。
「2500人分の説明は大変だから、説明しやすい人だけ説明したけど、これで良かったかな?」
「もしかして、全員の説明ができるのか?」
「え?私が1人1人仁君の奴隷になって欲しいってお願いしたのだから、全員の特徴を説明するくらいできて当然だよね?」
「……そうだな」
正直なところ、まとめて説得したと思っていたが、1人1人説得していたらしい。
奴隷になって欲しいと言うのだから、誠意の面でも1人1人頼み込むというのは正しいのだろうが、やろうと思っても簡単にできることではない。そして、咲はそれをやった。
「仁君に1つ聞きたいんだけど、今の仁君の家ってカスタール女王国の王都で良いんだよね?」
「ああ、メインの拠点はカスタールの王都だ。それがどうかしたのか?」
「ほら、連れてきた2500人を移動させる必要があるでしょう?」
「……そりゃそうだ。しかし、俺の家には2500人も入らないぞ?」
俺の屋敷は大きいが、それでも限度という物はある。2500人は流石に無理だ。
一応、迷宮なら2500人でも収容できるし、51層の居住区なら全員を住まわせることも可能だ。
「仁君の家に入れる必要はないし、仁君が面倒を見る必要もないよ。それぞれ、勝手に生活してもらって、仁君は必要な時に呼び出すだけで良いの」
「普通の奴隷の扱いじゃないな。まあ、俺はその方が慣れているけど……」
ある意味、今の俺の配下と似たような方式と言える。
俺には大勢の配下が居るが、その大半は俺の屋敷以外の場所で生活している。
『ポータル』の存在により、移動の負担がないから世界各地に散っているが、そうでなければ俺の拠点の近くで生活することになっていただろう。
「そういえば、王族も居るって言っていたけど、同じ扱いで良いのか?」
「大丈夫だと思うよ。残飯を漁るのも、泥水を啜るのも慣れているって言っていたから」
「そ、そうか……」
多分、トリス王国の王族達は色々な意味で大丈夫じゃない。
「それと2500人の8割は自分でお金を稼ぐ術を持っているし、何かあっても2500人が一生困らないくらいのお金は稼いだから安心してね。仁君が望むなら、もっと稼いでも良いよ!」
「そ、そうか……」
咲が安心させるように微笑むが、俺の方は苦笑いしかできなかった。
2500人が一生困らないだけの資産って、普通にやって稼げる額じゃないよなぁ……。
「問題がなければ、2500人は仁君の家があるカスタール女王国の王都に送ることにするね?」
「良いけど、どうやって移動するつもりなんだ?同じ国とは言え、距離は相当に離れているぞ?」
メルティス領から王都に行くためには、エルディア領を横断する必要がある。
今は同じ国だが、距離的には一国を超えるようなものだ。
「この街の近隣で馬車を準備して、順番に王都まで送る予定だよ。一度に移動できる人数が限られるから、全員が到着するまで一ヶ月以上掛かると思うけどね」
当たり前のことだが、2500人の移動と言うのは簡単なものではない。
そう、当たり前ならば。
「面倒だから、俺の方で運んでも構わないか?」
「それは良いけど、どうやって運ぶの?」
「魔法を使って、安全に一瞬で王都まで運ぼうと思う」
今回は人数が多いので、『ポータル』ではなく『ゲート』を使う予定だ。
「心当たりがないけど、どんな魔法なの?」
「特定の二カ所の空間を繋げる『ゲート』という魔法だ」
「そんな魔法があるんだね。初めて聞いたよ」
「かなり特殊な魔法だからな」
咲は俺の知らない情報を色々と持っているみたいだが、異能のことまでは把握していないようだ。
まあ、俺の近くに居たらすぐに気付くとは思うけど……。
「もし、仁君の負担が小さければお願いしても良いかな?集めた中には身体の弱い人も居るから、移動の負荷はできるだけ減らしたいんだよね」
