第235話 天雷と救助活動
ほのぼの観光タイム終了のお知らせ。
『女神の領域』に女神を殴りに行くまでに、大きく3つのイベントを予定していた。
1つ目は『聖と観光』、2つ目は『スカーレットの退位』、3つ目は『咲との合流』である。
1つ目の『聖と観光』、いわゆる進堂仁セレクションは、昨日の巨人島観光をもって完了した。
聖からは、『嫌な思い出に負けないくらい、この世界の良い思い出が増えた』との感想を貰えたので、企画は大成功で終わったと言えるだろう。
惜しむらくは、駆け足になってしまった点だが、こればかりは時間がないので仕方ない。
2つ目の『スカーレットの退位』は、明後日に行われる予定となっている。
真紅帝国の帝都で大きな式典を行うそうだが、公には無関係である俺は参加しない予定だ。
スカーレットからは参加のお誘いがあったが、関係を聞かれても困るので辞退させてもらった。
3つ目の『咲との合流』は、5日後までに発生するイベントとなっている。
咲の使者である小咲には、『1週間後から2週間後まで』と指定したので、2週間ギリギリだとしても5日後までに到着するだろう。逆に言えば、もう到着してもおかしくはないということだ。
色々とお詫びの品を用意しているとのことなので、それなりに楽しみで、少しだけ怖い。
1つ目のイベントが終わり、2つ目と3つ目のイベントが残った。
早ければ明後日、遅くとも5日後には全てのイベントが終わり、『女神の領域』への殴り込みが始まるということだ。
いよいよ、決戦の時が近いということもあり、本日は迷宮の54層で戦闘訓練を行っている。
ただ、対女神を想定した訓練というよりは、少し鈍った身体を本調子に戻す目的の方が強い。
ここ数日、進堂仁セレクションに時間を使い、本格的に身体を動かす時間が取れなかったからな。
配下の中でも武闘派の面々を集め、交代で様々な相手、様々な条件で何時間か戦い続け、身体も良い感じに温まってきている。
言うまでもないことだが、俺のステータスは相手に合わせて調整してある。
現在の相手はレガリア獣人国の女王であるシャロンだ。
女王として忙しい中、何とか時間を作ってこの戦闘訓練に参加してきたとのこと。
「『飛燕』!」
俺は近距離から飛んできた拳型の衝撃波を半歩動いて避け、勢いそのままに中段回し蹴りを放つ。
シャロンは腕で受け止めたが、威力を殺しきれず体勢を少しだけ崩した。その小さな隙に俺は同じ足で続けて上段蹴りを叩き込む。
「ぐっ!」
辛うじてガードしたものの、今度は完全に体勢を崩したので、更に同じ足で中段蹴りをぶち込む。
腕のガードは完全に解け、空いた脇腹に俺の蹴りが突き刺さり、吹き飛んだ。
少し待つが、立ち上がる様子を見せなかったので、俺の一本ということで良いだろう。
「いたたたた……。流石はジンだね。完敗だよ」
「『ヒール』。シャロンも良い動きだったぞ」
俺が回復しながら手を差し伸べると、シャロンはその手を取って立ち上がった。
「ありがとう。もっと強くなるから、また戦おうね」
「おう、楽しみに待ってるよ」
割と無理をして参加していたらしく、シャロンは俺と一戦しただけで帰って行った。
「よろしくなのです」
「ああ、よろしく」
次の相手は『人間の勇者』の称号を持つシンシアだ。
後で多対一の戦闘訓練も行うが、今は一対一の時間なので、探索者組のパーティではなく、シンシア個人として俺の相手をしてくれる。
「行くのです!」
シンシアが真っ直ぐに突っ込んでくる。シンシアの仕事は特攻だから当然か。
シンシアの拳を避けて反撃するも回避されてしまう。回避により体勢が崩れたところを狙いたいのだが、シンシアは<結界術>で空中に足場を作ることで体勢を整えた。
そのまま、空中を縦横無尽に駆け回り、俺へ連続で攻撃してくる。
互いに徒手空拳なので、地上で戦えば間合いは決まっているはずだが、<結界術>による空中での軌道変更、急加速や急減速を行われると間合いが当てにならなくなる。
「このまま、続けるのです!」
防御や回避により有効打こそ受けていないが、このままではジリ貧だろう。
シンシアのスタミナが切れるより、俺が有効打を受ける方が早そうだ。