「ああ、大した負担じゃないから任せてくれ」
一般的には相当な消費MPだが、俺にとっては全く問題のない消費量だ。
「その魔法の名前からして、扉のようなところを通るんだよね?多分、移動する人は一カ所に集まっていた方が効率的だよね?」
「ああ、その通りだ。一応言っておくと、扉というか横穴に近い形状だな」
「それなら、一度船に戻って、ホールに集まってもらうようお願いしてくるね。多分、馬車とかも手配を進めていると思うから、それも止めてこないと……」
急激に予定が変わったため、咲は連絡を入れるために船に戻っていった。
咲がアドバンス商会の支店に帰ってきたのは、出発から5分後のことだった。
余談だが、支店と港は走っても片道5分の距離である。
「ホールに集合したら連絡が来るから、その時は仁君も一緒に来てね?」
「ああ、その間に『お詫びの情報』について聞かせてくれるか?」
「それは構わないけど、長くなるから途中で連絡が来るかも知れないよ?」
「それでも良いから教えてくれ」
「うん、分かったよ」
中途半端になる可能性はあるが、聞けるだけ聞いておきたい。
「最初にお願いなんだけど、私の持ってきた情報は公に広めないで欲しいの。下手をすると、この世界のバランスが壊れちゃうから……。もちろん、仁君の関係者の中で広めるのは大丈夫だよ」
「情報を広めないのは了承したけど、凄い前置きだな」
世界のバランスが壊れるから秘密にしろというのは、中々に強烈な前置きである。
しかも、それを言ったのが咲というのがまた面白い。
「大袈裟に聞こえるかも知れないけど、私が生還した『深淵』が、世界の危機に成り得るのは本当のことだよ」
「『深淵』?」
アビス……英語ならば奈落とか深淵とか、下方向に深い物を示す単語だったはずだ。
下方向に深いというと、迷宮を思い浮かべるが、何か関係があるのだろうか?
「『深淵』というのは、南極点の島国にある地面に埋まった真っ黒な境界の名前だよ。触れると沈んで消えてしまうから『深淵』と呼ばれていて、正式名称は不明なの」
「この世界、南極点とかあったんだな……」
気になる情報は多いのに、最初に気になったのは南極点の存在だった。
「便宜的にそう呼んでいるだけで、実際に南極点なのかは分からないけどね。その島国も他の大陸とほとんど交流をしていないから、存在すら知らない人が大半だと思うよ」
アルタはその島のことを知っていたのか?
A:はい、知っています。『深淵』と呼ばれる物が存在することも知っていますが、詳細は不明でした。
アルタの知識にないということは、女神関連なのか?
A:いいえ、恐らく違います。
違うらしい。
「『深淵』には、『この世の物とは思えない宝を手に入れられる』という伝承があって、入る人が後を絶たないのだけど、帰還できるのは数100年に1人もいないらしいよ」
「最初に言っていたけど、咲はそこから生還したんだよな?お宝はあったのか?」
「お宝と単純に呼んで良いのかは分からないけど、色々と得る物は多かったよ」
「咲は何を手に入れたんだ?」
アルタすら知らない未開の領域。そこで手に入れたお宝が普通である訳がない。
「一言でまとめると、『異世界のルールを持つ存在』かな」
「異世界?この世界でも地球でもない世界のことか?」
「うん、仁君も『廃棄世界』のことは知っているよね?あの世界と同じ、独自のルールを持った他の世界が存在していて、『深淵』はその出入口だったの」
灰色の世界こと『廃棄世界』では、様々なルールがこの世界とは異なっていた。
『廃棄世界』と同じように異なるルールを持った世界は他にも存在しており、『深淵』はそんな異世界への出入口だと言う。
ところで、何で咲は『廃棄世界』のことを知っているのかね?