それなら、狙うのは1つしかない。
「ふぅ……」
攻撃を回避しながら呼吸を整え……今だ。
俺は迫るシンシアの拳を左手で受け流し、大きく体勢を崩すことに成功する。
体勢が崩れ、防御できない無防備な胴体に右手で強烈なカウンター腹パンを決め、拳が当たった瞬間に思い切り引いた。
「ぐうっ!? まだなのです!」
攻撃は当たったものの、シンシアはすぐに体勢を整え、戦意を漲らせる。
シンシアに当てた引くパンチには大きく2つのメリットがある。1つは攻撃が当たった瞬間に拳を引くので、次の動作に移るまでの時間が短縮される。もう1つは……。
「あ、あれ……? 立てな……いの……で……。きゅう……」
衝撃が吹き飛ばす力に変換されず、ダメージとして身体に残るのである。
シンシアの身体はダメージに耐えきれず、シンシアの戦意とは無関係に意識を刈り取った。
「ふぅ……」
やっぱり、シンシア相手に能動的スキル禁止の縛りはキツいな。
純粋な技術勝負となると、現地勇者が頭一つ抜き出ているのは間違いがない。
ステータスは同等、スキルは一部を除き封印するとなると、1対1で勝つのも怪しくなってくる。
今回は上手く決まってくれたが、もう1度同じ手を使っても通じない可能性が高いだろう。
「少し休憩だな」
現地勇者の1人を下し、一段落ついたので一旦休憩に入ろう。
倒れているシンシアを抱え、休憩スペースへと向かった。
俺はマリアに渡された飲み物を飲みながら、他の参加者同士の戦いを見学する。
本日の戦闘訓練では、500名を超える参加者が様々な組み合わせで対戦をしている。
大規模な医療スペースが休憩スペースに併設されており、気絶や怪我をした者が続々と運ばれていく様は、さながら野戦病院と言ったところか。
ちなみに、気絶したシンシアは医療スペースに運んでおいた。
「次は多対一の戦闘訓練でもしよう。マリア、誰か丁度良い相手は居るか?」
「大海蛇達傭兵パーティとシンシアを含む探索者パーティが揃っているようです」
「気絶したばかりのシンシアにそれは酷だろ……」
「それでしたら……」
マリアが他の候補を挙げようとした瞬間、急激な悪寒に襲われる。
「仁様、どうかされましたか?」
「何かが起きる。地上に戻るぞ!」
「……! はい!」
俺は直感に従い、すぐさま地上の屋敷へと転移する。
直後、何かが俺の身体の表面を撫でるように通り過ぎていった。
身体に違和感はない。害のあるものではなさそうだが、明確な何らかの意思を感じた。
A:今の現象は世界中で発生しています。解析に時間がかかっております。少々お待ちください。
アルタの解析に時間がかかる。
その情報は、今の現象に女神が関わっている何よりの証拠であった。
「アルタ、悪いけど配下全員に警戒するよう伝えてくれ」
A:承知いたしました。
女神が世界規模で何かをしようとしている。それは、全力で警戒するに相応しい状況だ。
十秒、二十秒、三十秒。何も起きず、時間だけが過ぎていく。
A:緊急です。先程の現象は結界の位置を調査するためのものでした。
結界の位置が、女神にバレた。
アルタの説明を聞き、俺が最初に行ったことは、俺の持つリソースを『竜人種の秘境』の迷宮と世界樹に送り込み、強化することだった。
そして、俺にできたのはそこまでだった。
-ドン!!!-
俺の耳で直接聞いた音ではない。しかし、凄まじい音と衝撃が俺に届いた。
2つの結界の管理権限を持つ俺には分かる。『竜人種の秘境』と世界樹に超特大の雷が落ちたことが……。
いや、普通の雷ではないことは、不可視状態の世界樹に直撃したことからも明らかだ。加えて、空間をねじ曲げる結界も何の役にも立たなかった。
一方、『竜人種の秘境』の結界は無事だった。結構なリソースが失われたが、破壊されるまでには至らなかった。音と衝撃で気絶した竜神種は居るけど……。
「なるほど……」
ここに来て、俺もようやく女神の目的を悟った。
女神は、『女神の領域』に辿り着く方法を潰したかったのだ。
世界樹を破壊するために結界の位置を調べ、全ての結界に世界樹特効の雷を落としたのだろう。
アルタ、被害状況を教えてくれ。
A:『竜人種の秘境』は死者0名、負傷者12名でした。エルフの里は死者989名、その他の全員が重傷者です。人魚の国は死者5108名、全滅です。
……ああ、人魚の国も結界で守られているから、落雷の対象になっていたのか。
人魚の国のリソースは決して多いとは言えず、結界の強度も『竜人種の秘境』とは比べるべくもない。結界は簡単に壊れてしまっただろう。
そして、海中で雷から逃れる方法は存在しない。全滅は必至だ。
「すぐにエルフの里に行く。アルタ、エルフの里と人魚の国に遺体を回収する人員を回してくれ。エルフの里には回復要因も集めてくれ」
A:承知いたしました。
遺体さえあれば、『死者蘇生』の魔法で生き返らせることができる。
死んでいる者は回収、生きている者は回復、ここから先は時間との戦いだ。
俺はマリアを連れて『ポータル』でエルフの里へと転移した。
「世界樹が、燃えている……」
先日登ったばかりの世界樹がメラメラと燃えていた。
燃えているのは世界樹だけではなく、周囲の森や集落にある家も燃えており、植物や人が焼ける匂いが周囲に蔓延している。このままでは、被害は更に大きくなっていくだろう。
「ご主人様! 来たわよ! って何よ、コレ!?」
「ひ、酷いです……」
「急いで救助活動を始めますわ!」
《たすけにきたよー!》
そこで、パーティメンバーを含む300名程の集団が転移してきた。
戦闘訓練で治療要員を集めていたのが幸いしたな。
「ここは任せた!俺は火を止めてくる!」
俺はそう宣言すると、マリアと共に『ワープ』で転移をする。目標は、世界樹の天辺の更に上だ。
転移して世界樹の真上に出た直後、俺達は煙に包まれてしまった。
「煙が凄いな。マリア、煙だけ防ぐ<結界術>を頼む」
「承知しました」
マリアの結界は防ぐ対象をある程度選べるので、煙だけを防ぐ結界を作ってもらう。
「思い切り行くぞ」
俺は『水災竜・タイダルウェイブ』から得た『水の生成と操作』の力を発動して、空中に大量の水を生成、雨のように地上へと降り注がせる。やはり、火災を消すのなら雨が一番効果的だろう。
ただ降らせるのではなく、上手く水を操作して、火の勢いが強い場所に集中的に降らせていく。
しばらく夢中で雨を降らせ続けていると、徐々に火の勢いが弱まってきた。
「……ふう、大分弱まってきたな」
マップで地上の様子を見ると、重傷者達の回復も順調に進んでいる。俺達が到着してから、重傷者が死亡したということもない。上手く被害の拡大を防げたようだ。
さて、状況が落ち着いてきたので、改めて色々と考えよう。
一番の問題は燃えた世界樹だろう。
見た目はボロボロになっているが、実は世界樹は完全には死んでいない。雷が当たる直前にリソースを注ぎ込んだことが功を奏したのか、ギリギリのところで生き残ることに成功したのだ。
とは言え、本当にギリギリの生存であり、機能のほとんどが停止してしまった。
辛うじて結界を張る機能は残っており、燃える世界樹が誰かに見られる心配がないのは、不幸中の幸いと言うしかないだろう。
不幸中の不幸として、『女神の領域』に行くための機能は完全に消滅していた。
世界樹を癒やして他の機能を回復させたとしても、その機能だけは復活しないと断言できる程、完全に破壊され尽くしていた。
こうして、俺は『女神の領域』に行く手段を失ってしまった。畜生……。
更に言えば、エルフの里の被害も甚大だ。
死亡したエルフは、アルタの報告によると989名。エルフの里の人口は約2000人なので、半数近くが死亡したことになる。
エルフ達の遺体は回収するように指示してあるので、『アンク』で蘇生することはできる。
この規模の災害で犠牲者が0人というのは、常識的に考えて有り得ないことだが、実際に住民が誰1人欠けていないのだから、誰も文句は言わないだろう。
問題は、エルフの里が存続するかどうかという点である。
肉体的な被害は全て回復させたので問題にならない。しかし、精神的な被害は別である。
肉体が回復したからと言って、刻まれた恐怖や苦しみが消える訳ではない。死にかける、あるいは死ぬ怪我をした場所に住み続けたいと思うだろうか?