「異世界のルールで動く宝が、この世の物と思えないのも当然だよね?」
実際にこの世界の物ではないのだから当然だな。
「異世界と言っても、1つの異世界じゃなくて、複数の異世界とゴチャゴチャに繋がっているの。世界間の移動は条件が複雑すぎるから、運良く帰れるのは数100年に1人くらいになるよ」
「聞いただけで厄介そうだ。咲はよくそんな場所から帰ってこられたな?」
「仁君に会いたい一心で戻ってきたよ。問題なく、役に立つものを持って帰ってね」
何の説明にもなっていないのに、咲が言うと不思議な説得力がある。
そして、ここまでの説明で『世界のバランスが壊れる程に危険』な理由も理解できた。
「つまり、下手な物を持ち帰ると、世界のバランスが壊れるんだな?」
「うん。持ち帰った物が持つ異世界のルールは、この世界でも有効になってしまう。もし、それがこの世界のルールと致命的に矛盾していた場合、どうなるのか予測が付かないの」
「…………」
この世界に存在しないルールを持ち込むという意味では、俺達の異能も似たようなものだ。
しかし、異能は既存のルールと矛盾することはない。何故なら、異能とは矛盾する既存のルールの方を書き換える力だからだ。
「持ち帰った物が壊れるだけなら良いけど、世界全体に悪影響を及ぼす可能性も十分にあるの。今は『深淵』に入る人が少ないから良いけど、この情報が広まって『深淵』に入る人が増えたら、帰ってくる人も増えて、万が一の事態が起こりかねないよね?」
「そうだな。確かにこの情報はあまり広めない方が良い」
『深淵』から持ち帰る物は慎重に選ばなければならない。
咲が言ったように、『問題なく、役に立つもの』を持ち帰るのがベストだが、人が増えればその判断ができない者が危険物を持ち帰ってくる可能性も上がる。
そして、お宝に惹かれて危険な場所に足を踏み入れる者に、まともな判断ができるとは思えない。
結論、この事実は広めるべきではない。
「咲様、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「マリアちゃん、何かな?」
「この世界から『深淵』に持ち込む物に何か制限はあるのでしょうか?」
コレ、俺が『深淵』に行く前提の質問だな。
「この世界の物なら、何を持ち込んでも大丈夫だよ。概念的な話をすると、『深淵』の先の異世界は異物に対する許容範囲がかなり広くなっているの。矛盾があった場合、破綻させずに例外処理で対応してくれるから、余程のことがない限り問題は起きない造りだね」
「余程のこととは、どのようなことでしょうか?」
「私の知る限りだと、世界の容量を超える質量を持った存在が入り込むとかかな」
異世界転移が発生すると、世界が内包する質量は必ず変化する。
転移した物が世界よりも大きければ、キャパオーバーで破綻するだろう。しかし……。
「そんな簡単に世界よりも大きな物が転移するのか?」
「滅びかけの世界だから、世界の方が小さいんだよ」
「滅びかけ?どういうことだ?」
「私も詳しくは知らないんだけど、『深淵』の先の異世界は、寿命を迎えた世界が規模を小さくして何とか生き残っている状態らしいの。世界自体も縮小されて、生き残りの生物も少ないから、延命措置以上のことはできないけどね」
初耳の情報が多すぎる。……いや、本当にそうか?
「『廃棄世界』……」
「『廃棄世界』は人為的……神為的な滅びだから、プロセスは違うけど似たような現象だね」
そうだ。灰色の世界も世界が縮小している最中だった。生物と呼べる存在も灰人だけで、俺が行かなければ世界の滅びは確定していた。
「もう1つ質問なのですが、世界が完全に滅びた時、そこに居る生物はどうなるのですか?」
「その世界の生物は一緒に消滅し、他の世界の生物は別の世界に強制転移させられるよ。多分、仁君の安全を考えての質問だと思うけど、仁君の問題になるようなことはないから安心してね」
「そうですか。ご回答、ありがとうございます」
咲は安心させるように言ったが、マリアは警戒した様子を崩さなかった。
灰色の世界のこともあって、マリアは未知の異世界に関して敏感になっているのだろう。
「咲は世界が消滅する場面や破綻する場面を見たことがあるのか?」
「うん、両方見たことがあるよ。消滅したのは生物が滅び、荒廃した廃墟だけが残っていた世界。破綻したのは生物が滅び、一畳の空間しか残っていなかった世界だね」
「……もしかして、キャパオーバーの破綻って咲の実体験なのか?」
「うん、異世界に入った途端、世界が壊れ始めたから驚いたよ。残された時間で調べたところ、小人の世界だったみたいで、世界自体がかなり小さかったんだよね」
偶然が重なった結果とはいえ、移動しただけで世界が破綻するのは恐ろしいな。
マリアの表情も大分険しくなってきている。
「あ、でも、滅びかけの世界というのも、悪いことだけじゃなかったよ!」
「何か良いことがあったのか?」
「うん、仁君への『お詫びの人材』を増やすことができたんだ。滅びかけの世界には、他の世界に希望を抱いている人が多いから、勧誘がとっても楽だったよ。さっき話した『鉄人族』や『炎人族』が『深淵』で勧誘した人達だね」
『鉄人族』と『炎人族』は異世界人の種族だったのか。アルタが知らないのも当然だな。
そして、異世界独自の人種ということで、また灰色の世界との共通点が増えた。
「『深淵』の異世界から人を連れてくるのは問題ないのか?」
「この世界が破綻するような矛盾は起きないよ。ただ、異世界の『人』はこの世界では魔物扱いになるから、『深淵』の人達は奴隷じゃなくて従魔として仁君に譲ることになるね」
恐らく、竜人種や人魚のような魔石のない魔物として扱われるのだろう。
そういえば、灰人達も同じ扱いなのだろうか?