正直、エルフの里はお終いだと思っている。多分、大半が移住を希望するんじゃないか?
そして、エルフが居なくなると世界樹はリソースを得られなくなってしまう。
リソースが得られなければ、いずれ世界樹はその機能を停止することになるだろう。
『女神の領域』に行くことはできなくなったが、世界樹の利便性が全て失われた訳ではない。
何とか世界樹がリソースを得る仕組みを考えなければならないだろう。
リソースやエルフ達の今後についてリリィと相談したいのだが、リリィは無事なのだろうか?
A:リリィは雷により死亡しています。正確に言うと、世界樹が受けたダメージのフィードバックを受けて死亡しました。
俺が調べる前にアルタが答えてくれた。
リリィは『世界樹の保護者』という称号を持ち、他のエルフよりも世界樹と密接な関係にある。
世界樹が瀕死の重傷を負ったなら、密接な関係にあるリリィに被害が及んでも不思議ではない。
火を消し止めたら最初にリリィを蘇生して話し合おう。
次は人魚の国について考えていこう。
アルタ、人魚の国の現状を教えてくれ。
A:はい。人魚の国の遺体回収は全員分完了いたしました。回収できる貴重品は回収してあります。ダンジョンコアも回収しましたが、雷により破壊されています。ほぼ全ての建物が全壊していることもあり、同じ場所で生活を続けるのは困難な状態となっています。
エルフの里は『壊滅的な被害』だったが、人魚の国は文字通りの『壊滅』ということか。
人魚達の繁栄には安全地帯である結界が必要不可欠だった。ダンジョンコアが壊れた以上、人魚達は海中に国と呼べる程の集落を作ることはできなくなる。
回収した人魚達を蘇生して海に帰した場合、生存競争により人数を減らすことになると思われる。
人魚の安全を考えるなら、蘇生してテイムして、エステア迷宮の湖エリアに送るのが1番だろう。人魚達がそれを是とするかは不明だが……。
とりあえず、人魚の蘇生は後回しにすることは確定している。取り返しのつかない人魚の国より、まだ取り返しのつくエルフの里を優先すべきだからだ。
最後に考えるべきは俺自身の今後である。
『女神の領域』に至る手段が失われたことで、女神を殴るために振り上げた拳の行き場がなくなってしまった。女神を殴るカウンターは十分に貯まっているというのに……。
このまま、何も成せずに拳を降ろす気はない。絶対に女神を殴ってやる。
俺は基本的に『唯一』という言葉を信用していない。1度でも前例があるのならば、2度目、3度目が発生する可能性は否定できないはずだ。
世界樹という前例が存在するのなら、『女神の領域』に至る他の手段があってもおかしくはない。
あるいは、迷宮が複数存在するように、世界樹が複数本存在するのかもしれない。
しかし、古くから生きる語り部のリリィですら、世界樹の成長以外の『女神の領域』に至る方法を知らなかった。そう簡単に見つかるものではないだろう。
今後、世界各地を巡って、『女神の領域』に至る方法を探すことになりそうだ。
「火が完全に消えたな。全く、酷い有様だよ……」
色々と考えている内に世界樹とエルフの里の消火が完了した。
しかし、雷が直撃した世界樹は、誰が見ても分かる程度にはボロボロになっている。樹の幹には大きな亀裂が入り、葉は焼け落ち、枝という枝が焦げている。
本当に、生きているのが不思議なくらいの有様である。
一昨日は素晴らしい風景が見られたのに、同じ場所でこんな無残な姿を見ることになるとは……。
「……マリア、地上に戻るぞ」
「はい」
世界樹の無残な姿を見続けるのが嫌だったので、さっさと地上に転移することにした。
思い出の観光地がボロボロにされるのは、流石に許容する訳にはいかない。女神は絶対に殴る。
初めて、俺自身の都合で女神を殴るカウンターが増加した気がする。
地上に戻った俺とマリアをさくら達が迎えてくれた。
「仁君、マリアちゃん、お疲れ様です……。エルフ達の治療と遺体の回収は終わりましたよ……」
《がんばったー!》
「さくら達もお疲れ様。治療を任せきりにして悪かったな」
「消火が終わらないと二次災害が起きますから、役割分担は当然のことですわ」
「そうそう、あの火災を消し止めるなんて、やっぱり災竜の力って凄いのね!」
「普通の魔法じゃあ、あそこまで大規模な火災を止めるのは難しかっただろうな。本当、水災竜を倒しておいて良かったよ」
水の災害の力で火災を止めるというのは、洒落か皮肉の効いた話だと思う。
「ところで、何で建物が増えているんだ?」
エルフの里には焼けた建物に紛れて、明らかに新しく建てられた建物の姿が見える。
「治療済みのエルフを寝かせておくため、建設メイドを呼んで仮設の病院を建てたのよ」
「病院と言っても、ベッドが並んでいるだけですけどね……」
「相変わらず、仕事の速い方達でしたわ」
「うん?誰も居ない病院があるぞ?」
マップで様子を見てみると、エルフが収容されている建物とされていない建物が存在した。
その数はざっくり半々くらいである。
「アリバイ作りの病院よ。死んだエルフを蘇生させて、対外的に生きていたことにするなら、治療していたというアリバイが必要でしょ?」
「ああ、なるほど。確かにそれは必要だな」
ミオの説明で全てを察することができた。
空いた病院には、これから蘇生したエルフが収容されていくということだ。もっと言えば、あの病院内で蘇生すれば一番手間が少ないだろう。
「早速蘇生を始めようか。今後の話をするから、最初にリリィを蘇生しようと思う」
「リリィさんかぁ……」
「ミオ、どうしたんだ?」
俺の一言にミオの表情が曇る。
「ミオさんがリリィさんの遺体を回収したのですわ」
「リリィさん、凄く苦しそうな顔で死んでいたわ。どうやら、即死できなかったみたいで、しばらくの間は生きて苦しんでいたそうよ。絶対、トラウマになってるって……」
他のエルフ達は雷により即死できたが、リリィだけは世界樹からのフィードバックにより、長く苦しんで死ぬことになった。
A:エルフの里の長も同じ原因で死亡しています。
そう言えば、長も『世界樹の保護者』だったわ。
エルフの里の重要人物と言ったらリリィだから、すっかり忘れてたよ。
とにかく、『世界樹の保護者』は他のエルフより苦しんで死んだのだから、精神的に大きな負担を受けているのは間違いなさそうだ。
「……最初に<多重存在>の精神防御を使っておいた方が良さそうだな」
「うん、それが良いと思うわ」
方針も決まったので、空いている仮設病院へと向かう。
<無限収納>から苦しそうな顔をしたリリィの遺体を取り出し、ベッドの上に寝かせる。
「『死者蘇生』」
俺はすぐに魔法を発動し、リリィの蘇生を試みる。
死亡してから時間が経過すると、蘇生した時に記憶に欠損が出てしまう。重傷者の救助と同じレベルで死亡者の回収を優先したのはそれが理由だ。
「これで第一段階の蘇生は完了だな。マリア、任せた」
「はい」
無事に蘇生できたのでマリアに声をかけると、リリィの服を素早く剥いて上半身を裸にした。
背中に奴隷紋を入れるには、上半身裸にする必要があるので仕方がないことなのだ。
身体の向きが変わり俯せで眠るリリィに向けて<奴隷術>を発動すると、何の抵抗もなくリリィは俺の奴隷となった。
『アンク』は段階が分かれており、意識のない状態で蘇生することで、<奴隷術>が確実に成功することが分かっている。
その後、もう1度『アンク』を発動して、完全な状態でリリィを蘇生しつつ、精神防御を有効にする。
「うぅ……」
蘇生から3分程でリリィが目を開いた。
リリィは身体を起こしたが、まだ意識が朦朧としているようで、目の焦点が合っていない。
「ここは、何処じゃ……?」
精神防御が効いているのか、死ぬ直前の苦痛はトラウマとして残っていないようだ。
「ここはエルフの里に建てた仮設の病院の中だ」
「仁……殿? ……そうじゃ!世界樹!エルフの里はどうなったのじゃ!?」
覚醒して最初に気にすることが世界樹とエルフの里か。半裸なのは後回し?