A:はい。扱い的には魔物となります。
灰人達は直接配下にしたから、具体的な扱いまでは知らなかった。
ここまで来ると、『深淵』の異世界人と灰人は同じ分類にして良さそうだな。
「それで、『鉄人族』と『炎人族』はどんな連中なんだ?名前で何となく予想はできるけど……」
「『鉄人族』は身体が金属でできた人、『炎人族』は身体が常に燃えている人だね」
やはり、名前から予想した通りの種族だった。
「前者はともかく、後者を船に乗せるとは……」
「耐熱性ボディースーツを着てもらったから大丈夫だよ。乗員の人達は嫌な顔をしていたけど……」
船は火気厳禁が常識なので、そりゃあ乗員は嫌な顔をするだろうよ。
「『鉄人族』と『炎人族』は滅びかけた世界で種の存続が絶望的になったから、僅かな可能性に賭けてこの世界に移住するんだって」
「種の存続の危機なら、俺の従魔になってる場合じゃないだろ」
「この世界に来た全員が仁君の従魔になる訳じゃないから大丈夫だよ。仁君の従魔になるのは半分で、残りの半分はこの世界で種を存続させるために色々と試すみたいだね」
「……そもそも、どうして種の存続が絶望的になったんだ?」
『僅かな可能性に賭けて』とか、『存続のために色々と試す』とか、諦め半分な印象を受ける。
「『鉄人族』も『炎人族』も女の子しか産まれなくなったみたいだよ」
「それは厳しいな……」
種族の半分が居ないなら、諦め半分にもなるか。待てよ……。
「この世界、子供は基本的に母親の種族になるよな?存続させるのは簡単じゃないか?」
極希に父親の種族になることもあるが、基本的に子供は母親と同じ種族になる。
女性が残ったのなら、同じ種族の子供を増やすことは難しくないのでは?
「『鉄人族』は種族的な性質で、異種族との間に子供が出来る可能性が非常に低いんだよ。『炎人族』は異種族と子供を作ろうとしたら相手が焼け死ぬんだって……」
「なるほど……」
2つの種族の性質を考えると、異種族と子供を作れないというのも納得だ。
そして、頭に浮かぶ<繁殖>と<火属性耐性>。案外、何とかなりそうだ。
「私と話をして、この世界なら子供が産まれる可能性があると考えたみたいだね。でも、滅びかけている世界の人達は、自力で別の世界に移動することができないんだって。それで、半分が仁君の従魔になる代わりに、この世界に連れてきてあげたんだよ」
つまり、『鉄人族』と『炎人族』の女性達は、種の存続の犠牲として俺の元に来ると……。
「『深淵』の異世界人が自力で世界を移動できないというのは?」
気を取り直して、咲の話の中で気になった部分について質問する。
「世界間を移動するには特定の条件を満たす必要があるけれど、その世界の住人は条件を満たせないようになっているの。だから、その世界を出るには異世界人の協力が必須になるんだよ」
「『深淵』の異世界人、中々にハードな状況だな」
その世界と一緒に消滅するのが前提になっているように感じる。
「仁君も『深淵』に行ったら、異世界の住人に助けて欲しいって頼まれると思うよ」
「仁様、お供します」
2人の中で俺が『深淵』に行くことは確定しているようだ。うん、行くよ!
「あ、仁君、船の方の準備が整ったみたいだよ」
咲がそう言った直後、部屋がノックされ、メイドが扉を開けた。
「失礼します。咲様にお客様です」
「私のお迎えだね。仁君、船の方に行ける?」
「ああ、大丈夫だ」
俺はソファから立ち上がり、咲、マリアと共に商談部屋を出て行った。
17章深淵編、始まります。