「落ち着いて聞いてくれ。世界樹は瀕死、エルフの里の住民は半分死亡、残りの半分は重傷だ」
「な……!?こうしてはおれん!」
「落ち着いてくれ。残念だが、今からリリィさんに出来ることは何もない」
立ち上がろうとするリリィを制して、残酷な事実(仮)を告げる。
「そんな……」
「どうやら、女神が世界樹に雷を落としたらしい。雷が落ちる直前にリソースを渡したから、ギリギリで生き残ることができた。俺が来た時には燃えていたから、消化しておいたぞ」
「やはり、あの雷は女神の仕業じゃったか……。それで、里の民はどうなったのじゃ?」
「重傷者は全員救助して病院に収容している」
「そうか、死者は……仕方がないのう。……いや、そもそも、ワシが生きておること自体がおかしい。あの状況、ワシは確実に死んだはずじゃ。それに何故ワシは上半身裸になっておる?」
世界樹の状況、エルフの里の状況を聞き、ようやく落ち着いたのか、自分の状況に思い至った。
しかし、上半身裸の件は不思議そうにはしているが、恥ずかしがる様子はない。何故?
A:本人の自認が老婆であるため、羞恥心が薄くなっているようです。
見た目は老婆どころか少女なんだが……。
「リリィさんは俺が蘇生した。俺達には、死者を蘇生させる力がある」
「何……じゃと……。いや、俄には信じられんが、そうでもなければワシが生きておることの説明が付かんか。本当、仁殿には驚かされてばかりじゃ……」
リリィは意外とアッサリと俺の言葉を信じてくれた。これは今までの行動の賜物だな。
「……仁殿、勝手なことを言っておるのは自覚しておる。無理なら無理と言ってくれて良い。それでも、頼ませて欲しい。どうか、エルフの里の死者達を蘇生してもらいたいのじゃ」
「その件で先に1つ言っておくことがある」
「なんじゃ……?やはり、蘇生には何か大きな代償が必要になるという話かのう?ワシにできることなら、何でもしよう」
最高齢ハイエルフロリババアが何でもしてくれるってさ。
「いや、特殊な魔法だから、MP以外の代償は必要ない」
「そ、そうか……。意外と簡単そうに言うのじゃな」
膨大なMPが必要になるけど、最大MPは膨大にあるし、簡単に回復できるので問題ではない。
「俺に蘇生されるということは、俺の奴隷になるということと同義だ。他言無用を徹底するためには、絶対的な命令権が必要になるから例外はない」
「まさか、ワシの上半身が裸なのは……」
「ああ、背中に奴隷紋を刻ませてもらった。リリィさんはもう俺の奴隷だ」
「本当に奴隷紋があるのう……」
背中を見て奴隷紋の存在を確認したというのに、リリィは全く動じる様子を見せなかった。
「ふむ、蘇生の対価が奴隷化というのなら、安いと言えなくもないじゃろう。本人の意思を無視するというのは、正直どうかと思うがのう」
「純粋な善意じゃないからな。悪いけど、俺の都合を押しつけさせてもらっている」
「それを理解しているなら、その件でワシから言うべきことは何もないのじゃ」
蘇生も奴隷化も俺の身勝手であることは理解している。
だから、命令に従えとは言っても、蘇生したから感謝しろと言ったことはない。
「……少し言い換えよう。奴隷化しても良いから、里の者達を蘇生して欲しいのじゃ」
「本当に良いのか?」
「うむ。仁殿の奴隷になってでも、ワシは里の者達に生きていて欲しいと思っておる」
リリィがどうしても嫌だと言うのなら、エルフ達の蘇生は行わない予定だった。
ほら、エルフ特有の価値観で『自然と共に生きるから、蘇生のような不自然は絶対に許されない』とか言われたら、無理に蘇生とか出来ないからね。特に無さそうだったけど。
「それじゃあ、蘇生の前にいくつか説明させてもらおう」
「ふむ、それは仁殿の秘密を聞かせてもらえるということかのう?」
「ああ、当然これも他言無用だ。語り部に語ってもらっちゃ困るんだよ」
「何とも語り部泣かせな話じゃ……」
ザックリとした説明をリリィにしたが、一番反応が良かったのは異能に関する話だった。
「異能……。ワシの知識に全く存在しないのじゃ。興味深いのう……」
「それより、エルフの里の今後について話をするべきじゃないか?」
「うむ、それもそうじゃな」
とりあえず、消火中に考えていたことは大体説明してあるので、今後のことを考えるための情報が不足することはないだろう。
余談だが、医療メイド達にエルフ達の蘇生と奴隷化も始めさせた。あまり時間を掛けすぎると、重傷エルフ達が目を覚ますかもしれないからな。
「世界樹が燃え、里が壊滅したのじゃ。里を出たいと言う者が現れても不自然ではない。しかし、ワシの予想では大半の住民は里に残ると言うじゃろうな」
「あの雷が一度で終わりだという保証はどこにも無いぞ?」
「うむ、恐ろしい話じゃな。それでも、残ると言う者は多いはずじゃ。エルフというのは、長命種であるが故に変化に弱い種族なんじゃよ。何の保証もないのに、今までと同じで大丈夫と思い込んでしまう傾向にある。長く生きたエルフ程、里から出ようとは考えもせんじゃろう」
歳をとると頑固になるのは、人間もエルフも変わらないようだ。
子供が同居しようと言っているのに、頑なに限界集落から出ようとしない老人をイメージした。
「ワシも雷は恐ろしいが、世界樹の守護者として世界樹から離れることはできん」
一度死亡して蘇生したリリィだが、未だに世界樹との繋がりは切れていない。
リリィも他のエルフ達も里に残るというのなら、里の防御力を上げる方向で対策するしかない。
「世界樹の結界に雷を防げるような物はないのか?」
「ワシの知る限りは存在しないのじゃ。世界樹の結界は迷いの結界。遮るのではなく逸らすことが目的となっておる。迷いを無視して進まれたらどうにもならん」
「『竜人種の秘境』の結界は雷を防ぐことができたんだが……」
世界樹と迷宮は似ているらしいから、同じような結界が作れれば早かったのだが……。
何か、世界樹を守る良い手はないだろうか?
「ご主人様、ちょっと良い?」
「ミオ、どうした?」
「思い付いたんだけど、世界樹周辺を迷宮にして、結界で囲っちゃえば良いんじゃない?」
「それは……可能なのか……?」
A:不可能です。世界樹が根を張った範囲に迷宮を作成することはできません。
「駄目かぁ……」
アルタに否定され、ミオがガックリと肩を落とす。良いアイデアだとは思うけど……。
世界樹の結界を強化するというのは、思った以上に難しそうだ。これが人魚の国の結界なら、単純にリソースを増やして強化するだけで良いのに……待てよ?
「そうだ!世界樹と迷宮を合体させよう!そうすれば、迷宮と同じタイプの結界が張れるから、リソースを増やして結界を強化するだけで良くなるぞ!」
世界樹を迷宮にする。素晴らしく斬新かつ画期的なアイデアだ!
「いや、ナイスアイデア!みたいな顔してるところ悪いけど、本当にそんなことできるの?」
「ワシもそんな突拍子もない知識は持っておらんのう……」
「保証はないけど、何となくできる気がする。丁度良いところに壊れたダンジョンコアがあるから、それを世界樹に取り込ませてみよう」
俺は破壊された人魚の国のダンジョンコアを取り出す。
同じ雷によって被害を受けた世界樹とダンジョンコア。壊れかけた2つが合体して、雷への対抗手段を得るというのは、タイミング的にもぴったりだし、中々に面白い展開だと思う。
それでアルタ、実際のところ、合体は可能なのか?
A:合体は可能だと思われますが、どのような結果になるかは不明です。ただ、合体させても『女神の領域』に向かうための機能は復活しないことは確実です。
残念。少しだけ期待していたのだが……。
「ああ、人魚の国のダンジョンコアですわね。壊れていると仰いましたけど、使えるんですの?」
「普通に迷宮を作ることは難しそうだけど、機能の全てが消えてなくなった訳じゃない。お互いに失った機能を上手く補い合ってくれることを祈ろう」
祈る対象はこの世界の女神じゃないけどな。女神、お前は殴る対象だ。
ファンタジーを書いたら、絶対に出そうと考えていた物ベスト3
1位:世界樹 →焼くと決めていた
2位:天空の城 →崩壊させると決めていた
3位:迷宮
果たして、世界樹とダンジョンコアの合体は成功するのか?
次回、第236話 世界樹迷宮と復興(仮)、お楽しみに。